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まったく効いてなかったとは思いませんけど……

『ああ。下手をすれば今の状況は、世界全体の危機と言えるかもしれない程度にはヤバいのさ』


 告げられたのは恐ろしく大仰な内容で、けれどその声色は真剣そのもの。少なくとも、事を大げさに言っているようにはまるで聞こえなかった。


「800年前みたいになるってことです?」


 俺としても、その言葉で浮かび上がるものがあった。


 海呑み鯨(オーシャンスローター)という奴は、基本的には人畜無害な魔獣という風に認識されている。わざわざ生息域に近づかない限りは無縁でいられるからというのがその理由。


 けれど本来の生息域から出てきたとなれば話は違ってくる。あんなのがうろついている海域に船を出すなんてのは、限りなく自殺行為に近い行為。


 ましてそれが今の時期にゼルフィク島近海ともなればどうなるのか?


 800年前には、『虹孵しの儀(にじかえしのぎ)』で得られた成果の大半がフイになったことがあり、最終的にはエルリーゼ全体で人口の3割が失われたとのことで。このままゼルフィク島への船を出すことができず、『虹起石(さいきせき)』が手に入らないとなれば今回もそうなる公算が高い。


 俺はそんな――()()()()()危機感を抱いていたんだけど……


『……正直、その程度で済めばマシな方だよ』


 支部長はそれをマシだと言ってくる。


『このまま海呑み鯨がゼルフィク島の近海に居座ったなら、800年前と同じような『虹起石』不足が生じ、直接間接含めてとんでもない被害が出る。それは間違いないだろうね。けど、800年前に潰されたのは『虹孵しの儀』1回分の成果。それに対して今回はというと……』

「……そう、でしたね」


 3年先か5年先かはわからないが、下手をすれば次回の『虹孵しの儀』までもがダメにされかねない。1回分の影響で人口の3割がやられたのなら、それが2回3回と続いた場合にはどうなるのかという話。


『かといって他の場所に移動されてしまうのもマズい。そんなことになれば、その海域を通る航路は全部潰されちまうからね。そして、ひとつところに留まらないというのもそれはそれで厄介なことになる。あんなのがあちこちの海を渡り歩いてるなんてことになったなら、大陸間での人や物の行き来は壊滅的なことになっちまうんだ。唯一の例外は、海呑み鯨が自分からグラバスク島の近海に戻ってくれた場合くらいのものだろうけど……』

「そうそう上手く行くはずもない、ですよね」

『ああ』


 つまるところ――ほとんどのケースにおいて、とんでもなくロクでもない事態になってしまうということ。そして恐らくは、対処法なんてのはひとつしか存在しない。


『となれば、討伐するしかないんだが……』


 当然そうなるだろう。だがそれは……


『その準備にだって、相当の手間がかかるだろう。今回の『虹孵しの儀』が終わるまで――あと3か月の間に海呑み鯨をどうにかするのは、まず無理だろうね』


 ひとつだけ存在している討伐の成功例にしても、手練れの虹追い人が1000人規模で臨んだとのこと。それだけの人員を揃えるなんてのは、3か月程度でどうにかできる話じゃない。


『そして、討伐は1回で確実に決めなきゃならない』


 それも厄介な点だ。


 なにせ討伐戦の舞台となる場所が場所。トキアさんのような一部の例外を除いたら、乗っている船が沈められたら、それだけでほぼ死亡確定。そこに『虹起石』不足も加わったなら、2度目3度目をやる余力なんてのが残るとも思えない。


『その癖、討伐が遅れれば遅れるほど、被害は際限なく膨れ上がっていくと来たもんだ。本当に、悪い夢だったらすぐにでも覚めてほしいよ』


 事態の最悪具合では、ネメシアが蛇毛縛眼(バインド・サイト)の吹き矢でやられた時も大概だったとはいえ、あの時は怒りの方が勝っている印象だった。だから、ここまで疲れ果てた支部長の声を聞くのは初めてのことで。


 あるいは、さっきのトキアさんとのやり取りは、たとえわずかな時間でもそんな現実から目を逸らしたかったからなのかもしれないと、そんな風にも思えてしまう。


『っと、泣き言を言ってても始まらないね。やることをやらなきゃね』


 それでもすぐに自分を奮い立たせることができるあたりはさすがと言うべきか。


『アズール、トキア。あんたたちふたりは、海呑み鯨に襲われたんだろう?』

「「はい」」

『その上でこうして生還したわけだ。その時のこと、詳しく話してもらえるかい?なんだっていい。今はひとつでも多く、奴の情報がほしいんだ』

「わかりました」


 正直なところとしては、思い出したくもない記憶。けれど、今はそんなことを言ってられる状況ではない。それくらいは俺にも理解できていた。




『……まさかそこまでとはねぇ』


 そうしてひと通り話し終えて。どうやら俺とトキアさんが経験したことは、支部長をして唖然とするほどの内容だったらしい。


 まあ、無理もないと言えば無理もないのか。なにせふたり揃って海呑み鯨の大口にパクリとやられ、俺に至ってはその後に高度80メートルから海面へと落下し、再び食われかけてたんだから。


 ……本当にあらためて、よく生き延びることができたものだと思う。


『それでトキア。奴の攻撃圏と安全圏に関して、あんたの見解を聞かせてくれるかい?』

「はい。わたくしの見立てでは、80メートルは確実に攻撃圏内。100メートルは安全圏と見て間違いないかと。さすがに境目まではわかりませんが」

『……明確な数字が分かったのは収穫だけど、困った話だねぇ。100メートルの高度で長距離を飛べるのなんて、飛翼の心色持ちの中でもほんのひと握りだよ』


 やはりというべきなのか、飛行能力を備えた虹追い人としては、トキアさんはかなりの高位に位置しているらしかった。


『それと、奴の敵意だか悪意だかを感じ取れたんだったか?』

「ええ。その時に状況からして、奴は高度100メートルに居る存在を海中から察知することができるようです」

『つまり、奴の攻撃圏内を飛んでたら、即座に食われかねないってことかい』

「恐らくはそうなるかと」

『そうかい……。それとアズール。あんたにも聞きたいんだが』

「なんでしょうか?」

『あんたは、奴の腹の中に『爆裂付与』を食らわせたんだったね?』

「はい」

『かつての討伐例にしても、腹の中からの攻撃が決め手だったらしいとのことだったか』

「ですね。一応は、閉じた口を開かせる程度の効果はあったようですし、まったく効いてなかったとは思いませんけど……」


 これは今話していて気付けたこと。


「軽くむせる程度にしか効いていなかった公算が高いかと」


 なにせ……


「食らわせた後も、奴は元気に何度もピョンピョンしてくれやがりましたから」

『だろうね。……本当に、頭の痛くなる話ばかりだよ。とはいえ、あんたたちのおかげで有益な情報が得られた。各支部にも通達しておくよ』


 これで少しでも有利になればいいんだが。


 そんなことを思いつつも、現時点では光明を見出すことはできそうもなかった。

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