どうせ先か後かの違いでしかない
「さて、そうして『虹孵しの儀』が始まった後ですが」
クーパーさんの説明は続く。
「白い床の内側と外側を区切るような形で壁が現れます」
「……壁?」
「ええ、唐突に一瞬で。そして、その壁は内側からは床と同じように白く見えます。ですので、閉じ込められたと思い、動揺してしまう方もおられますな」
「……あの、それはかなり重要なことなのでは?」
俺もトキアさんに同感だ。挑戦資格は緑以上なわけだし、パニックに陥ってしまう人はそう多くはないだろうけど……
それでも、ただでさえ60秒という限られた時間。立ち直るまでの数秒であろうともロスしてしまうのは痛いはずだ。
「まあ、不要だからと説明を聞かなかったのはその方の責任ですからなぁ。連盟の規則でもそのように定めてありますし」
なんともドライなお言葉だった。
「ちなみにその壁の破壊を試みたという話もありますが、こちらも成功したという記録は一切残っておりません。しかし終了時には消えますので、その点はご安心を」
聞くことにしたのは正解だったな、これは。知っているかどうかの差は大きいだろう。
けど……
「だったら、他の人が挑戦しているところは見えないってことですか?」
そこが気になった。俺としては、トキアさんがどう立ち回るかも見たかったんだが。
「いえ、それがですな……その時に現れる壁というのは、外側からは透明に見えるのですよ。ですから、内側で起こっていることははっきりと見ることができます」
「「……はい?」」
困惑という色合いも含めて、俺の声がトキアさんにぴったり重なる。
「それってつまり……一方からは反対側が見えるけどもう一方からは反対側が見えない。そんな壁があるってことですよね?」
……自分でも言っててわけがわからん。
木や石、鉄の壁であればどこから見ても反対側は見えないし、ガラスなんかであれば話は逆。これは世間の常識なはずなんだが。
いやまあ、俺の知り合いには約1名、そんな物を平気で作りそうな奴も居るんだけど……
「そうなりますな。もちろん、現時点ではそのような技術は存在しておりません。ですので、その原理を解明することを目的とする研究者なども明日からは多数やって来るでしょうなぁ」
「なるほど……」
たしかにそんなシロモノを開発できたなら、使い道も相応にあることだろう。
本当に、いろいろな側面があるものだ。
「付け加えるとその壁は、音に対しても同様に作用します」
「……中で声を上げれば外には聞こえるけど、外からの声は中には聞こえない。そんな感じです?」
「ええ。まさしくその通りです」
「……なんと言いますか、わたくしの常識が壊れていくようです」
トキアさんの反応は、クーラを相手にしている時の俺と被るような気がした。まあ、その気持ちもよくわかるけど。
「はは、皆さんそのような反応をされますよ。それだけ、この『虹の卵』というのは謎に満ちているということなんでしょうなぁ。さて、説明を続けますぞ。その壁の内側と外側の両方には、あのような……絵のようなものが現れます」
そう指を指す先。『虹の卵』に気を取られて気付かなかったが、横手の方には俺の身の丈ほどの木板と、うず高く積み上げられた籠があった。籠は『虹起石』を入れるためだとは予想できるけど……
「パウス君が作成してくれたものなのですが、かなり忠実に再現されていますよ」
そんな板に目をやれば、上の方にはいくつもの赤い点(というか円?)らしきものがズラリと規則正しく横6列に並ぶ。
少し下にはこれまた同じように、よくわからない模様らしきもの――俺の知識には無いものだが、文字のようにも見える――が横2列に並んでいて、残る下半分には何も書かれていない。
「……これもなんだかよくわからないシロモノですね」
本当に、それ以外に言いようが無かった。
「たしかに一見すればそうでしょうな」
けれどクーパーさんは気を悪くした風でもなく、むしろ嬉しそうで。
「ですがその内容に関しては、我々の研究である程度は判明しているのですよ」
嬉しそうなのはそれが理由だったらしい。
「『虹孵しの儀』に挑戦するにあたっては、一番上の赤い丸が重要になるでしょう。丸の数は全部で60。そして開始すると、1秒ごとにひとつずつ消えていき、すべての丸が消えると、そこで挑戦は終了となります」
「つまり、あの赤い丸は残り時間を示していると?」
「ええ」
これまた、知っているといないとでは差が出て来そうな情報だった。
作戦次第で重要性は変わるだろうけど、残り時間がわかるというのは大きい。それに、1列が10秒というのも都合がいい。パッと見でも大まかには把握できるんだから。
「では、その下に並んでいる模様にはどのような意味があるんでしょうか?わたくしには、見知らぬ文字のように見えるのですが……」
どうやらトキアさんも俺と同じ印象を持っていたらしい。
「やはりそう思われますか。少なくとも、現在使われているものや過去に発見されたものではないようですが。そしてこれに関しては言語の研究を専門とする者たちにも協力を仰いでいるのですが……」
なにやら歯切れが悪くなる。
「ですが?」
「半年ほど前に一応の解読結果が出たのですよ。ただ、その内容が少々アレなものでしてな」
「口外はできない。そういうことなのでしょうか?」
「いえ、そういうわけではないのですよ。ただ、あまりにもそぐわない印象でして。保留ということで現在は他の解釈を模索しているところなのですよ」
「では、現時点での解釈をお聞かせいただくことは可能でしょうか?わたくしとしても興味がありまして」
「ええ。それでしたら問題ありません。保留中の説というのはですな……『さあ、挑戦の始まりだぜ。君に宿るきらめきを見せてくれ』というものです」
