『良き先輩』の手本には恵まれましたからね
「それにしても、随分と慕われてるみたいじゃないか」
執務室に場所を移すなり、そんなことを言ってくる支部長はわかりやすく嬉しそうで。
ここ2年ほどで第七支部の所属メンバーは一気に増え、今では30人超え。それに伴いアパートを新規に立てていたりもするんだが、その費用にはトキアさんが出した依頼――クーラをクゥリアーブに連れて来ること――の法外な報酬が使われていたらしい。トキアさんのことだから、そこまで見据えていたんじゃないかとも思えてしまうわけだが。
ともあれ、そんなこんなで新しく第七支部に入って来た人たち。中には、複合型を手に入れたりランクが上がったりしても威張れないことに腹を立て、出て行くような連中もいた。遠出先で出会った人と恋仲になり、その地に永住を決めた人もいた。それでも、残っているメンバーとはそれなりによろしくやれているとは思う。
まあ、第七支部への所属を望む新人が増えた一因が『誰かさんの再来』とかいう『英雄』の存在というのは少し……いや、かなり相当複雑でもあるんだが。
「『良き先輩』の手本には恵まれましたからね」
なんにせよ、俺が慕われているのなら、行き付く理由はそこになる。
タスクさん、ソアムさん、セオさん、キオスさん、ガドさん、そしてトキアさんの背中を見続けてきた身の上。
「先輩方がしてくれたことを、俺ができる範囲内で真似てるだけですし」
先輩方ほどではないにしても、後進に少しでも貢献できていたのなら、それは大いに結構なことだと思う。
「それに、俺だけってわけでもないでしょう」
アピスにネメシア。ついでに腐れ縁共だって、後輩たちから慕われている印象だ。
「やれやれ……。自分を卑下する癖は治ったみたいだけど、そういうところは相変わらずだね。まあいいさ。それよりも、本題に入ろうか」
「俺に話があるってことでしたよね」
「……1年後に虹天杯が開かれるってことは知ってるかい?」
「……そういえば、もう1年後でしたっけ」
虹天杯というのは10年に一度開かれる大会で、各大陸から選ばれた代表が1対1でトーナメントを戦う。いわゆるところの世界最強決定戦だ。もちろんのこと、クラウリアはさて置いての話になるんだが。
「……俺が王都に来てから、もう4年になるんですね」
たしか……故郷を発ったのが、前回の虹天杯からちょうど5年後にあたる日だった。
「ああ、そういえばそうだった。思えばあの日、あんたが手に入れた心色は聞いたことも無いようなシロモノだったんだよねぇ……」
「今となっては懐かしい話ですね」
備わった心色が虹色泥団子。そう知った時には、随分と複雑な気分になったものだ。
「クラウリア並みに希少だとか、虹剣と同じく『虹』と付いてるだとか、そんな話も聞きましたっけ」
そのあたりはさて置くとしても、実際に付き合ってみれば恐ろしく頼りになる相棒だったわけで。当初と立場が逆転したとでも言えばいいのか、腐れ縁共に羨ましがられたこともあった。まあ、あいつらはあいつらで自身の心色を気に入っているみたいだし、そこまで気にしている風でもないのは結構なことなんだが。
「……正直、あんたが史上最年少で紫になるなんてこと、あの時のあたしは夢にも思わなかったよ」
「そりゃ俺もですって」
いつかは俺も紫に。野心……というか、そんな妄想くらいはしたことが無かったとは言わないが。
虹追い人としての実質最高位である紫。俺がそこに至ったのは、今から2年以上前――16歳の時だった。
『虹孵しの儀』では得られた虹起石の数に応じた分だけランクポイントが加算されるという仕組みがあり、俺のスコアは6279。
そしてそれは、歴代でも4位の数字。
加えて、クソ鯨討伐の功績分も加算された結果、俺は緑から青、藍をぶち抜いて紫になってしまったというわけだ。
余談だが、ランクのぶち抜きというのはたまにあることらしい。一番多いのは、白の時点で十分な実力を備えていた新人がランク不相応の魔獣と遭遇、撃破したというケース。結果、白から赤を通り越して橙や黄に至るというもの。
さらに余談だが、過去のランクぶち抜きとして有名なのはクラウリアだったりする。本人曰く、最初の異世界から戻ってきた直後の剛鬼300体撃破で一気に藍になってしまったんだとか。
白から藍と、緑から紫。ぶっ飛び具合でどっちが上なのかは大して興味も無いが、きっと俺のやらかしも後世に語り継がれてしまうんだろう。
ちなみにだがクーラなんかは「そういう意味でも君と私ってお揃いなんだよね。なんか嬉しいかも」などと呑気なことを言っているんだが。
なお、俺が更新する前の紫到達最年少記録は灼哮ルゥリの20歳。クラウリアは30を過ぎてからで本人曰く、2度目の異世界から戻った後のことだったらしい。
俺も今では19歳。割と頻繁に感じていることだが、この4年間には実にいろいろとあったものだ。
「っと、話が逸れちまったね」
「そうでした。それで、虹天杯が1年後に……ってまさか!?」
