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俺にできることには限度がある。それくらいはわきまえているつもり

 セオさんからの餞別と共に見送られてミグフィスを発った俺とクーラ。まずは北西へ飛槌モドキを飛ばし、遠目にクゥリアーブを眺めながら海上に出たのが夜明け頃。その後は雑談を交わしつつ、時折海面を跳ねる魚なんかを眺めつつで、彼方にうっすらとテミトス大陸の影が見えてきたあたりで朝飯にする。


 食うのは昨日ミグフィスのパン屋で買い、俺の異世界式収納に入れておいたもの。美味いことは美味いんだが、エルナさんの店で売っているのと比べると一段落ちるかも、なんてことを話しつつも食い終えてひと休み。


 その後は移動を再開。ほどなくして、俺とクーラはテミトス大陸へと上陸していた。




 このテミトス大陸。地理的にはエデルト大陸の北西に位置しており、その全土をガナジア王国という国が統べているとのことで、現国王の名はマイス様。


 特徴としては、八大陸の中ではもっとも広大。けれど、その中央には南北を分断するようにしていくつもの山々――霊峰ルデニオンを中心としたヤーザム山脈が連なっていることもあり、実質的な領土はそこまで大きくないんだとか。


 そしてヤーザム山脈というのは、越えようなんてのは正気の沙汰ではないと言われるほどに高く険しい。そんなわけだから、大陸の中央部南側にある王都と、中央部北側にあるサーパス(俺たちの目的地)は、距離的には近く、実質的にはもっとも遠い場所などとも言われているようで。


 それ以外では、高位の魔獣が発生する生息域が多数存在し、その結果として腕利きの虹追い人も多いそうだ。そんな事情もあってか、前回と前々回の虹天杯で連覇も果たしている大陸でもあった。




 そんなテミトスに上陸後も飛槌モドキを飛ばし続け、ほどなくして、


「あれがサーパスの街か」


 今日の目的地が見えてきた。


 このまますぐ近くまで飛んでいく方が早いんだが、あえて少し離れた場所で飛槌モドキを降りる。(エデルト大陸の)王都であれば、トキアさんが駆る本家本元の飛槌や俺の飛槌モドキを見ても、今更驚く人は多くないだろう。けれど、このあたりの事情まではわからなかったからだ。


 セオさんからの忠告もあったわけだし、そうでなくとも俺らとしては目立ちたくない。だから、バレてしまわないように警戒しつつ、バレない限りはわざわざ素性を明かさずにというのを基本的な方針にしていた。もちろん、一昨日のラルスみたいなケースであればそういうわけにも行かないわけだが。


「お仕事お疲れ様です」


 そうして街を囲う外壁に設けられた門へとやって来て、まずは門兵さんに無難な挨拶を。


「よう、見ない顔だな」


 番をしていた門兵さん。年齢は俺の親父くらいだろうか。


「ええ。一応は虹追い人の端くれなんですけど、思うところがあって見聞を広げようと旅をしている身の上なんですよ」

「なるほど。この街で作られている武具は、虹追い人の間でも重宝されているからな。ベテランでも、心色と併用してる人も多いんだよ。よかったら、何か買っていってくれるか」

「そうなんですか」


 そこまでは知らなかった。俺の中ではサーパス=包丁という認識だったが、物を斬るという意味では、包丁もナイフも共通しているのか。


「実際、前回の虹天杯優勝者もこの街で作られた剣をサブで使ってたんだよ」

「そりゃまた……」


 最近ではリボンに押される形で出番も減った感もあるが、一応は俺の懐にも短鉄棒が入っていたりする。せっかくだし、よさげな物を探してみようか。


「ところで……兄ちゃんも『クラウリアの再来』に憧れてるのか?」

「うえぇ!?」


 そんなことを考えていたら、唐突に妙なことを言われた。


「何でそんな話になるんです?」

「その白リボンだよ」

「これが何か?」


 たしかに俺の頭にはこうしている今も、クーラによる超強化が施された白リボンが巻かれているわけだが。


「『クラウリアの再来』も同じように白リボンを巻いてるって話だからな。今年で10歳になる俺の息子も憧れて同じことをやってるんだよ。だからてっきり兄ちゃんもそうなのかと思ったんだが」


 いや、自分で自分に憧れるとか、どんなナルシストなんですか!?なんて風に思うわけだが、さすがにそれは口には出さないでおく。というか言えるはずがない。


 たしかにこの白リボンは意外と目立つ。それは認める。そして心強い武器でもあるとはいえ、心の中に入れておく方が無難だというのも理屈ではわかっている。


 それでもこうして身に着けているのは、とっさの状況ではこの方が使いやすいからだとか、気が引き締まる感じが気に入っているだとか、クーラが似合うと言ってくれたからだとか、そんなところ。


