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……本当にあり得ない……よな?

「……おや?」


 ドアが開く。そこに居たのはふたりの人物。ひとりは髪の大部分が白く染まった、穏やかそうな雰囲気をした初老の男性。もうひとりは、俺と同年代くらいに見える活発そうな男性。


「ひょっとして、『虹孵しの儀(にじかえしのぎ)』を受けに来られた方たちですかな?」


 そう問いかけてくるのは年配の方の男性。見た目通りと言うべきか、落ち着いた口調をしていた。


「ええ」

「やはりそうでしたか。しかし、初日に来られるというのは珍しいですな」

「そうなんですか?クゥリアーブの支部でお聞きしたところ、今日の段階でも挑戦はできるとのことでしたが」

「もちろんそれ自体は問題はありませんぞ。ただ、船より先にこちらへやって来る虹追い人というのはかなり稀でしてな。少々驚いただけですよ。少なくとも、ここ30年間では一度もありませんでしたので」

「……そうなんですか?」


 むしろそのことが意外だった。


「飛翼なんかの使い手でしたら、船を待たなくても来れると思うんですけど」


 現に、今回のトキアさんという例もあるわけだし。


「たしかにそうでしょう。ですが飛翼というのは『虹孵しの儀』には不向きな心色ですからなぁ」

「あ、そうか……」


 言われてみればその通りだった。飛翼にしてもそうだけど、治癒や障壁なんかにも同じことが言えるわけか。そういった人たちがわざわざ初日にやって来る理由も無いわけだ。


「納得いただけましたかな?さて、それでおふたりは今から『虹孵しの儀』に向かわれるおつもりで?」

「ええ」

「でしたら、さっそく手続きをいたしましょう。……おっと、自己紹介がまだでしたな。私はクーパーと申します。一応は、ここの支部長でもありますがね。そしてこちらが――」

「パウスって言います。クーパー博士の助手をやってます!」


 もうひとりの人物。その挨拶は、見た目の雰囲気通りに元気のいいものだった。




「では、『虹の卵』へ案内いたしましょう。10分ほどで到着しますので」

「頑張ってください!」


 その後は俺とトキアさんも自己紹介。手続き自体はすんなりと終わり、パウスさんに見送られて向かう先は港とは逆――島の中央方面へと。林の中を切り開いたような道ではあるんだが、きちんと整備され、ところどころに看板が設置された行程は、迷う心配なんて一切無さそうな様子。


 まあ、『虹孵しの儀』の最中は結構な数の人が通ることになるわけだし、それなりに手間暇をかけているんだろう。


 それにしても……人は見かけによらないというか、穏やかそうに見えてその実、とんでもなく情熱的な御仁なんだよなぁ……


 しっかりとした足取りで先頭を行くクーパーさんの背中にそんなことを思う。




 『虹孵しの儀』――より正確には、そこで手に入る『虹起石(さいきせき)』というのは、この世界においては極めて重要なものであり、唯一の入手場所であるこの島の管理もまた、重要であると言えるだろう。


 けれどその一方でこのゼルフィク島というのは、『虹の卵』以外には見事に何も無い。言い方は悪いが退屈極まりない場所でもあった。


 だから以前は、ここの支部長というのは重要な役割であるにもかかわらず引き受け手が居ないということで、連盟の悩みの種だったそうな。


 そこに変化があったのは30年前のこと。


 『虹孵しの儀』の謎を解き明かさんとする研究者たちのリーダー的存在だったクーパーさんが連盟に話を持ち掛け、ここの支部長に収まってしまったとのことだった。


 さらに驚くべきことに、それ以来この島は研究者たちの間では聖地になってしまい、月イチペースで世界中から集まった様々な分野の研究者たちが会合を開き、数々の成果を上げているという話。


 そしてパウスさんは、そんなクーパーさんに憧れて押しかけ弟子になったんだとか。こちらも情熱という点ではかなりのものなんだろうけど……


 なんというか、俺には理解できない世界だった。




「到着です。ここが『虹の卵』。『虹孵しの儀』の舞台になりますぞ」


 そんなことを考えながら歩いていると、唐突に林道が途切れ、開けた場所に出る。森や林の中に広場がというのは、余所でも時折は見かける。


 これはまた……


 けれど今目の前に広がるのは、そんな次元の話ではなかった。


 広さ的には、パッと見で直径50メートルほど。地面には土や草地のそれではなく、光沢のある白い素材。それも、継ぎ目なんかが一切見当たらない、単一のなにかが敷かれているようで。


