事情が事情とはいえ、不義理という部分だけは否定できそうもない
「ガドとふたりだけで話す機会を与えてはいただけないでしょうか?」
トキアさんの頼み事はそんな、俺の予想とは少しばかり異なるもので。
『……ふたりだけで?』
「……ガドさんだけなんですか?」
「ええ。あの日……8年前の心残りを晴らしたいんです」
そういえば、クーラがエルナさんから聞いたという中にも8年前にどうのこうのってのがあったか。それに、
「ひょっとして……昼間言ってた不義理ってやつですか?」
似つかわしくないからこそ、印象に残っていた。第七支部を離れる時に不義理がどうのと、トキアさんはそう言っていた。
「……はい」
静かな肯定。
「……身勝手なお願いをする以上、すべてを話すのが筋でしょうね。よろしければ事情を聞いていただけますか?その結果として拒まれたとしても、おふたりの不利益になるようなことは一切しないと約束いたします」
『……聞かせてください』
俺よりも先にクーラが返事をしてしまう。もっとも、
『アズ君だってさ、ここで何も聞かずに拒む気にはなれないでしょ?』
それもまた事実だったわけだが。
「……よくおわかりで。俺としても、感情ではトキアさんに協力したいと思ってるんです。だから、聞かせてもらえますか?」
「……ありがとうございます」
トキアさんは再び隣に座り直す。
「わたくし、元々は第一支部に所属していたのですが、ガドに助けられた縁で第七支部に移ることになり、その後はガドやセラとも親しくさせていただいておりました。このあたりはアズールさんにはお話ししましたよね?」
「ええ」
それでも繰り返したのは、クーラにも聞かせるためなんだろう。
「本当にあの頃は楽しかった。そうして第七支部で過ごすようになって2年ほどが過ぎた頃でしょうか?ふとしたきっかけで、わたくしは自分が恋をしていたことに気付いたんです」
気付かない間にってのは、俺も身に覚えが……ってまさか!?
話の流れ的には、その相手になりそうな人がいるわけだが……
「その相手はガドでした」
やっぱりかぁ……
予想が当たったのは別にいい。ガドさんほどの御仁なら、トキアさんほどの人が惚れるというのも納得できる。けれどそのガドさんには……
「そして自分の気持ちに気付いたことで、ガドとセラが互いに思い合っているということも理解できてしまった」
そう。セルフィナさんという相手が居るわけで。
「ですが、結局わたくしが自分の想いをガドに伝えたことはありませんでした」
『……セルフィナさんに配慮したからですか?』
「ふふ」
浮かぶ笑みはどこか自嘲的で。
「そうであればまだ格好も付いたでしょうけれど、実際には単に意気地が無かっただけですよ。もっとも、結果的にはそれでよかったと思っています。なにしろ、ふたりが想いを伝え合い、結ばれたのは、それからすぐのことでしたから」
後悔はしなかったんですか?
喉元まで出かかったそんな問いかけは、どうにか呑み込むことができた。
さすがにそれは無神経が過ぎる。
「もしかして、第七支部を離れたのは……」
「ええ。その時にです。わたくし自身も気持ちの整理が付いていなくて。けれど、わたくしを選んでくれなかったガドへの憤りと、わたくしが手にすることのできなかった宝物を手にしたセラを妬む気持ちだけは知覚できたから。大切な友人たちに醜い言葉を浴びせてしまうことが怖かった。だからその日のうちに置き手紙ひとつを残して王都を逃げ出して、それきり手紙のひとつも送ることはありませんでしたね」
「それが不義理だったと?」
「ええ。世間的に考えたなら、十分に不義理と言えることでしょう?」
「それはまあ……」
事情が事情とはいえ、不義理という部分だけは否定できそうもない。
「ともあれ、そうして王都を離れて……この8年間はあちこちの大陸を渡り歩いていました。近年では、わたくしひとりであれば飛槌で海を越えることは可能になりましたから、それも好都合でしたね」
「そうですかぁ……」
薄々は気付いていたけど、やっぱりトキアさんもすごいお方だったらしい。有名どころは飛翼だが、飛ぶことができる心色の使い手でも大陸間の行き来ができるのはほんのひと握りだと聞いた覚えがあった。
「時の揺りかごはわたくしにも優しかったということなんでしょう。少しは気持ちにも整理が付いて、ようやくこう思えるようになったんです。……大切な友人たちに、あの時言いそびれた『おめでとう』を伝えたいと。そうして王都に戻ったのは、新人戦が決勝を迎えていた日のことでした」
また、自嘲的な笑みが浮かぶ。
「ですが、逃げるばかりだったわたくしは、一歩も前に進めていなかったんでしょうね。コロシアムで第七支部の皆さん――ガドとセラの仲睦まじい姿を目にしたら……もうあそこにはわたくしの居場所なんて無いんだと突き付けられたような気がして……また、逃げ出してしまったんです」
「けど、ガドさんもセルフィナさんもそんなことで――」
「理屈ではわかっていますよ。むしろそんな風に思うこと自体が、ガドやセラに対する侮辱になるということも。それでも耐えられなくて……。結局、そのままあちこちをさすらって。また、エデルトから逃げ出そうとしていたのが昨日のことでした」
「そしてそんな折に俺を見かけた、と?」
「はい。最初は、少しでもガドたちのことを聞ければと思っていたのですが……」
『虹孵しの儀』が始まり、あとは流れでこうなったというわけか。
「寄生体に関しても風の噂である程度のことは聞き及んでいましたから。クーラさんと楽しそうに語らう姿を見て、確信に至ったというわけです」
「じゃあ、ガドさんとふたりだけで話したいっていうのは……」
ここまで聞いた上で、そこによからぬ意図があったとは毛の先ほどにも思えない。
「ガドひとりであれば、少しは冷静でいられるかもしれない。そう考えたからです。……これが理由のすべて。わたくしの身勝手ということも重々承知しているつもりです。ですがその上で……どうかお願いします。アズールさん、クーラさん。8年前の心残り――わたくしの初恋にケジメを付けるチャンスを与えてはいただけないでしょうか?それができたなら、今度こそわたくしは前に進めると思うんです」
参ったな、これは。
予想以上に重い話だった。けれど――
「なあ、クーラ。お前はどう思う?」
『アズ君の方こそ、どう思ってる?』
問いに問いを返され、
「まあ、そうなるよな」
『だね』
それだけで確信できていた。
なにせクーラの声色は答えを雄弁に語っていて、俺もまた同じくだったことだろうから。