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……やっぱりこの人も雲の上の存在ってことか

 星の世界にまで届きそうな光の柱。目を奪われそうなその光景は数秒ほどで消える。


「おい!見ただろ今の!」

「ああ。ついに来やがったか!」

「かき入れ時だからな!一気に忙しくなるぞ!」

「そろそろだと思ってたからな。少し前から準備しといてよかったぜ」

「さすがだなお前……。こっちも大急ぎで備えないと……」

「まあ、嬉しい悲鳴ってやつだよな」


 けれど周りには変化が起きていた。賑やかだった露天市場の喧騒は、慌ただしいものへと変わっていく。


「アズールさんはいかがなさいますか?」


 声をかけてくるトキアさん。その表情はわかりやすく高揚したもので、


「もちろん挑戦しますとも」

「そう来なくては」


 多分俺も似たようなものだったことだろう。


 先ほどの光が始まりを告げていたのは『虹孵しの儀(にじかえしのぎ)』。機会があれば挑戦してみたいと思っていたのは俺もトキアさんも同じだったらしい。


「まずは支部に向かうといたしましょう」

「了解です」




 そうしてトキアさんと共に慌ただしい街を駆け、やって来た連盟支部。


 ここの支部は(陸路側からという意味では)街の入口近くにあった。つまりあの時点で俺が居たのは、ここからもっとも遠い場所だったということになるわけで。着く頃にはすでに支部の中も多くの虹追い人でにぎわっていた。


「とりあえず、船の予約を済ませてしまいませんか?」


 『虹孵しの儀』の舞台となるのは、クゥリアーブの沖合に浮かぶゼルフィク島。港からはおぼろげに見えていたとはいえ、泳いで行けるような距離でもない。そして一応は依頼扱いということもあり、移動手段は連盟が手配してくれるというわけだ。


「といっても、一番早い船でも明日の朝イチらしいですけど」


 見れば目立つところに、そんな真新しい張り紙がしてあった。


 俺は船には詳しくないが、さすがにさっきの今で船を出せるというわけでもないんだろう。それでも、明日だったらまだ空いているに違いないとも思うが。


 『虹孵しの儀』の始まりはすぐにでも、世界中の支部に伝わるだろう。そして、世界中から腕利きが集まって来るはず。けれどよほどの近場にでも居ない限りは、明日の朝までにこの街に来ることなんてできない。つまり、明日の時点ではそこまで混み合うこともないというわけだ。


 まあ俺の知り合いには、エルリーゼの反対側どころか月にだって一瞬で行けるような奴もいる(いた?)んだが、あれは例外中の例外ということで置いておく。


「少々お待ちを」


 受付に向かおうとしたところを引き留めるのはトキアさん。


「どうかしました?」

「ええ。思うところがありまして。少しだけ、お待ちいただけますか?」

「……構いませんけど」


 どの道、一刻を争うような事態ではないんだし。


「では、失礼いたします」


 そしてトキアさんが向かったのは受付へと。自分だけがさっさと予約を済ませてしまう、というわけではないんだろうけど……


「お待たせしました」


 ほどなくしてトキアさんが戻って来る。


「それで、何があったんです?」

「少々確認を。ところで、アズールさんは明日の船でゼルフィク島に渡る予定なんですよね?」

「ええ。トキアさんもそうなのでは?」

「そのことなんですが、アテがありまして。もしよろしければ、()()()ゼルフィク島に向かいませんか?」


 トキアさんのそんな提案。もちろん俺としても、すぐにでも挑戦したいという気持ちはあるわけだが……


「アテがあるって……。ひょっとして、自前の船をお持ちなんですか?」


 普通に考えたなら、そのあたりが無難な理由。


「そういうわけではありませんよ。ただ、わたくしには海を越える手段がありまして、これから向かおうかと思っていましたので。幸いにも、ここからゼルフィク島くらいの距離であればアズールさんをお連れすることも可能ですから」


 察するに、トキアさんの心色は飛翼あたりなんだろう。希少ではあるが、あり得ない話でもない。ないんだが……


「なんでそこまでしてくれるんです?」


 今の俺が所属している第七支部に所属していたことがあり、共通の知り合いも数人いるらしい。だが、言ってしまえば接点はそれくらいだというのに。


「お恥ずかしい話なんですが……」


 苦笑を見せる。


「実はわたくし、第七支部を離れる際に不義理を働いてしまいまして……。聞けばアズールさんはガドの後輩なんだとか。罪滅ぼしを、というわけでもないんですが、わたくしも先輩らしいことをひとつでもできればと、そう思った次第なんです」


 不義理?


