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本当にクーラの底はどこにあるのやら……

「クーラもアズールも、わざわざ見送りにまで来てくれてありがとう」

「いいってことよ」

「ああ。別に大した手間でもないしな」

「また君はそういう言い方するし……」


 クーラと暮らすようになって3か月ほどが過ぎたとある日の早朝。俺はクーラと連れ立って王都の西門へとやって来ていた。目的はアピスとネメシアの見送りで、当然のように腐れ縁ふたりの姿もあった。


「……まあ、アズールの言うことも間違いではないのでしょうけど」


 荷馬車の御者台で手綱を握るアピスが肩をすくめ、


「まあ、アズ君だからねぇ……」

「だよねぇ……。アズールだし」


 そんなクーラの発言に、アピスの隣に座るネメシアまでもが同調してくれやがる。


「どういう意味だお前ら」

「アズ君の疑問はともかくとしてさ……。ホントにこれ、持って行かなくていいの?私としては、ネメシアちゃんとアピスちゃんにだったら貸してもいいと思ってるんだけど」


 サラリと俺の言葉を無視しつつでクーラが懐から取り出したのは、手のひらサイズをした鏡――のようなもの。


「……なあ、ネメシア。クーラもこう言ってるんだし」


 そこに対してラッツが期待混じりに言い、バートも同じような目を向けるんだが、


「「それはダメ」」


 その相方たちは容赦なく切り捨てる。


「私は別に構わないんだけど……」

「だからこそよ」

「それに、たかが10日なんだし」

「今後のことを考えれば、慣れていく必要もあるでしょう」

「そういうことなら、私はその意見を尊重するけどさ」

「ええ。そうしてもらえると助かるわ。それよりも……」


 アピスとネメシアが目を向けるのはそれぞれの相方へ。


「私たちが居ない間、しっかりやりなさいよ?」

「あれだけ大見栄切ったんだから、戻ってくるまでには緑になってないとかなり恥ずかしいよ?」


 その言葉通りに腐れ縁共はまだ黄で。逆にネメシアはひと月前に、アピスも20日ほど前に緑への昇格を果たしていた。


 こうして王都を出立するのはその報告を兼ねた里帰りであり、徒歩ではなく荷馬車を使っているのは大量の土産を運ぶため。


「あ、ああ」

「そりゃわかってるんだが……」


 腐れ縁共の歯切れが悪いのは、やはり寂しさがあるからなのか。


「……ねえ、アズール。お願いがあるんだけど、いいかな?」

「内容次第だな」


 とはいっても、流れから予想は付いてしまうんだが。


「ラッツがへしょげてるようなら、ケツを蹴り飛ばす。それくらいならお安い御用だが」

「ありがとう」

「なら、バートの方も頼めるかしら。やりすぎたなら戻ってからネメシアに治してもらえばいいから、腰を痛めない範囲であれば容赦は要らないわ」

「ああ。そういうことなら任せておけ。今なら飯のオゴリ1回で依頼のサポートも付けるぞ」

「それはお得ね。是非お願いするわ」

「じゃあ私も」

「おう。毎度あり」

「おい……」

「お前ら……」


 腐れ縁共が非難めいた目を向けてくるが、そこは無視。


 そんな中で響くのは、朝の9時を告げる鐘。


「……それじゃあ、そろそろ行くわね」


 話を切り上げるアピスは名残惜しいようにも見えた。けれど、いつまでもこうしているわけにはいかないというのも事実。


「ネメシアちゃんもアピスちゃんも気を付けてね」

「ええ。クーラもアズールの教育、頑張ってね」

「うん」

「……さっさと行っちまえ」

「それと……ラッツもバートも、危ないことだけはしないでね?無理にランクを上げようとして大怪我したとか、そっちの方が嫌だから」

「ああ」

「そこは気を付けるさ」

「そうだね。それじゃあ……」

「ええ」

「「いってきます」」




 そうして荷馬車が見えなくなって、真っ直ぐ支部へ向かう腐れ縁共とは別れ、俺とクーラが向かうのはエルナさんの店へ。


 今日はクーラの休日というわけではなかったからだ。


 仕事に入るのが少し遅れる件に関しては事前に許可をもらっており、事情を話したところ、エルナさんはすんなりと認めてくれていた。時短分の給料が差し引かれるのも当然の話なんだろうけど。


