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そういえば、最近はすっかりご無沙汰だったな……

「それにしてもお前ら……」


 クゥリアーブに到着した次の日。のんびりと街を見て回る予定の今日は天気も良く、気分のいい朝。と、なるはずだったんだが……


「どれだけファルファロ茸に好かれてるんだよ……」


 宿の一室にあったのは、清々しさとは真逆な風景。


「……裏切り者めぇ」

「この辛さは……お前にゃわからねぇよ……」


 夜中になって急に腐れ縁共が苦しみだし、慌てて医者を呼んでもらい、診てもらった結果がこれ。食用キノコに酷似した外見の毒キノコ、ファルファロ茸に当たっていたとのことだった。


 ちなみにだが、こいつらがファルファロ茸に当たるのはこれが二度目。前回は市場に出回ってしまったものをこいつらが運悪く購入してしまっていたからだ。


 そして、こいつらが寝込んでいる時にいろいろあって、俺はクーラの正体を知ったんだったか。


 今回こうなった原因は、客の財布に手を出して先日解雇された阿呆が最後っ屁代わりに混入させていたからとのこと。すでにそいつは衛兵さんが捕えたらしいが。


 量が少なかったこともあり、そのキノコが使われていたのは昨夜こいつらがお代わりをした貝料理のみ。まあ、被害者がふたりで済んだことは不幸中の幸いとも言えるのか。


 そしてお詫びも兼ねてということで、看病は宿の人が引き受けてくれることになっていた。こいつらとしても、俺に世話されるよりはマシだろう。


「それじゃあ俺は出かけて来るけど、お前らは養生しろよ?それと……」


 クゥリアーブを発つ頃には快復していることだろうけど、せっかくの滞在期間をベッドの上で過ごす羽目になったこいつらを気の毒に思っていたのも事実。


「アピスやネメシアへの土産もあるだろうし、ご所望があるなら遠慮なく言っていいぞ。使い走りくらいは引き受けてやるからさ」


 心配をかけたくないからというこいつらの希望もあり、定時連絡でもこのことは伝えていない。それでも、口裏合わせ用の小細工はしておいた方がいいだろう。


「ありがとうな」

「感謝するよ」


 だからそう言い残し――こいつらが俺に向けるのは極めて珍しい――素直な礼に送られて俺は客室を後にした。


 さて、いつまでもテンション下げてるのもアレだからな。


 気持ちを切り替える。


 俺は俺でクーラへの土産を用意しなきゃならないんだから。


 私が気に入るようなお土産を用意しなかったら、どうなるかわかってるよね?(意訳)。


 そんなプレッシャーをかけられていたこともあり、鼻を明かしてやろうとよさげな物を求めて街にくり出して――




 案外早く見つかったな。ラストワンだったとのことだが、運もよかったぞ。


 昼前には目的を達成することができていた。


 懐には、戦利品の半分。こちらは王都に帰ってからクーラに見せるつもり。


 露天商さんのアドバイスがあったとはいえ、いい演出にもなりそうだしな。


 残り半分は直接クーラのところへ届けてもらえるように手配した。俺がクゥリアーブを発つ日には届くとのこと。


 今に見てろよクーラ。


 少なくとも、クーラを喜ばせつつ、アッと言わせてやることができる自信もあった。


 届いたその日に交わす定時報告と、俺が王都に戻った日にどんな反応を見せるのかが今から楽しみだ。


 さて、昼からはのんびりと街を見て回るとして、そろそろ昼飯にするか。


 当面の課題が片付いた解放感もあったんだろう。時間が時間ということもあり、露店市のあちこちから漂ってくる美味そうな匂いに腹の虫が騒ぎ出す。


 やっぱり、狙うのは魚介系がよさそうか?


 腹が減るのは元気な証拠というやつなのか。昨夜は存分にクーラと話せたこともあってか、今日は心身ともにすこぶる調子がよかった。




 少し食い過ぎたかもしれんな……


 そんなこんなで済ませた昼飯の内訳は、エビと野菜の煮込みスープに、甘酸っぱいタレに浸した魚のフライと、蛸足のピザ。貝類を避けてしまったのは、腐れ縁共の件が尾を引いていたからなんだろうけど。それでも露店を見るうちにテンションが上がり、好奇心に負ける形で買いすぎてしまっていた。


 まあ、残さずに全部頂いたわけだし、食い物に対する不義理にはなっていないことだろう。


 しばらく休むか。


 さすがに腹がきつかった。胃の負担を減らすためにはゆっくりとよく噛んで食べるべきだったんだろうけど……


 しかたないよな。


 そこは割り切ることにする。


 これも全部、買ったものが美味すぎたせいに違いない。


 余談だが、俺的には蛸足のピザが一番の好みだった。チーズが俺に対して特攻だったというのが大きかったとは思うが、それを差し引いても美味かった。


 いっそ蛸を土産にすればクーラが作ってくれ……って、そりゃ無理だな。ここから王都まで、どれだけあるのやらって話だ。心の中に物を保管するって技術を俺も使えたらよかったものを……


