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まるで泥をぶちまけられたように

 目の前に居るのは、5つの頭と3対の翼を持った山のように巨大な竜。そんなバケモノと対峙して、


「さぁて……。やるぞ相棒」


 俺たちに恐れは無く、


「さくっと終わらせてしまおうか!」


 不敵な笑みを交し合う。


 俺の知らないこの光景は、けれど俺が知っているモノの組み合わせで構成されていた。


 俺と相棒の手にある純白の剣が虹色の光に包まれて、


 相棒が跳び、俺は駆ける。


 そして――


「「必殺!」」


 剣を突き立てて跳ぶ俺と、長い白髪をなびかせて斬り下ろす相棒が空中ですれ違い、


「「昇虹降剣双交斬!」」


 真っ二つに両断された巨竜は、けたたましい叫び声を上げて、空気に溶けるように消えていった。




 なんとも覚えのある夢だったな。なんであんなモノを今更夢に見たのかはさて置くとしても……


 ……死ぬほど恥ずかしいんだがなぁ。というかなんだよ『昇虹降剣双交斬』って……


 目が覚めてまず思うのはそんなこと。


 アレは、一時期――たしか14になってすぐの頃だったか?――何度も妄想していた光景だった。自分が英雄と肩を並べる、なんて妄想は多分誰だってやるようなこと……だと信じたい。


 それはそれと……


 深く考えても、気恥ずかしさ以外を連れて来ないような気がする。だからそんな夢はさっさと忘れてしまうとして……。目に映るのは天井で、そこはかとなく見覚えが有るような無いような、そんな気がした。


「う、あぁ……」


 変な声が出る。夢から直接目が覚めてしまったからなんだろう。身体が怠い上に頭も重い。


 とはいえ、室内の明るさを見るに、すでに日は昇っている。となれば、いつまでも寝ているのもアレだろう。だから身を起そうとするんだが――


「お、おう?」


 腕にも力が入らず、身体を支えきれなくて、そのまま崩れてしまう。


 ならばということで、ベッドから降りようとして――


「……おわっ!?」


 数秒前の腕と同じように、足にも力が入らない。腕が思うように動かないこともあってか、そのまま受け身も取れずに、


「ぐべっ!」


 顔から床に倒れこむ。


「痛ってえ……」


 おかげでモロにぶつけてしまった鼻がズキズキ。


「アズールさん!?」


 そんな頭上から聞こえてきたのは、慌てた雰囲気がある女性の声で、


「大丈夫ですか!?」

「……面目ないです」


 駆け寄ってきた女性に支えられて身を起こす。


「気にしなくていいですから!それより、まだ寝ていてください!」


 たしかに、どういうわけなのか、身体がマトモに動いてくれない。だから、これまた女性の手を借りてベッドに戻る。


「そういえば、さっきは倒れてたみたいですけど、どこかぶつけたりはしませんでした?」

「……いえ、特には」

「嘘ですね」


 心配をかけたくないからと吐いた嘘はあっさりと見抜かれる。


「鼻が真っ赤に腫れてるじゃないですか。けど、これくらいなら私でも治せますから」


 そう言って俺の鼻先にかざされた女性の指先が光り、程なくして、鼻の痛みも引いていく。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 礼を言うと、安心したように女性もふんわりとほほ笑んで……んん!?


 その顔を見て思い至る。『女性』などと認識してたけど、実はこの人を知ってるだろ、ということに。


 素朴な雰囲気のあるそばかす顔のこの人はたしか……そうだ!セルフィナさんだ!


 ボヤけていた頭もようやく動き出してきた。


 王都の連盟第七支部の職員さんで、俺もすでにお世話になっている人でもある。というかここって、支部の医務室か!


 初めてここに来た日にも不覚を取って運び込まれて、その時にセルフィナさんと出会ったんだったか。心色は『治癒』だとも聞いた覚えがある。さっきは、ソレで俺の鼻を治してくれたわけだ。


