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これが15で過ごす最後の夜になるわけか……

「疲れちゃった?」


 ようやく帰って来れたクーラの部屋。そのことに対する安堵をクーラはそんな風に解釈したらしい。


「いや、疲れたというよりは……こうして地に足付けているのがすげぇ落ち着く。月とか星の世界ってのは、まだ慣れていないんでな」

「ああ、それは私もだわ。やっぱり地上が一番しっくり来る感じ」

「お前でもそうなのか?」

「うん。私だって、生まれと育ちはこのエルリーゼなんだからさ」

「そういうものか。……それはそれと、時間はまだ大丈夫そうだな」


 窓の外を見る。日差しの具合からしても、日没までにはまだ時間がある。


「そうだね。早速買い出しに行こうか」

「おう。荷物持ちは引き受けるからさ」

「うん。そこはお願いする……ね?」

「どうした?」


 クーラのうなずき。その語尾が唐突に意味不明な疑問形に。


「……誰か居るみたい」


 そう目を向けるのは、部屋の入口へと。


「どちら様です?」


 あいにくと俺にはわからなかったが、気配探りかなにかでクーラは確信していたんだろう。ドアへと迷いなく問いかけて、


「クーラ!?」


 驚いた様子で即座に女性の声が返ってくる。


 この声は……


「アピスちゃん?」


 ドアを開ければそこに居たのは見知った顔。


「帰ってくるまで待つつもりだったのだけれど、ずっと部屋に……いえ、そうじゃないわね」


 はたと気付いた様子。まあ、クーラが『転移』を使えることはアピスも知っているんだ。そこに思い至れたとしても不思議じゃないか。


「とりあえず上がっていく?」

「ええ。そうさせてもらうわ」




「それで、ネメシアのことなのだけれど……」


 さすがに茶を用意する時間は無かったのでグラスに注いだ水を飲みつつで、アピスが切り出してくるのは、やはりというべきなのかその話。


「昨日、帰ってからすぐに話をしたわ。それでネメシアは、条件はすべて呑むから会わせてほしい、と」

「まあ、そうなるだろうな」

「だよねぇ」


 その回答は俺にとってもクーラにとっても予想通りのもの。


「だから今日は早速、エルナさんのお店に行ってみたのだけれど……」

「……間が悪かったね」

「ええ」


 そこにクーラが居たはずもなく。


「アズールとふたりでどこかに出かけているというのは予想できたから、さっきまでずっと王都中を探していたの」

「ありゃま……」

「それはまた……」


 本当に間が悪い。


 今日は朝からずっと、俺たちは王都どころかこの大陸にすら居なかったんだから。当然それで見つかるはずはない。


「結局見つからなくて、夕方には帰ってくると思って待っていたというわけ」

「ゴメンね。待ちぼうけさせちゃって」

「……そこは謝らなくてもいいわ。私が勝手にやっただけだから」

「けど、なんだってわざわざそこまでしたんだ?さすがに夜には帰ってくるだろうし、その頃に合わせてここに来ればよかったんじゃないのか?そこで報告だけして、ネメシアを連れてくるのは後日でもよかったような気がするんだが」

「あ、それもそうだよね」


 ここがクーラの住処であることは間違いないんだから。


「それはそうなのだけれど……。恩人に会えると知ったネメシアがあまりにも待ち遠しい様子だったから」

「なるほど」


 まあ、そのあたりも容易に想像できることか。それになんだかんだでこいつはネメシアに甘いところもある。


「そんなわけだから、クーラさえよければ、今夜にでもお願いしたいのだけれど……」


 これまた間が悪い。すでに今夜は予定が入っている……んだけど。


 クーラの顔を見れば、そこにあったのは困ったような微笑み。


『ゴメン。晩御飯はまた今度でいいかな?』


 声には出さずとも、表情がはっきりと語っていた。


『まあ、事情が事情だからな』


 だから俺も声を出すことなく返す。


 クーラが楽しみにしていたことは疑わない。けれど、星界の邪竜あたりに邪魔されるのならばともかくとして、友人の頼みとあらば話は別ということなんだろう。


「いいんじゃないのか?どうせ俺もお前もこの後は特に予定は無かっただろ?」

「そうだね。それにこういうのって、早い方がいいだろうし」


 そして水を向けてやれば、即座に乗ってくれる。


「じゃあ……」

「うん。お茶の用意して待ってるから」

「ありがとう。早速ネメシアを連れて来るわ」


 部屋を飛び出していくアピスが嬉しそうに見えたのは、多分気のせいではなかったことだろう。




「……なぁ、少し気になったんだけどさ」

「なになに?」


 アピスが出て行くなり早速クーラは上機嫌で茶の準備を始める。そこで取り出したティーセットはリーフィア柄のもので、俺もたびたびこれを使っていたわけだが。


「その道具一式って、シトロンって職人の作品なんだよな?」

「そうだよ」


 問いかけに返されたのは、ノータイムの即答。


「やっぱりかよ……」

「うん。どうやって明かそうか悩んでたところだったからさ、君の方からツッコんでくれて助かったよ。お察しの通り、あの後で変装して現金一括で買ってきたの。さすがに見逃す手は無かったからね」


