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……そこは覚悟を決め……もとい、もう諦めた

「大したことじゃないんだが……。俺の手であのクソ鯨をぶち殺してやりたいと思ってな」


 サラリとそう口に出すことができたはいいんだが、


『……ふぇ?』


 鏡の向こう。遥か王都からクーラが返してくるのは、可愛らしくも間の抜けたいつもの呆け声で、


『……………………いやいやいやいやいやいやいやいや!?』


 しばらくの間を置き、慌てふためいたリアクションに変わり


『あのさ……君、実は頭ぶつけてない?それとも、晩御飯の時にお酒飲み過ぎちゃったとか?』


 本気で心配そうにそんなことを言ってくれやがる。


 随分な言いようだな……


 意味するところくらいは俺にだってわかる。


「失礼な奴め。俺は正気で素面だぞ」


 だからそう言い返してやる。付け加えるなら、ここ数日は酒の一滴だって口にはしていない。


「お前の言葉を信じるなら、数年後であれば話は未知数にもなるだろうさ」


 5年後であれば星界の邪竜相手でも勝てるだろうと、そんな風に言われたこともあった。


「けど、現時点ではかなり厳しいだろうとも理解してる。その上で繰り返すぞ?明日、クゥリアーブへの帰り道で、あのクソ鯨を始末しようと思ってる」

『……そこまで認識できてるあたり、狂ったわけじゃなさそうだけど』


 そこまで危惧してたのかよお前は!?


 またしても随分な言いぐさだった。


 まあ、そのあたりは飲み込むとして。


『だったら、自分が何を……ううん、どれだけ無茶なことを言ってるのかも、わかってるんだよね?』

「当然だな」

『その上でどうして?』

「理由なら山ほどあるぞ。『虹起石(さいきせき)』不足に起因する諸々の損害を未然に防げるだろうし、大陸間の交易だって邪魔されずに済む。ガドさんにセオさんやトキアさんを含めた多数の虹追い人の手を煩わせる必要も無くなる。それに、この鏡を手放さなくてもよくなるだろ?」

『そりゃそうだけどさ……。理屈としては、ひとつも間違ってないとは私も思うよ。けど……』

「それに何よりも……今挙げたような事態ってのは、お前を苛む罪悪感のタネになりかねないからな。除草は根からが基本だろ?」


 突き詰めるなら、結局はそんな話になる。


『アズ君の人たらし。……むしろ私たらし』

「斬新な表現だな」


 少なくとも、俺にとっては初耳だ。


『だって、そんな風に言われたらますます惚れ直しちゃうよ』

「そう言われてもな……。俺としてはそんな意図は無かったんだが」

『だからなおさらタチが悪いんだけど……。まあ、それはさて置くとしてもさ。あのクソ鯨がのさばってる限りは、私は自分を責めちゃうと思う。それは否定できないよ。けど……』

「今の俺では荷が重い、だろう?」

『……うん』


 多少の間があったとはいえ、そのこともクーラは否定しなかった。


『それに、君が危ない目に遭うのも嫌なの。……君には叱られたばかりだけどさ、その上で言うよ。君を失うくらいだったら、それ以外のすべてを失った方がマシ。だって、きっとその方が楽だから』


