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堕とされた自覚があれば慣らされた自覚もある

「いろいろとお世話になりました」

「元気な赤ちゃんが生まれて来ること、旅先から祈ってますね」


 ミグフィスに到着してから3日目。


 諸事情によりのんびりとは行かなかったものの、昨日は1日かけてガラス細工をあれこれと見て回り、今日はこれからミグフィスを発つところ。


「いえ、お世話になったのはこちらの方です。アズールさん、クーラさん。ラルスを助けてくれて本当にありがとうございました」

「どういたしまして。俺らとしても、ラルスが無事でよかったですよ」

「そうそう。そのおかげでこうして気分よく出発できるわけですし」


 一昨日は死にかけていたラルスだが、昨日見舞いに行った時にはすっかり元気だった。医者の話でも心配はないとのことで、俺もクーラも胸をなでおろしていたところ。


 もっとも、そこから派生した問題も無いわけではなかったんだが。




 昨日最初にやったのは、この街の連盟支部に行って一昨日のこと――夜遅くに街中で『みさいる』式による爆音を発生させた件の釈明。幸い……というには抵抗もあるが、人命が関わっていたということもあり、これといったお咎めは無しで済んでいた。ただ……


 日頃から多用していたこともあり、俺の飛槌モドキはそれなりに知られていたらしくて。


 しかも――不本意なことに――俺自身が『誰かさんの再来』とかいう心底勘弁願いたいふたつ名で広く知られている身の上。


 その結果として、「英雄がその力で子供の命を救ってくれた」なんていうストーリーが出来上がってしまったらしい。まあ、おおむね事実ではあるんだろうけど。


 そしてここはガラス細工で有名な街。その結果、飛槌モドキに乗った俺をモデルにした作品を作りたいなどという世迷言を言い出す職人さん方が多数現れてしまったんだそうな。おかげで、行く先々で姿をスケッチさせてほしいなどと言われる始末。


 まあ、素知らぬ顔で他人事のように口笛を吹いているクーラにイラッときたので巻き込んでやったりもしたんだが、その点だけは後悔していない。きっと、俺とクーラが並ぶ姿をモデルにしたガラス細工も生み出されてしまうことだろう。


 俺としてはガラスの無駄遣いなんじゃなかろうかと思うわけだが、やめさせる権利があるわけでもなし。ひとりでも多くの職人さんが、「なんで俺はこんなアホな物を作っていたんだろうか?」と、一刻も早く正気付いてくれることを願うばかり。




 そんな現状でこの街に居られるほどには、俺もクーラも心が強くない。だから早々におさらばさせてもらい、念のためということで今日中にエデルト大陸を離れるつもりだった。初っ端から予定が狂いまくっているんだが、そこはまあいいだろう。あくまでも本来の目的は墓参なんだから。


 ともあれ、そういった事情もあって見送りはセオさんひとり。さすがにセオさんにまで黙って消えるのは抵抗があったので昨日のうちにそのあたりを話したんだが、せめて見送りだけはと押し切られてしまった形。


 ちなみにだが、今は日が変わった直後の真夜中。夜逃げするのはこんな感じなんだろうかとも思わないではないんだが、これも騒ぎを未然に防ぐためだ。


「そういうことでしたら、お礼を言うのはこれくらいでやめておきましょう。ところで、今日中にエデルトを離れるとのことでしたが、やはり西回りで?」

「ええ」


 この旅の目的地であるレスタイン大陸はエデルト大陸のちょうど反対側。エルリーゼは丸いので、西回りだろうが東回りだろうが北回りだろうが南回りだろうが、距離自体は大して変わらない。ただ、俺ひとりならばともかく、クーラを乗せて飛ぶとなると休息無しではかなり厳しい。


 そうなれば、まず最初に北回りと南回りが除外される。ルート上にまったく陸地が無いというのがその理由。


 そして、東回りではなく西回りを選んだのは、ミグフィスがエデルト大陸の西側にあったからというのが大きかった。


 せっかくなんだしこの旅では八大陸すべてを回ってみようかという話になっており、


 まずはエデルトを発ち、隣のテミトス大陸へ。その後はグルドア大陸、レスタイン大陸、グラスプ大陸、マルツ大陸、ハリエス大陸、ビルレオ大陸の順に回り、再度テミトス大陸に立ち寄った後でエデルトに帰還するというのが大まかな予定。


