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俺は何があろうとも……必ずお前のところへ帰るよ

「ことあるごとに似たような発言をしてる気がするのはアレな話だが、本当にこの3か月もいろいろあったよなぁ……」

「だよねぇ……。というかさ、君って間違いなく運命係数高いよね」

「……初めて聞く単語だな。それも異世界由来なのか?」

「うん。とある異世界で研究されてた概念でね。それを数値で計ることができる道具なんかもあったの」

「へぇ。んで、その運命係数とやらはどんなシロモノなんだ?」

「時期によってはブレもあるらしいんだけど、基本的にはその人に固有の数値、だったかな?身も蓋も無い言い方するけど……この数値が高い人ほど、厄介ごとに好かれるらしいの」

「本気で身も蓋も無いな……」

「……それには私も同感だけどさ」

「……参考までに聞きたいんだが、お前の数値は?」

「……その世界で最高記録だった人の10倍以上。測定可能な範囲を超えてたらしくて正確なところは知らない」

「そりゃまた……」

「計る道具はわた……じゃないや。クラウリアも持ってるからさ、帰ってきたら君の数値も調べさせてよ」

「別にいいけど」

「私よりも高い人がいるかもしれないって思いたいからさ」

「……俺の数値が測定できる範囲を超えるかまでは知らんけど、お前が惚れてくれるくらいなんだ。さぞや俺の運命係数とやらも高いことだろうな」

「……その口ぶりだと、私の存在そのものが厄介ごとみたいに聞こえるんだけど?」

「否定はしない」

「酷いなぁ」

「だがまあ、嫌ではないんだがな」

「そっか」


 幸せそうに眼を閉じて寄り掛かって来る。その重さがなんとも心地いい。


 この場所にクーラとやって来た目的は目の前にあった。


 夜空に浮かぶ月黄の光が海面に揺らぎ、寄せては返す潮騒が静かに響き、彼方にはクゥリアーブの灯り。


 いつかクーラとふたりで見たいと思っていた景色ではあったわけだが、実際に果たす機会は思ったよりも早く訪れていた。


 約束の期間が過ぎ、ようやく解放されて。王都に戻る前に一度、お世話になったクーパーさんとパウスさんにも挨拶をしておきたかった。そのついでという意味でも都合が良かったというわけだ。


 ちなみにだが、この島への移動はトキアさんが快く引き受けてくれていた。クーラがやって来た後は完全な裏方として最後まで付き合ってくれたことも含めて、本当にどれだけ感謝しても感謝しきれないところ。


 クーラの到着からすでにふた月が経過し、『虹孵しの儀(にじかえしのぎ)』が終了したのは2日前のこと。少し前までは多数の虹追い人で賑わっていたであろうこの島――ゼルフィク島は、今では見事に閑散として。トキアさんんとふたりで初めて訪れた日のような静けさに包まれていた。


 本当に、いろいろあったよ……


 彼方のクゥリアーブを眺め、寄り添うクーラを感じながらで、あらためて振り返る。




 まずはクゥリアーブに到着するなり腐れ縁共が毒キノコに当たって、港でトキアさんと出会って、


 始まりの合図である光の柱が現れ、早速『虹孵しの儀』に挑戦しようとトキアさんとふたりでこの島にやって来て、


 その夜にトキアさんの過去を聞き、助力すると決めて、


 ずっとトキアさんが抱えていた後悔を晴らすことができて本当に良かった。


 それから――クゥリアーブに戻る途中でクソ鯨と出くわし、死にかけて。けれど翌日にはリベンジをかますことができて、


 その後――『英雄』として過ごさなきゃならん時間は苦痛だったが、クーラが来てくれたおかげで、随分と楽になったんだっけか。


 ……まあ、クーラによるダンスの指導は予想通りに、鬼のように地獄のように厳しかったわけだが。それでもそのおかげなんだろう。舞踏会では恥を晒さずに済んだ。トキアさんが言うには「わたくしだけでなく、あの場に居た全員が目を奪われていましたよ。もちろん陛下も」とのことだが、さすがにそれは世辞だろう。なにせ、俺自身がいつの間にか、クーラと踊ることを楽しむのに夢中になっていたんだし。それでも様になっていたらしいというのであれば、それはクーラが上手くフォローしてくれていたからに違いない。


 ともあれ、もう二度と舞踏会なんてものには出たくないと思うが、クーラのドレス姿を見られたことだけは唯一の収穫だった。


 クーラが選んだのは、ほのかに青みがかった白を基調としたシンプルなもの。本来は白髪なんだが、今のクーラは奇麗な黒髪をしている。であれば、白系統の方が栄えるということなんだろう。けれど……


