どことなくいつもと違って見える……気がした
何がどうなってるんだよ!?
アパートへの道を走る心境は、苛立ちで火あぶりにでもされてるんじゃないかと思えるようなもの。
急にクーラの姿が消えること。それ自体は『転移』で見慣れていた。だがさっき起きたことは、どう考えたってそんな感じじゃなかった。
それに――
こうしている間に思い至れてしまったこと。クーラの口ぶりはまるで、別れを告げているようでもあった。
冗談じゃねぇぞ!せっかく人が散々苦労してそんな結末を変えさせたってのに!
クーラが俺の前と俺の中から姿を消そうとしていた時の記憶がよぎる。
俺はあの時よりもずっと、クーラのことを好きにさせられていた。だからあの時以上に、クーラとの別れなんてのは受け入れられるはずがない。
納得できる説明しなかったら……ただじゃ置かねぇぞ!
部屋で話すと、そうクーラは言っていた。だから、上がり始めてきた息も無視して全力で走る。
そこにクーラが居るということを、一刻も早く確かめたかった。
見えた!
体感的には異常なほどに長かった距離を走り切り、俺たちの今の住処に到着。ラストスパートで階段を駆け上がり、ドアに手をかけて、
急いでるってのに!
そこには鍵が掛かっていた。懐から鍵を引っ張り出して開ける数秒間がもどかしい。
ガチャリと開錠音が聞こえたドアを開けて――
「ふぇっ!?」
聞こえてきたのは、涼やかに透き通った、間の抜けた声。
目に映ったのは、長い黒髪を下ろした姿で。
「よかったぁぁぁぁぁぁ……」
それは間違いなくクーラで。
「お前は、ここに居るんだよな?」
「うん。……ゴメン。心配かけちゃってさ」
「ああ、まったくだ」
「ホント、ゴメンね」
駆け寄り、抱きしめる。その感触もまた、俺がよく知っているものだった。
俺が死にかけてた時のクーラも、あるいはこんな心境だったんだろうかな?
多少の時間がかかったものの、ようやくある程度の落ち着きを取り戻せた頭でそんなことを思う。
経験して初めてわかったこと。想う相手が突然居なくなるかもしれないというのは、本当にキツいものがあった。
あの時は俺の方が、あんな思いをさせちまってたわけだ。今更だが、申し訳なく思えてしまう。
台所の方に目をやれば、当のクーラは茶の用意をしているところ。話をするのは茶を飲みながらで、とのことだった。
……気のせい、か?
ふと、そんな姿に違和感を抱く。
そこに居るクーラは、顔も声も身体つきも、茶を淹れる姿だって、どれも俺がよく知っているもの。
それなのに、どことなくいつもと違って見える……気がした。
「お待たせ。私の都合で決めちゃったけどさ、リラックス効果のあるお茶にさせてもらったよ」
そうこうするうちにクーラがやってくる。カップから立ち昇るすっきりとした香りは、たしかに気分を落ち着けてくれそうだ。
「飲まないの?」
「いただくよ」
ひとすすりし、あらためてクーラを見る。元気が無いようにも見えるが、やはりそのことを差し引いても、どこか違うと感覚が告げてくる。
「……そんなに見つめられると、少し照れるんだけど」
「……悪い」
「まあ、君に見られるのは嫌いじゃないけど……」
その返しも、いかにもクーラが言いそうなこと。それでも、引っかかりが消えてくれない。
「……あのさ、変なこと聞くね。ひょっとして君さ、私がニセモノなんじゃないか、なんて風に思ってない?」
そこまでは思っていなかった。だが、似通った方向性の思考はしていたんだろう。
「いや、そこまでは……」
動揺を引き出されてしまったのは、多分そのあたりが理由。
「そこまでは、ねぇ……」
ため息を吐くクーラは、怒っているようにはまるで見えず、
「ホント、妙なところで鋭いよね、君って」
むしろ――
「まあ、ある意味では正解なんだけどさ。……これも愛の力ってやつなのかな?」
そんな肯定を告げてくる様は、どこか嬉しそうですらあった。




