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晩飯には間に合わせたいからな

 今日の目的地である魔獣生息域に到着。予定では、この後は狩りに移るところなんだが。


 ぐぅ……


 なんとも間の抜けた音。考えるまでもなく正体はわかる。腹の虫が餌を寄越せと催促する音だ。


「まあ、腹が減ってはなんとやらか」


 今はちょうど昼飯時。


「まずは飯にするか」


 だから予定を変更。足場にしていた心色を板状に変え、腰を下ろして背負い袋から引っ張り出した包みを開けば、ふわりと広がる香りが空きっ腹に突き刺さる。


「魚を海の上で食うってのも、なかなかオツなものだな」


 今日の昼飯。看板娘兼同居()人兼恋人兼師匠()兼悪友兼目標()に勧められて買ってきたのは、酢漬けイワシのサンドイッチ。甘酸っぱい味付けではあるんだが、イワシ本来の味がかき消されるほどでもなく、薄切り生タマネギの辛みやパンのほのかな塩気ともよく合っていて実に美味い。


 まあ、これまでにもエルナさんの店でハズレを掴まされたことなんて一度も無かったわけだが。


「ごちそうさん」


 途中、匂いに誘われて来たであろう海鳥にパンの切れ端をくれてやったら妙に懐かれたなんてハプニングはあったものの、サンドイッチが俺の腹に消えるのに大した時間はかからず。


 その後は、同じく背負い袋から引っ張り出した瓶に口を付ける。


 今日は……リンゴの果実水に茶を合わせたものか。


 これは、少し前から毎朝クーラが用意してくれるようになったものだ。中身はその日の気分で決めているとのことだが、そこはクーラ。「私が美味しいと思わないものを君に出すなんて、私のプライドが許さないから」とのことで、これまたハズレを掴まされたことはなく。


 腹ごしらえも済んでひと息。サンドイッチを包んでいた布、それに空瓶を背負い袋に戻す。


「さてと……」


 今度こそ本来の目的に取り掛かろう。


 立ち上がり、足場を板状からトキアさんの飛槌と同じような形に変える。戦闘用としてはこちらの方がいろいろとやりやすいからだ。もちろん転落防止のために、足元は泥でしっかりと縛り付けてある。


 俺が呑気に飯を食っている間にも襲撃は無かったわけだが、それは高度を200メートルまで上げていたからだろう。多少の個体差はあるだろうが、連中の攻撃圏は広く見ても高度100メートルくらいまでということは知っていた。


 さすがにそこに入ろうとは思わないが、ある程度は近い方がやりやすいだろう。だから120メートルくらいまで足場――飛槌モドキを下ろす。


 まずは……撒き餌からだな。


 世間様ではワンパターンとも言うのかもしれないが、同種を相手取った経験があるんだ。活用できるならば、その方が得だろう。


 右手に出した泥団子を『遠隔操作』で頭上へ。そこで8『分裂』を発動し、8方向に飛ばして、


 300メートル。よし、このあたりで……


 感覚的に掴んだ距離を数字で認識する。これはトキアさんに教わったこと。もともとは飛槌モドキの高度を把握するためにと学んだことだが、いろいろと応用も利くので重宝していた。


 十分に距離を確保できたところで、飛ばした泥団子のすべてに2000『分裂』。そのまま海面に落下させて、


 爆ぜろ!


 同時に『爆裂付与』。そうすれば、8つの水柱が吹き上がる。


 まずは……成功例のある手口から試してみるか。


 再度生み出した泥団子を『遠隔操作』で70メートルほど下に飛ばし、『分裂』で体積を増やし、いつぞの『みさいる』モドキを形成。


 来たか!


 待つことしばし。別個体とはいえ、同種の魔獣。であれば、習性なんかも似通っていたんだろう。ゼルフィク島近海での一件をなぞるようにして、海中から跳び上がった海呑み鯨(オーシャンスローター)が『みさいる』モドキへと迫って来て、


 食らいやがれ!


 いつかのクソ鯨にやったのと同じように、『爆裂付与』で加速させた『みさいる』モドキを腹の中へとぶち込んでやり、そこから2000『分裂』の乱れ打ち。そうすれば、あっという間にその巨体は破裂するんじゃないかというくらいに膨れ上がり、大気に溶けるように消えていく。


「まずはひとつ」


 あとは残渣が海中に落ちる前にリボンを伸ばして回収。そのまま手元に引き寄せて、()()()()しまってやれば、一丁上がりというわけだ。


 幸先は上々と。夕方までには王都に帰る必要がある以上、あまり長時間は留まれないが……どうせなら容量いっぱいには確保しておきたいところ。


 とりあえず、目標は11匹にしておくか。


 今の俺では、クーラみたいにふざけた量は入れられないんだから。


 せっかくだし、狩り方もいろいろと試してみるか。ここでなら、周囲の目を気にすることも無いんだし。


 泥団子を放り投げて20『分裂』。今度は『みさいる』モドキではなく、そのままの形と大きさで飛び回らせる。連中が海鳥あたりと誤認してくれればいいんだが……っと、かかった!