 クーラ的にはそこが一番重要ということか。


「ならばそこらへんも含めて、無策じゃないと言ったら?」

『そうなの!?』

「ああ」


 と言っても、考え無しよりは多少マシだろうというレベルの話ではあるんだが。


『……私さ、君のことを過大評価したことなんて、これまでに一度だって無かったって思ってる。けど、過小評価はしてたのかも』

「そこまで言われるのはこそばゆいんだが……」

『そういうところはアズ君だよねぇ。それで、君の策っていうのは?』

「まあ、そこまで立派なものでもないんだが……」

『いや、君って謙遜が過ぎるタイプだし。実際、月でやり合った時みたいな実績もあるからね。期待するなって方が難しいでしょ?』


 そんな期待感に、逆に冷や汗が流れ出る。


 なにせ、()()()()()本当に大した考えがあるわけじゃないんだから。


「……裏切られた、とか言うなよ?」


 だからそう予防線を張ろうとすれば、


『言わないってば。約束するよ』


 クーラもそう言ってくれる。


「その言葉、信じたからな。それでだ、俺の案っていうのは……」


 それでも気が引ける部分はあったんだが、


「これから用意する」


 そう口に出せば、


『……はい?』


 すぐには理解が及ばなかったのか。返されたのは、間違いなくこれは首を傾げているだろうなと思えるような声で。


「だからな……どうやってあのクソ鯨を始末するのかは、これから手段を組み上げようかと」

『……初めて君に裏切られた気がするよ』

「約束はどこ行ったんだよ?舌の根が乾くの速すぎだろ」

『だってさ、さすがにそれは無いと思うよ?……正直、出会った時からずっと、君のことを過大評価してたんじゃないかとすら思えて来てる』

「……そこまで言うかよ」

『そこまで言うよ。だってそれってさ、世間様で言うところの考え無しでしょ』

「現時点では、の話だろうが。明日までに手段を確保できさえすれば、何も問題は無い」

『……人はそれを屁理屈って言うんだよ?ひょっとして、お馬鹿さんを演じることで私を元気付けようとしてるとか?』

「……お前が機嫌よく笑えるならそれくらいは構わないわけだが、今回はそうじゃねぇよ。本気でクソ鯨を始末しようと思ってる」

『いや、それは考え無しの人が言っていいセリフじゃないと思うよ?いくら君の言うことだからって、私は無条件で丸呑みにするわけじゃないからね?』

「だから考え無しじゃないって言ってるだろうが」

『じゃあ聞かせてよ』

「ああ」


 ようやく話を聞いてもらえそうな流れに。


 というか、勝手に持ち上げて勝手にギャップを感じて、勝手に落胆されただけのようにも思えるんだが……


 まあ、そこも今は我慢する。


「まず大前提なんだが、クソ鯨を始末するために危ない橋を渡るつもりは一切無い。だから、そこは安心していいぞ」

『そうなの?』

「そうなんだよ。……というか考えてみろ。奴とやり合うのであれば、その場所は海の上。もっと言うなら飛槌の上だ。となれば至近距離には誰が居る?」

『……たしかに。君の性格なら、トキアさんを危ない目に遭わせるような手を考えるはずないか』

「納得いただけたらしいな」

『けどそれってさ、取れる手段がますます限られてくるってことだよね?』

「だろうな」


 それでも、絶対に譲れないことでもあるわけだが。


『優先順位の問題はあるけどさ、あのクソ鯨を野放しにしておくことが望ましくないって思うのは私も同じ。けど、いくら君でも厳しすぎるよ』

「だが、5年後の俺であれば話は違うんだろう?」

『それも否定はしないけどさ』

「そこでだ、お前に力を貸してほしい」

『そう言われても……。そりゃ、君のためならなんだってしてあげたいよ。けど、今の私にできることなんて、こうしてお話しすることくらいだから』

「俺が求めてるのは、まさにそれなんだが」

『どういうこと?』


 月での一件と今の最大の違い。それは、あの時に立ちふさがった最大最強()にして最凶()最悪の敵()が今は味方だということ。


「今は力を失ってるとしても、1600年近い時間と100近い異世界の知識がお前の中にはある。それを、頼らせてほしい」


 俺が想像すらできないようなものだって、わんさかと在ることだろう。その中にだったら、可能性があるのかもしれない。


『ちょっと待って!それってまさか……!?』

「そのまさかだな。今の俺で力不足だというのなら、明日までに強くなればいい。そのための手段として、本来であればこの世界に存在していないはずの技術を教えてくれ」


 言うなればそれは、他力本願の極みにして邪道の極み。真っ当に成長を重ねて来たであろう先輩方とは真逆とも言える手段。


「そのあたりを俺の泥団子と結実させることで、5年をひと晩に詰めてやる」


 それこそが、俺の立てた算段。本当によくもまあ、ここまで卑怯な手を恥ずかしげもなく口にできるものだと感心する。俺の面は、俺が思う以上に皮が厚かったのかもしれない。


「それにどの道、さっさとクソ鯨に消えてほしいという点では、俺たちの利害は一致しているだろう?」


 これくらいでクーラは俺に愛想を尽かさない。そんな確信を抱いた上で言ってるんだから、どこまでも度し難いゲス野郎だとも思う。


 クーラは最高の女性だが、男の趣味だけは最悪なんじゃなかろうかとさえも思う。


『……私としては、君が望むなら何もかもを包み隠さず伝えるつもりだった。けど、君が異世界の知識を求めようとしなかったのはさ、真っ当な形で成長したかったから、なんだよね?』