「もともとはグラスプ大陸のとある地方に伝わってた風習らしいですけど、こうしてると気が引き締まるんですよ」


 当然、ここでは言い訳を並べることにする。これもまた、クーラから聞いた話なんだが。


「へぇ、それは知らなかったな。今度息子にも教えて――」


 不意に門兵さんが相槌を途切れさせる。その目線は俺らの後方に向いているようだが、


 なんだろうかと振り向けば、見えるのは青空に浮かぶ何か。


 指先くらいの大きさをしていたそれはみるみるうちに大きさを増していき――


「って、あれ人だよ!?」


 真っ先に詳細を認識したのか、そう声を上げたのはクーラ。たしかに近づくうちに、俺にも見て取れた。しかも――


 落ちてきてないか!?


 人が空を飛ぶというのは、一部の心色ならば可能。有名なのは飛翼だろうが、俺やトキアさんにだってできることで、少しくらいであれば風を使うことでセオさんにも可能。


 けれど現在進行形で近づいてくる存在は、その軌道をコントロールできている様子ではなく、自由落下にしか見えなかった。


「アズ君!」

「ああ!」


 俺にできることには限度がある。それくらいはわきまえているつもり。


 だがそれでも、手が届く範囲で、外道ではない人が困っていて、無理なく助けることができるのならば、何もしないというのも気が引ける。


 あるいは、こういうところが第七支部の皆さんに感付かれた一因だったのかもしれないが、多分俺もクーラも直すことはできそうもない。


「かなりの勢いが付いちゃってる。そこらへんも対処しつつ受け止めないと」


 たしかにあの勢いのままで叩きつけられたなら、控えめに言っても無事では済みそうにない。だったらここは……


 目測で割り出した落下地点は10メートル先。


 使うのはクーラ直伝の異世界式技術。非実体型の心色とよく似た風を吹かせる技法で。


 加減はどうする?


 弱すぎれば地面への激突は避けられない。かといって、強すぎてもあの人が無事では済みそうにないが……


「最初は多少強めでもいい。勢いを殺すことを優先して。範囲を広めに取って全身に当てるように。そこから徐々に弱めていく感じで」

「承知」


 見越したように助言を入れて来るのは、長年使い続けてきた経験があるクーラ。


 落下予測地点に駆け込み、助言された通りに風を吹かせることで落下の勢いを相殺。


 そして――


 どうにか成功か。冷や汗かいたぞ……


 そっと地面に降ろすことができた。


 細やかなコントロールはいろいろと応用が利くとのことで、クーラからみっちりと叩き込まれていた。その甲斐があったということなんだろう。


 だが……


「結構な深手だな、これは」


 空から落ちてきたのは長身で赤毛の男性。息があるのは幸いだが、気を失っている様子。身に着けているのは虹追い人然とした丈夫そうな軽装。そのところどころが破れ、血がにじんでいた。しかも腹部にも何かで突き刺された……いや、違うな。


「この人のお腹、乱暴にえぐられてる感じだね」

「やっぱりそう思うか」


 駆け寄って来たクーラが言うようにわき腹にはえぐられたような傷。印象としては、刃物というよりは適当に尖らせた太い枝かなにかでやられたような感じ。そして、こうしている間にもじわじわと赤い染みが広がっていた。とりあえず、異世界式治癒でこっそりとほどほどに――これなら命に別状ないだろうというくらいに治しておく。


「なんだったんだ!?」

「人が落ちてきたんです」


 少し遅れて門兵さんも駆け寄ってくる。


「怪我してるみたいなんですぐに医者に連れて行かないと。案内を頼みたいんですけ……あれ?」


 はたと気付いたこと。


「アズ君?」

「この人、見覚えがあるような気がするんだが……」

「……言われてみれば」


 目を閉じ、苦し気にしかめられたその顔。頬には、熊か何かにやられたんじゃないかと思えるような3本の大きな引っ掻き傷が。


 赤毛長身で頬に傷。クゥリアーブでの滞在中に機会があり、意気投合。クーラやトキアさんも一緒に4人で飯を食いに行ったことがあった人だ。


 たしか、ガナジア王国の王太子を護衛していたメンバーのひとりで、心色は飛翼と槍と風の複合である風槍翼。同じ飛行能力持ちということもあってか、トキアさんとは妙に馬が合う様子だったか。名前は……


「こいつ、マシュウじゃねぇか!?」


 門兵さんも知っていたんだろう。驚き混じりで口にした名前は俺の記憶にあるそれと一致していた。

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