今度もトラブルが起きてお流れ、なんてのはさすがに無いだろうしな
「よう、遅かったじゃないかよ」
エルナさんの店で昼飯を調達して支部に入るなり、そんな声がやって来る。
「悪い、少し話し込んじまってな」
声の主は依頼掲示板の前に居たラッツで、隣にはバートとセオさんの姿もあった。
「おはようございます、セオさん」
「ええ。おはようございます」
「んで、なにかよさげな依頼でもあったのか?」
へしょげているようならばケツを蹴り飛ばす予定だったが、むしろラッツは上機嫌。あっさり立ち直った理由はそんなところだと予想してみれば、
「ああ。これなんだけどな」
的中していたらしい。
「……なるほど」
掲示に目を通す。依頼のランクは黄で、要求されていた人数は3。内容は隊商の護衛で、行先は港町クゥリアーブ。出立は明後日。行程は2日半で片道のみ。報酬額、ランクポイントともに悪くない。
と、まとめればこんなところか。
「察するに、このポイントで昇格に届くってことか?」
「ああ。それで、よかったらお前も一緒にどうかと思ってさ。なんだかんだあったけど、王都に来てからこの3人でつるむことって無かっただろ?」
「言われてみればそうだな」
ラッツはネメシアと、バートはアピスと組んで動くことが多かったわけだし、俺としても腐れ縁の3人だけで仕事をした記憶は無い。
「たまにはそういうのも悪くない、か」
「だろ?」
「それで、何日かは向こうに滞在して依頼を受けるのもいいんじゃないかと思ってるんだよ。まあ、細かいところはこれから詰めるんだけど」
俺がクーラを送り届けている間にそんなことを考えていたわけだ。内陸にある王都と海に面する港町ではいろいろと違いもあるだろうし、そこに滞在して依頼をこなすというのも、それはそれでそそられる。
それに、明後日からというのも好都合。ちょうど明日がクーラの休日だったんだから。休日にさえ被らなければ、クーラはふたつ返事でOKを出すことだろう。
「けど、ただでさえアピスたちが居ないってのに、さらに3人も遠出するってのは……いや」
そんな疑問も湧きかけはするんだが、
「そもそもが、俺らが来る前は先輩たちだけでどうにかできてたんだったか」
「そういうことになりますね」
セオさんの他にも、タスクさんとソアムさんは第一支部へと出向していたわけだが、あちらの状況が予想よりも早く落ち着いたということで、第七支部に戻って来たのがひと月ほど前のこと。
そんなセオさんがラッツ、バートと一緒に居たというのは、そのあたりを話していたからなんだろう。
いや、それ以前に……
アピスたちが里帰りを決めたのも、そこらへんに理由があったのかもしれないか。
「ガドから聞いていますよ。私たちが不在の間は、皆さんが立派に第七支部を守ってくれていたと。事実、遠出が必要になる依頼を受けるのは控えてくれたようですし」
「立派だったと言える自信は無いですけど……」
とはいえ……1泊2泊程度の遠出はあったものの、常にある程度の人数は残せるようにと話し合いながら動いていたのも事実なんだが。
「そんなわけなので、皆さんが不在になる間のことはお任せください。少しは先輩らしいこともしないと、立つ瀬がありませんからね」
いや、セオさんは……というかタスクさんもソアムさんもガドさんもキオスさんも、立つ瀬どころの話じゃなく立派な先輩だと思うんですけど……
けどまあ……
せっかくの申し出なんだし、腐れ縁共が何も言わないあたり、すでにこいつらも説得され済みなんだろう。であれば、拒むのも失礼になりそうな話か。
「でしたら、お言葉に甘えさせてもらいますね」
「ええ」
そうと決まれば話は速かった。依頼の手続きに必要な物の買い出し。図書院での調べものや先輩方の経験談を聞いたりするうちに日は暮れて、
「クゥリアーブまでの護衛依頼かぁ。いいんじゃない?」
晩飯を食いながら話を切り出せば、クーラからは予想通りのお返事が。
「わかってはいたけど、本当にすんなり認めるよな、お前って」
「まあね。どうせ私には距離なんて意味が無いんだし」
「そりゃそうだが……」
「そんなことよりもさ、明日のお休みに行きたいところができたんだけど、いいかな?」
「そこでいいぞ」
「……君もすんなりさでは人のこと言えないよね」
「目的も無く街をふらつくか、目的があって出かけるかの違いでしかないからな」
そしてどちらであろうとも、クーラとであれば楽しめる自信がある。
「んで、どこに行きたいんだ?」
「さっき聞いた話なんだけどさ、明日の午前中はコロシアムで歌姫フェニンのステージがあって、夜は劇団ミユイツマの公演があるらしいの」
「どっちも覚えがある名前だが……」
はてさて……。どこで聞いたんだったか……
「私たちが付き合う前のお休みに行こうとしてたところだよ」
「ああ、思い出した」
たしかにそんなことがあった。
「いろいろあって、結局は行けずじまいだったんだっけか」
たしか歌姫の方は、キオスさんとシアンさんの件で俺が寝不足。劇団の方は、クーラの正体に関するあれこれでお流れになっていたんだ。
「そういうこと。せっかくの機会なんだし、リベンジ決めたいと思って」
「リベンジの用法としてはどうかとも思うが……」
それでも、反対する理由なんてものは見当たらない。
「じゃあ、それで決まりだな」
「うん!」
「今度もトラブルが起きてお流れ、なんてのはさすがに無いだろうしな」
「いくらなんでもさすがにそれは無いよね。それはそうと、細かいところも詰めちゃおうか」
「ああ。午前中は歌姫のステージを見て、そのあとは劇場に向かう道すがらで昼飯にするか?」
「そういえばさ、コロシアムの近くにある屋台が変わった串焼きを出してて美味しかったって、お客さんから聞いたことがあったの。そこでどう?」
「なら、昼飯はそこにするか」
「けど、それでも割と時間が余っちゃうんだよねぇ……」
「だったら北区の市場でも見て回るか?」
「そうだね。そういえばさ、お客さんから聞いたんだけど――」
そうして明日の予定で盛り上がるうちに、夜は更けていった。




