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タマネギ以外の理由でクーラに泣かれるのは、相も変わらずに痛かった

「アズールさん」


 無事だった私物を袋に詰めて脱衣所を後にすると、そこにはパウスさんの姿が。


「……顔色もすっかり良くなったみたいですね」

「おかげさまで。それと右肩もありがとうございました」

「いえいえ、俺としても、昔覚えたことが役立ってよかったですよ。けど、数日間は無理に力を込めたりとかはしないでくださいよ。まあ、普通に生活する分にはそれほど問題無いですけど。それと、あとで湿布薬も用意しておきますんで」

「……何から何まですいません」

「気にしなくていいですって。ところで……」


 あたりを見回す。


「トキアさんはまだ風呂ですか?」

「俺と同時に上がったはずですよ。けど、髪が長い人っていろいろと大変みたいですし」


 俺のもっとも身近な女性――クーラも髪は長く、実際に風呂上りには髪を拭くのに結構な時間をかけているくらいだし。なんでも、雑な拭き方を続けていると見た目が酷いことになってしまうんだとか。


 クーラの風呂上がりには、上気した肌と乾き切っていない髪の組み合わせってのはなんでこんなにも色っぽいんだろうかなぁ?なんて風に思っていたりもするんだが、そのあたりは余談か。


「そういえば、トキアさんって髪が長かったですよね」

「わたくしの髪がどうかしましたか?」


 と、そんなところにやって来るのはトキアさん。やはりというべきか、その長い髪はいくらかの水気を帯びているようで、少しだけ雰囲気が違っていた。


「いや、大したことじゃないですよ。髪が長いと風呂に入る時には大変そうだなぁ、なんて話をしてただけですから」

「そうでしたか。わたくしも切ってしまおうかと思ったことは何度かあったんですけど、踏み切れなくて……。たしかに、面倒だと感じることは多いんですけどね」

「やっぱり面倒ではあるんですね……」


 そういえば……


 髪で思い出したことがあった。


「ちょっと聞きたいんですけど、俺が着てた服って今は洗濯中なんですよね?」

「はい。正確には、洗い終わって乾かしてる最中ですけど」

「じゃあ、白リボンも一緒ですか?」

「えーと……アズールさんが頭に巻いてたやつですか?」

「それです」

「だったら、服と一緒に乾してありますよ」


 ほっ……


 無事だったことにひと安心。


「個人的な事情でアレなんですけど、俺にとってはすごく大事なものなんですよ。だから……」

「じゃあ、乾かし終わったら、間違いなくお返ししますんで」

「手間かけてすいませんけど、お願いします」

「いえいえ。ところで、海呑み鯨(オーシャンスローター)でしたっけ?ふたりが海で出くわしたっていう魔獣のことで話があるって博士が言ってるんですけど、今から来れそうですか?」


 トキアさんと顔を見合わせる。


 さっきまではそれどころではなかったわけだが、あんなのが本来の生息域から外れた場所に現れるというのは大いに問題だ。


 となればその問いかけへの返答は決まりきったものだった。




「どうやら顔色も良くなったようですな」


 そうして隣の支部に足を運べば、俺を見たクーパーさんの第一声はパウスさんと同じようなもの。


 ……まあそれだけ、戻って来た時の俺が酷い有様だったということなんだろう。


「おかげさまで。面倒おかけしてすいません」

「いえ、無事でなによりでしたよ。それよりも、王都のフローラ支部長から連絡が来ていましてな。すぐにあれを使うように、と」

「アズールさん。あれというのはひょっとして……」


 あれの存在を知っているトキアさんはすぐに気付いたらしい。


「あれのことでしょうね」

「……その様子ですと、心当たりがおありで?」

「ええ」


 袋から取り出すのは、手のひらサイズをした鏡。


「実はこれ、寄生体(ウィル・スローター)の残渣から作られた魔具でして」

「なんと!?」

「寄生体って……たしか灼哮ルゥリと相打ちになった魔獣でしたっけ?」


 温度差という意味では、クーパーさんとパウスさんの反応は真逆と言っていいくらいに分かれていた。


「実際に目にするのは初めてですなぁ……」

「まあ、かなり希少なシロモノではありますからね」

「なんかすごそうですね。どんな効果があるんです?」

「これと対になってる鏡がもうひとつあるんですけどね、そっちを持ってる相手とは、どれだけ距離が離れてても会話ができるんですよ。例えばですけど、今だったら片割れは王都に居る知り合いが持ってるので」

「王都に居る人と話せるわけですか?……便利そうですね」


 簡単な説明ではあったが、パウスさんも理解してくれた様子。


 遠方に情報を伝えることができるという点では各支部に設置されている魔具も同じではあるんだが、持ち運びができないだとか、やり取りできるのは文字だけだとかといった難点もあり、利便性という意味ではこちらの方が大きく勝っているというのが大方の意見。


 ……少し前までは、そんなシロモノをカムフラージュ代わりにしていたりもしたんだが、そこは言う必要もないだろう。


「ってわけなんで、早速使ってみます」


 使い方はシンプル。握り締め、片割れとつながるように念じるだけ。そうすれば鏡面が淡い光を放ち始めて――


「……聞こえてますか?」


 呼びかけに敬語を選んだのは、向こうに居るのが支部長だという可能性を考慮してのこと。


 けれど――


『アズ君!?アズ君なんだよね!?』


 実際に返って来たのはそんな、酷く慌てた様子で悲鳴に近い、それでも聞き違えるはずの無いクーラの声。


「……おう」


 予想外のトーンに少しばかり驚きつつも返事をしてやれば、


『生きてるよね!?お腹の中で『爆裂付与』とかやってないよね!?無事なんだよね!?怪我してないよね!?痛いところとか無いよね!?私のこと忘れてないよね!?息してるよね!?踏み潰されかけてないよね!?お腹空いてないよね!?腕はつながってるよね!?ハンカチとか忘れてないよね!?内臓飛び出してないよね!?財布失くしてないよね!?寄生体に乗っ取られてないよね!?心臓動いてるよね!?記憶消されてないよね!?足がもげたりしてないよね!?階段から落っこちたりしてないよね!?えっと……それから……』


 怒涛の勢い、なんて言い回しが似合いそうな様子で問いかけを連打してくる。


 というか、自分で何言ってるのか理解してるんだろうか?明らかにおかしな内容が混じってるんだが……


「とりあえず落ち着けって」


 どう考えてもこれは取り乱している。だからまずはなだめることにしたんだが……


『無茶言わないでよ!』


 即座に怒鳴りつけられた。


『君が危ない目にあったかもしれないかもしれないって聞いて……っ、私が……っ、どれだけ心配したと思って……っ、るの!』


 その声に涙の色がにじみ始め、


『今の私は君に何かあっても……っ、助けに行ってあげられないんだから……っ。お願いだからさ……私を置いて行かないでよぉ……。私は、君が居ないとダメなんだからぁ……。ぐすっ……ひぐっ……』


 やがて嗚咽へと変わっていく。


 不可抗力的な側面が強かったとはいえ……キツいよなぁ、やっぱり。


 それは肩の痛みがマシに思えてくるほど。


 タマネギ以外の理由でクーラに泣かれるのは、相も変わらずに痛かった。

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