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俺は完全に心の底までクーラの色に染められてるということらしい

 急速に迫って来る海面。


 何か……何か手を探さないと!


 このまま叩きつけられたら即死は確定。そんなことになった日には……


 まったく、つくづく俺は……


 そう思った瞬間に真っ先に浮かぶのがクーラの泣き顔なあたり、俺は完全に心の底までクーラの色に染められてるということらしい。


 そんな事実に苦笑。けど、だからこそ……


 クーラを残してくたばるなんてことは、絶対にやらかしてたまるかよ!


 考えろ……考えろ俺!


 必死で思考を回す中でふと視界に揺れたのは白くたなびく物。


 ほとんど無意識に右手を伸ばしていたのは、少しでも不安を軽くするためにとクーラから預けられたリボン。


 俺の身の丈以上には長いとはいえ、それでもここからではトキアさんには届かない。


 けれど――


 ……これなら!


 脳裏に閃くものがあった。


 クーラが謎処理をした結果として備わったという桁外れの頑丈さも今はありがたい。力任せに引っ張れば簡単に結び目がほどけてくれる。


 ああ、そうだとも!届かないのなら――伸ばせばいい!


 想起するのは先輩のひとり――ソアムさんの心色を!


 あれをパクれば、ここからでもトキアさんに届くはず、なんだが……


 問題となるのは強度。


 必要なのは、落下の衝撃を受けても千切れないだけの強靭さ。そしてしなやかさも求められる以上、『封石』は使えない。付け加えるなら、これまでには試したこともない使い方で、当然ながらぶっつけ本番。


 本当にできるのか?


 余裕のある状況で十分に試してからの実戦投入。不本意ながら例外が多かったとはいえ、基本的にはそんな形で手札を増やしてきた身の上。世の中というのはそう上手く行くものなのかという不安も湧いて……


 いや、そうじゃない!いかにして成し遂げるか。大事なのはそれだけだ。クーラを泣かせたくないなら、死に物狂いでやり切って見せろ!


 余計な思考は全部ぶん投げる。どうにかこの場を切り抜ける――クーラがこの先も機嫌よく笑っていられるために、俺のすべてを絞り出せ!


 硬くリボンを握り締める。必要というわけでもないが、虹剣モドキを形成する時の短鉄棒と同じ。軸になる物があった方がやりやすい。


 リボンに泥をまとわせて……なんだ!?


 そこで不可解なことが起きる。


 薄くリボンを覆っていた泥が、唐突に消滅していた。


 いや、むしろこの感じは……


 泥がリボンに吸い込まれたようにも思えたんだが。


 その証拠にと言えるかは微妙なラインだが、純白だったリボン自体が今は虹色の光を放っていて。


 それに――


 まるでリボンそのものが心色の一部になったようにも感じる。


 これはひょっとしたら……


 物理的にはあり得ないこと。けれど感覚は可能だと告げてくる。


 だったら!


 検証するのはこの場を切り抜けてからゆっくりとやればいい。今はその感覚を信じることにする。


 そして()()()()()()()()延長させる様を思い描いて――


「届けえええええええぇぇぇっ!」


 感覚通りに。思い描いた通りに。虹光をまとうリボンは真っ直ぐに伸びていき、


 そのまま飛槌へと絡み付く。


 よし届い――


「づああっ!?」


 けれど安堵も束の間。バギンと鈍い音が響くと同時に右肩に激痛が生じて、


 一気に押し寄せた落下の勢いに耐えられず、肩が外れでもしたんだろう。肩の間接というのは外れやすいものだと、師匠に聞かされたことがあった。


 さらには手のひらからも力が抜け、リボンがすり抜けて、


 だったら……巻き付け!


 絶対に放してたまるか!手のひらがアテにならないのなら、『遠隔操作』を使えばいい。


「これで……ぶあっ!?」


 食い込むほどにガチガチに巻き付かせ、左手でもリボンを掴んだところで、さらに状況が変わる。飛槌にリボンが届いた時にはすでに海面間近で、勢いも完全には殺しきれていなかったんだろう。俺の身体は海中に。


「げはっ……げほっ……」


 それでも衝撃は意識を保っていられる程度。塩辛い水を少しばかり飲んだだけで済んで万々歳だということにする。


 ったく、死ぬかと思っ……なんだ?


 落下ではなく、横に引っ張られる感覚。


 って嘘だろおい!?


