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それは涼やかに透き通った声質で

「馬鹿野郎が……」


 ガドさんが心底呆れたように言う。まったくもってその通りだとは、俺も心底に思う。


 前に目をやれば、双頭巨人が俺を見る。見事に、標的と認識してくれやがったらしい。


「なんだって余計なことを……」


 その問いに対する気の利いた返答を俺は知らない。


「そ、尊敬できる先達を……見殺しになんてしたら……し、支部の先輩たちに……顔向けできなくな……なりそうだったから……」


 だからとっさに浮かんだそれらしいことを並べる。震えが止まらないのはもう諦めて。


「へっ……」


 それなのに、ガドさんが見せるのは――シニカルだったとはいえ――笑い。


「坊主。お前、名前は?」

「へ……?ア、アズールですけど」

「そうか……。俺もこの稼業を始めてそこそこだけどよ、お前みてぇな大馬鹿野郎は初めて見たぞ」

「す、すいません?」


 馬鹿呼ばわりされるのは当然だろう。それでも、謝罪に疑問符がついてしまったのは、こんな時なのにガドさんがどことなく愉快そうだったから。


「だが……こんな坊主に行き会えるとはな。これだから、虹追い人ってのは面白いんだ」

「えーと……」


 この人は何を言いたいんだろうか?


 もしかして頭でもぶつけたんじゃないかと、そんな失礼なことまで思ってしまう。


「お前みたいな後輩をみすみす死なせたなんてことになったら、アイツにも愛想尽かされちまう。だから……お前も腹くくれよ?なんとしてもふたり揃ってこの場を切り抜ける。覚悟はいいな!アズール!」


 名を呼ばれた。俺の思い違いでなければ、そこにあったのは信頼の色。背筋が伸び、心が熱くなる。


「はいっ!ガドさん!」


 俺も名を呼んで応える。


 ガドさんの喝は、薄っぺらいだけの過去の想起とは桁が違ったということなんだろう。怖さは今でも感じている。それでも、心身がすくむような怯えは、綺麗さっぱりと吹き飛んでいた。


 それと同時に地鳴りのような足音。見れば、完全に傷の塞がった双頭巨人が向かってくるところ。


「話が付くまで再生が終わるのを待ってたのか?化け物にしちゃあ、気が利くじゃねぇか」

「ですね。ま、これからぶちのめすのに変わりはないんですけど」


 軽口を交し合う。


 再生という言葉が出てきたが、話には聞いたことがあったな。大鬼(オーガ)よりもさらに恐ろしい、人型をした魔獣。剛鬼(トロル)がそんな性質を持っていたはずだが。なら頭がふたつあるアレは、剛鬼の異常種あたりか?


 頭も冷静に回る。これなら、パニクって力を出し切れないってこともなさそうだ。


 あの爪やぶっとい腕でやられたら即死だってありそうなところ。


 それなら……


「そらっ!」


 どの道、俺の心色は飛び道具であり、懐に入られると弱いタイプ。だったら遠巻きに仕掛けるだけだ!


 投げつけるのは、『封石』、『衝撃強化』、100『分裂』を込めた俺の全身全霊。出し惜しみもしない。これでダメなら、俺には打つ手無しってことになる。


「なんだよその心色は……」


 ガドさんの声にあるのは呆れと感心か。


 問題の双頭巨人は……


「足止めが手一杯かよ!」


 手傷を負わすことができているようには見えない。やはりというべきか、ニヤケ野郎よりもはるかに強いってことか。それでも、『衝撃強化』込みの泥団子100発をかまして動きを止める程度はできていたらしいというのは幸いなのか。


「いや、アレに足止めをかけられるだけでも相当のもんだ」

「決め手には!なりません!けどね!それより!」


 持てる最大彩技での足止めを続けつつ、ガドさんに問いかける。


「アレについて!わかってることを!教えて!くださいっ!」

「わかった。まずアレは、見た目通りの馬鹿力があって、剛鬼が裸足で逃げ出すような再生能力もある。爪はそのへんの木をあっさりと切り倒すほどのシロモノで、図体のわりに俊敏な動きも備えている。俺の足で逃げ切れない程度にはな」


 いや、それって……


「完全無欠!って言いませんか!そういうの!」

「奇遇だな。俺もそう思う」


 冗談じゃない。そんな化け物、どうすりゃいいんだよ?


 いや、でも……


 有効な攻め手ならあったはずだ。


「さっきの!バカでかい『飛刃』は!効いてましたよね!」


 マトモな魔獣なら致命傷になるほどの傷は負わせていたはず。


「俺が足止めを!してる間に!あれを連続でぶち込めば!」

「すまん……」


 よさそうな案が見えたので言ってみれば、返ってくるのはそんな言葉。


「あれは俺の切り札なんだ。こっちもかなり消耗してるんでな。今の状態なら、あと1発撃ったら確実に倒れちまう」


 状況から考えて、ガドさんは結構な時間あの化け物とやり合っていたんだろうし、それも当然なのか。それに、口には出していないけど、腹の傷だってある。そう長くは動けないってことになるわけだ。


 どうすりゃいい?


