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控えめに言っても悪い冗談としか思えない

『ヤーザム山脈で大陸喰らい(ランド・イーター)が確認されたんだよ。それも、相当に成長した個体が』

「……滅茶苦茶ヤバい事態じゃないですかそれ!?」




 大陸喰らいというのは、俺が初仕事でやり合ったニヤケ野郎の正式名称。けれどあの時の個体は、人間で例えるなら赤ん坊相当。だから、当時の俺でも撃破できたわけだ。


 だがその一方で、十分に成長した大陸喰らい――かつて支部長がやり合ったという個体なんかは、高位の虹追い人が500人規模でやり合って多大な犠牲を払い、それでようやく討伐できるくらいのバケモノだったとも聞いている。


 そしてさらにそこから成長を続けたなら、その名の通りに大陸を喰い尽してしまうような存在でもあり、実際に大昔にはラウファルト大陸が海に沈められたくらい。


 そんな、討伐が遅れれば遅れるほどにシャレにならなくなっていく存在というわけだ。




 さらに始末に負えないのは今回の場所。二重の意味で悪すぎる。


 問題の個体は、存在を知られないうちにすくすくと成長していたということなんだろう。なにせ、誰も近づかないような山奥だったんだから。


 そしてそんな山奥であれば、討伐隊がたどり着くだけでもひと苦労。


 前に図書院で調べたことだが、ラウファルト大陸を沈めた個体の時も同じような流れだったらしい。今回は下手をすればその繰り返しになりかねない。


 その上で考えてみる。今回の個体は中々に厄介な条件が揃っているが、植物に近い――地面を離れられないという性質上、大陸喰らい自体は俺にとって好相性。それになによりも、見て見ぬふりをするのも気が引ける。


 この流れでテミトス大陸が沈むなんてことになればクーラだっていい気分はしないだろうし、機嫌よく旅を続ける気分ではなくなりかねないというのもある。


「俺も協力します」


 となれば、そう決めるのにためらいは無かった。


「まあ、アズ君ならそう言うよね」


 案の定と言うべきか、クーラは軽く肩をすくめるだけ。


『済まないね。アテにさせてもらうよ』


 そして支部長にとっても予想通りだったんだろう。そこに驚きの色は皆無で。


『ただ、こうして協力を求めたあたしに言えた筋かどうかは怪しいところだが……これだけは言わせておくれ。あんたにもしものことがあったなら、間違いなく悲しむ子がいるんだ。そのことだけは、忘れるんじゃないよ』

「もちろんですとも」


 それが誰を指しているのかは考えるまでもない。


 そして言われるまでもないこと。


 クーラとふたりで機嫌よく過ごしていきたい。それこそが、俺にとっての最優先事項。そのためには、俺とクーラのどちらが欠けても駄目なんだから。


『……どうやら余計なおせっかいだったらしいね。さて、そうと決まったならディウスのところへ向かっておくれ。話は通しておくよ』

「心得ました。ってわけで……行ってくる!」

「行ってらっしゃい。なるべくなら、晩御飯までには帰って来てね。できれば君と一緒に食べたいからさ」

「あいよ」




 そうして宿を出てまず感じたのは、行き交う人たちの顔には明らかに不安の色が濃くなっていたということ。すでに話は広がりつつあるんだろう。


 そんな中で何度か道を聞きつつ支部へ向かう。大通りに面した大きな建物だったのは幸い。おかげですんなりと到着できた。


 扉を開けば満ちていたのは慌ただしい喧騒で、ところどころから大陸喰らいの名が聞こえてくる。


 ディウス支部長は……ここには居ないか。


 そんな中でロビーを見回してみるも、その姿は見えず。


 とりあえず、受付で聞いてみようと足を向けて、


「来てくれたか!」


 ちょうどいいタイミングで奥から現れたのはディウス支部長。その後ろには、さっき診療所で会ったジェンナさん――マシュウさんの恋人でもある――の姿もあった。


「フローラから連絡は受けている。お前さんが協力してくれるのは心強いぞ」

「その期待に応えられるよう、力を尽くしますよ。それで、事態の詳細を聞きたいんですけど」

「だろうな。と言っても、俺はこれから領主のところに顔を出さなきゃならないんだ」


 まあ、これだけの事態。支部長ともなればそういった仕事もあるわけか。


「でしたら、私にお任せください」


 代わりに申し出てくれたのはジェンナさん。


「アズールもそれでいいか?」

「ええ。ただ……」


 それはそれとして、ディウス支部長に話しておくこともあった。


「詳細次第ではどうなるかわからないんですけど、偵察に行ってみてもいいでしょうか?一応、俺にも飛行手段がありますので」

「そうしてもらえると助かる。それができるのはウチだとマシュウくらいしかいないんだが、生憎とそのマシュウはまだ満足に動ける状態じゃないからな。」

「心得ました。それと、その際に仕掛けてみてもいいでしょうか?もちろん、安全を確保できるならばという前提になりますけど」

「……手傷のひとつも負わせることができるなら、多少なりとも成長の妨げにはなるだろう。それに、あんな場所に行くような物好きはまずいないだろうからな。誰かを巻き込んじまう心配もないか。そっちも許可する」

