行ってきます
「こうして俺たちがレスタインに向かうことができるのは皆さんのおかげです。心からの感謝を」
あれやこれやと計画を立て、今日が出立の日。朝イチで支部を訪れた俺はそう頭を下げ、
「私からもお礼を言わせてください。皆さんのおかげで、私は両親のお墓参りに行くことができます」
隣でクーラも倣う。
「「ありがとうございます」」
一度は流れたレスタイン行きの話が再度出て来てからひと月。
出立の朝に支部を訪れた俺たちは、この場にいる皆さんに深く頭を下げていた。当然ながらそれは口先だけではなければ演技でもない。本心からのもの。
余裕があるならあちこちを回りたいが、最低でも6日あればどうにかなる。そんな風に考えていた俺。けれど話を聞きつけた面々が総出で協力を申し出てくれた結果、その15倍――90日もの休暇をもらえていたんだから。
「これくらいお安い御用ですって」
「むしろ今までに受けた恩を少しでも返せるわけですし、運が良かったかも」
「アズールさんの留守は守ります、なんて言えたらカッコよかったんだろうけど、力不足は自覚してますから。それでも全力を尽くします」
「それよりも、クーラちゃんのことをしっかりとエスコートしてあげてください」
「そうそう。せっかくの旅行なんだから、クーラちゃんも目一杯楽しんできてね」
「帰ってきたら土産話聞かせてください。楽しみにしてますんで」
「俺らも少しは成長した姿を見せられるように頑張りますから」
そしてこの場には、今の第七支部に所属するほぼ全員が集まっていた。
例外はガドさんとセルフィナさんにキオスさんとシアンさん。タスクさんとソアムさんにセオさん。まあ、理由はそういうこと。
ちなみにだが、その中で今は王都を離れているセオさん以外には、昨日のうちに挨拶を済ませてあった。当然ながら、エルナさんにだって同様に。
ともあれ、朝も早いのにわざわざ見送りにまで来てくれるあたり、俺は先輩だけでなく後輩にも恵まれたということなんだろう。
「お店の方は私たちが引き受けるから心配しないで。それと、ペルーサちゃんのことも気にかけておくから」
「アズールはクーラのこと、しっかりと守ってあげなさいよ?もしも泣かせでもしたなら、帰って来てからタダで済むとは思わないことね」
そう言ってくれるのはネメシアとアピス。クーラの正体を知るこのふたりには、クーラの現状も伝えてあった。
ちなみにだが、大好きなクーラおねえちゃんにしばらく会えなくなると知ったペルーサには大泣きされてしまったりもしたんだが。
最終的には納得してもらえたとはいえ、クーラに言わせれば星界の邪竜の100倍は強敵だったとのこと。まあ、いくらかはその気持ちも理解できるけど。
「アズは殺しても死にそうにないけど、クーラも一緒なんだからな。無茶はほどほどにしておけよ?」
「だよなぁ。アズひとりなら、悪運だけは無駄に強いから心配いらないんだろうけど」
腐れ縁共はある意味普段通りでむしろ安堵するくらい。
「この旅がおふたりにとって素敵なものになることを祈っていますよ。それと、もしも何かあったなら伝えてください。すぐにでも飛んでいきますから」
世界中を旅した経験があり、いろいろと助言もくれていたトキアさんは最後まで俺たちを案じてくれる。そして、飛んでいくというのは文字通りの意味でもあるんだろう。
「あまり気を張りすぎるのもどうかとは思うが、せっかくの機会なんだ。見聞を広めてくるといい。3か月後には、ひと回り大きくなったあんたと再会できることを楽しみにしているよ。それからふたりとも、くれぐれも身体には気を付けるんだよ」
支部長の言うように、見知らぬ土地で学べることは多いだろう。成長の機会を見逃すのはもったいない。もちろんのこと、身体を壊すなんてのは論外だ。
「あとは、なるべく毎日連絡を寄越すんだよ」
「はい」
鏡の魔具は、その片割れを支部長に預けてある。行動を共にするのであれば、俺とクーラがそれぞれを持つよりもその方がいいだろうから。そして、有事の際には遠慮なく呼び付けてほしいとも伝えてあった。俺にしてもクーラにしても、この場にいる人たちの窮地に知らんぷりなんてしたくはなかったから。
「「行ってきます」」
見送られて外へ出れば、今日は程よい曇り空。絶好の旅日和だった。
泥団子で形成した飛槌モドキにまたがり、後ろに乗ったクーラがしっかりとしがみ付いたのを確認。『遠隔操作』で飛槌モドキを上昇させていく。
十分な高度が取れたところで飛槌モドキを西門へと向かわせる。『爆裂付与』による『みさいる』式は速いんだが、爆発を加速に使っているせいで結構な音も伴ってしまう。だから王都を出るまでは『遠隔操作』で。
それでも、普通に走るよりはずっと速度の出せる『遠隔操作』でほどなくして西門に到着。一度そこで地面に降りる。これはトキアさんの経験談なんだが、街を守るための外壁である以上、上を飛び越えるのは避けた方が無難とのこと。以前それでトキアさんは随分と面倒な目に遭っていたらしい。
王都から出る際には最寄りの西門を使うことが多かったという事情もあり、すっかり顔見知りになっていた門兵さんに軽く挨拶し、外に出たところで再び飛槌モドキに。
「さて、ここからは少しずつスピードを上げていく。しっかり捕まってろよ?」
「うん」
「それと、キツいようならすぐに言ってくれ。速度を落とすから」
「了解」
『みさいる』式の速さは『遠隔操作』を大きく上回る。だから大した時間もかからないうち、王都は見えなくなっていた。
「ねえ、アズ君」
「どうした?」
「楽しみだね」
「ああ」
なんだかんだで俺もクーラも、そこは共通していた。
事実、最近の休日は図書院に入り浸り、朝から夕方まで「これは見てみないと」「ここ、行ってみようよ」「美味そうだな、これ」「これは欲しいかも」などと盛り上がっていたくらいなんだから。……まあ、盛り上がりすぎた結果、図書院ではお静かにと何度か注意されてしまったのは反省すべきだけど。
ともあれ、こうして始まった俺たちふたりの休暇。
最初の目的地はエデルト大陸北西部にあるミグフィスの街。そこはガラス工芸品が世界的に有名で、俺とクーラが持っている貝殻のお守りもそこで加工されたんだとか。
そしてもうひとつ。ミグフィスは現在帰省中であるセオさんの故郷でもあった。




