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頑張れ、トキアさん

 翌日の早朝。俺とトキアさんは昨夜と同じように港へと足を運んでいた。朝日に照らされた海面というのも中々に奇麗な光景ではあったんだろうけど……


「大丈夫ですか?」

「……あまり大丈夫ではないかもしれません」


 隣に座るトキアさんの表情は硬い。


「もうすぐ、なんですよね……」

「ええ。俺とクーラの部屋からユアルツ荘までは数分の距離ですし」


 昨夜――俺とクーラがトキアさんへの全面協力を決めた後、3人で話し合って大まかな方針は決めてあった。今はそれに従い、クーラからの連絡を待っているところ。


「あの……アズールさん。手を、つないでいただけないでしょうか?」


 それでも、実際にその時が迫っているとなれば緊張するものなのか、そんなことを頼まれる。


「その……なんだか怖くなってきて……。だから……また、わたくしが逃げ出してしまわないように捕まえていてほしいんです」

「俺でよければ」

「ありがとうございます」


 当然と言えば当然のこと。その感触は、つなぎ慣れたクーラのそれとは違っていた。


「……ふふ、クーラさんには少し悪い気もしますが」


 とはいえ、気休め程度には効果もあったんだろう。そんな冗談めいたことを言うくらいの余裕は生まれていたらしい。


「いや、あいつはそれくらいで怒ったりはしないですよ。……むしろここで拒んだら、不甲斐ないと責められそうですら……っと、来ました」


 手にしていた鏡から硬質の音が響いたのはそんなタイミングで。


『アズ君、聞こえてる?』

「ああ」

『今、ガドさんの部屋に来てるの。代わってもいい?』


 俺が頷けば、トキアさんも頷きを返してくる。


「……頼む」

『よう、アズール。昨日のことはもうこっちにも話が来てるぞ。また随分とすげぇことを成し遂げたみたいだな?キオスの奴なんかは派手に祝う準備を始めてたみたいだけど』

「それはまた……。まあ、多分俺自身が一番驚いてるんですけどね。ところで……」

『ああ。クーラ嬢ちゃんから聞いたんだが、俺に急な用があるんだって?』


 これは昨夜に考えたこと。とりあえずの口実としては、俺をダシに使うのが妥当なところだろう。


「ええ。と言っても、厳密には用があるのは俺じゃないんですけど……」

『どういうことだ?』


 魔具を手渡す。震える手でトキアさんは受け取って。


「その……お久しぶりです、ガド」

『……お前、トキアか?トキアなんだよな!?』

「ええ……。わたくしのことがわかるんですね……」

『ったく、当たり前だろうがそんなのは。信じて背中預けてた奴の声を忘れるほど俺は薄情じゃないんだよ。見損なうな』

「……そう、でしたよね」

『ああ。だからな、お前が消えた時にはかなりショックだったぞ。セラとふたりで訪ねてみれば置き手紙がしてあって、それっきり便りのひとつも無いと来たもんだ。今までどこをほっつき歩いてたんだよお前は』


 ガドさんの口調は気安く、怒っているようでもあり。そして、どことなく嬉しそうでもあったことには俺も安堵。もしもここで険悪をされたらどうしようかとは――ほんの少しだけ――不安にも思っていたところだった。


「申し訳ありません。その、いろいろとありまして……」

『……まあいい。それで、アズールと一緒に居るってことは……今はゼルフィク島に居るのか?それともクゥリアーブか?』

「クゥリアーブです」


 そう嘘を吐く。これも昨夜に話し合って決めたこと。話を適当なところで切り上げる口実とするために。


『そうか。……なあ、トキア。王都に来ることはできないか?俺だけじゃねぇ。セラも支部長もセオもお前の顔を見たいと思ってるだろうしよ。……そうだ!少し待っててくれ。今セラたちも呼んで――』

「ダメです!」

『なんでだよ?みんなお前と話したいはずだぞ?』

「それは理解しているつもりです。けれど……実はわたくし、間もなく出航する船に乗るところでして」

『そうなのか!?』

「ええ。そんな折に偶然アズールさんとお会いして。ですから、あまり時間が無いんです」

『そうかよ……。せっかくこうして話せたってのに……』


 ガドさんの声には残念そうな色が濃い。それは、今でもトキアさんのことを友人と思っている証左なんだろう。トキアさんに加担している身としては気が重くもなるんだが……


「ねぇ、ガド。今回こうしてアズールさんとクーラさんに協力していただいたのは、どうしてもあなたに伝えたい言葉があったからなんです。……聞いていただけますか?」


 さあ、ここからが本番だ。


『急にあらたまったな』

「ええ。それだけわたくしには大切なことなんです」

『わかった。聞かせてくれよ』

「はい。8年前のあの日……わたくしが王都を離れた日のこと……なんですけど……」


 つないだ手に力がこもったのは緊張の現れか。強すぎて俺の方は少し痛いくらいなんだがそこは我慢する。


「その……あの……えっと……」


 ここへ来て口ごもる。それは8年もの間、ずっとトキアさんの中でわだかまりになっていたであろうことで、トキアさんが前に進むために必要なことでもあり――自身の初恋にトドメを刺すということでもある。それだけに、トキアさんにとっては相当に重いことでもあるはずだ。


 俺もクーラも、可能な限り力になりたいとは思っている。けれどここで代わりに言ってしまうなんてのは論外もいいところ。あくまでもこれは、トキアさん自身がケリを付けるべきことなんだから。


 だから――


「頑張れ、トキアさん」

『頑張れ、トキアさん』


 せめてもと送ったエール。図ったわけじゃないのに、まるで示し合わせたかのように俺とクーラの声が重なってしまう。


「……ふふ。本当にこんな時までおふたりは仲がいいんですね」

「えっと……スイマセン」

『……ごめんなさい』


 結果的には水を差してしまった形。だからそう平謝りするも、


「ですが、感謝いたします。おかげ様で、怯えているのが馬鹿みたいに思えてきましたから」


 トキアさんは穏やかな微笑みでそう言ってくれる。実際、握る手の力は弱くなっていて、


「ガド。8年前に伝えそびれた言葉です」


 朗々と響く声からも震えは消えていて、


「セラとのこと、おめでとうございます。どうかふたりでお幸せに」


 8年越しとなった寿ぎ(ことほぎ)が誇らしげに聞こえたのは、俺の気のせいではなかったはずだ。

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