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その……なんかスイマセン

「それではご武運を、アズールさん」

「ええ。全力を尽くしてきますとも」


 俺の番がやって来る。


 ゆっくりと手を伸ばして『虹の卵』に触れれば、次の瞬間にはあたり一面が真っ白な壁で覆われていた。


 これは知らなきゃ焦るだろうな。


 そのあちこちには、トキアさんが挑戦する時に見たものとそっくりの光板も。


 俺が用意した作戦では残り時間の管理も重要になる。本当に、人様の話をしっかりと聞いておいてよかったぞ。


 さて……やるか!


 立ち位置は光板を見やすいように。


 手順は事前にイメージトレーニングしたとおりに。


 まずは右手に発現させた泥団子を『虹の卵』へと押し付けて、


 『分裂』!『分裂』『分裂』『分裂』『分裂』『分裂』『分裂』!


 『分裂』の連続使用。それと並行して『遠隔操作』も使い、増やした泥団子を広げ、『虹の卵』を覆いつくし、呑み込んでいく。


 遠隔と名に付いている彩技だが、直接触れている方が操作自体はやりやすい。そしてこれからやろうとしているのは細かい調整も必要になるようなことだ。


 こっちからは見えないが、トキアさんやクーパーさんには俺の行動が見えているはず。そして、何をやるつもりなのかと首を傾げていることだろう。


 光板の下半分にある文字はまだ開始時点から変化していない。さすがに泥を塗りたくっているだけで増えてくれるほど甘くはないということか。


 さて……


 残り50秒で次の段階へ。前に目をやれば『虹の卵』は大量の泥に呑み込まれ、馬鹿でかいカラフルな泥玉にしか見えなくなっていた。


 次は……『封石』!


 続けて使うのは、もっとも付き合いの長い彩技。これまでずっと微妙だと思っていた『封石』だが、ふた月ほど前にとある変化が起きてからは、実に頼れる存在へと変わっていた。


 その変化――新たな使い道というのは泥団子の中に石を仕込むのではなくて。


 泥団子――泥自体を石に変えるというもの。


 以前であれば強度が欲しい時は泥を圧し固めていたわけだが、当然ながら比較にならないほどに頑丈になる。


 しかも『分裂』や『衝撃強化』との相性も抜群で、少し前に大鬼(オーガ)と遭遇してしまった際にあっさりとミンチにできていたのもそのおかげ。握りこぶし大の石が数百規模でひっきりなしに飛んでくるとあっては、さしもの大鬼もひとたまりもなかったということなんだろう。


 けれどここでやるのは、石を雨あられと投げつけることじゃない。


 石の中に『虹の卵』を閉じ込めての『爆裂付与』。早い話が、寄生体(ウィル・スローター)ことニヤケ長男とやり合った際に、最後の一撃の一歩手前でブチかましたことの発展型だ。


 俺なりに検証を繰り返したところ、普通に爆発を起こすよりも、密閉した中で爆発させた方が威力は跳ね上がるということは間違いなさそうだった。


 しかも爆発を完全に閉じ込めてしまうことにより、俺自身が余波に巻き込まれるという事態を防げるというオマケつき。


 欠点としては、現時点では下準備に時間がかかりすぎるせいで、実戦の中ではまず使い物にならないということ。だがそこは今後の改善次第。上手くいけば心強い手札になってくれることだろう。


 けれどこの状況。どれだけの無防備を晒しても問題の無い『虹孵しの儀(にじかえしのぎ)』においては、抱えている弱点は消え失せる。


 そして、これも検証する中でわかったこと。『封石』で壁を作る場合、泥のすべてを石に変えるよりも、泥と石が交互に来るように層を作った方が、明らかに衝撃に対しては強くなっていた。


 だからそれも盛り込んでやる。


 『分裂』、『遠隔操作』の併用に『封石』も交え、交互に泥と石を被せていく。


 ……14層。こんなところか。


 残り時間はすでに5秒。泥石壁作りはこの辺で切り上げる。


 さて、あとは仕上げ。


 最後にぶちかますのは、もちろん『爆裂付与』。


 威力の調整は……これくらいか。


 これもまた、繰り返してきた検証の成果。『爆裂付与』を発動する際の威力をどれくらいにすれば泥石壁の耐久力ギリギリになるのか。感覚的に掴むことができるようになっていた。


 よし!計算通り。


 残り1秒。下準備に最大限の時間を使い、理想的な形に仕上げることができた。


 そして――


「爆ぜろ!」


 ズゥン!


