だからそうやって過剰に持ち上げるのは勘弁願いたいんだが……
やりすぎて『虹の卵』を壊してしまうかもしれない。
仮にそんなことを口にする奴がいたとして、俺はマトモにとり合ったりはしないことだろう。
なにせ歴代のランキングトップ3にして、歴史上でも最強格と言われている3人の虹追い人。闇塗りのシザや灼哮ルゥリ、雷迅リュウドが『虹孵しの儀』に挑んだ時ですら、そんなことにはならなかったんだから。
だが困ったことに、俺はただひとりの例外を知っていたわけで。
「お前ならやりかねないというのがまたなんとも……」
なにせクラウリアには、一瞬でエルリーゼのすべてを消し炭にできるだけの力があるんだから。
『ゼルフィク島にある試作1号はさ、受けた衝撃を吸収して結晶化するようにできてるの。でも、吸収できる衝撃には限度があるって話だったんだよね』
「……つまり、それ以上の衝撃を加えれば壊れると?」
『そういうこと。呼び付け先で聞いた話だと、上限は『虹起石』10万個分くらいってことだったかな』
「シザの約10倍か……」
普通に考えたなら、まず心配するようなラインではないわけだが……
「お前なら届きかねないってことか?」
『さすがに表向きで存命中だった頃に挑戦したとして、そこまで届いてたかどうかまではわからないけどね』
「まあ、正解だったんじゃないか?」
当時の虹追い人が数千人がかりでも敵わなかった星界の邪竜を容易く瞬殺したとも聞いている。それを考えたなら、十分以上にはありそうな話。
そしてこの世界というのは、『虹起石』――心色ありきで成り立っている部分が大きい。二度と『虹起石』が手に入らなくなったらどれだけの影響が出るのやら……
現に、800年くらい前には大量の『虹起石』を積んだゼルフィク島からの船が沈没。その時の『虹孵しの儀』で得られた成果の大部分がフイになるなんてこともあったらしいんだが、それだけでも世界中が大混乱に陥ったらしい。
そして結果的には、その先50年の間は人口が減り続けることになり、ようやく増加に転じた頃には以前の7割にまで落ち込んでいたんだとか。
なにせ、魔獣を狩る際には心色というのは大きな力になるわけなので(師匠なんかは例外中の例外)、心色使いの数が減れば残渣の流通量は激減するんだから。
生息域から出てきた魔獣の討伐にしても同様。それが高位の魔獣だったりしたなら、被害はどれだけ広がるのか。
また、船を動かすにも風の心色は活用されているらしいし、それ以外の用法だって山ほどあることだろう。
異世界呼び付けの理由というわけでもないんだろうけど、『虹の卵』が破壊されるなんてのは、十分以上にこの世界の危機と言えそうなところだと、俺は思う。
「お前の必殺技がどれだけの数字を叩き出せるのかは興味が無いわけでもないけど」
『あはは、それは私も気になってたりも――』
「こんばんは、アズールさん」
「……うおっ!?」
唐突にすぐ後ろから聞こえた声。
「トキアさん!?」
「はい。驚かせてしまいましたか?」
「ええ、まあ……」
「申し訳ありません」
「いえ、そこまでのことでもないと思いますけど……」
慌てて鏡を懐にしまいつつ振り返ればそこに居たのはトキアさんで。
「俺に何かご用でも?」
「そういうわけではないんですが、出て行かれてから随分と時間が経つのに戻って来る様子が無かったので、こうして探しに来た次第です」
たしかに言われてみれば結構な時間が過ぎてたか。理由はまあ、クーラとの会話に夢中だったということなんだろうけど。
「すいません。心配かけちまいましたか」
「ですが、気持ちはわかる気がします。だって……」
隣に座り、目を向けるのは彼方へと。
「こんなにも素敵な場所なんですから。ひとり占めは狡いですよ?」
「……そうですね」
現在位置は港。夜空を振り仰げば煌々と月が輝き、その光が海面で揺れる。遠くにはかすかにクゥリアーブの明かりがまたたき、寄せては返す潮騒の音が心地いい。いずれ機会があれば、クーラとふたりで眺めたいと思えるくらいには壮観だった。
「コホン。ところで……わたくしはトキアと申します。虹追い人を始めてからはこれでも10年ほどでして、以前は王都の第七支部に所属しておりました。我ながら厚かましいとは思いますが、その意味ではアズールさんの先輩と言えるのかもしれませんね」
「……はい?」
咳払いを挟み、唐突にトキアさんはそんなことを言い出す。
「あの……急にどうしたんです?」
厚かましいだなんて風には思わない。けれどそれを除けば俺にとっては今更なこと。自己紹介以外のなにものとも思えないんだ……が!?
