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ふざけるんじゃねぇぞ

「なあ、クーラ。お前は、あれの弱点を知ってるんだよな?」

『……弱点?』


 結構な期待感を持っての問いかけ。けれど返って来たのは不思議そうなつぶやきで。


「いや、だからさ……。海呑み鯨(オーシャンスローター)には何か致命的な弱点があって、お前はそれを知ってるんだろ?」


 上手く意図が伝わっていなかったのかもしれない。だからもう一度聞いてみるんだけど……


『……ゴメン。思い付かないや』


 考えるような間の末に返ってくるのは済まなそうな言葉のみ。


『むしろさ、なんで君はそんな風に思ったの?』


 そして逆に問い返されてしまう。


「なんでって……過去にお前は海呑み鯨を討伐してるわけだろ?」

『うん』

「だから、その時に弱点を見抜いたとかなんじゃないかと思うわけだが……。ちなみに、どうやって討伐したんだ?」

『えっとね……上空から『飛刃』でバッサリ、だったと思う。……うろ覚えだけど』

「……そうだった。お前はクーラだった」


 こいつは星界の邪竜をニンジンの皮むき以下と言い切る奴だった。なら、海呑み鯨でさえも、そんなものなんだろう。


『両断されれば死ぬっていうのは、弱点扱いするには少し厳しいと思うんだよねぇ』

「……だろうな」


 人だろうがそれ以外の動物だろうが魔獣だろうが、それで生きていられるというのはかなりの少数派になることだろう。


 いや、けど……


 だとすると、別の疑問が出てくる。


「じゃあ、あれはどういう意味だったんだ?」


 そもそもが、クーラが海呑み鯨の弱点を知っているんじゃないかと思った根拠というのは、王都を発つ前夜に話したこと。


『あれっていうのは?』

「海呑み鯨の残渣200個を用意しろって話だよ。お前は、それに関しては無謀じゃないと言った。つまり、俺でも海呑み鯨を乱獲できる方法に心当たりがあるってことなんだろ?」