 ただでさえ俺は、ノックスでクーラが色脈を整えてくれたおかげで心色の発動効率が跳ね上がり、新人戦決勝前の1200年で心色の扱いが急激に上達した上に、心色の源――色源の量が激増しているんだから。


 オマケに――今はそうではないとはいえ――いざという時にはクーラが助けてくれるというアドバンテージまで与えられてきた身の上。


 だからこそ、クラウリアの力だけでなく知識も、好奇心を満たす以外の理由で頼ることは避けてきたつもり。せめてその先の成長は、自分の力で遂げたかったから。


「まあ、お前ならそれくらいは気付くか」

『なにせ君のことだからね』

「けど、優先順位というのはあるんでな」


 クーラ苦しめる奴を潰す。そのためだったら、そんなこだわりは塵と同じに扱っても構うまい。


『だけど本当にいいの?たしかに君の言う方法なら、あのクソ鯨にも手が届くかもしれない。でも、そうしたら間違いなく君は『英雄』になっちゃうよ?』

「……そこだけは嫌なんだがな」


 新人戦決勝の前までは、俺だって人並みには英雄願望があった。けれど、『誰かさんの再来』なんていうふたつ名を押し付けられ、持ち上げられて、そういうのはガラじゃないと気付くことができたわけで。


「とはいえ、すでに『虹孵しの儀(にじかえしのぎ)』でやらかしてるからな。それに、将来的には海呑み鯨(オーシャンスローター)を乱獲する必要があるんだ。……そこは覚悟を決め……もとい、もう諦めた」

『そこで言い直しちゃうあたりは君らしいというかなんというか……。けど、そういうことなら、私のすべてを君に伝えるよ』

「ありがとうな」

『ううん、君が強くなればそれだけ私も安心できるし、私にもメリットが大きいからさ。……君にはこれから、世界最強になってもらうよ?』

「……無茶言うな。お前から教わった借り物の知識だけでクラウリアを越えられる自信は無いぞ」


 山より大きな獅子はいない。そんな言葉はあるわけだが、クラウリアは間違いなく、山どころではなしに大きな獅子なんだから。


『まあそういうことなら、当面は世界準最強を目標にするってことで許してあげるけど』


 それでもかなり無茶な話には違いないんだが。


 とはいえ……


 クラウリアが戻るまでの間は、クーラが大切に思うすべてを護ってやりたい。となれば、それくらいの力はあって困るものでもないのか。


「……わかったよ」


 だから受け入れることにする。


『なら、早速行動を起こそうか。君が居るのって、宿舎の部屋なの?』


 そして、さすがはクラウリアと言うべきか。やることが決まれば切り替えも早い。


「ああ。気付いてるとは思うが、今日はひとりで使わせてもらってる」


 部屋は山ほど空いているとのことだったが、昨日はトキアさんと同じ部屋を使わせてもらっていた。理由としては、その方が掃除の手間が減るだろうからというもので、同室ということに関しては俺もトキアさんも気にしていなかった。


 今日に限って別々の部屋を使っているのは、クーラと話をしたい俺にトキアさんが配慮してくれたから。本当にあの人には頭が上がらない。


『それは好都合。だったら抜け出すことはできそうな感じ?』

「問題無く」

『じゃあ、場所を変えてもらえる?アイディアを出すのはいいけど、君の心色で実現できるかは試してみないとわからないから。さすがに屋内だとやれることも限られちゃうし』

「わかった。場所は……港でいいか?」

『うん。君に黒星付けちゃうのも嫌だし、私も出し惜しみ無しで行くから。……覚悟してもらうよ?』

「……お手柔らかにな」


 クーラが言う出し惜しみ無し。少し怖い気もするからそう頼んでみるんだが、


『それはできない相談だね。……今夜は寝かさないから』


 容赦の無いお言葉が。何となくだが、いい笑顔を浮かべるクーラが見えた気がした。


「……あいよ」


 ともあれ、夜明けがタイムリミット。時間が限られている以上、俺ものんびりしてはいられない。まずは目に付いた外套を引っ掛ける。これならば外で夜を明かしても大丈夫だろう。パウスさんはそんな用途で用意したのではないんだろうけど、今は気にしないことにして。


 宿舎を抜け出し、空を振り仰ぐ。煌々と浮かぶ輝きは、きっと王都――クーラからも同じように見えていたことだろう。

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