奴に喧嘩を売る許可をいただけないでしょうか?
「では……アズールさんは、どのようにして海呑み鯨を仕留めるつもりなんですか?」
「えーとですね……まずはおびき出す必要がありますよね。なので……」
って、そうじゃないだろ俺!?
「なんでそれを!?」
あまりにもサラリと問われたせいで普通に答えかけてしまったが、現時点でトキアさんがそのことを知っているはずはないんだから。
なんだけど……
「え……?まさか本当に!?」
そんなトキアさんが返してくるのも驚愕の声。
ひょっとしてこれは……
流れから思いつくのはひとつ。
「あの、カマをかけたんですか?」
「……はい」
申し訳なさそうにうなずかれた。
どうやら当たっていたらしい。
それはそれとしても……
「けど、カマかけをするってことは、疑われる要素があったってことですよね?」
そんな話になる。そもそもがカマかけなんてのは、一切の疑いを抱いていない相手に対してやるような行為ではないわけだし。
「何でバレたんですか?」
少なくとも俺としては、口を滑らせた覚えはないんだが。
「……おかしいと感じたのは、今朝この場所で話した時です」
「……マジですか?」
それはつまり、クソ鯨を始末すると決めた後の初対面で即バレしていたという話になるんだが……
「自分がどのような目をしていたのか、ご存じですか?」
そんなのは、鏡でも使わなければわからないこと。
「眠そうにしてたんじゃないかと」
普通に思い浮かぶのはそんなところなんだが、
「それは目ではなく表情ですね」
どうやら違うらしい。
「目は口ほどに、などとも言いますし、これでも虹追い人として各地を渡り歩いてきた身ですからね。それだけ多くの人を見てきたつもりです。そしてアズールさんの目は、明確に覚悟を決めた人のそれでした。今の状況で決める覚悟として真っ先に浮かんだのが……」
「クソ鯨を潰す覚悟だ、と。……恐れ入りました」
俺が間抜けにもカマかけに引っかかったのがトドメだったとはいえ、まさかそんな形でバレるとは思わなかった。
そういえば支部長もトキアさんのことを相変わらず察しがいいなんて風に評していたか。
妙に視線を感じたのは、そこらへんが理由だったんだろう。
まあ、バレて困る話でもないのは幸いか。なにせ、
「お察しの通り、俺はこれから……クゥリアーブへ向かう途中でクソ鯨を始末するつもりでいます」
どうせ遅いか早いかの違いでしかない。これから話すところだったんだから。
「なので、奴に喧嘩を売る許可をいただけないでしょうか?」
「……わたくしがそれを許すとでも?」
口調は穏やかなまま。けれど真っ直ぐに向けてくる視線には、決して軽くない圧が宿っていた。
「どうにかして認めてもらえないかと考えています」
「でしたら諦めてください。却下以外はあり得ませんので」
まあ、そうなるわな。このあたりは想定内。いくらなんでも、これだけで「はい、構いませんよ」なんて言ってくれるはずが無いだろうとは、俺もクーラも考えていた。
「却下の理由をお聞きしても?」
「……アズールさんにもしものことでもあれば、支部長に殺されかねませんから。それに、クーラさんに合わせる顔も無くなってしまいます」
「つまりそれは、俺が危ない橋を渡ることになるからダメだ、というわけですよね?」
「そうなりますね。アズールさんとしても、またクーラさんを泣かせてしまうのは不本意でしょう?」
「それはたしかに。……ところでですね。昨晩俺らは、ここで延々とクソ鯨討伐の作戦会議をしていたんですよ」
「……だからここで寝てい……ちょっと待ってください!?作戦会議!?」
さすがは支部長が察しがいいと評するお方。基本的には、会議というのは複数人で行うもの。その単語だけでしっかりと気付いてくれたらしい。
「……まさかとは思いますが、それはアズールさんとクーラさんおふたりで?」
「というか、他にないでしょう。俺の考えには、クーラも賛同してくれてます。……適当を言ってるわけじゃないですよ?」
懐から引っ張り出した魔具を稼働。
『やっほうアズ君』
すでにスタンバイしていたんだろう。すぐさま、そんな能天気な声が聞こえてくる。
『今ってどんな状況?』
「トキアさんに許可をもらおうとしてるところだな。俺に危ない橋を渡らせたくないからって理由で拒否されてる」
『真っ先に君を理由にするあたり、トキアさんも大概だよねぇ』
「まったくだ。まあそんなわけでだ……」
『うん。ここは私に任せてよ』
「……あの、クーラさん。本当によろしいんですか?」
『ええ。アズ君には、さっさとあのクソ鯨を始末してもらう。私も覚悟は決めましたから』
「ですけど、アズールさんを危険に晒すことになるんですよ?下手をすれば昨日よりもさらに悪い状況……アズールさんを失うことにもなりかねないんですよ?」
言葉の中身こそ強められてはいるが、先ほどと同じ理由を繰り返す。つまりそれは、トキアさんが交戦を許可しない理由の大半はそこにあるということだ。
『いや、それはありませんって』
けれどクーラが返すのは、話の流れからはありえないほどにお気楽であっけらかんとした言葉で、
「……え?」
トキアさんの方が困惑。
『だって私たちが考えてたのって、安全を確保した上でクソ鯨をどうするかって話ですし。そもそもがアズ君の性格からして、トキアさんを危険に巻き込むと思います?』
「それはたしかに……」
そんなことを言っているクーラだが、昨夜は今のトキアさんと同じ理由で反対してきたことは覚えてるんだろうかな?
なんてことも思わないではなかったが、今は黙っておく。さすがにそれくらいには空気も読めるつもり。
『だから、私からもお願いします。私たち発案の、リスクを最小に抑えつつクソ鯨を始末する作戦。その許可をいただけないでしょうか?』
「……正直なところ、そう言われても半信半疑ですよ。けれど」
再び向けてくる視線を正面から受け止める。
「少なくとも、おふたりが軽い気持ちで言っているわけではないということだけは理解できました」
「じゃあ……」
「まずは作戦というのを聞かせてください。その上で判断します」
まずは一歩前進。問答無用での却下からは脱することができたらしかった。




