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……お前の全力を理解するには、俺はまだまだ未熟が過ぎるってことか

「さて、そろそろだね」

「……随分と話し込んじまった気はするけどな」

「まあ、それだけ距離があったってことだね。けど、迎撃における最難関は君のおかげですんなりと突破できたよ。ホント、ありがとね」

「……どういたしまして」


 到着までの待ち時間が最難関と言い切りやがる。そしてこうしている今でさえ、そこに緊張感は見て取れない。


「あらかじめ注意しておくけどさ、絶対に私の前には出ないでね?クソトカゲの攻撃なんて、雫ほども君には飛ばさないけど、私の攻撃に巻き込んじゃうのは嫌だから」

「承知した」


 俺としては割り込むつもりなんて一切無い。とはいえ、パニクってクーラの足を引っ張るなんてのは、絶対に避けたいところ。


 いいか俺。気はしっかりと持つんだぞ。


 だから自分にそう言い聞かせる。


「それとさ、私の周りは地上と同じ環境にしてあるけど、星の世界では音は聞こえないみたいなの。そこらへんは違和感があるかも……って、見えてきたよ」

「……あれか」


 心拍が跳ね上がるのがわかる。星とは違う点のようなもの。それは瞬く間にその大きさを増して。


「う……あぁ……」


 覚悟はしていたつもり。それでも、その姿を目の当たりにして、情けない声を零してしまう。もしもひとりきりだったなら、間違いなく漏らしていたことだろう。


 見上げるほどに――王城に匹敵するんじゃないかとすら思えるほどに巨大な、3対の翼を持った9頭の竜。


 これが……星界の邪竜……なのかよ……


 すでに背中は汗でびっしょりで歯はガチガチの足はガクガク。本能的な恐怖を感じるとでも言えばいいのか。少しでも気を抜いたなら、クーラに縋り付いてしまいそうになるほどに、自分が怖気付いていることを自覚できた。


「……心を落ち着かせて。……ほら、もう何も怖くない」


 そんなところに響くのは、ささやくような声色。そうすれば、恐怖はすぐに薄れていく。


 なるほど、『ささやき』にはこういう使い方もあるわけか。


「……悪い」

「大丈夫。首9本は始めて見るけど、この程度の相手に私は負けたりしないから。そんなことよりもさ、私のいいところ、しっかり見ててね。……見逃したら怒るよ?」


 さらにそんなお気楽な言葉がダメ押しになり、完全に俺の平静を取り戻させる。


 クラウリアの戦いを見ることができるせっかくの機会なんだ。学べることはひとつでも多く学ばなければもったいないというものだ。


 そうこうするうちに邪竜は、威嚇の咆哮を上げるようにすべての口を大きく開く。その割に何も聞こえないのは妙ではあるんだが。事前にクーラが教えてくれなかったなら、多分首を傾げていたところ。


 威嚇でもこちらが動かないとなれば、次の行動は人も魔獣も同じ。首の1本が猛スピードで向かってくる。大きく開いたその口は、ちょっとした小屋くらいだったら丸呑みできそうなほどに大きい。


 けれど――


 頑丈な城壁だって容易く砕けそうな噛みつきは、すぐ目の前でその動きを止める。大きく開かれた口の中には、図体に見合うほどの大きさを備えた鋭い牙がズラリと並び、そのままかみ砕こうと力を込めているようでもある。


「無駄だよ」


 だがそれでも、クーラが展開する障壁の方がはるかに勝る様子。こちらには、揺れのひとつも伝わってこない。それどころか――


 逆に向こうが負荷に耐えきれなかったのか、その牙が数本、まとめて折れ飛んでいた。


 すげぇ……


 本当に、あまりにも次元が違い過ぎる。俺にとってはあっさりと漏らしそうになるほどで、エルリーゼに来やがったならどれだけの被害が出るのかも想像が付かない魔獣。それがクーラにとっては本当にニンジンの皮むき以下になっていた。


 見ると聞くでは大違いってやつか……こいつは!?


 わずかに怯んで見えた星界の邪竜だが、すぐに次の攻勢に。すべての口を大きく開き、その奥から毒々しい色の光が漏れ出していた。これは――


 破壊の光か!


 それは、星界の邪竜が持つ最大の攻撃手段と伝えられていた。過去にはそのひと吐きだけで街ひとつを壊滅させたこともあるという一撃。


「ちょっと眩しいんだよね、これってさ」


 そんな奔流さえも、クーラにとっては「今日は日差しが強いなぁ」程度の扱いらしい。展開される障壁は、これまた揺れのひとつも起こすことはなくて。


 やがて光が晴れる。


「さてと、今度はこっちから行くよ」


 そしてクーラが反撃に移る。その手にはすでに、クラウリアの代名詞でもある虹剣が……って嘘だろおい!?