 だから俺は、奴には致命的な弱点があると解釈していたわけなんだが。


『ああ、そう誤解させちゃったわけか……』


 俺の誤解だったというのなら、それでもいいだろう。


 だが……


「……じゃあ、どういう意味で言ったんだ?」


 となれば、当然のようにそんな疑問が湧いてくるわけで。


『もっとシンプルな話。君だったら、それくらいは簡単にやれるようになるだろうって』

「……つまり、いつもの過大評価だったわけか。期待して損したぞ」


 なまじ期待していたせいでもあるんだろうけど、割とガッカリな理由だった。


『いや、そんな風に言われるのはさすがに心外なんだけど』

「そうは言われてもなぁ……」

『よく考えてみて?私、君を過大評価したことなんて一度だって無かったでしょ?』

「……どこがだよ」


 割ととんでもないレベルでの過大評価を受けた覚えは複数回あるんだがな。例えば……


「次の虹天杯(さいてんはい)で活躍するだとか……」


 これはルカスに対して言ってくれやがったこと。


「5年後の俺なら星界の邪竜に勝てそうだとか……」


 これはクーラが星界の邪竜を始末しに行く途中で言われたこと。


「『虹孵しの儀(にじかえしのぎ)』で30000を超えるかもしれないなんてことも言ってたし……」


 これは昨夜のことで。


「1500年前から10000年先までにこれだけの奴は居ないだろうなんてことも言ってただろ、お前は」


 これもまた昨夜、トキアさん相手にほざいていたこと。


 ざっと浮かぶだけでもこれだけあると来たものだ。


 どれもこれも過大評価以外の何物でもないだろうに。


『全部正当な評価だと思うんだけどなぁ。けど、よく考えたらその理由までは話してなかったっけか……』

「……じゃあ聞かせてくれよ。どこをどうやったら、正当な評価になるのかを」

『君がお望みとあらば。……私たちが初めて出会った時のことは覚えてるよね?』

「……ノックスの方だよな?エルナさんの店の前じゃなくて」

『うん。それでさ、その時に私が君に接触したのはどんな理由からだった?』

「理由?たしか……」


 記憶をたどってみて、


「俺が届くかどうかを見極めたかった、だったよな?」


 そう思い至ることができた。


『より正確には、()()届き得る可能性が君にあるのかどうかを、だけどね』

「ああ、そうだったそうだった。今となっては懐かしくも思えるが」

『それには同感』

「んで、届き得ないってことだったんだよな」

『うん。それは事実。さて、ここで問題です。仮に私の力を100として、その私に届くってことは、数字にしたらいくつになるのかな?』

「100、だろうな」


 100に対して99では届いたとは言えないだろう。


『そうなるよね。じゃあ……結果的には届き得なかったけど、もしかしたら届くんじゃないかと思えるっていう人はさ、どれくらいまで届くってことになるんだろうね?』

「……そういうことかよ」


 100に対して1や2では、届くかもしれないとはならないだろう。


 それはつまり、クーラに対してある程度近いところにまでは届く可能性が俺にあるという話になるわけで。


 イメージ的には、少なく見ても30は堅いところ。そして仮に30だったとしても、一瞬でエルリーゼを消し炭にできるというクーラの3割となれば、王都を一撃で吹き飛ばすくらいはできそうな話。世間的に見たら十分に常軌を逸した強さになってしまう。


「俺にはそれだけの可能性があると。お前はそう言いたいわけか」

『そういうこと』


 ここまで言われても半信半疑ではあるが、たしかにそれならば過大評価にはならないということなのか。


 まあ、トキアさんに対して言ったあれは間違いなく過大評価だろうけど。


 つまるところとしては、海呑み鯨が現れるのがあと10日早かったならクーラが即殺するから問題無し。そして――クーラの言葉を信じるなら――あと5年先だったなら。俺がサクっと片付けることもでき、大した問題にはなっていなかったのかもしれないというわけだ。


「お前の言葉じゃないけど、そういう意味でも間が悪かったって話になるのか」

『間が悪かった、か。……ごめんなさい』

「いや、そこまでかしこまって謝ることでもないだろ」


 なぜかクーラは、本気の済まなさがにじみでる謝罪を向けてくるが、それほどのことではないだろう。親しき仲にもなんとやら、なんて言葉はあるけど、それでも『あはは、ゴメンね?』あたりが妥当なところだ。なぜなら、


「海呑み鯨の弱点と同じことだ。俺が勝手に誤解してただけだろ」


 結局は、そんなところに行き付く話なんだから。


『そう言う意味じゃないよ。本来の1割……ううん、1%の力でもいいから私にあったなら、海呑み鯨なんて問題にもならなかったし、今だって君の隣で笑い話にできてたんだよ。それになによりも、君を危ない目に遭わせることも無かったんだから』

「……まあ、それは事実なんだろうけどさ。けど、異世界への呼び付けってのは、いつ来るのかはお前にもわからないんだろう?そしてお前にだって抵抗できない。だったらどうしようもないと思うがな」


 まして、1500年前に来やがったという星界の邪竜関連では、心無い言葉を浴びせられて傷ついたなんて話も聞いている。その上で責めようなんてことは、毛の先ほどにも思わない。


『どうしようもなくなんてなかったんだよ……』


 けれどクーラはそれを否定。声色はますます沈み込んでいくようで。


『たしかに呼び付け自体は不可避だったと思う。ここ500年くらいはずっと無かったことだから、もう二度と来ないだろうって油断してたのも事実。けどさ……』


 遠く離れた場所に居るクーラの顔は見えない。それでも、痛ましく表情を歪めている様が想像できてしまう。


『呼び付けに備えることはできた。分け身(わたし)に力の一部を移す。その手順くらいはさ、やろうと思えば10秒かそこらで構築できたはずなんだよ。だけど私はそれをやらなかった。君を失うのがどれだけ怖いことなのか、私は痛いほどわかってた。なのに、そんなわずかな時間を惜しんで……私が居れば何があっても大丈夫だってタカをくくって……。理由はわかってる。君と居る今が、目が眩むほどに幸せすぎたから。だけど、そんな時間に私は溺れて……なによりも大切な君を護るための努力を怠った。その結果がこのザマなんだよ』


 少なくとも、理屈の上ではひとつも間違ってはいない。いないんだが……


 なんだかんだ言ったところで、俺はクーラの手で堕とされつつある身の上。だから、クーラが辛そうにしていれば俺も辛いだろうと、そう思っていた。


 なんだよそれ……


 けれどどうやら、何事にも付き物である例外というやつはあったらしい。腹の底で蠢く感情は別のもので。


『だから、ごめんなさい……』


 繰り返される謝罪。今度は流れる涙が見えた気がして。


 なんだよそれ……


 蠢くものが激しさを増す。


 クーラに対してその感情を抱くのはこれが二度目。


 まったく、こんな気持ちになるのは随分と久しぶりだぞ?


 さすがに支部長のような――言葉だけで聞く者を気圧すほどの力があったとは思わない。


 それでも、


「ふざけるんじゃねぇぞ」


 俺の口が発していたのは、それなり以上には低い声色をしていたことだろう。

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