 多少は状況を把握できたが、その分だけ手詰まり感が増した気がする。俺だって、いつまで足止めを続けられるかわからないってのに……


 あのニヤケ野郎の昨日の今日でこんなのとやり合う羽目に……ニヤケ野郎?


 そして思い至る。


 少しは現状をマシにできるかもしれない。そんな手札があったことに。


 背負い袋は……って!なんで放り投げてきたんだよ俺!?


 その所在に内心で非難をするのは、数分前の自分に対して。今は手元に無いソレは、ガドさんの声を聞いて駆けつける時に、その場に置き去りにしたままだった。


「ガドさん!頼みが!あります!」

「おう!何でも言ってくれ」

「少し戻った!ところに!俺の背負い袋が落ちて!るんです!その中に!デカい残渣が!」

「任せろ!」


 俺は足止めでこの場を離れられない。すぐにそれを察したガドさんがお目当てのブツを探しに走る。


「……………………待たせたな!これだろ?」


 そう言ってガドさんが戻ってきたのは、さらに5回投げたところで。少し足元が覚束なくなり始めてきた頃合いで。その手にあったのは、昨日ニヤケ野郎からの戦利品として手に入れたばかりの残渣。


「それです!早くそれを!使ってください!」


 それなりには大きな残渣。ガドさんが取り込めば、この場を切り抜ける手段が手に入るかもしれない。


「いや、これはお前が使うんだ」


 けれどガドさんは俺が取り込めと言う。俺としては、ガドさんが使った方がいいと思うんだが。


「ヘトヘトで深手の俺よりは、お前の方が可能性は大きいはずだ。問答は無しだ!早くしろ!」


 そうして押し付けてくる。


「わかり!ました!」


 たしかに問答している余裕なんてない。だから言われるままに残渣を胸に当て、取り込もうと念じる。


 うおっ!?


 サイズゆえになのか、昨日のイヌタマとはまるで違う勢いで大量の何かが身体に流れ込み、心に溶けるように消えていく。


 頼むから使えそうな彩技が増えててくれよ……


 恐る恐る心色に意識を向ければそこには、ひとつの変化とふたつの追加。


 まずは変化があった手持ちの、今も使っている彩技。


 これは、悪くはないんだろうけど決め手になるかは怪しい。それに、普通に考えたら消耗だって相応に跳ね上がりそうなところ。現状では俺が力尽きたらその時点で終わりかねない以上、おいそれとは使えない。


 次に、新たな彩技のひとつ目。


 これも……有用であることには違いない。だけど今必要なのは決定力。そういう意味では使えそうもない。


 そして最後。頼むから突破口になってくれよ……


 そんな願いと共に理解したソレは――


 これなら行けそうか?


 多少なりとも希望を感じさせるもの。


 だが……


 問題が無いわけでもない。これはこれで余波が強すぎる。単発ならまだしも、『分裂』と組み合わせたらこっちまで巻き込まれかねないシロモノ。


 だったら!


 やることは決まった。新彩技のふたつ目を単発で。それでダメだったなら……その時は相打ち覚悟で全開でやるしかない!


「ガドさん!派手なのを!行きます!備えてて!ください!」

「ああ。思う存分やってくれ!」


 さて……やるぞ!


 何度目になるかもわからない足止めの100『分裂』を止め、新しい彩技を込めた泥団子を生み出す。


「これで……どうだっ!」


 そうして投げつける泥団子に『分裂』は込めていなくて、ただ飛んでいくだけのソレは地味にも見える。


 だが――


 ドゥンッ!


 命中と同時に響くのは轟音……いや、爆音だ。単発でもやかましい音が耳を襲い、はっきりと感じ取れるほどの風……爆風もやってくる。


「すげぇな……。それに、効いてるぞ!」


 ガドさんが快哉を上げる。その言葉通りに、双頭巨人の右頭。その右半分が消し飛んでいた。


 これが新しい彩技。その名も『爆裂付与』。名の通りに、命中時に爆発を発生させるというものだ。


「グォアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 咆哮。先ほどと同じように再生するんだろう。半分になった顔から肉が盛り上がり、新しい頭部が形成されていく。


「させるかよっ!」


 そこへさらに同じ泥団子を食らわせてやれば、再びの爆発を伴って、再生しかけた頭部がさらに吹き飛ぶ。


「そらっ!そらっ!そらっ!」


 ドゥンッ!ドゥンッ!ドゥンッ!