 一難去ってまた一難。見れば、大口を開けて大量の海水ごとに俺を呑み込まんと迫って来る巨体が。


 縮めえええええええぇぇぇっ!


 大慌てでリボンを『遠隔操作』し、身体を引き上げる。ますます肩の痛みが膨れ上がるが、そこは歯を食いしばって耐えて。


 危ねぇ!?


 どうにか間に合ったらしく、鮮血色の巨体は足を掠めるに留まった。それでも背筋は凍ったが。


 ともあれ……


「アズールさん!?生きてますよね!?」

「ええ、なんとか……」

「乗ってください!」


 トキアさんのもとに到着。すでに右手は動いてくれなかったものの、どうにかこうにかで引き上げてもらう。


「高度を上げます!」

「はいっ!」

「……高度100メートル。これ以上は……また来た!?」


 再度の水音。下から迫って来る巨体が見えたんだけど……


「助かった……?」

「……そのようですね」


 今度は大口に捕まることもなく。あの化け物は海面へと落ちて行った。


 というかなんで向こうはこの高さから落ちてもピンピンしてるんだよ!?いくら魔獣だからって反則だろあんなの……


 ともあれ、その後も何度か海呑み鯨が跳び上がって来るも、一度も届くことは無くて。


「……この高さは安全圏、ってことです?」

「そのようですね。それに……嫌な感覚も消えました」

「敵意、でしたっけ?」

「ええ。どうやら諦めてくれたようですね」


 その証拠と言うべきなのか、海呑み鯨が海上に姿を見せることはそれきり無かった。


「……一度ゼルフィク島に戻りましょう。ここからだとその方が近いので。アズールさんもそれでよろしいですか?」

「ええ」


 身体が震えていると気付いたのは今になってのことだが、あんなのがいる海の上に留まりたいだなんて思わない。


「……さすがにこの状況で高度を下げるつもりにはなれませんので、このままで行きますよ」

「了解です」


 この高度を維持するというのも大いに賛成。またあれに食われかけるなんてのは、控えめに言って絶対に嫌だ。


「ところで、その右腕は……」


 だらりと垂れ下がった右腕。飛槌に乗る時にはすでに動いていなかったわけだし、トキアさんも気が付いていたんだろう。


「多分外れてます」


 こうしている今も、力を込めてみても、痛いだけで上がってくれない。


「できればしっかりと捕まっていてほしいんですけど、難しいようですね」

「はい。あ、けど……」


 思い付いたのはついさっきのこと。


「……あれ?」

「どうしました?」

「さっき、飛槌にリボンを巻き付かせた時の要領でどうにかできないかと思ったんですけど……」


 右手に目をやるも、虹色に光っていたはずのリボンは本来の白に戻り、力なく垂れ下がるばかり。


 たしかさっきは……リボンに泥をまとわせてたんだよな?


 腕は動かずとも、心色を使う分には問題無い。だからもう一度同じことをやってみればさっきと同じように、泥を吸い込んだリボンが虹光を放ち始める。


「あの、いったい何が……」

「実は俺にもよくわからないんですけど……」


 それでも、これまたさっきと同じように使い方だけはわかる。


「ちょっと失礼しますね」


 リボンを『遠隔操作』して、トキアさんと俺の胴回りをひとつに束ねるように巻き付ける。


「よし」


 これなら、しがみ付いているのと同じようなものだろう。


「……こんなことまでできたんですね」

「できた、と言いますか……。ついさっきできるようになったんですけど」


 まあ、そのおかげで命拾いしたようなものでもあるんだが。


「そうでしたか。では、ゼルフィク島に向かいましょう。かなり速度は落ちてしまいますが……」

「……ひょっとして、高度を上げてるのが理由です?」

「ええ。速度と高度、積載重量の3つが相関関係にある、とでも言えばいいでしょうか」

「なるほど」


 それならばイメージはしやすい。


「俺を乗せてこの高度まで上げているから、その分だけ速度が犠牲になる。そんな感じですか?」

「まさしくそんな感じですね。現状では、この高度が上限でして」


 となれば、相当に速度は落ちるわけ……


「うおっ!?」


 不意に吹いた風。強いものではなかったが、濡れネズミの身体にはキツいものがある。あるいは身体が震えるのは、食われかけた恐怖だけが原因ではなかったのかもしれない。


「あまりのんびりとしている余裕は無さそうですね。それでは行きますよ」

「はい」


 そうして飛槌がゼルフィク島へと引き返し始めるその様は、トキアさんが言っていたように酷くゆっくりとしたものだった。

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