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愛称はアズとクーラになるんだろうか?

「なるほど。そんな経緯があったわけですか」


 俺とクーラが目的地であるミグフィスに到着し、セオさんを訪ねて大まかな事情を話し終える頃には、空は夕焼け色に染まっていた。


 つまるところ――日暮れまでにはかなりの余裕を持って到着できるという数時間前の予想は、またしてもものの見事にひっくり返されていたというわけだ。


 何があったのかといえば――




 昼飯を終えて出発してからほどなく、街道に1台の荷馬車を発見。違和感があるとクーラが言うので近づいてみれば、傍らでうずくまる初老の男性がひとり。


 何があったのかと聞いたところ、荷馬車の車輪が窪みにはまり、無理に押し出そうとして腰をやってしまったとのことで。


 さらに聞いてみればその人はミグフィスに戻る途中だったらしい。幸いにも行き先が同じだったこともあり、代わりに手綱を取って同行。


 その際には、不自然に思われない程度に異世界式治癒をこっそりとかけたりもしたんだが。ちなみに、はまっていた車輪を押し出すのは、全身に薄くまとわせた泥による疑似『身体強化』を使用した。


 ミグフィスに到着し、医者の所まで送り、話を聞いてやって来た息子さんに後を任せ、道すがらで宿を確保してからシェスター工房にやって来て、今に至るというわけだった。




「まあ、大事に至らなくてよかったですよ。腰ってのは、変な痛め方するとシャレになりませんからね」


 結局はそういうことだと思う。


「……アズールさんのそういうところは昔から変わりませんね」

「まあ、アズ君はどこまで行ってもアズ君ですから」

「……まあいいけどさ」


 成長が無いという意味で言っているわけじゃないということくらいはわかるつもり。そして、主にクーラに関わるところでは俺にも相当な変化はあったことだろうけど、それでも根本的な部分は変わっていないとも思うわけだが。


「ところで……」


 話を変えることにする。


「ナビアさんの具合はどんな感じなんです?支部長も気にしてましたけど」

「経過は良好。あと20日前後で生まれてくる予定です」


 セオさんのお相手であるナビアさん。その出産は間近に迫っていたらしい。


「やっぱり、緊張とかってするものなんですか?」


 俺にも弟や妹はいるわけだが、その出産時には俺もまだ物心がついていなかったんだろう。だからそこらへんは全く記憶に残っていない。


「緊張とは違うのかもしれませんが、もうじき父親になるというのは不思議な心境ですね。聞いたところでは、以前の兄もそうだったようです」


 セオさんのお兄さんはすでに子持ちだったらしい。


「出産経験のある母や義姉も気にかけてくれていますし、ナビアの方も落ち着いている様子です。それに、名前もようやく決まったところなんですよ」

「ちなみに、それはお聞きしても?」

「もちろん構いませんよ。男の子だったらナオ。女の子だったらセナと」

「それって、セオさんとナビアさんの名前から取ったんですか?」

「ええ。つながりを感じられる名前にしたいというナビアの要望でそうなりました」


 なるほど、そういう考えもあるわけか。俺とクーラだったら……男の子だったらアズリアで女の子ならクラールあたりになるんだろうかな。


 その場合……愛称はアズとクーラになるんだろうか?


 ……まあ、遠い未来の話になるんだろうけど。


「そういえば、ガドたちの方はどんな名前を考えているんでしょうかね?アズールさんはご存じですか?」

「いや、聞いたことはないですね。なんでしたら、直接聞いてみては?これの片割れは支部長が持っていますので」


 懐から取り出した鏡の魔具をテーブルに置く。支部長と先輩方は同じアパートに住んでいるわけで。それくらいであれば頼んでもいいだろう。


「それに、みなさんもセオさんとは話したいでしょうし」

「そういうことでしたら、お言葉に甘えさせてください。支部長に話したいこともありましたから」

「ただいまー」


 そこへやって来たのは元気のいい声。釣られて目をやれば、まだ10歳に届かないくらいの男の子が。


「おや、おかえりなさい」

「うん。ただいま、セオおじちゃん」

「セオおじちゃん、ですか?」


 なんというか、すさまじく似合わない呼称だった。


「……私はこの子の叔父にあたるので」


 つまりこの子はセオさんの甥というわけか。


「ねえおじちゃん。この人たちは?」

「私の友人ですよ。自己紹介をお願いできますか?」

「うん!」


 セオさんに言われれば、これまた元気よく返事をした少年が俺たちに向き直り、


「初めまして!ラルスっていいます!今年で9歳です!」


 なんというか、同じ9歳だった頃の俺とは大違いの礼儀正しさで、古傷を抉られる気分にもなってくる。


 ともあれ、自己紹介された以上はこちらも応えるのが礼儀だろう。


「俺はアズール。セオさ……もとい、セオおじちゃんにはいろいろとお世話になってたんだ」

「私はクーラっていうの。よろしくね、ラルス君」

「……セオおじちゃんの友達のアズールさん?」


 んん?


 クーラをスルーし、何やら俺の方をジッと見つめて来る。そして、


「もしかして……『クラウリアの再来』?」

「「ぐあ……」」


 完全に油断していたんだろう。唐突に放たれた言葉は不意打ちだったこともあり、俺とクーラに突き刺さっていた。


「……相変わらず苦手なんですね、そう呼ばれるのは」

「……はい」


 ある程度は諦めて受け入れたつもりでいたわけだが、それでも複雑ではある。当然ながらクラウリア本人(クーラ)としても同じくなんだろう。


「どうしたの?お腹痛いの?」

「少し驚いただけだよ」


 それでも、心配そうに無垢な瞳を向けて来る子供相手に本当のことを言えるわけもなく。


「……そうだ!アズールさんのこと聞かせてよ!」

「俺の?」

「うん!だってセオおじちゃんが全然教えてくれないんだもん!」

「……何度か聞かれたんですけど、アズールさんはそういうのも苦手だと思ったので」

「……感謝します」


 さすがはセオさん。まったくもってその通りだった。


「ですが……」

「ですが?」

「この前はすごい鯨をやっつけたんだよね?その時のこと、聞きたい!」

「……そういうことですか」

「ええ」


 いくらセオさんが伏せてくれたとしても、俺自身のやらかしはしっかりと広がってくれやがっていたらしい。


「……元気出して、アズ君」

「……ありがとな」


 軽く肩に乗せられたクーラの手がなんとも優しくて、気休め程度には楽になった気がした。

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