「スタイルには自信無いからなぁ。スカートの長さは膝のあたりまでで、真っ白なニーソックスを合わせてラインは誤魔化そうか。袖は肘よりも少し長いくらいがいいかな。けど、それだと真っ白になっちゃうから、アクセント兼ライン誤魔化しに紫のベストを合わせて。首には、紫のチョーカーを……そうだ、外してクロスさせておこうっと。あとは、手首が寂しいから紫のリボンを巻いて。それからアクセサリは……」


 このあたりも姉と慕う異世界のお姫さん仕込みだったのかもしれない。本人も興が乗って来たのか、嬉々としてそんなことを話しつつ、手際よく着飾って、


 あれよあれよという間に出来上がったその姿は、王宮から派遣されてきたという担当の人が絶賛するほどのものだったというんだから恐れ入る。まあ幸いにも、目にした俺は軽く意識が飛ぶ程度で済んだわけだが。


 その際には俺もそれなりの恰好はさせられたわけだが、鏡を見て馬鹿笑いしなかった自分を褒めてもいいんじゃないかと思っている。クーラやトキアさんからの評判は良かったわけだが、それは世辞というやつだろう。


 ああ、そういえば……


 印象が強かったことは他にもあった。


 先輩たちとネメシアにアピスも『虹孵しの儀』に挑戦しに来てたんだよなぁ。


 今の第七支部所属メンバーは全員が(といってもセルフィナさんとシアンさんは除くが)緑以上という条件を満たしており、支部長以外は未挑戦だったとのことで、交代で順番にクゥリアーブにやって来ていた。その際には会って話す機会もあり、王都の近況なんかも聞くことができていた。とりあえず、エルナさんの店で売り出され始めたという新作のパン――なんでも俺の好物であるチーズを数種類、ふんだんに使ったものらしい――は、帰り次第食わねばと思っている。


 ちなみに『虹孵しの儀』の結果としては上から順に……まずソアムさんが356。次いでガドさんが296でセオさんが277。ネメシアが268でタスクさんが256。キオスさんが249でアピスが161。バートが159のラッツが134といった具合で。


 以前クーパーさんから聞いた話では、100を超えていれば立派なもので、200以上を出せるのはほんのひと握りとのこと。そんな中で全員が100以上を叩き出し、しかも先輩方全員とネメシアが歴代100位以内に入っていたわけで。


 個人的には、一番の驚きはネメシアだったわけだが。ネメシアが得意としていたのは治癒に任せた捨て身の喧嘩殺法。どうやらそれは、いつの間にやら大きく進化を遂げていたらしかった。


 ただ、そのスコアに落ち込んだのが2名ほど。


 それは相方にちょうど100の差を付けられたタスクさんと、同じく相方に2倍差を付けられたラッツだった。


 おかげで……というかそのせいで、膝を抱えてうなだれるタスクさん相手にオロオロするソアムさんなんていう、極めて希少な光景が発生したわけだが。


 それでも、俺やクーラ、トキアさんも助力して、早々に立ち直ってもらうことができていた。


 ラッツの方は伝聞でしか知らないが、こちらも立ち直ることはできたらしい。まあ、へしょげたウザい姿を見ずに済んだのは大いに結構なこと。


 あと、俺の方はというと、就寝前の時間なんかを利用し、異世界の技術に関する指導も受けていた。クソ鯨戦ではロクに扱えなかったわけだが、言葉だけよりも対面で教わる方が効率は良かったんだろう。まだまだ実戦でアテにできるレベルではないとはいえ、多少は使えるようにもなっていた。


 俺が目標と()()()()()のは世界準最強。


 それでも、クラウリアが戻るまでの間は、クーラの大切なすべてを守れるようになりたいと思っている。


 だからこれに関しては今後も続けていく予定であり、将来の海呑み鯨(オーシャンスローター)乱獲でも役に立つことだろう。ちなみにだが、指導をする時のクーラは優しくすらあって、ダンスの時とは天と地ほどの違いを感じていたりもしたんだが。




 本当にいろいろとあった。濃密さだけならばこれくらいは過去にもあったとはいえ、今までに経験がない種類の濃さだったからなぁ……


 だが、そんなクゥリアーブやゼルフィク島とも明日でお別れ。明日の朝イチでクゥリアーブに戻り、その足で王都に向かう予定になっていた。トキアさんも同行する予定で、拠点も王都――第七支部に戻すつもりなんだとか。


「いろいろあって、辛いことも多かったが……今になってみると、名残惜しくも思えて来るな」


 特に顕著だったのはクーラが来るまでの数日間だろうが。あれほど王都に帰りたいと思っていたはずなのに。


「そうだね。たくさんの思い出ができたし。それはそうとさ、アズ君」


 なんだ?