「ありがとうございます。お急ぎのところ、引き留めて申し訳ないです」

「構わんさ。お前さんの加勢にはそれだけの価値がある。ジェンナ、後は頼んだ」

「お任せください」




 そうしてディウス支部長を見送った後は、ジェンナさんに連れられて奥の一室へ。


「それでは、説明させていただきますね」

「お願いします」


 このジェンナさん。聞いた話ではこの支部における事務方のまとめ役で、ディウス支部長の補佐役でもあるんだとか。


 だからというべきなのか、落ち着いた様子で手際よく資料を用意し、すぐに本題に入ってくれる。


「まず発端となったのは、マシュウが受けたとある依頼でした。内容は、ヤーザム山脈の奥にある盆地の土を回収して来ること。場所は……ここですね」


 そう地図を指差す。位置的にはこの街の南東か。


「……結構広い感じです?」


 地図上で見る限りでは、この街以上の面積があるようだが。


「ええ。王都とほぼ同じくらいでしょうか」


 エデルト大陸で最大の街は王都ストゥリオンだが、それは多分この大陸でも似たようなものなんだろう。とりあえず、住み慣れた王都くらいとイメージしておく。


「それで、土を回収っていうのは?」


 鉱石とかハーブとかであればわかるんだが、なんでわざわざそんなものを思うわけで。


「この街に住む研究者からの依頼だったんです。ここの盆地は草一本すら生えない不毛の土地なんですが、土が特殊な性質をしているらしくて。その研究に使っていた分を切らしたので取って来てほしいということで。この依頼自体は過去にも何度かありましたから。まあ、マシュウ以外に引き受け手はいませんでしたが」

「……でしょうね」


 歩いて行くには険しすぎる場所。けれど、飛翼と風を使えるマシュウさんならばそうでもないということなんだろう。


「先ほどマシュウの意識が戻って、そこで聞かされたんです。盆地全体が茂みのようになっていたので不審に思いつつも降りてみたところ、その草が襲い掛かって来て、さらには地面の下から巨大な魔獣――大陸喰らいが姿を現したとのことで」

「それはそれでおかしくないですか?たしか大陸喰らいって、養分豊富な土地じゃないと育たないんじゃ……」


 初仕事の後にそんな話を聞いた記憶がある。


「ええ。それで件の研究者に問い合わせたところ……あの土は実は不毛なのではなく、むしろ養分自体は豊富。しかし同時に、植物の生育を妨げる成分が多量に含まれていたという話でして」

「……性質こそ植物に近いけれど普通の植物ではない大陸喰らいにとっては、生育を阻害する成分が無意味だったと?」


 だとすれば、むしろ最高の環境だったということになってしまう。


「現時点では確証まではありませんが。……けれど、ある意味では運が良かったと言えるのかもしれませんね。今回の依頼が無ければ、大陸喰らいの存在が発覚するのはさらに遅れていたわけですから」

「……たしかに。あとは、マシュウさんのおかげですかね」

「ええ。マシュウが情報を持ち帰ってくれたからこそ、こうして対応を始めることができたんです。無駄にするわけには行きません」


 恋人があんなことになって心配でないはずはない。それでもやるべきことを行える。きっとジェンナさんは、心根の強い人なんだろう。


「ですね。それで、マシュウさんが交戦した時の話なんかも聞けたんですか?」


 この後でやり合う予定の俺としては、そこは少しでも知っておきたい。


「はい。まず最初に地面に降りたあたりで奇襲を受けたわけですが、すぐに飛んで逃げたことで蔦や根による攻撃では軽傷で済んだそうです」


 あちこちに傷があったのはその時にやられたのか?


「その後、地中から現れた本体が無数の種を飛ばしてきて、すべてを避けきれず、わき腹をやられたとのことでした」

「……一番ヤバそうな傷でしたよね、それ」


 図書院で調べた限りでも、それが一番恐ろしい攻撃と記載されていた。正確には種のような礫とのことで、そこから発芽することがないというのは幸いらしいが。


「ええ。それでもどうにかして限界まで高度を上げて。2000メートルくらいで攻撃は届かなくなったと」

「つまりそのあたりが安全圏だったわけですね」

「おそらくは。そして、一刻も早くこのことを伝えようとこの街に向かって。その途中に見た限りでは、山脈のところどころで蔦や根が蠢いていたそうです。そしてあと少しというところで力尽きて……」

「……空から落ちて来たと」

「はい」


 その場に俺がいたわけか。あの時点では、まさかそこまでの大事になっていたとは思わなかったが。


 大陸喰らいの強さというのは、基本的にはその成長具合――覆う面積に比例するものらしい。そして問題の個体は盆地だけに留まらず、周囲の山地にまで広がっていたという。


 それに加えて、地上から本体に近づくためにはそんな状況の山地を踏破しなければならないと来たものだ。


 控えめに言っても悪い冗談としか思えない。


 現状は俺が思っていた以上に深刻らしかった。

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