クーラが機嫌よく笑っているのなら、それでいいか
クーラとふたりでのレスタイン大陸行き。どんなルートで道中はどこに寄ろうか、なんて風にあれこれ予定を立てるのも楽しくはあったわけだが、未だに果たされていなかった。
その原因。第七支部を大きく揺るがした事件というのは――
セルフィナさん、シアンさん、ソアムさん。そしてセオさんの婚約者(名はナビアさんというらしい)の妊娠が立て続けに発覚したことだった。
相手は言わずもがな。ガドさん、キオスさん、タスクさん、セオさんで。
本来ならばそれは喜ばしいことであり、最初にセオさんから報告を受けた時の支部長は我がことのように嬉しそうで、俺らも素直に祝福できていた。
ただ、タイミング的にはアレだったのも事実なわけで。
その後、ガドさん&セルフィナさん。さらにキオスさん&シアンさんからも同じ報告を受け、タスクさん&ソアムさんまでもが続くことになってしまい、
アピスやネメシアは話を聞いた時には不安そうに自身の腹をさすっていたりもしたんだが、(あの状況では)幸いなことに、どちらも妊娠してはいなかったらしい。というか、あのふたりまでもが妊娠していた日にはどうなっていたことやら……
ちなみに、俺とクーラに関しては不要な心配だったわけだが。クーラからは何度も迫られていたんだが、なんだかんだで俺がヘタレているうちに異世界への呼び付けが発生。分け身の身体で行為に及んだ場合はどうなってしまうのかわからないから止めておこうというのがその理由。
ともあれ、そうなれば今まで通りとは行くはずもない。事務担当のセルフィナさんやシアンさんにしても、仕事には限界があるだろう。ソアムさんに至っては、身重で魔獣相手に大暴れなんてのはまず無理な相談だった。というかそんなことをやろうとしたなら、第七支部のメンバーが総出で止めに入ることだろう。
そして、近いうちに父親になる方の4人に関しても、しばらくはそちらを優先した方がいいだろうという話で。
結果として――第七支部における古株の7人が一斉に休業になってしまったというわけだ。ちなみにだが、セオさんは(支部長にケツを蹴り飛ばされる形で)今は故郷に戻っている。
そんな状況では、俺とクーラのレスタイン行きだって保留にせざるを得なかったというわけだ。
だが……
「言われてみれば、最近は落ち着いてきた感じがしますね」
急募をかけた事務担当にしても、ここ2年ほどで加入した新人たちにしても、最近では危なっかしい印象は見て取れない。
そして高ランクの虹追い人が必要な案件はそうそう頻繁に起きるものでもなく、仮に起きてもトキアさんにアピスとネメシア、ついでに腐れ縁共がいる。
ならば、少しくらい俺が不在でもどうにかなるのか。
「まあ、そういうことさね。細かい日程なんかはアピスとネメシア、エルナさんあたりも交えてあらためて詰める必要があるだろうけど、今度こそ確定でいいだろう」
「ありがとうございます。俺の方もあれから飛槌モドキの扱いは上達しましたからね。6日あれば、最低限の用事は果たせるかと」
「……まあ、アズールだからねぇ」
現時点での最小必要日数を示しただけなのに、そんな呆れ混じりのお言葉を頂いてしまう。
それでも、一度は延期になった反動もあったんだろう。ようやく実現できるとなって、口元がニヤケている自覚はあった。
「そっかぁ……。ようやく父さんたちに報告できるんだね」
帰宅後。晩飯の擦りおろしニンジン入りシチューを食いながらさっきの話を聞かせてやれば、クーラはしみじみとそう口にする。
「随分と久しぶりになるんだよなぁ」
「間も悪かったからねぇ」
俺たちが恋仲になったのは、クーラに連れられて墓参りに行った翌日のこと。
「そういえば、早めに報告した方がいいんじゃないかって、君には言われてたんだっけ。ホント、素直に聞いておくべきだったって後悔してるよ……」
「……そうだったな」
いつでも行けるんだから急ぐことも無いと言うクーラと、いつでも行けるなら早い方がいいと言う俺。互いの意見は見事に真逆だったわけだが、クーラに流されるままに墓前への報告を先送りにし、そろそろ行こうかという話になった矢先に起きたのが異世界への呼び付け。
そんなわけで、俺たちが恋仲になったことはまだ未報告だったりする。
事情が事情とはいえ、これはこれで結構な不義理になるんじゃないかとも思えてしまうわけだが。