 もうかなり昔のように感じてしまうのはアレだが、初めてクーラとふたりで王都を歩いた日のこと。とある露天商が並べていた中に、シトロンという職人が手掛けたというティーセットが。クーラは欲しがっていたんだが、1500万ブルグという値段に泣く泣く断念。


 と、そんなことがあった。


 それからしばらくして、クーラが同じデザインのティーセットを所持していたんだが、その時にはこれは贋作だと言っていた。


 ああそういうものなのかと、今まではそれで納得していたんだが。


 クーラの正体を考えると、1500万ブルグくらいはポンと出せるんじゃないかとも思えるわけで。


 そんな流れで抱いた疑念は、無事に正鵠を射抜いていたらしい。


「一応言い訳しておくけどさ、私はこの件では、ひとつも嘘は言ってないからね」

「……いや、贋作だって言っただろうが」

「いやいや。本当に嘘は言ってないんだから。そもそもがさ、本物を偽物呼ばわりするなんて職人さんへの冒涜でしょ?」

「それはそうだが……」


 ティーセットや茶には深いこだわりを持つクーラ。確かにそう言われれば、説得力があるようにも思えてくる。


「さすがにあの時のことを一字一句正確には覚えてないかもしれないけどさ……。私がやったのは――これが偽物だと君が誤解するように仕向けただけ。君に嘘を吐くのも避けたかったから、苦肉の策ってやつかな」

「……まあ、あの時点で本当のことを言えなかった理由はわかるつもりだし、そのことで立てる腹も持ち合わせてはいないけどさ。けど……」


 あらためてカップを見る。これまでは俺も当然のように使っていた一式が、まさか1500万ブルグのシロモノだったとはな……


「この先はこれを使うのにも緊張しそうだな」

「そこは大丈夫。もしも落としそうになっても、私の方でフォローするからさ。絶対に壊させたりなんてしない」

「……確かにな。お前なら、それくらいは容易いのか」

「そういうこと。……あ」

「どうした」


 不意にクーラが目を向けるのは、先ほどアピスが出て行ったばかりのドアへと。


「アピスちゃんたち、もう来ちゃったよ」

「……そういえば、こことユアルツ荘って近いからな」


 行き違いを避けるために、ネメシアがずっと自室で待っていたというのもありそうな話。それに多分、あいつらも大急ぎだったんだろう。


 実際にコンコンとドアをノックする音が聞こえたのは、それからすぐのことだった。




 そして――


 やれやれ……。今日も随分と濃ゆい一日だったな。


 それから数時間。あとは寝るだけという状況で思うのはそんなこと。


 墓参りに付き合うだけかと思っていたら、のっけからルデニオンの山頂に連れて行かれて、緋晶花やそれ以上に希少なブドウを目にすることになって。


 無事に墓参りが終われば今度は星の世界に行って星界の邪竜討伐を見学することになり、その後は月の裏側に造られていた施設を目の当たりに。


 んで……


 薄目を開ける。部屋の明かりを消したばかりで暗さに慣れていない目は何も捉えることができないが、その先にあるベッドではクーラたち3人が身を寄せ合うようにしていることだろう。


 ネメシアに真実を伝えるのはすんなりと終わり、『ささやき』による口止めも同様に。


 だがその後はなんだかんだと話が盛り上がってしまい、結局は晩飯――といってもあり合わせでクーラが用意したものだが――をいただき、語り明かしてしまった。


 そして、もう遅いのでということでそのまま泊っていくという流れになったというわけだ。部屋にひとつだけのベッドはクーラ、アピス、ネメシアが使い、俺は床に座って壁に寄り掛かって寝ることに。まあ、このあたりの振り分けは妥当なところだろう。


 疲れてはいたが、それは心地のいいもので。


 そういえば、これが15で過ごす最後の夜になるわけか……


 虹追い人になれるのは15歳から。だから15の誕生日というのは大きな意味を持つ。けれどそこを過ぎてしまえば16も40も60も変わらない。俺はずっとそんな風に考えていたわけだが、今日という日が忘れられないものになりそうだったからなのか、妙に感傷的な気分にもなってしまう。


 まあいいか……


 どうせ深刻な悩みごとじゃないんだ。そのうち身体の方が勝手に寝落ちしてくれるだろう。


 そんなことを考えるうち、実際に意識は眠りへと霧散していった。

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