「へぇ……。力の差がわかるんだ?」


 感心したようにつぶやく。信じがたいことに、見上げるほどの巨体が背を向け、逃走に転じていた。


「けどさ、見逃すつもりは無いからね。万にひとつも、エルリーゼに来られたら困るから。それに今回は、アズ君にかっこいいところを見せるって目的もあるんだし」


 そしてクーラが取るのは、剣を横に構えた姿勢。


「そんなわけだから……全力で行くよ」


 全力だと!?


 その言葉に、心拍が跳ねるのがわかる。世間的には最強の魔獣と言われている星界の邪竜。それをものともしないクーラの全力。そんなの、この世界で最大最強の一撃に決まってるだろ!?


 こいつは……心して目に焼き付けないと。それだけのモノを見逃したとか、笑い話にもなりはしない。


「その名も必殺……」


 そんな前置き。俺も14の頃は、クラウリアとの連携妄想必殺技なんてのを考え、名付けたりもしていた。だけど間違いなく、今から放たれるのはそんなモノとは一線を画する大技だ。


 一見すれば無造作とも見える構えから、まだクーラが動く様子は無い。一瞬たりとも目を離すな!その挙動――腕の振りだけではなく、踏み込みや重心の変化にまで全神経を集中させろ!


 そして――


「……へ?」


 次の瞬間に俺が発したのは、そんな間の抜けた声であり、


木端(こっぱ)……微塵(みじん)()り」


 剣を()()()()()姿勢でクーラが発したのはそんな、どこか芝居がかったような静かな言葉で、


 本当にその瞬間すらわからないままに、星界の邪竜の巨体はその姿を消していた。


 多分だが、クーラが『木端微塵斬り』とかいう技――ネーミングセンスに関しては何も言うまい――を繰り出し、星界の邪竜を撃破した、ということなんだろうけど……


「ね?どうだった?」


 俺の方へと振り返り、ワクワクした様子で問うてくる。クーラ的には、いいところを見せられてご満悦といったところなんだろう。そしてすでに虹剣も消しているあたり、勝敗は完全に決したということなんだろうけど……


「何が起きたのか、まったくわからなかった」


 俺としては、それくらいしか言えなかった。


 なにせ、気が付いたら星界の邪竜が消えていた、というのが俺の認識なんだから。


「一応聞くけど……星界の邪竜は無事に討伐できたんだよな?」

「うん。あれがその証拠」


 指さす先を見ればそこには、鉱石のようなもの――残渣が浮かんでいた。


 見た印象では、サイズはちょっとした小屋ほど。残渣としては異常なほどに大きい。それでもすぐに気付けなかったのは、星界の邪竜の巨体と比べたら相当に小さかったからだろうか。


「それはそれとしてさ……わからなかったってどういうこと?しっかり見ててって言ったのに……」


 上機嫌だった表情が一転、冷えた目線を向けて来る。


「いや……俺としては見逃すまいと気を張っていたつもりなんだよ……。お前が剣を構えたのはわかったし、そこから何かをやるんだろうなというのも予想はできてたんだよ。けど……」

「けど?」

「その直後には星界の邪竜が消えていたというかなんというか……」


 我ながら言い訳じみているとは思う。けれどそれが偽りない俺の真実なわけで。


「……あ」


 クーラが返してきたのはそんな、見落としていた何かに気付いたような反応。


 そして――


「…………………………………………しまったぁぁぁぁぁっ!」


 頭を抱えてしゃがみ込み、そんな情けない声を上げる。何かやらかしましたと、全身で表現している有様だ。


「えーと……何があったのか聞かせてもらってもいいか?」

「あ、うん……。せっかくだからさ、私の手持ちの中でも、一番の大技を披露しようと思ったの」

「木端微塵斬り、だったか?」

「そう。一番の大技だったら、一番見栄えするだろうなぁって思ってたんだけどねぇ……」


 立ち上がったものの、ガックリと肩を落としてため息。


 ともあれ、やはりあれはクーラの虎の子だったらしい。


「よく考えたらあれ、私の最強技ではあるんだけど、実は一番見栄えしない技だったんだよね。ホント、失敗したよ……」

「それはまたなんというか……」


 たしかに間抜けな話ではある。


 ともあれ、俺の場合なんかはもっとも威力のある『爆裂付与』が一番派手なんだが、派手さと威力が正比例するとは限らないというのも理解はできる。奇襲を切り札とする人たちなんかは、意図的にそういったことをやっているんだろうし。


