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無意識での行動には本心が反映されやすい

「夢か……。いいところで覚めるんじゃねぇよと……」


 背中は汗でびっしょりな上に全身が焼けるように熱く、鼓動はやかましくて身体は怠い。目覚めはそんな――夢の途中で夢の内容に叩き起こされた時特有の、()()()()()最悪極まりないものだった。


 それにしても、なんて夢を見るかな俺は……


 ため息をひとつ。


 目が覚めた時には夢の内容は手のひらから滑り落ちている、なんてのはよく聞く話だが、今の俺もその例に漏れず。夢の中で起きたことの()()()、すでに記憶から消え失せていた。


 もっとも、今回の場合は夢の終わり際があまりにも衝撃的過ぎたせいで、他が根こそぎ吹き飛んだだけのような気もするんだが。


 本当に、なんて夢を見たんだかなぁ……


 内心でそう繰り返し、ため息も繰り返す。息は徐々に落ち着きつつあったけれど。


 まったくもって困ったことに、夢の最後だけは強烈に焼き付けられていた。


 なんだって夢の俺はあんなことをしていたのやら?


 そこでの俺は……その……なんというか……。クーラに対して、いわゆるところの口づけという行為をやらかそうとしていたわけで。


 本当に夢だったんだよな?


 目が覚めたのはその寸前。恐る恐る口元を指でなぞってみる。数日前にクーラに命を救われた時に経験したような、柔らかな感触は残っていなかった。


 って、ここは……


 俺は先ほどまで眠っていたんだろうけど、居場所はベッドの上ではなかった。その姿勢だって、仰向けでなければうつ伏せでもない。壁に背中を預けて座るといったもの。


 時間的には朝か……


 窓とカーテン越しの光。その具合は早朝のそれで間違いない。


 ……ああ、そうだった。昨日はクーラの部屋に泊ったんだったか。


 まだ薄暗いながらも見慣れた感のある場所。そのことが今の状況を教えてくれる。


 ……なんだ?


 そんな中で、ふと妙な感覚があった。壁に寄り掛かり、座ったままで寝るというのは割と慣れているんだが、左肩にも何かが当たっているような気が……


 なんだろうかと思い、そっちに首を向けて、


「うぇっ……!?」


 飛び上がることも悲鳴を上げることもしなかったのは、我ながら自分を褒めてもいいような気がした。


「すぅ……」


 なにせそこには、無防備を晒して穏やかに気持ちよさそうに寝息を立てるクーラの顔が。それも、吐息さえも触れそうなほどの至近距離にあったんだから。


 ……なんでだ?


 昨夜の記憶をたどる。俺が寝落ちした時には、間違いなくクーラはベッドに居たはずだ。であれば、その後でここにやって来たという話になるんだが……


 せっかくだったからさ。


 クーラが言いそうなことが瞬時に思い浮かび、


 ……間違いなくそれだろうな。


 すんなりと納得できてしまう。何がせっかくなのかは俺も知らん。だがそれでもここ数日の言動からして、そんな理由で行動するこいつが容易に想像できてしまう。


 ……このまま寝かせといてやるか。


 すぐに起きなければという時間でもない。同じ寝るならベッドの方がいいんじゃなかろうかとは思わないでもなかったが、気持ちよさげに寝息を立てるクーラを起こすのもまた、気が引けたから。


 それにしても……


 こっちはすっかり意識が冴えてしまい、二度寝しようという気分でもない。そうなれば、消去法的な流れで自然と目が向かうのはクーラの寝顔になるわけで。


 ここ5か月ほどは随分と親しくしてきたわけだが、寝顔を見るのはこれが初めてなんだよなぁ……


 しみじみと思うのはそんなこと。


 その割に、クーラは何度も俺が寝こけてる姿を――『ささやき』で眠らされたことも少なくなかったんだろうけど――見ているというのがなんとも……


 不公平なんて認識が適切かは知らないが、妙に悔しくも思えてくる。


 せっかくの機会だ。たまには俺の方が思う存分、お前の寝顔を見物してやろうか。わざわざベッドから抜け出してきたお前が悪いんだからな?


 こうしていると、見た目の歳相応なんだよなぁ……


 あらためてまじまじと見ていて浮かぶのは――仔猫を愛でている時なんかに近い意味での――可愛らしいなんて感想。


 少なくともこの姿だけを見て、


 星界の邪竜を歯牙にもかけないほどの力を持ち、実は1600年近い時間を生きてきて、エルリーゼにおける常識を容易く置き去りにするような知識の持ち主でもあり、人知れずこの世界の危機を救ってきた存在なんだ。


 なんてことを言われて信じられる奴は、まず居ないことだろう。


 それに、俺は個人的にも救われてたりするんだよなぁ……


 視線が向かうのは唇へと。直接吐息を吹き込むことで、俺は死の淵から引き上げられていたんだったか。


 ……奇麗だよな。


 そんなことを思ううち、小振りで薄紅色をした形のいい、小さな息を繰り返す唇から目を離せなくなってくる。


 俺は……夢の中で……


 そしてさらには、つい先ほどに見た夢が思い起こされて――


 って、何やってるんだ俺!?


 気が付けば俺は、夢の自分をなぞろうとしていた。


 本気で危なかったぞ……


 寸前で踏み止まることができたのは、クーラの口から吐き出される寝息のこそばゆさで我に返ったからか。


 気が付けば鼓動は再び、速度と大きさを跳ね上げていた。


 落ち着け……。落ち着けよ俺……


 たっぷりと30回ほど深呼吸を繰り返し、ようやく頭と心拍が落ち着きを取り戻す。


 あんな夢を見たからってなにをやってるんだかな……


 眠っている相手に断りもなく勝手に口づけをするなんてのは、どこをどう考えたって許されるようなことじゃないだろうに。それこそ例外は、先日俺が死にかけていたような時くらいのものだろう。


 恋仲同士であれば許容範囲内ではあるのかもしれないけど、()()()()()()俺たちはまだ……っておい!?


 いやちょっと待て!俺は今何を考えてた!?


 確かに俺自身、友人としてクーラに好意を抱いていることは否定のしようもない。色恋的な意味でも、クーラを好きになりかけているのかもしれないとは思っていた。


 けれど――


 夢が必ずしも願望の表れだとは思わない。世の中には、悪夢なんて言葉があるくらいなんだから。


 だが目を覚ました時の俺は、精神的には少しも嫌な気分ではなく。むしろ、いいところで目が覚めるんじゃねぇよなんて風にすら思っていた。そして、そんな夢に引きずられる部分はあったにせよ、俺は自分からクーラに口づけをやろうとしていたわけで。


 あれはほとんど無意識でのやらかし。


 けれど――


 無意識での行動には本心が反映されやすい。これもまた、たまに聞く話だ。


 だったら、俺は……


 そうして行き付いた結論は、ぴったりと心に当てはまるような気がした。

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