「ところでさ、好きな人と離れるのって、やっぱり辛いものなのかな?」


 そんな道すがらでクーラがかけてくる問いは、やはりというべきか、ついさっきの一件に起因しているとしか思えないようなもの。


「……考えてみれば、レビダで出会って以来あいつらが顔を合わせない日は無かったような気がするからなぁ」


 泊りがけの仕事なんかでも、基本的には行動を共にしていたようだった。


「けど、そこらへんは慣れだろ。ガドさんやキオスさんも泊りがけで出かけることはあるけど、セルフィナさんもシアンさんも平然としてるんだし」

「それもそっか。まあ、私たちには無縁の話なんだけどね」


 恋仲になって以来、俺が泊りで出かけることはあっても、クーラと言葉を交わさなかった日は1日たりとも無かった。そしてその()()()()理由というのが――


「これがいい()()()()()()()になってるからねぇ。我ながらいい判断したと思うよ」


 自画自賛しつつで懐から取り出すのは、手のひらサイズをした1枚の鏡。先ほどの見送りでも話に出てきたものだった。




 当然ながらこれはただの鏡ではなく、れっきとした魔具。そして、同じものは俺の懐にも入っている。


 この材料となったのはズビーロのクソ長男関連でやり合う羽目になった寄生体(ウィル・スローター)の残渣。通常であれば、残渣の所有権は討伐者。つまりはクラウリアにあるわけだが(表向きはクラウリアが討伐したということになっている)、そのクラウリアが「残渣の所有権は彼(俺のこと)に譲ります」と言い残していたという事情もあり、俺の手に渡ったというわけだ。


 ではその残渣からはどんな魔具が作られるのかと言えばそれは、1対の鏡。その効果は、片割れが遠い場所にあっても声を送ることができるというもの。クーラが言うには、サウディさんの世界に存在していた『とらんしーばー』とかいうものに似ているらしいが。


 (クーラが興味本位で)試したところ、エルリーゼの正反対に位置するレスタイン大陸まで離れても普通に会話できるが、月まで離れてしまうと使えなくなってしまうんだとか。


 まあ実質的には、世界中のどこに居ても会話ができると考えても差し支えはないだろう。月まで行ける奴なんてのは、クーラ以外に存在するとも思えないんだから。


 ともあれ、それだけのシロモノ。オークションにでもかけたなら、材料の希少性も相まってすさまじい値が付きそうな魔具を俺たちは――贅沢な話ではあるんだが――カムフラージュとして使っていた。


 なにせクーラには『転移』という技術があり、エルリーゼのどこにでも実際にやって来ることができるんだから。


 だから俺が遠出している時でも、ひとりになったところを狙ってやってきて朝晩の口づけを交わすなんてこともやれていたし、宿では同じベッドで寝るなんてことまでやっていた。それも恐ろしいことに、ひとり部屋でない時ですら平然とやってのけて、誰にもそのことに気付かせないなんて芸当すらもサラリと成し遂げていた。


 本当にクーラの底はどこにあるのやら……


 ともあれ、この魔具のおかげで、王都を離れている俺たちが情報を共有していても不自然ではなくなっていたという話。


 実際にこの魔具を使った回数は数えるほどしかないというのは余談か。


 ちなみにだが、有事の際には貸してほしいと支部長から頼まれていたりもするんだが、幸いにも今のところはそんな事態は起きていない。




「それをカムフラージュ扱いできるのは、世界中探してもお前くらいだろうけどな」


 まあ、そんなクーラに流されて……というか慣らされている俺も大概なんだが。


「あはは、それはたしかに。けどさ、これまでに散々苦労して身に着けてきた力だからね。役得って割り切るのも慣れてきたよ」

「お前がそう言うなら、それでいいけどさ」


 そうこうするうちに、エルナさんの店に到着。


「いらっしゃい。見送りは済んだのかしら?」

「はい。ってわけなので、すぐに入りますね」

「ええ。お願いするわ」

「さて……」


 早速出迎えてくれたエルナさんと挨拶を交わし、エプロンを身に着けるために店の奥へと向かうクーラを見送りつつ店内を物色。今日も今日とてこの店には、美味そうなパンがずらりと並んでいた。

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