 昔の俺や腐れ縁共じゃあるまいし、トキアさんには似つかわしくないフレーズが引っかかった。


 けれど、昔は散々悪さをしていた身だからこそわかることもある。トキアさんの目からは、たしかに後悔の色を見て取れた。


「そういうことでしたら、お願いしてもいいでしょうか?」


 そして俺は、そういう人には滅法弱かった。




「このあたりでよさそうですね」


 途中に立ち寄った宿で今夜は泊りになると腐れ縁共に伝え、トキアさんの紹介もその時に。


 その後向かったのは港の外れにあたる場所。喧騒は遠く、周囲には人も船も見当たらない。


「さて……これがわたくしの心色です」


 俺が予想していたのは飛翼。トキアさん自身が奇麗な人だし、きっと良く似合うんだろうな。


 なんてことを思っていたんだけど……


「……はい?」


 漏らした声は酷く間が抜けていた。


 そこに現れたのは、予想とはむしろ真逆。見事なまでにイメージとは合わないシロモノだったからだ。


「……わたくしとしても、外見はもっとどうにかならないものでしょうかとは常々思っているんですが」


 きっと、俺のような反応を向けられることは多かったんだろう。トキアさんの微笑みは困ったようなもので。


「その……すいません」

「いえ、謝るようなことではありませんよ」


 気を悪くした様子が無いのは幸いなのか。


飛槌(ひつい)。それが名前です」


 長さはトキアさんの身長の倍近くもあり、太さはトキアさんの胴回り以上。タスクさんくらい大柄な人であれば、武器として両腕で振り回せるんじゃなかろうか、なんて印象を抱いてしまうような――丸太にしか見えない心色だった。


「わたくしも最初はショックでした。ですが、とても心強い存在なんですよ。ほら、こんな風に」


 舞うように指を躍らせる。すると指の動きに従うようにして、縦横無尽にあたりを飛び回る。


 ……やっぱりこの人も雲の上の存在ってことか。


 一応は俺も『遠隔操作』で似たようなことができるものの、動きのキレも速さも段違い……いや、桁違い。俺が泥団子をあそこまで軽やかに自在に操るようになるまでには、果たしてどれだけの鍛錬が必要なのか。


「ですので、これに乗ってゼルフィク島まで行こうというわけです」

「なるほど」

「では、わたくしの後ろに。……少々珍妙な形になってしまうのも難点ではあるんですが」


 目の前に降りて来た飛槌にトキアさんがまたがる。たしかにそれもそれで、多少間抜けに見えてしまわないこともない、ような気がする。


「一応は立って乗ることもできるんですけど、どうしてもバランスが悪くなってしまいまして……」

「落っこちて怪我をするのもつまらないですからね」

「ええ」

「それでは失礼して……」


 後ろに乗り、しっかりと飛槌を掴むんだけど……


「それではいけませんよ」


 ダメ出しされてしまう。


「わたくしは慣れていますが、アズールさんは初めてですよね?」

「そうですけど……」


 というか、飛槌という心色自体、初めて知ったものだ。


「ですから、しっかりと()()()()()しがみついていてください」

「えぇ……」


 それはいいとして、要求されたのは俺には難度の高いこと。クーラ以外の女性に抱き着くというのは、いろんな意味で気が引ける。これがクーラだったなら、1時間でも2時間でも気分よく抱きしめていられる自信はあるんだが。


「水の中に転落するというのはとても危険なことなんです。それに、無理な姿勢では腰を痛めてしまいますし」

「それはそうですけど……」


 川や湖での泳ぎも師匠から仕込まれているとはいえ、泳ごうと思って水に入るのと水中に転落するのとではわけが違うということも散々言われてきた。だから――腰はともかくとしても――トキアさんの言い分が正しいとも、理解はしている。


「わたくしのことでしたらお気になさらず。これでも虹追い人として旅暮らしを8年も続けてきた身ですから。そこまで初心(うぶ)ではありませんよ」

「……では失礼して」


 となれば、結局は俺が観念するしかないわけで。


「それでは、参りますよ」


 そんなこんなで腐れ縁共が俺の後ろに乗ると、トキアさんがそう合図。そして――


「っと」


 飛槌がふわりと浮き上がり、海の方へと。


「少しずつスピードを上げていきますよ」


 言葉通りに最初はゆっくりだった速度が徐々に上がっていき、最終的には――体感では――軽く馬を走らせるくらいに。


「さて、この調子だと2時間もあれば到着するでしょう」


 風を切って海の上を飛ぶというのは、なかなかに気持ちのいいことだったのかもしれない。もっとも……


 トキアさんの感触を意識しないためにクーラのことばかりを考えていた俺には、ロクに余裕は無かったんだが。

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