 泥石壁に触れている手のひらだけでなく、足元からも突き上げるような揺れがやって来る。


 さて、結果はどんなものやら?


 目論見に対しては完璧にやれたことに軽い満足感を覚えつつ、光板に目を向ける。残り時間を示す赤い丸が全部消えている以上、すでに俺の挑戦は終わっているわけだが……


「……へ?」


 その下側。見知らぬ文字で結果が出ているところに目をやって俺が漏らしたのは、この上無く間の抜けた声。


 えーと……これはいったいどういう意味なのやら……


 内容は俺には読めないんだが、0~9であれば文字はひとつ。10~99ならふたつで100~999ならば3つなんだろう。そのあたりは理解している。そして1000~9999だったら4つで、10000を超えるのであれば5つになるはず。それもわかってはいるんだが……


 汗が入って視界がにじんでるのか?


 だから目をこすってみるんだが、見えるものは変わらず。


 はてさて一体何が起きたのか?


 そんな疑問を抱き、考えるんだが、答えが出る前に光板は白い壁と同時に消えてしまい、次の瞬間、


「おわっ!?」


 『虹の卵』から産み落とされる『虹起石(さいきせき)』の勢いに、俺は吹っ飛ばされていた。


「これはつまり、ひょっとしたらひょっとするんだろうか……」


 いや、俺だって頭の片隅ではわかってたんだけど。ただ、現実を受け入れることを拒んでいただけのことで。


 だがまあ、人ひとりを吹っ飛ばすほどの勢いで産み落とされる『虹起石』の量もまた、明確な現実だったわけで。


 その量はどこをどう見たって、トキアさんの時よりもはるかに――雑に見ても5倍以上には多い。


「はぁ……」


 いい加減、受け入れるか……


 ため息をひとつ。トキアさんとクーパーさんのところに引き返せば、トキアさんは頬を引きつらせ、クーパーさんにいたってはポカンと口を開けて固まっていて。


「……大丈夫ですか?」


 その様は思わず心配をしてしまうほど。いやまあ、俺が原因ではあるんだろうけど……


「ええ。少々……いえ、かなり相当驚いただけですから」

「その……なんかスイマセン」

「いえ、アズールさんに非があるわけでは。それよりも……クーパーさん。クーパーさん?」


 トキアさんが呼びかけるも、クーパーさんは固まったままで。


「…………はっ!?私はいったい……」


 どうやら意識が飛んでいたらしい。肩に手をかけて揺すったところで、ようやく我に返った様子。


「恐らくは、アズールさんの結果を見て忘我していたんでしょう。その証拠に……」


 指差す先にあるのは、100や200では済まなさそうな数の『虹起石』。


「たしかにあれは現実だったようですなぁ……」

「ええ。それで、アズールさんの数字はいくつだったんですか? 1000を超えているというのはわたくしにも理解できたのですが……」


 そこは俺もどうにかこうにか受け入れることができた……と思いたい。文字の数は4つだったわけだし。


 たしか支部長の記録が1008だった。ならば多分俺の記録は1004とか、そこらへんなんだろう。ひょっとしたら、1009くらいという可能性も無きにしもあらずという気はしないでもないんだけど。


「それがですな――」

「「……はい?」」


 震える声で告げられた数字に対して、トキアさんと俺の呆け声が重なってしまい。


「スイマセン。上手く聞き取れなかったみたいでして……。申し訳ないんですけど、もう一度言ってもらえます?」

「そ、そうですよね!わたくしも聞き逃してしまったようですし……」


 ふたり揃って聞き逃したというのもアレだが、多分鳥の鳴き声かなにかと被ったからだ。そうに違いない。


「いえ、聞き逃しではないと思いますぞ。まあ、そう考えてしまうのも無理はないとも思いますが……。ではもう一度言いましょう。アズールさんの記録は――」


 たしかに2度目も、1回目と同じ内容を聞いて取ることができた。ならば聞き間違いではなかったということ。


 ロクセンニヒャクナナジュウキュウ。


 そしてクーパーさんはそう言っていたわけだが……


 俺の知識に照らし合わせるならばそれは、1000が6個と100が2個。10が7個に1を9個合わせたらできあがるような数字。


「そうでしたか……。6279でしたかぁ……」


 実際に声に出してみると、よりイメージが鮮明になる。


 そして――


「「でええええええええぇぇぇぇっ!?」」


 俺が上げた叫び声とトキアさんが上げた似合わない叫び声。


 そのふたつが奇麗に重なってしまったのは多分、仕方のないことだったに違いない。

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