「とりあえずは、サーパスまで一気に行ってしまおうと思ってます。順調に行けば、昼前には余裕を持って着ける計算なんで」

「サーパス……。前にキオスが言っていましたね。たしか……金物で有名な街でしたか?」

「ええ。キオスさん愛用の包丁もサーパス製らしいですね」

「……思い出しましたよ。手に入れた頃のキオスはかなり浮かれていまして、ことあるごとに素晴らしさを熱く語られたものです」

「それはまた……」


 意外というべきなのか、キオスさんらしいというべきなのか。


「アズールさんも目的は包丁ですか?」

「毎日美味い飯を食わせてくれる奴の要望でしたから」

「なるほど。クーラさんのためでしたか」

「まあ、そんなところです」


 やはりというべきか、クーラが愛用しているのもサーパス製だったりするんだが、手に入れたのは10年前なんだとか。何度も研ぎながら使ってきた結果、かなり短くなっていて、そろそろ新しいのが欲しいとのことだった。


 そんなわけで俺らの中では、サーパス行きはよほどのことが無い限り外せないものとなっている。


「……アズールさんも変わりましたね」

「これでも一応は、日々精進を重ねているつもりですから」

「いえ、そういう意味ではなくて……。クーラさんとのお付き合いを始めたばかりの頃なら、照れて否定していたところでしたから」

「ですよねぇ。アズ君をここまで堕とすの、結構苦労しましたから」

「……そうかよ」

「そういう君だってさ、私に堕とされて幸せでしょ?」

「……ノーコメントだ」


 堕とされた自覚があれば慣らされた自覚もある。それでも、ここですんなりとうなずけるほどには、俺はまだ素直にはなりきれていないんだろう。


「まあ、相変わらず仲がよろしいのは結構なことだとも思いますけど。……ところで、クーラさんにお聞きしたいことがあったんですけど、よろしいでしょうか?」

「私にですか?まあ、少しくらい話し込んでも時間的には問題無いですけど」

「長い話にはなりませんので、その点はご安心を。……一昨日の夜のことなんですが、クーラさんはラルスのような体質をご存じだったんですよね?」

「ええ」


 あまり知られた話ではないらしいが、1600歳近いクーラであれば知っていてもおかしくないことでもある。


「昔、知り合いのベテラン虹追い人に聞いたことがあったんです」


 クーラが並べるのは毎度おなじみの言い訳。そんな人物が実在しないことも俺は知っているわけだが。


「だから知っていたわけですね。ただ、その後の対応が気になっていまして」

「……もしかしてマズかったですか?」

「いえ、そういうわけではないんです」


 俺もあの時のクーラに落ち度があったとは思っていない。


 起きている問題にあたりを付け、手早く必要な情報を聞き出し、すぐさま俺を送り出して、並行して支部長にも連絡を入れてさらに時間を短縮。


 むしろお手本のような采配だったとすら思う。


「ただ、後で思い返して感じたんです。あの時の指示はあまりにも的確すぎたのではないか、と」


 ……それはたしかに。


 セオさんもそう言うくらいなんだ。あの時点では最善だったんだろう。けれど、クーラがそれをやるというのは不自然でもあったんだ。


 なにせ表向きのクーラは、荒事とは無縁の看板娘。あの状況でなら、むしろオロオロするだけだった方が自然ですらあるという話。


 ラルスの命がかかっていたとはいえ、アピスに正体バレをした時と同様のやらかしでもあったわけだ。


 さて、どう誤魔化そうか……


『どうする?』

『どうしよう?』


 顔を見合わせるも妙案は浮かばず。


 一応、クーラには最後の手段があるわけだが、セオさん相手には使いたくないだろうし。


「その……言い方は悪いですけど、ラルス君は少し話をしただけの他人でしたし。だから逆に冷静でいられたんじゃないかなぁ、と」


 それでもどうにかクーラが用意したのは、もっともらしくもあり、苦しくもある言い訳だったんだが……


「……そういうことでしたか。どうにもその点が気になっていたんですけど、おかげですっきりしましたよ」


 セオさんはすんなりと納得を――


「やはり、クーラさんには何かしらの事情があるんですね。そしてアズールさんも深くかかわっている」


 ――したわけではなく、むしろ確信を抱かれてしまったらしい。


「ラルスを救っていただいたご恩もありますし、これ以上の追及は止めておきます。それと、公言しないことも約束しますのでご安心を。ただ――」


 穏やかだった表情が真剣さを帯びる。


「これまでにも何度か、クーラさんには不自然さを感じたことがありましたので。……程度の差はあるでしょうが、第七支部の古株は皆、薄々感付いているでしょう」

「……そうなんですか!?」

「ええ。ですからアズールさんも、もしもの時にはフォローしてあげてくださいね?」

「……心得ました」

「……気を付けます」


 つまりこれは忠告だったんだろう。


 たしかに言われてみれば、俺もクーラも現状に慣れ、気が抜けていた部分があったのかもしれない。まして最近は、クラウリアの帰還まで俺が生き延びるという問題がほぼ解決したばかりだったからなおさらに。


 どうやら俺たちは、随分と大きな餞別を頂いてしまったらしかった。

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