「……なんて言うかさ。私って、本当に幸せだよねぇ」
「急にどうした?」
「だってさ、大好きな君が私の望みを叶えてくれるんだから」
「だからそういうことをサラリと言うなよ……」
不意打ちを決められると、それだけで顔が熱くなってしまう。
「けど事実だし。君が力を貸してくれなかったら、クラウリアが戻って来るまでお墓参りはお預けになっちゃうところだったよ」
「そのことなら気にするな。お前のご両親やお爺さんにきっちりと報告をしたかったのは、俺も同じなんだから」
「あはは、またそういう言い方するし」
「事実だからな」
「まあ、そういう素直じゃないところも好きなんだけどね」
「……そうかよ」
恥ずかしげもなく息をするように好きだ大好きだと言ってくる。俺の方は未だに、口にするだけでも照れが入ってしまうってのに。
「そういえば、クラウリアは今頃どうしているんだろうな?」
照れ隠しで話題を変える先は、クーラの片割れとでも言うべき存在。クラウリアが異世界に呼び付けられてからは、すでに2年以上が過ぎていた。
「……間違いなく、タチの悪い足止めを喰らってるんだろうね。正直、かなり心配でもあるんだけど」
クラウリアのことはこれっぽっちも心配していない。前にクーラはそう言っていたわけだが、そこを冷やかすほど俺は阿呆ではないつもり。さすがにこうも戻りが遅ければ心配になるのも当然だろう。
クーラにとってクラウリアは、もうひとりの自分みたいなものなんだから。
「大きな怪我とかしてなければいいんだがな」
桁外れの治癒を使えるクラウリアではあるが、それでも怪我なんてしてほしいとは思わない。
「いや、それは無いでしょ。クラウリアが怪我するなんてことは、これっぽっちも心配しなくていいからさ。むしろそんなことができる奴がいたら逆に褒めてあげたいくらい。まあ、ジャガイモの皮むきしてる時にくしゃみが出た弾みで指を切っちゃうくらいはあるかもしれないけど」
「いや、今お前が言ったばかりだろ?クラウリアが心配だって」
なにやらかみ合わない気がするんだが。
「……君はそう解釈しちゃったわけか」
「……つまり、俺に誤解があると?」
「うん。私が心配してるのはさ、クラウリアのメンタルだよ。間違いなく、アズ君不足が深刻なことになってるだろうから」
「……前にも聞いたな、そのアホくさい症状」
あれはクゥリアーブに着いた直後のことだったか。最近では現状にもすっかり慣れ、数日間王都を離れるようなことがあっても割と平気なんだが。
「……私たちには恐ろしい症状なんだけどね。クラウリアにしてみたらさ、君と会えなくて君の声も聞けない。しかも、君が無事でいるかどうかすらもわからないわけでしょ」
「まあ、そうなるだろうな」
「それが2年以上。……狂ってなきゃいいんだけど」
「……そこまでかよ!?」
恐ろしい懸念を口にするクーラだが、その口調にふざけた色は皆無で、
「そこまでなんだよ」
大真面目な顔で返してくる。
「……その時は、君だけが頼りだからね。そうなったクラウリアを止められるのは、この世界には君以外に存在しない」
「……いや、俺にも無理だろ」
いくら俺が世界準最強を目標にさせられているといっても、クラウリアとの間にどれだけの実力差があると思っているんだか。下手しなくても、一瞬で挽き肉にされる未来しか見えない。
むしろ、俺よりもクーラの方がそのあたりは正確に理解していそうなんだが。
「そんなことないよ」
けれどクーラは否定。
「君が抱きしめて名前を呼んであげれば、一瞬で正気付くはず」
「……そういうものなのか?」
たしかに、力づくで止めるよりは可能性が高そうな気はしないでもないんだが……
「そういうものだよ。元はひとつだった存在だからね。私のチョロさは、私が一番よくわかってる」
得意気に胸を張ってそんなことを言う。だが、はたしてそれは自慢になることなんだろうか?
ともあれ……
「まあ、その時は俺なりに全力を尽くすけどさ」
少なくとも、知らんぷりをできる自信は無いわけだし。
「君ならそう言ってくれると思ってたよ。ホント、そんな君に愛されてる私って、世界中の誰よりも幸せな人なんだろうね」
さすがにそれは言い過ぎだ。
もっとも……
クーラが機嫌よく笑っているのなら、それでいいか。
そんな風に思えてしまう俺も大概だったわけだが。