「どうかしました?まだどこか痛むんじゃ……?」

「いや、それは大丈夫です」


 俺があれこれ考えている様は、セルフィナさんにそんな誤解をさせてしまったらしい。


「寝起きでトボけてた頭がようやく目を覚ましただけなので。あらためて……怪我の治療、ありがとうございます、セルフィナさん」

「よかった。私のこともわかるんですね」


 俺が答えると、心配顔をしていたセルフィナさんは安心したように胸を撫で下ろす。


「それで、気分はどうです?気持ち悪いとかは?」

「ないですね」

「それじゃあ、喉は乾いてないですか?あ、お腹空いてます?すぐに用意しますよ?」

「……言われてみれば、水が欲しいかも。あと腹も減ってますね」


 これは本当に、言われて気付けたこと。そしてそれ以上に気にかかったこともあった。


 セルフィナさんが妙に過保護気味な気がするんだが……


「病人じゃあるまいし、そこまであれこれしてもらうのもどうかと思うんですけど……」

「……え?」


 幸いにも、俺は風邪のひとつも引いたことは無かったが、妹が寝込んだ時のお袋はこんな感じだった記憶がある。


 だから思ったことを素直に言ってみれば、セルフィナさんが見せるのは呆気にとられたような表情。


「……はぁ」


 それは程なくして、ため息を伴った呆れ顔に変わり、


「あの、状況わかってます?病人というかですね……。アズールさん、3日も……いえ、4日近くも眠ってたんですよ?」


 4日も!?


「……マジですか?」


 なにやらとんでもない数字が出てきたので聞き返してみれば、


「大マジです」


 真顔で肯定のお言葉が。


「そんなわけなので、そのまま大人しくしててください。すぐに食事の用意をしますから」

「わ、わかりましたぁ」


 穏やかなのにその表情の裏に見えた――ような気がした――威圧感が怖かったこともあってか、俺は素直にうなずいていた。




 さて、いったい何がどうなっているのやら?


 どうにも状況がわからない今、ひとり残されたのはむしろ好都合だったかもしれない。とりあえずは、記憶をたどってみることにする。


 たしか……草むしりの依頼でカイナ村に行って……草ぼうぼうの原因だったニヤケ野郎を始末したんだよな?んで、その日はカイナ村に泊まって、翌日に……王都に向かう途中で家族連れと出会って……ああ!そうだったそうだった。


 そこで、ノックスの森に入った虹追い人――ガドさんが戻らないって聞かされて、ヤバそうな吠え声みたいなのを聞いて……ガドさんを探しに森に入って……


 ……俺、よく生きてたな。


 今更ながらに肝が冷えてくる。


 そこで出くわしたのが、双頭巨人だった。ひと目見て、すくみあがった記憶ははっきりと焼き付いていた。


 ガドさんのおかげで覚悟が決まってやり合うことになって……ニヤケ野郎の残渣を取り込んで彩技が増えたんだよな?たしか……『追尾』と『爆裂付与』だったか?


 自身の心色に意識をやれば、たしかにそこには新しい彩技が存在していた。


 『爆裂付与』が効いて……それで油断したところを踏みつぶされかけて、ガドさんに助けられて……ガドさんが双頭巨人に捕まったんだよな。それから…………………………………………………………あれ?


 おかしい。あの双頭巨人がガドさんを盾にしやがったところまでは、はっきりと覚えているのに、そこから先の記憶が変だ。


 いつの間にか片腕を失くした双頭巨人に対して、必死で泥団子を投げていたことは覚えている。だけど、何故かそこにガドさんの姿は存在していなかった。そもそも、双頭巨人に捕まったガドさんはどうやって逃れたんだ?


 それだけじゃない。記憶の中で俺は、『爆裂付与』と『分裂』を併用していたんだが、そんなことをすれば、余波でこっちも無事では済まないはずなのに。だから、最初は『爆裂付与』を単独で使っていたはずだ。


 必死で記憶を想起する。何かが抜けているような……いや、違うな。


 まるで泥をぶちまけられたように、ところどころが見えなくなっているような感じ。


 そこに何か、大事なモノがあったんじゃないのか?


 ……………………だめか。


 記憶を睨みつけてみるものの、成果はゼロ。


「やあ、お待たせ」


 そうするうちにやってきたのは飄々とした声と――


 ぐぅ、という音は俺の体内から。


 ――すきっ腹に響く香りだった。


「顔色は悪くないみたいだね」

「おかげさまで。面倒かけて申し訳ないです」

「ま、事情を考えればしかたないさ。それよりも、腹ペコなんだろう?」


 鍋を抱えてやってきたのはキオスさんだった。


「起きられそうかい?」

「やってみます」


 たしかに、飯を食うのに寝たままでというのはやりづらい。さっきは腕の力で身を起そうとして失敗したわけだが、あれは身体を支えるだけの力を入れることができなかったからって印象だった。