流れ的に用件が見えた気がするんだが……
「そういうことさね。現時点でエデルトの代表はほぼあんたで内定してるんだよ」
「そうでしたかぁ……」
「ただ、本人の意思を無視して強要するわけにはいかないからね。考える時間だって必要だろう。返事は10日後くらいを目途にもらえればいいさ」
「……いえ、虹天杯のエデルト代表。引き受けますよ」
そこまで聞いた時点で、すでに答えは決まっていた。
「……意外だったね」
「そうですか?」
「ああ。なんだかんだ言っても、目立つのは好きじゃないだろう?だから最終的にどうするかはともかく、即断するとは思わなかったよ」
「……実際、目立つのは好きじゃないですよ」
それ自体はまったくもって正しい。
……不本意ながら慣れてしまった感があるのは、なんともやるせないところだが。
「けど、俺が次の虹天杯で活躍するなんてことをほざいてくれやがった阿呆がいましてね」
以前、どこぞの看板娘が近所の子供相手に言っていたこと。とはいえ、嘘にさせずに済むのなら、それはそれで結構なことだろう。
「それに、各大陸の代表にも興味がありますから」
クラウリアに次ぐ世界準最強を目標とさせられている身としては、それぞれの大陸で最強候補と言われるような虹追い人の力をこの目で見て、この身で直に知ることができるというのは魅力的な話でもある。
「そうかい。なら、そのように報告しておくよ。……あたしとしても、大舞台で活躍するあんたを見てみたいって気持ちはあるからね」
「その時は、期待を裏切らないように力を尽くしますよ」
「楽しみにしてるよ。さて……それともうひとつ話があってね」
「なんです?」
「ずっと保留になってた……おや?」
「連盟からの連絡ですか?」
「そうみたいだね」
不意に響いたのは、妙に硬質な音。この部屋に置かれている魔具からで。
「すぐに確認するんで、少し待っててもらえるかい?」
「ええ」
「……やれやれだよ」
待つことしばらく。
「……ひょっとして、ロクでもないことです?」
俺がそんな予想を付けたのは、支部長が発した声がウンザリした色を帯びていたからで、
「まさにその通りさ。……オビア・ズビーロだよ」
「うげ……」
出てきたのは、俺にとってもウンザリな名前。
オビア・ズビーロというのはこの国の元宰相。オビア以外にも、その長男次男三男には散々迷惑をかけられた記憶があった。
たしか長男と三男はすでに死亡していた。次男と四男はオビアと一緒に辺境に送られて生涯監視付きの軟禁生活になっていて、少し前に次男は自殺したんだったか。
「それで、元クソ宰相がどうかしたんですか?」
「簡単に言ってしまうなら、軟禁場所の屋敷が賊に襲撃されて、そのどさくさでオビアと四男が姿を消したらしい」
「そりゃまた……」
随分な大事だった。
「元宰相とはいえ、今は重罪人だからね。近いうちに、その首には賞金がかけられるらしい。もちろん生死不問でね」
宰相から賞金首。落ちるところまで落ちたって感じか。まあ、自業自得以外の何物とも思えないが。
「今のところはこれくらいだが、詳しいところは追って報告が上がって来るだろう。なんで今更ってところは気にかかるけどね」
「それはたしかに」
流れ的には、賊の目的はオビアの救出だった線が濃いように思える。だが、元宰相とはいえ、今では影響力皆無の犯罪者。そいつのためにそこまでする理由が見えてこない。
「まあ、オビアの件はさて置くとしてだ。例の件、そろそろいいんじゃないかと思ってね」
「例の件?」
そういえば、保留がどうとか言いかけてたような……
「しばらく休暇が欲しいってやつだよ」
「そのことでしたか」
「ああ。ようやくこの支部も現状に慣れてきたところだからね。それに、1年後には虹天杯を控えてるんだからなおさらさ。今を逃したら、次はその後になりかねないだろう?」
例の件というのは半年前、ふとした会話の中でクーラのご両親やお爺さんが眠る地に関する話題が出たことに端を発していた。
速い話、クーラにとって大切な人たちの墓前に報告をしたいというもので。
さすがに事実――クーラの真実をありのままに明かすわけにはいかなかったということもあり、
まだ赤ん坊だった頃に流行り病で両親を失い、エデルト大陸に移り住むことになっていた叔父夫婦に引き取られた。
と、そんな作り話を用意したわけだが。
クーラの身内が眠る地――レスタイン大陸というのは、このエデルト大陸からはほぼ反対側。行こうと思ったなら、普通であれば片道でも数か月単位での日数が必要になるような場所。
けれど今の俺ならば、飛槌モドキを使えば比較的現実的な日数で往復できそうな距離でもあった。
だがそれでも、その間は俺とクーラが揃って王都を離れることになるわけで。だから、支部長やエルナさんとも話し合い、クーラの代役はアピスとネメシアに頼み、日数には多少の余裕を見て往復10日という予定で話がまとまった直後、
第七支部を大きく揺るがす事件が起きていた。