「えぇ……」
そうして聞かされたのは、たしかにあまりにもあんまりな内容。少なくとも「だぜ」は無いだろうと……
「その……中々に個性的ですね……」
さすがのトキアさんも困り顔。
「ええ。ですがその一方で、『虹孵しの儀』が力試しとしては出来過ぎているという点を踏まえると、それなりに合致しているとも言えるのですよ。……もう少し厳かな雰囲気であれば、同じ内容でもしっくり来るのですが」
たしかにそれもそうか。「宿るきらめき」というフレーズを「力」に結び付けるのはそこまで強引でもないし、そう考えれば『虹孵しの儀』を表しているとも言えそうなところ。
「……おっと、また話が逸れてしまいましたな。興味ありげに聞いてくださるのでつい……」
「いえ、お気になさらず。いろいろと面白い話ですし」
「ええ」
トキアさんにしても苛立っている様子は無く、むしろ興味深そうに見える。
「そう言っていただけると助かりますな。では最後に下の方にある空白ですが、こちらに現れるのは、『虹の卵』に加えられた攻撃の総威力を数値化したものだと思われます。上の文字列と同じく、一切記録が残されていないものではありますが、産み出された『虹起石』の数と照らし合わせたところ、判明したとのことです。また、全部で10種類だったことからしても、普段我々が使っている数字と同じような法則なのでしょう」
なるほど。
例えばだが、11個だった場合に〇〇と出て、18の時には〇△。151個では〇□〇だったなら、〇は1を示しているという話になるんだろう。
「挑戦の最中にも現在進行形で変わっていく部分でしてな。桁数が2から3に増える時などは見学している方たちも大いに盛り上がりますね」
さっき見たランキングでは、歴代100位の記録が200を少し超えたあたり。となれば、100を超えるだけでも相当なものだと言えそうなところ。
そういえば……
ふと気になったこと。
「『山砕きのフローラ』が挑戦した時のことって、ご存じです?」
あの方が第七支部の支部長に就任したのは20年ほど前だったはずだが。
「もちろんですとも。私がこの島に来てからで4桁に届いた方はフローラさんおひとりでしたから。しばらくはお祭り騒ぎだったことは今でも覚えていますよ」
やっぱりかぁ……
支部長が成し遂げたのは、やはり相当の偉業だったというわけだ。本人の口からは一度も出て来なかった話ではあるんだが。
それにしても、やっぱり『虹の卵』ってのは出来過ぎてるよなぁ……
クーパーさんも言っていたが、聞けば聞くほどそんな印象が大きくなる。
「また話が逸れてしまいましたが、壁の内側に現れる絵に関してはこんなところですな。あとは終了後に20秒ほどで壁が消え、『虹の卵』から『虹起石』が産み落とされますので、それを回収したら次の挑戦者に交代という流れになります。さて、何か質問等はありますかな?」
「よろしいでしょうか?」
そうだな……。まず気になるのは手数重視と――
俺が考えるうち、先に手を挙げたのはトキアさん。
「ええ。どうぞ」
「あの白い床の外と中を遮るように壁が現れるとのことですが、天井はあるのでしょうか?」
「ええ。壁は『虹の卵』を中心とした球形のようでしてな。高さはおよそ20メートルほどかと」
「20ですか……。となるとあの手は使えませんね……」
力試しとしては出来過ぎていたようだけど、それでも限度はあるということなのか。トキアさんのつぶやきはどこか残念そうなものだった。飛槌を活かして高位置から、という手を考えていたんだろうか?
「ではもうひとつお聞きしてもよろしいですか?」
「もちろんです。お答えできることであればいくらでも」
「ありがとうございます。60秒の間に加えた攻撃の総威力に応じてということですが、例えば……100の攻撃を1回行うのと1の攻撃を100回行うのとでは、結果に差はあるのでしょうか?」
ふたつ目の質問は、俺が聞こうと思っていたことでもあった。
「これまでの傾向からですが、差は無いようですな」
「なるほど。ありがとうございます」
つまり手数重視でも一撃の重さ重視でも、それが理由で不利にはならない、と。
「わたくしからはこれくらいですね。アズールさんは?」
「じゃあ、俺からも質問させてもらいます」
気になるところはもうひとつあった。普通であれば聞くまでも無さそうなことなんだが、聞いた限りでは「もしかしたら?」なんて期待してしまうようなことが。
「自分が仕掛けた攻撃の余波に巻き込まれるようなことはあるんでしょうか?例えばですけど……大爆発をかましたとして、それで手傷を負ってしまうなんてのは」
「もちろんありますね。それで気を失う方もおられますし、亡くなったという例も過去にはあるのだとか」
「そうですか……」
さすがにそこまで至れり尽くせりではないということか。
これで500『分裂』&『爆裂付与』の乱れ打ちは封じられたわけだ。
「それと、参考までに聞きたいんですけど……挑戦者の平均って、どれくらいなんでしょうか?」
「そうですなぁ……。大半の方は50前後でしょうか。100を超えるのは3割にも満たない印象ですね」
「となると200を超えるのって……」
「ほんのひと握りですな」
歴代100位が200チョイなら、そんなところになるのか。できれば50には届かせたいところだが……
「ありがとうございます。俺からはこれくらいですね」
「では、どちらから挑戦されますか?」
そうなれば次にやるべきは順番を決めること。
どうせ先か後かの違いでしかない。だから別にどうでもいい。
俺はそんな風に考えていたんだが、トキアさんも似たようなことを考えていたようで。
話し合うのも面倒だから。そんな理由から順番をコイントス任せにしようと決まるのに、大した時間はかからなかった。