「あの……少しよろしいでしょうか?」


 そんなアホなことを考えていると、不意に女性の声が聞こえた。


「……はい?」


 そして反射的に顔を上げれば、


 年齢的には20台半ばくらいか。服装はいかにも虹追い人然とした素っ気ない丈夫そうな、そこそこ年季が入ったように見える物。真っ直ぐにおろした金色の長い髪が潮風になびく。


 そんな女性が海色の瞳を俺に向けていた。


 妙な既視感らしきものも感じるんだが、少なくとも俺の記憶には存在しない人だ。というか、仮に会ったことがあるのなら、間違いなく印象に残る。そう思えるくらいには、奇麗な人だった。


「間違っていたら申し訳ありません。もしかして、アズールさんでしょうか?王都第七支部の」


 なんだけど、この人は俺のことを正確に言い当ててくる。そして俺は、そのことに心当たりがあった。


 そういえば、最近はすっかりご無沙汰だったな……


 一方的に俺を知っている人がやって来る。新人戦でのやらかし以来、たびたびあったことだ。


 ようやくほとぼりが冷めてきたと思っていたんだが、まさか王都を離れたこの場所で遭遇するとは、それこそ夢にも思わなかった。


「……どちらさまでしょうか?」


 返す言葉が固くなっていたのは、この手の状況で真っ先に思い出されるのがロクでもない思い出。ミューキ・ジアドゥの件だったから。


「これは失礼いたしました」


 けれどこの女性は気を悪くした様子もなく、頭を下げてくる。その仕草はミューキ・ジアドゥのように嘘臭い風ではなく、時折クーラがおどけて見せてくるものに近い、洗練された印象。


「わたくしはトキアと申します。どうぞお見知りおきを」




「――それで、第一支部のクソ共のせいで窮地に陥ったところを救ってくれたのがガドだったというわけです」

「そりゃまた……。当時からロクでもなかったんですね、第一支部って」

「もっとも、最近では変わってきたとも風の噂で聞きましたが」

「事実だと思いますよ、それも。新人戦の後にいろいろとありまして」

「そのようですね。ともあれ、わたくしはガドの誘いで第七支部に移籍して、その縁でガドとチームを組むことになりまして。セラにも親しくしていただきましたし、セオさんや支部長には随分と迷惑もかけてしまいましたか。そういえば、実はわたくしもアズールさんと同じく新人戦で優勝したことがあるんですよ」

「ガドさんも優勝経験者でしたっけ。ひょっとして、その時にトキアさんも?」

「ええ。今となっては懐かしい話です。ところで、クライブさんとヴァールさんはお元気ですか?その時に共に戦った方たちなのですが」

「……申し訳ないです。その名前は初耳です」

「そうですか……。けれど、あのおふたりが魔獣相手に不覚を取るとは思えませんし……。きっと、どこかの街でいい相手と出会って結ばれたのでしょうね」

「……トキアさんが居た頃にもあったんですね、そんな話」


 ほどなくして、俺とこの女性――トキアさんはすっかり打ち解けていた。理由は、まあそういうこと。トキアさんは、過去に第七支部に所属していたとのことで。俺を知っていたのは新人戦の決勝を見ていたからだったそうな。


 ちなみにだが、トキアさんが敬語を使っているのは誰に対しても同じらしく、その理由は使い分けが面倒だからなんだとか。


 トキアさんの方から俺に対して、「敬語もさん付けも要りませんよ」などと言ってきたりもしたんだが、そこはお断りした。目上かつ真っ当な相手である以上、当然のことだろう。


「ええ。わたくしの知る限りでも15人ほどは」

「……随分と多いですね」


 それはそれと、実際に聞かされた数字は俺が思う以上だった。


「……本当に、皆さんが羨ましい」

「トキアさん?」

「あ……。いえ、なんでもありません。ともあれ、明日にもエデルトを離れるつもりでいたんですが、思わぬところで第七支部の近況を聞けたのは幸運でした」

「またえらい急ですね……。じゃあ、この街には外洋船に乗るために?」

「そういうわけではないんですが。……ところで、アズールさんの他にも第七支部の新人さんがふたり、この街に来ているんですよね?」

「ええ。今は寝込んでますけど」

「もしよろしければ、その方たちともお会いしたいんですが、可能でしょうか?」

「まったく問題無いと思いますよ」


 というかむしろ、会わせなかったら文句を言われそうですらある。


「では、夕方頃にお伺いしてもよろしいで……え!?」


 まとまりかけた話を中断させたのは、海の向こうに見えた光景。


 沖合にうっすらと見える島。そこから天高くに、虹色をした光が柱のようにして立ち昇る。


「まさかあれって……!?」


 過去にも一度だけ見たことがあり、それが意味するところを知識としてだけは知っていた。


 基本的には港町というやつは活気に満ちているものであり、このクゥリアーブも例外ではないんだろう。


 けれどこの街は数年に一度。3か月の間だけ。世界中から腕利きの虹追い人が集まり、エルリーゼでも屈指と言えるような賑わいを見せる。


 その理由。『虹孵しの儀(にじかえしのぎ)』の開始を告げる合図こそが、あの光の柱だった。

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