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あとは、あのクソ鯨を始末するだけだ

 クーラとふたり全力で知恵を絞り抜いて組み上げたものではあったし、それなりには自信もあったつもり、だったんだが……


「これが俺らの考えた作戦のすべて、なんですけど……」


 クソ鯨討伐作戦の説明。その最後は自信を欠いた尻すぼみになってしまっていた。


 納得してもらうことを考えたなら、堂々と胸を張って話し切るべきではあったんだろうけど、それができなかったのはトキアさんの様子が理由。


 最初から最後まで、トキアさんは静かに聞いてくれていたのは事実。途中までは真剣な表情で聞いてくれていたのも事実。


 けれど途中からは表情に呆れの色が混じり始め、終わり際には――俺をお馬鹿さん呼びする時のクーラとよく似た――ジト目になっていたのも、残念なことに事実だった。


「はぁ……」


 そして深々とため息を吐かれる。


 これって、マズいんじゃ……


 そのために手を抜いた覚えこそないが、第一段階の突破は堅いと踏んでいたところ。まして、今回の作戦はトキアさんありきで組み上げていたものだった。


 最後の手段もあるにはあるとはいえ、なんとしてもそれは避けたいところだったんだが……


 いや、まだだ!まだ諦めるには早い!


「本当になんなんですか、あなた方は……」

「いえ、これでも俺らなりには真剣に考えて……」

「それくらいはわかりますよ。安全面に関しても問題は無いでしょう」


 あれ?


 望ましいことではあるんだろうけど、さっきまでの雰囲気とは微妙にかみ合わないような……


「実際に可能かどうかは半信半疑ではありますが、アズールさんは虚飾とは無縁どころか真逆なタイプですし」


 いや、必要とあらばハッタリも平気でかましますけど。


 まあ、この作戦に関しては実行可能だとも、昨夜のうちに検証済みなんだが。


「ですけどね……なんで倒した後で残渣を回収することまで考えているんですか!」

『だって、始末したことを証明するには一番手っ取り早いですし……』


 ただ姿を消しただけだったなら、どこか別の場所に行っただけと解釈されてしまうかもしれない。だから、残渣を回収する手段を用意したわけで。


「それに、どうして互いの取り分をどうするかまで考えてるんですか!」

「一応は必要な話かと思ったんですけど……」


 海呑み鯨(オーシャンスローター)の残渣を200個集めなければならない身の上ではあるんだが、必要となるのは数年以上も先のこと。そして今回の討伐にはトキアさんの力が必要になる以上、俺が全取りするわけにもいかない。残渣は分割できるものではない以上、連盟に買い取ってもらい、金という形で分けるのが無難じゃないだろうかと思うわけだが。