 見つめて来るクーラの瞳。どことなく不満そうな色が混じっているようにも思えるんだが……


「何か忘れてるよね?それもすっごく大事なことを」

「……そうなのか?」


 思い返してみる。


 申し込まれていた面会はすべて終わっている。


 長々と世話になった宿の皆さんには礼を伝えたし、町長や連盟の支部長にだって挨拶は済ませてきた。


 昨日は1日、クーラとふたりでのんびりと街を回って過ごしたが、それ以外で縁があった人たちへの挨拶だって、その際に済ませたはず。


 もちろん、クーパーさんやパウスさんへの挨拶はすでに済んでいる。


 そうなると、心当たりが見当たらない。それ以前に、俺が大事なことを見落としていてクーラはそのことに気付いているという状況であれば、すぐにでも教えてくれそうなところなんだが。


「わからない?」

「ああ」

「君の方から言ってくれること、私はずっと待ってたのに……」

「……そう言われてもな」


 口ぶりからすると、昨日今日の話でもないらしい。


「はぁ……。これのことだよ」


 ため息をひとつ。懐から取り出し、見せてきた物。


「意味は知ってたしさ」


 月明りを受けてきらめくそれは、手のひらに収まる大きさのガラス細工。


「合わせるの、楽しみにしてたのに」


 そして、俺にも見覚えがある物。トキアさんと出会う少し前に見つけた物だった


「持ってたのか、それ」

「……なんで意外そうに言うの?ひょっとしてさ、君がくれたものを私が粗末に扱うとでも思ってたの?だとしたらちょっと……いや、かなり相当心外なんだけど」

「そういうわけじゃないさ。てっきり、王都の部屋に置いてきたものとばかり思ってたんでな」

「……そうなの?」

「ああ。お前のことだから、もし持って来てたならすぐにでも言ってくると思ってた」

「それって……」


 クーラの頬が引きつる。


「世間一般で言うところの、すれ違いってやつか……」

「……みたいだね」


 互いに相手の状況を読み違えていたらしい。なんともまあ、間の抜けた話だった。


「だがまあ、俺も密かに楽しみに思ってはいたんだがな」


 対となる物は俺の懐にもあった。それはクーラが手にしているのと同じく、小さなガラス細工。


 そのそれぞれには、奇麗な模様をした薄紅色の貝殻が封じ込められていた。




 聞いたところでは、この貝殻の模様はどれも唯一無二とのこと。だから、ふたつに割り、合わせた時に模様が一致するのはこの世界でただひと組だけ。そこから転じて、必ず片割れのところへ帰って来れるお守りとされているんだとか。


 俺が王都を発つ前のクーラ。その様子を考え、気休め程度にはなるだろうという理由で購入し、ちょっとした思い付きで片割れをクーラの元へ届けてもらっていたというわけだ。




「当初の予定では、王都に戻ってからやるつもりだったんだがなぁ」

「随分遅くなっちゃったねぇ」

「……それもこれも全部クソ鯨のせいだ。そうに違いない。むしろそれ以外は認めない」

「……そうだね。本当にどこまでも迷惑だったよね、あれ」

「しかもあいつのせいで大事な携帯食料まで台無しにされちまったんだよな」

「うわ……。食べ物を台無しにするとか、控えめに見ても万死に値するね。ホント、消えて清々したよ」

「まったくだ。地獄で八つ裂きにでもされちまえ」

「同感」


 間抜けなすれ違いは棚上げして、責任は全部クソ鯨に押し付けることにする。というか、元をたどっても全部あいつが悪い。すでにくたばった魔獣なんだし、どれだけ泥を被せたところで文句なんて来ないだろう。


「まあそんなわけでだ」

「うん」


 カツンと軽い音でそれぞれのお守りを触れ合わせる。


「俺は何があろうとも……必ずお前のところへ帰るよ」

「その言葉、信じたからね」


 そうすれば月明りの下で、貝殻の模様がぴったりと一致していた。

これにて間章は終了となります。ここまでのお付き合いに心からの感謝を。

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