 しかもその質感は石材でも金属でもガラスでもなく、他では見たことが無いようなもの。


 そしてその中央に鎮座するのは、見上げるほどに大きな、卵型をした物体。虹色に淡く光る表面は歪みなく滑らかで、自然に発生するようなものだとは到底思えなかった。


 どう見ても明らかに、人の手によるものとしか思えず。けれど同時に、人の手でこんなものを作り出すことができるのだろうかと疑問に思ってしまうような光景だった。


「ははは、やはり驚かれたようですな」


 気が付けば俺だけではなく、トキアさんも言葉を失くしていた。


「そりゃ驚きますって……」


 風変わりな場所だという話は聞いたことがあったが、実際に目にするとインパクトが違う。


「まあ、私も初見ではそうなりましたからなぁ。どうやら未知の材質らしく、床も『虹の卵』自体も、これまでに傷のひとつも付けることはできなかったのだとか。さて、『虹孵しの儀』に挑戦するに当たっての細かな説明は必要ですかな?」

「細かい説明、ですか?」


 たしかに俺が知っているのは大雑把にでしかないわけだが……


「60秒の間に叩き込んだ攻撃の総威力が高ければ高いほど多くの『虹起石』が手に入る。ってくらいは知ってるつもりですけど、それだけではないってことです?」

「ええ、もちろんそれも間違いではありません。ちなみに、少しでも早く挑戦したいという方もおられますので、説明は強制ではないのですがな」


 そうだな……


 考えてみる。


 聞くことで――知っておくことで有利になりはしても、不利になることはないだろう。それにせっかくの挑戦。少しでも良い結果を残したいという気持ちもある。


「俺としては説明を聞いてからにしたいんですけど」

「わたくしも同じくですね」


 そんな考えで俺が出した結論だが、どうやらトキアさんも同意見だったらしい。


「それではご説明いたしましょう」


 応じるクーパーさんはどことなく嬉しそうにも見える。研究者という方々はそういったことが好きなんだろうか。


「まず手順としては、あの光っている物体。『虹の卵』に触れることで、『虹孵しの儀』が始まるわけですが、その際には4つほど条件があります。ひとつ目は初めての挑戦であること。過去に挑戦したことがある場合、『虹の卵』は反応しません」


 挑戦できるのは生涯で一度きりということだったが、そういう理由だったわけか。


「次に、あの白い床の上に他の誰も居ないこと。ふたり以上が乗っていた場合にも、『虹の卵』には何も起きません。また、飛翼などで浮かんでいた場合も同様です」


 複数人で挑戦したなんて話は聞いたことが無い。だからそのあたりも理解できる。


「そして『虹の卵』に触れる時点では、心色を一切発動していないこと。そうでなかった場合にも『虹の卵』は無反応となります」


 つまり、準備に時間がかかる大技の用意をしておき、開始と同時にぶっ放すという手は使えない。そのあたりも含めて60秒以内にやる必要がある以上、時間配分も考えなきゃならないわけだ。


「最後に、白い床の上に『虹起石』が無いこと。この条件に反していた場合も同じくです。これに関しては、獲得した『虹起石』の数を水増しさせないためなのではないか?という説があります。他の条件にしてもそうですが、まるで力試しのために作られたような性質をしておりますからなぁ」

「力試し的な側面があるとは聞いてましたけど……」


 クーパーさんも言っているが、まさしくそのために作られたんじゃなかろうかという印象を受ける。


 まあ、そんなシロモノであればなんとしても謎を解き明かしたいと考える人が出てくるのもありそうな話か。


 ……まさかな。


 一瞬だけ浮かんだ考えはすぐに振り払う。


 脳裏をよぎったのは月の裏側にあった施設。とんでもなさ具合ではどちらも大概ではあるんだが……


 いくらなんでも、クーラがこれを作ったなんてのはあり得ないだろう。


 いつから『虹の卵』が存在しているのかは不明だと聞いたことがある。


 そして聞いた話では、クーラ本人も連盟で心色を取得したとのこと。つまりクーラが15歳の時点ではすでに『虹の卵』が存在していたはずなんだから。


 ……本当にあり得ない……よな?


 それでもそんな疑いを消しきれないというのもまた、きっとクーラの所業が原因だったに違いない。

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