 続けて投げる。単発ということもあってか、そこまで疲労は感じない。


 それに……


 間違いなく効いてる!


 再生する勢いよりも爆発で消し飛ぶ勢いの方が勝っているらしい。ゆっくりと、けれど確実に、双頭巨人の頭部は欠損部分が大きくなっていく。


 このまま押し切れるか?


 そんな、甘い想定を思い浮かべたのがマズかったのかもしれない。


 ドゥンッ!ドゥンッ!ドゥンッ!


 規則正しいペースで鳴っていた爆音に、


 ドゥンッ!ドゥンッ!……ドゥンッ!


 わずかな空白が混じる。


 なんだ?


 そんな違和感に意識を取られ、双頭巨人に意識を戻した時――


 居ない!?


 巨体が居たはずのその場所には、何ひとつとして残っていなかった。


 とどめを刺したのなら残渣が残るはず。だったらどこに!?


 慌てて右左に視線を巡らせるも、双頭巨人の姿はない。


 動きも速いとは聞いていたけど……いったいどこに?


「……危ねぇっ!」

「うおっ、とと!?」


 ガドさんの焦った声と共に突き飛ばされる。


 ズゥン!


 直後に響いたのは、爆音とは異なる轟音。それに地響きも。


 よろけそうになった態勢を立て直して、さっきまで居た場所を見ればそこには、問題の双頭巨人の姿があり、周囲の地面が陥没していた。


 あの巨体でなんて跳躍力だよ……


 おそらくはあの場から数メートルにまで跳び上がり、俺が居た場所に落ちてきたんだろう。ガドさんが突き飛ばしてくれなかったら、間違いなく踏み潰されてたぞ。おまけに……


 仕切り直しかよ!


 悪いことがもうひとつ。結果的に攻撃の手を緩めてしまった数秒間で、爆発による欠損は完全に元通りになっていた。


 内心で毒づきつつも次の泥団子を用意する。効くことは効くんだ。だったら、癒えようとするその傷をえぐり取ってやる……っておい!?


 再生が完了してしまったのは間違いなく俺にとっては悪いこと。けれど、次に双頭巨人が取った行動は――言うなれば俺にとっての最悪。


「ぐっ、うぁっ……」


 俺を突き飛ばしたせいで自身の回避が遅れたんだろう。そのことが傷に響いたのかもしれない。バランスを崩し、膝をついていたガドさんの首を左手で乱暴に掴んで、俺の前に突き出しやがった。


 野郎……


 俺にだってその意図はわかる。盾か人質か、そのどちらかだろう。


 厄介な真似しくさってからに……!


 このままで『爆裂付与』付きを食らわせれば、間違いなくガドさんを巻き込んじまう。さらに不都合なのは、それならまだマシな方だということ。直接ガドさんに当ててしまった日には目も当てられない。唯一の有効手段を封じられた形だ。


 どうする?どうすればいい?


 多少の巻き添えは我慢してもらって左肩狙いにするか?もうひとつの新しい彩技を使えばあるいは……。けど、左肩はガドさんに近い。もしガドさんに当ててしまったら……


 そんな展開を考えてしまうと、収まっていたはずの震えまでもがぶり返してくる。


 くそッ!なにかいい手はないのか!考えろ!考えるんだ!


「構うな!やれっ!」


 ガドさんが叫ぶ。


「けど……」


 その意味はわかる。わかるけれども……


「どうせここでお前が攻め手を止めたって、この化け物はお前を見逃しはしないだろうさ。だったら、ためらう理由がどこにある?」

「だけど……」


 言っていること自体は一点の曇りもなく正しい。それでも、俺には踏み切れない。


「ったく、しょうがねぇなぁ……」


 ガドさんが苦笑を見せる。


「……ってまさか!?」


 納得してくれたのかと一瞬だけ思い、それは見当外れもいいところなんだとすぐさま思い知らされる。ガドさんが懐から取り出したのは、1本のナイフだったから。


「アズール。お前は、度胸があって頭も切れる。早死にしそうな性分してるのは難点だが、それでも多分、ひとかどの虹追い人になれるだろうな。お前との出会い、いい冥土の土産になったよ」

「ガドさん!それはダメだ!」


 まるでこの世の最後に言い残すような言葉。


「頼むからはやまらないでくれ!何か手を考えるから!」

「すまねぇなぁ、セラ。約束、果たせなくてよ……」


 それでも、都合よく妙案が浮かぶなんてこともなくて――


「じゃあな。アズール」


 自身の首筋に向けた刃を勢いよく突き出し――


「ホント、知能の高い魔獣ってのはロクなことしないよね」


 唐突に聞こえたその声は、俺のすぐ真横から。それは涼やかに透き通った声質で、こんな状況にはまるで似合わないほどに、気楽で落ち着き払ったものだった。

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