「はぁ……」


 再度のため息。


「……わたくしはアズールさんのことを見誤っていたようです」

「そう、ですか……」


 失望させてしまったらしい。


 当然、クソ鯨との交戦も却下になるわけだ。トキアさんの口ぶりからして、始末した後ばかりに意識が行くあまり、肝心の部分が疎かだったということなんだろう。


『ねえ、アズ君。もう、仕方ないよね?』


 きっとクーラも同じ結論に到達したんだろう。だから、その問いかけが諦観を宿していた理由も理解できた。


「……いや、それはダメだ」


 だが、それを認める気にはなれなかった。


『どうして?優先順位は決めておいたでしょ?』


 それくらいはわかっている。


「それでもダメだ」


 いざこの状況になってみると、それを()()()()()()()やらせるということは、到底受け入れられそうもなかった。


 だから――


「頼む。クーラ、あれをやってくれ」


 ()()()()()()()()という体裁に。


「せめて、これくらいの恰好は付けさせてくれよ」

『アズ君の大盛りお馬鹿さん。ただでさえ君が恰好よすぎて私は苦労してるのに……』

「どうだかな。本当に格好のいい男だったら、こんな事態にはさせてないだろ」

「あの……急におふたりの世界に入られても困るんですけど……」

「っと、すいません」


 そんな中にかけられたトキアさんの声は実際に困った様子で、


 こっちにも事情があるとはいえ、トキアさんを無視していい道理も無い。あるいは、このあたりの未熟さも、トキアさんに認められなかった一因なんだろうか。


「とりあえず、わたくしの話を最後まで聞いていただかないと」

「……そうですよね」


 トキアさんにだって言いたいことはあるんだろう。ダメ出しをしてくれるなら、むしろありがたいというもの。


「そもそもがですね、アズールさんもクーラさんも大きな思い違いをしていますよ。それはもう、致命的と言えるくらいの」

「そうなんですか?」『そうなんですか?』


 クーラと言葉が被ってしまったのはいいとして、どこにそんなものがあったんだろうか?


「早々に誤解を解いてしまいたいので結論から言いますが、アズールさんが望む許可を出してもいいと、わたくしはそう考えています」

「そうなんですか!?」『そうなんですか!?』


 また、俺とクーラのセリフが重なってしまう。


「……やはりそこを誤解していましたか。まず、おふたりが考案した作戦に関してですね。先ほども言ったように、安全性は十分でしょう。であれば、拒否する理由はありませんよ」

「ありがとうございます!」『ありがとうございます!』

「……本当に息ぴったりですね」


 まあ、3度も言葉が重なってしまえばそう思われるのも道理か。クーラとであれば悪い気はしないんだけど。


「ですがひとつだけ、条件を付けさせてもらいます」

「なんでしょうか?」

「わたくしが危険と判断したなら、即座に交戦を切り上げること。その時は問答無しで従ってもらう。この条件、受け入れていただけますか?」

「もちろんです」


 それこそ言われるまでもない。あくまでも最優先事項は、無事にクーラの元に帰ることなんだから。


「正直、驚いているんですよ」


 ようやく話がまとまり、トキアさんの表情が穏やかなものに戻る。


「たとえ結果がどうであれ、少しでも情報を持ち帰ることができるなら、それは価値のあること。最初はそう考えていましたが、おふたりの策を聞くうち、これならばやれるかもしれないと思わされたんですから。まして、勝利後の皮算用までする余裕があるようですし」

『なら、その期待に応えないとね?』

「ああ。あとは、あのクソ鯨を始末するだけだ」

「では参りましょうか。クソ鯨の討伐に」

「はい!……って、トキアさんまでクソ鯨呼びするんですか!?」


 イメージ的にはまるで似合わないんだが。


「問題は無いでしょう。実際、様々な意味で害悪ですし。それに……」


 トキアさんがフッと笑う。その種類は穏やかだとか気品があるとかではなくて、


「わたくしとしてもあのクソ鯨には不覚を取らされた恨みがありますからね。その末路、特等席で見届けさせてもらいますよ」


 昔の腐れ縁共がイタズラを仕掛けていた時を思わせるような、心底愉快そうな笑みで。


『それじゃあ……鯨釣り作戦、開始だね』


 波乱こそあったものの、無事に第一関門を突破。一時は不安に駆られた反動もあったのか、クーラが高々と得意気に宣言する、のはいいんだが……


「……まだ言うかお前は」


 それは昨夜の作戦会議でクーラが勝手に発案した名前だった。


『我ながらなかなかいい名前だと思うんだけど』


 そこにふざけた色は無く。


 ああ、そうだった。


 思えばこいつは、勝利後に食うカツサンドをカッタサンドなどと言うようなセンスの持ち主だったか。


『アズ君は微妙な反応だったんだけど、トキアさん的にはどうです?』

「え……その……」


 助けを求めるようにトキアさんが向けてくるのは、なんとも微妙そうな顔。


『あの、クーラさんって……』

『お察しの通りです……』


 声に出さずとも、目線だけでそんなやり取りが成立してしまう。


「……とてもわかりやすい名前だと思いますよ」

『ですよねぇ。ほら、トキアさんにはこの良さがわかるんだよ?』

「……そうだな」


 トキアさんが褒めているかは微妙なラインなんだがな。


 まあいいやと割り切ることにする。どうせ、これといった害は無さそうだったから。

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