「よっこら……せっと」


 だから腕の力に頼るのではなく、ベッドに腰掛けるように身を起こす。少しばかりのふらつきはあるが、今度は上手くやれた。


「じゃあ、これは持てるかい?」


 そう言って渡してくるのは空っぽの木椀。これも意図はわかる。下手に中身が入ったままで渡して、取り落としでもしたら面倒だからだろう。


「大丈夫ですね」


 身体を支えるよりは楽だったということもあってか、こちらも問題なく受け取ることができた。


「そうみたいだね。……はい、どうぞ」


 キオスさんがよそってくれたのは、見覚えのある料理。パンをドロドロになるまで、ミルクで煮込んだものだ。これまた、風邪で寝込んだ妹にお袋が用意したのを見たことがあった。見た目がアレだったこともあり、当時は「うへぇ……」といった印象で眺めていたんだったか。


「食事も数日ぶりになるわけだからね。消化のいいものを選ばせてもらったよ」


 たしかに、今の俺は病人と大差もないわけだし、当然と言えば当然なのか。


「いただきます」


 それでも、腹が減っていたのも事実。だからスプーンで口に運べば、


「……うまっ!」


 自然とそんな感想が漏れる。熱々というよりはほのかに温かく、舌にかすかに伝わってくる甘さが心地いい、とでも言えばいいのか。


 スルスルと喉から腹に流れ込み、染み渡るような感覚。手も口も止まらないままに、気が付けば木椀はスッカラカンになっていた。


「はは、よっぽどお腹が空いていたみたいだね?」

「……そうですね」


 素直に答える。この有様ではどう取り繕っても、説得力は皆無だろう。むしろ、物足りないとすら思えてしまうんだが……


「すまないけど、今はここまでだよ。数日ぶりの食事で急にたくさん食べるのもよくないからね」

「……わかりました」


 見透かされていたのかどうかはともかく、そんな釘差しをされては、うなずくしかないところ。


「……くぁ」


 腹が満たされれば眠くなってくるのは摂理というもの。そうこうするうちに口から出てきたのはあくびで、


「眠いのなら、無理しないで寝た方がいいよ」

「そうかもしれませんけど……」


 それでも、思うところはあるわけで、


「起きて食い物用意してもらって、腹が膨れたらまた寝るってのは、いかにもダメ人間っぽくて複雑なんですけどね……」

「はは、その気持ちはわからないでもないけどさ……」


 苦笑を見せたキオスさんだが、すぐに表情を引き締める。


「君が思う以上に、君の心身は消耗していたんだよ。君が目を覚まして意識もはっきりしていたと聞いて、それだけで皆が胸を撫で下ろしたくらいなんだから。このまま二度と意識が戻らない、なんて結末すら、あり得ない話じゃなかったんだよ」

「そこまで!?」

「まあ、セオが言うには、だけどね。けど、セオはこの手のことで適当を言うような奴じゃない」


 俺自身は、セオさんともキオスさんとも、過ごした時間は1時間にも満たない。それでも、今のキオスさんがいい加減なことを言っているとは、まるで思えなかった。


「ちなみに、君が目を覚ましたと聞いたガドなんかは涙ぐんでたね。そこそこ付き合いは長いけど、タマネギを切る以外でアイツが泣くのは初めて見たよ」

「ガドさん……?よかった、無事だったんですね」


 なぜなのか、ガドさんが無事だという認識はあった。それでも、実際にそうと聞かされれば、抱くのは安堵。


「……なるほど、セルフィナちゃんやガドの言った通りだね、君は。ともかく、そんなわけだから、今は養生するんだね。詳しい話は、次に目覚めてからにでも聞かせてもらうってことで」

「わかりました」

「それじゃあ、おやすみ」


 まさかそこまでヤバいことになってたとはなぁ……


 ベッドに横になって最初に思うのはそんなこと。たしかに、限界目一杯まで心色を振り絞った記憶はあるんだが。


 それでも、意識を失くす直前まで、危機感のようなものは感じなかったんだが……。まあ、そのあたりは俺が間抜けだったってことなのか?


 そういえば……


 ふと思ったのは、記憶の中にある不自然。塗りつぶされたような部分は、意識を失う直前まで存在していた。


 そこに何があったのかはわからない。けれど――


 何故なのか、そのことが無性に悲しかった。

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