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けれどその手は何も掴むことができずに

「やっほう、お待たせ」


 やってきたクーラの休日。待ち合わせ場所であるコロシアム前の広場で目を閉じてイメージトレーニングしていたところにかけられたのは、涼やかに透き通った声。待ち人であるクーラが発したものだった。


 今日の午前中はコロシアムで行われる歌姫のステージを見る予定。同じ部屋で暮らしている以上、わざわざ別々に出かけて待ち合わせをする必要があるのかは未だに疑問に思っている。だが、クーラが待ち合わせというやつを気に入ったということもあり、俺も合わせているというのが現状だ。


「まあ、待ち時間は苦にならないから別にいい……ん?」


 目を開ければ、そこに居たのは間違いなくクーラ。けれどその姿には、普段と異なる点があった。


「そりゃ気付くよね」

「さすがにな」


 困ったように肩をすくめるクーラ。いつもであればその黒髪を白く彩っているリボンが見当たらず、長い髪を真っ直ぐに降ろしていたということ。まあ、俺個人としては髪を下ろしたクーラも好きなんだが。


「ちょっと結びの形が気になったからほどこうとしたら、ビリッといっちゃってねぇ……」

「そういえば、結構経つんだよな」


 考えてみれば、あのリボンを贈ったのは結構前のことだった。であれば、そういったこともあるんだろう。


「そうなんだよねぇ。とりあえず補修はしたんだけどさ、せっかくだから耐久性を高める処理もしてたの」

「……それも異世界の技術だったりするのか?」

「うん。せっかく君がくれたものなんだし、いつまでも使いたいから」


 恐る恐る聞いてみれば、あっさりとうなずいて、


「あとは乾かすだけだからさ。帰る頃には、ナイフを突き立てたって傷ひとつ付かないし、たき火に放り込んだって焦げ目ひとつ付かない。それに、1000年は劣化しないようになってるはず」


 例によって例のごとく、とんでもないことをサラリと言ってくれやがる。


「どんな強化をしたんだかな……」


 剛鬼(トロル)の残渣を加工すると布のようになり、それで作られた衣服や靴は丈夫かつ軽量な上に、少しくらいの損傷であれば自然に直るということで、虹追い人の間では重宝されていたりもする。だがそれでも、刃物を突き立てれば穴は開くし、火の中に放り込めば燃えるものなんだが。当然ながら、1000年も経てばボロボロになっていることだろう。


 ……まあ、クーラだしな。


 そこはいつものように自分を納得させるとして。


「そろそろ行くか。あとは始まるまでコロシアムの中で待ってればいいだろうし」

「うん。ところでさ、君ってこういうのは始めてなの?」

「ああ。お前は?」

「実は私も同じく。なんだかんだでさ、これまでに機会が無かったから」

「なるほど。まあ、話のタネくらいにはなるだろうしな」


 そうして軽い気持ちで歌姫のステージを見に行って――




 およそ2時間後。


「なんというか……俺、歌姫のこと舐めてたわ。わざわざステージやるくらいだし多少は上手いんだろう、なんて風に思ってんだけど……」

「うん……。私も正直なところ、半分以上夢見心地だったというか……。最後の曲が終わった時には悲しくすらあったよ……」

「同感だな。……たしか歌姫フェニンって、各地を回ってるんだよな?次に王都に来た時は……」

「当然、行くに決まってるよね!」


 歌姫のステージは俺やクーラの予想を大きく上回るシロモノで。


 近場の露店で買い込んだ昼飯を食いながら、冷めやらぬ興奮の中で上がる話題がそんなところに行くのは、ごく自然な流れだったんだろう。


「それでだ、お前はどの曲が一番良かったと思う?」

「そうだね……。私的には6番目の曲が印象に残ってるかな」

「6番目っていうと……空に浮かぶ綺羅星を歌った曲、だったか?」

「そうそう。……手の届かないところに行ってしまった人を想うところが儚くて悲しい感じなのに優しくて。なんだか祈りを捧げてるみたいでもあって。軽く泣きそうになっちゃったかも」