 そんなことを思ううち、2匹目の海呑み鯨が跳び上がって来て、泥団子をいくつか食われてしまう。


「お前にはこいつだ!」


 2匹目には、2000『分裂』と『追尾』を込めた泥団子を投げ付けてやる。命中はしたものの、表皮にへばりつくだけ。この程度ではかすり傷にもなっていないだろう。


 だが、その外側だけに『封石』。さらにその上から異世界式障壁を張ってから、内側に『爆裂付与』を発動させてやれば、


 ドゥン!


 爆音と同時に巨体がビクンと震える。密閉状態で起きた爆発はその頑丈な表皮を抉り取っていた。


 これだけだと倒し切るのは無理か。けど!


 さらに追加の泥団子。これに込めるのは2000『分裂』と『追尾』。そして、クーラ直伝の異世界式電撃を。


 表皮は硬くとも、中は脆かったんだろう。内部を電撃で焼かれては耐えられなかったらしく、2匹目も海中に落ちる直前で残渣に変わっていた。当然ながらこれも同様に回収。


 次は……あいつにするか。


 跳び上がっては来ない。けれど、海面に大きく背中を見せる個体が目に付いた。


 これの威力も知っておきたいんでな。


 3匹目に食らわせるのは泥団子ではなく、クーラによる謎強化が施されたリボン。耐久性は折り紙付きで、泥団子を食わせれば思い通りに動かすことができ、伸縮も自在。


 その先端をねじって尖らせ、勢いよく伸ばしてやれば、それは刺突と変わらない。


 ……すげぇなこのリボン。


 そんな一撃は海呑み鯨の頭を容易く貫いていた。


 そして海呑み鯨も頭を潰されては生きていられなかったんだろう。その個体も消え、残渣に変わっていた。


 これで3つ。


 4匹目は『みさいる』モドキの速度と重さで表皮をぶち抜けるか試してみようか。ぶっ刺すことができたなら、そこから……氷結にするか。


 そういえば、リボンの先端に特大泥団子を付けて『封石』と障壁を張ってやればソアムさんみたいなこともできそうか?『爆裂付与』での加速も行けるだろうし。


 あとは、『爆裂付与』で爆風の方向性を限定するのも最近できるようになってたんだよな。余波対策としては『封石』と障壁の合わせ技も有用ではあるんだが、威力とか使い勝手の差も見ておきたいか。


 泥をまとわせた手刀での接近戦……は却下だな。さすがに連中の攻撃圏に入りたいとは思えない。


 そうだ!だったらアピスの得物をさらに大型化させるような感じでなら――




「っと、少し欲張りすぎたか」


 試してみたいことがあれこれと湧いてきた結果、仕留めた海呑み鯨は結構な数に。体感だが、そろそろ帰還する頃合いだろう。


 最後に……あれをやってみるか。


 だから、次で切り上げると決める。


 想起するのは、俺が知る限りで最大最強の一撃。真っ直ぐに伸ばしたリボンに泥をまとわせて長大な棒状に。さらに形状を調整し、切れ味を備えた刃物に変えて。


 その上で込めるのは、炎、氷、風、地、雷、光、闇の7種を。


 クーラはそれらに留まらず、様々な異世界産技術を息でもするように容易く結実させていたわけだが、本当にあいつはどうやってあれだけの力に相乗効果を発揮させていたのやら。


 懇切丁寧に指導してくれているとは思うんだが、あまりに高度過ぎて断片的にしか理解できず、今の俺では反発――打ち消し合いをさせないだけで手いっぱい。


 それでもどうにかこうにかで形にするうち、標的が跳び上がって来る。


 さて、俺はどこまであいつ近づけたのか……


 ラストワン目掛けて振るうのは数十メートルの大剣モドキ。ダメ押しとして全身に薄くまとわせた泥で疑似的な『身体強化』を行い、『爆裂付与』で剣閃を加速させ、与撃の瞬間にも『爆裂付与』を発動。


 そして、


 ……わかっているつもりだったが、やっぱりクーラは遠いな。


 俺なりに再現を試みたのは、クーラの必殺技(こっぱみじんぎり)。本家本元であれば、星界の邪竜を跡形もなく消し去るほどの一撃。


 けれど俺が組み上げたもの。模倣というのもおこがましいほどのそれは、海呑み鯨の半分あたりまで食い込むにとどまっていた。


 言い換えるならそれは両断――斬り抜くことすらもできなかったという話。


 まあ、いちいち落ち込んでても仕方ないか。


 隔絶した力の差があることなんて、とっくにわかっていた。


『君って異世界技術の呑み込みが早すぎない?応用力も高いし泥団子との結実も要領いいし。それに本来の心色だって何気に成長速度がとんでもないし。正直、軽く嫉妬するレベルなんだけど』


 なんてことをクーラは言うんだが、どうせそれは世辞だろう。


「現状では影を踏むどころじゃない。影を見ることすらもできないと、そう再認識できただけでも収穫と考えておくか」


 だからさっさと気持ちを切り替えることにする。


 リボンを伸ばし、海中へと落ちていく残渣を回収。


「晩飯には間に合わせたいからな。帰りは少し飛ばして行くか」


 そこは『転移』が使えれば楽だったんだろうけど、そうそう都合よくは行くはずもなし、か。


 たしか今夜は……ニンジンをメインにすると言ってたか?まあ、あいつのことだ。予想を裏切りはしても、期待を裏切ることはないだろうけど。


 そんなことを思いつつ、飛槌モドキの端に『爆裂付与』を発動。その加速を使い、俺はグラバスク島近海を後にしていた。

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