トキアさんが自己紹介をするような相手はこの場には居ない。けれど――
まさか……聞かれてたのか!?
思い当たるのはそんな――クーラとのやり取りが筒抜けだったという線。俺がわざわざ港までやって来たのは、誰にも聞かれたくなかったから。
単に恥ずかしいからというのもあるし、気兼ねなく話したかったというのもある。そして――この魔具を持っていることを大っぴらにしたくなかったからというのもあった。
なにせ恐ろしく希少な上に有用なんだから。第七支部の皆さんは当然のように知っていることではあるけど、面倒を避ける意味では無暗に吹聴しない方がいいとは支部長からも言われていたこと。
「どうしたって……ただの自己紹介ですが?初対面の相手には当然のことではありませんか?もっとも、対面と言えるかは怪しいところですが」
マズい……。これは完全にバレてるぞおい……
「なんのことでしょうか?」
だからどうにかはぐらかそうとするも、ヘタクソな取り繕いしか出て来ない。
「よろしければ、可愛らしいお声をした歓談のお相手を紹介していただけたらと思いまして」
「ですから……なんのことかと……」
『いや、これはもう確証持たれちゃってるよ……』
なおもとぼけようとしたところで懐から苦笑気味の声。
『多分これ以上の隠し立ては無駄なんじゃないかな?』
「けど……」
『それにさ……思惑も透けて見える気がするの』
「思惑……?」
たしかに、なにかしらの意図が無ければこんなことはしてこないだろうけど……
『多分だけど、君が危惧してるようなことにはならないと思うよ。そんなわけで……コホン』
トキアさんに倣うように咳ばらい。
『初めまして。私、クーラって言います。アズ君とは一緒に暮らしてる恋人同士です』
「これはご丁寧に。素敵なお相手がいて羨ましい限りです」
『それはもう。過去1500年を遡り、10000年先の未来まで探してもこれだけ素敵な人はいないだろうって断言できるくらいには自慢の人ですから』
「そこまでですか……。ところで、クーラさんも第七支部の所属なんですか?」
だからそうやって過剰に持ち上げるのは勘弁願いたいんだが……。引きつつも、軽く流してくれたトキアさんには心からの感謝を。
『いえ、第七支部の近くにあるパン屋さんで看板娘をやってます』
「……もしかして、エルナさんのお店ですか?」
『はい』
「懐かしいですね。わたくしも当時は足しげく通ったものです」
どうやら間接的な接点があったらしいこのふたり。たしかに、第七支部に所属していたなら、地理的な意味でも味的な意味でも、あの店に入り浸るのは普通にあり得ることだ。
『そうみたいですね。ですから……トキアさんのことも聞かせてもらう機会があったんです。8年くらい前に急に姿を消した人で、セルフィナさんやガドさんとは特に仲が良かったとも聞いてます』
そういうことか……
つい身構えてしまったけれど、少し考えればわかることだった。
多分だが、この魔具で第七支部の皆さんと話したいということなんだろう。8年ぶりともなれば、つもる話も相応にあるはずだ。
そんな事情であれば、拒むつもりなんて無い。俺としてはむしろ協力したいくらいだし、間違いなくクーラも同じだろう。
『だから察するに――』
「お待ちください」
けれど続く言葉は遮られる。
「恐らくは、おふたりが考えていることはほぼ正しいかと。……けれどお願いをする以上、わたくしの方から言うのが筋でしょう」
立ち上がり、真っ直ぐに背筋を伸ばす。
「アズールさん、クーラさん。どうか、わたくしにその魔具を使わせてください。そして――」
頼みごとの内容は予想通りで、
「ガドとふたりだけで話す機会を与えてはいただけないでしょうか?」
続く言葉は少しだけ、予想から外れたもの。月明りに照らされたその頬は、薄朱く染まっているようにも見えた。