「ちなみにだが、木端微塵斬りだったか?具体的にはどんな技なんだ?」


 それでも、クラウリアが必殺技と位置付けるシロモノ。気にならないはずはない。


「もちろん、無理に聞こうとは思わないけど」

「ううん、君にだったら隠そうとは思わないよ。……まあ簡単に言っちゃうとさ、最大威力を最速で叩き込むってだけなんだけどね」

「……やけにシンプルだな」

「それは認める。最大威力を確実にブチ当てることができるんだったら、単純な力押しが一番効率良かった。とでも言えばいいのかな?」

「そういうものか」

「うん。そういうもの……なんだと思う」


 確かに、それはそれで理にかなっているんじゃないかとも思えないことは無いわけで。


「……一応、私の手持ちにあるあれこれを、可能な限り結実させてはいるんだけどさ」

「……なるほど。お前が必殺技と位置付けるのはそれが理由か」


 1と1を結実させるだけでも、5や10の力を生み出せる。それは俺の心色にも当てはまること。ましてや、90を超える異世界を巡り、その先々で様々な技術を身に着けてきたクーラが可能な限りにやるとなれば、さぞやすさまじい力を生み出せることだろう。それこそ、俺の想像なんて容易く上回るくらいには。


「んで、それは俺の目では追いきれない速さだった、ということか?」

「そうなるんだろうね。あと付け加えるならさ、消耗を抑えるために力の発現は与撃の瞬間だけに絞ってたからってのもあるかな」

「……お前の全力を理解するには、俺はまだまだ未熟が過ぎるってことか」


 もったいないことをしたとは思うが、突き詰めるならばそんなところになるんだろう。今のところは「ああ、そういうものなのか」という認識で満足しておこう。


「まあ、生きてきた時間の差が100倍もあればね」


 困ったように肩をすくめつつも、そのことはクーラも否定しなかった。


「ふぅ……」


 大きく息を吐き出して、気持ちを切り替える。隣を歩きたい奴に遠く及ばないというのも面白くない話だが、先日クーラに暴言を吐いてしまった時の愚は繰り返してたまるか。それに、今重要視するべきはそこではなくて、


「それはそれと……帰りは『転移』で一瞬なんだろ?今から帰れば、晩飯の支度は間に合うのか?」


 クーラが楽しみにしていたことの方。


「そうだね。思ってたよりも少し早く終わったし、余裕はあるかな」

「なら、さっさと帰るか?……正直、星の世界よりも地上で地に足を付けてる方が落ち着くんだわ」

「あはは、わかるわかる。けどその前に、あれを回収しておくね」


 そうして近づいていくのは、星界の邪竜の残渣へと。


「……本気でデカいな」


 さっきは小屋くらいだと思っていたが、それは比較対象の無い場所であり、距離感も見誤っていたからなんだろう。間近で見る残渣は、第七支部の建物くらいには大きかった。


「興味津々、って感じだね」

「ああ」


 これまでに俺が見たことがあった中で最大の残渣は、双頭恐鬼(エティン)異常種のもので、そのサイズは俺の頭部くらいだったはず。それに次ぐのが、粘性体原初(スライム・オリジン)寄生体(ウィル・スローター)あたりか。


「なんだったら、取り込んじゃってもいいけど」

「……そんな恥知らずな真似ができるか」


 残渣の所有権は基本的には討伐者にある。相応の対価を差し出せるのであれば、買い取ると言うのもアリなんだろう。けど、これだけ巨大な残渣と引き換えようと思ったなら、どれだけの対価で釣り合うのやらという話。


 いくらクーラがいいと言っても、「なら遠慮なく」というわけにも行かないだろう。飯を食わせてもらうのとはわけが違う。


「まあ、君ならそう言うだろうと思ってたけどさ。それに私としても、使い道は無いわけじゃないんだし」

「……使い道?」


 気にかかる言い回しだった。今しがたにクーラは「取り込む」という表現を使ったばかり。だというのに、今は使い道という言葉を使う。それはまるで――


「お前が取り込む、ってわけじゃないんだよな?」

「うん。……気になるんだったら、今から見に来る?時間には少し余裕があるし、すぐに済むからさ」

「……なら、そうさせてもらうよ」


 俺としても、当然ながらそのことにも興味はあったから。

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