「……昔の自分と重ねた、とかか?」

「あはは、そこまで厚かましいことは言わないってば。そういう君は、どの曲が気に入ったの?」

「俺は……4番目の曲だな。春先の強い風を題材にしてたやつ」

「すごく勢いのある曲、だったよね?」

「ああ。なんというか、力強く背中を押して、前に進ませてくれてるみたいな感じがしてさ。ありきたりな感想だけど、元気をもらえる、とでもいえばいいのか?」

「たしかにそんな感じはしたかも。あ!元気をもらえるって意味ではさ、13番目の曲も良かったよね?年末に教会の掃除をする異国のシスターさんの曲」

「あれか……。ドタバタしてるというか……あれはあれで微笑ましい感じだったか」

「そうそう。ちょっとお馬鹿さんな印象もあったけどさ、可愛いかったよね」

「……まあ、たしかにアホっぽい雰囲気もあったのは事実か。けど、ひとつ前の曲が物悲しい感じだったし、そこからの対比もあったんじゃないか?」

「ひとつ前っていうと……ああ、失恋を歌った曲ね。自分じゃない人と結ばれた想い人の幸せを願いながら、顔を上げようとするっていう」

「ああ。架空の存在ではあるんだが、報われてほしいと思わされたぞ」

「たしかにね。あ、そういう意味ではさ10番目の――」




「っと、すっかり話し込んじまったか」

「……ありゃま、もうこんな時間」


 ひとたび話に夢中になると時間を忘れてしまうというのは、俺とクーラの悪い癖なんだろう。そんな俺たちを正気付かせたのは、いつの間にやら下がり始めていた太陽の位置。


「そろそろ北区に向かうか」

「うん。この分だと、向こうに付く頃には日暮れ時になりそうだし、適当なお店で少し早めの晩御飯にしようか?」

「だな」




 そうして少し奮発した晩飯を終えて、


「そういえばさ、君たちは明日からクゥリアーブに向かうわけだけど、あれもそろそろなんじゃない?」

「……あれ?」

「『虹孵しの儀(にじかえしのぎ)』だよ」

「……たしか前回の時は……師匠にしごかれてる最中に兆候を見た記憶があるな。時期的にもそろそろなのか?」

「うん前回からは3年半くらいが過ぎてるかな。君は少し前に緑になったところだし、今回の依頼を達成すればバート君たちも緑になるわけでしょ?だったら条件は満たせるわけだしさ」

「たしかにな。クゥリアーブを離れる前に始まるようなら挑戦してみたいとは思うが」


 劇場への道すがらで出てきたのは、そんな話題。




 心色を取得するには『虹起石(さいきせき)』と呼ばれる物が必要不可欠で、俺の時も例外ではなかった。


 『虹孵しの儀』というのは、『虹起石』を手に入れることができる、この世界で唯一無二の手段。


 明日からの目的地である港町クゥリアーブ。その沖合いに浮かぶゼルフィク島には『虹の卵』と呼ばれる場所があり、ある期間にのみ行うことができるのが『虹孵しの儀』。




 そして『虹孵しの儀』について大雑把に言うなら――


 60秒の間に『虹の卵』にありったけの攻撃(心色だろうが素手だろうがそれ以外の武器だろうが構わないらしい)を叩き込み、その総威力に応じた数だけの『虹起石』が手に入るというもの。


 理由は不明だが、挑戦できるのは生涯でただ一度きりという事情もあり、緑以上を対象とした依頼扱い。力試し的な意味合いも強く、歴代で100位以内の記録保持者は名前が残されるとのことで。


 ともあれ、心色の取得に直結するものである以上、この世界においては極めて重要であることに間違いは無いだろう。




「じゃあその時は、歴代の1位を目指すってことで」

「……無茶言うな」

「たしかに、現時点では少し厳しいかもしれないけどさぁ……」

「そういう問題なのかよ?」


 お前を基準にされても困るんだが。っと、そういえば……


 ふと気になったのはクーラ自身のこと。なにせこいつの正体は、1500年前から語り継がれている英雄なんだから。


「ちなみにお前は――」


 言葉が途切れたのは、唐突にクーラが足を止めていたから。


「どうかしたのか?」


 振り返り、聞いてみるも返事は無く。


「この感じって……なんで今になって……」


 表情はこわばり、声色も深刻さを帯びていて。


「クーラ?」


 明らかに何かがあった風。だから歩み寄ろうとするんだが、


「ダメっ!来ないで!」


 拒絶を返される。


「……ゴメン。けど、君まで巻き込まれちゃうから……」


 これって、かなりヤバいんじゃないのか!?


 何が起きているのか、正確なところはわからない。だが、あの――星界の邪竜をニンジンの皮むき以下と言い切り、すんなりと撃破できてしまう――クーラがここまで血相を変えるくらいだ。すさまじくとんでもないことが起きているんじゃないかとは、俺にも予想できた。


「どうしたら……そうだ!たしかあれは……。えっと……こんな感じで……こうして……ここはこうだったかな……?それから……えーと……ああ、そうだった。……あとは……これで!」


 必死の形相で何かをやっている様子。


 なんだ!?


 不意に、クーラの姿がわずかにブレたようにも見えた。


「ねぇ、アズ君」


 そして俺を呼ぶクーラは、辛そうな中に少しだけの安堵が入り混じった表情で。


「大丈夫、なのか?」

「……ゴメン。()()()()()説明してる時間はもう無いの。悪いんだけどさ、すぐに部屋に帰ってもらえるかな?そこで全部話せると思うから」

「それはいいんだが……」


 やはり意味不明な部分がある。


「それとさ……お願いだから絶対に無事でいて。君が居なくなっちゃうとか……絶対に嫌だからね!」


 だがそれ以上に、クーラが今にも泣き出しそうにしていることの方が、よっぽど痛い。


 さっきは拒まれた。けれどそれでも今のクーラを放っておく気になれない。だから手を伸ばして、


「……クーラ!?」


 けれどその手は何も掴むことができずに、


「大好きだよ、アズ君」


 涙混じりにそんな言葉を残して、クーラの姿は俺の前から消えていた。

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