……次から次ととんでもないことを言い出すお前にも責任の一端はあると思うんだがな
この世界に襲来した星界の邪竜は全部で8体だったと、そんな驚愕の事実が明かされて、
「まあ、クーラだしな……」
それでも、そのひと言で納得(思考停止とも言えそうだが)できてしまうあたり、この言葉は実に便利だと思う。
あらためて考えてみれば……星界の邪竜が来ていることに気付いた時も、クーラにはウンザリした様子こそあれ、驚いた風ではなかった。それはつまり、そういうことだったんだろう。
「ホントに時々すごく失礼だよね、君ってさ」
「……そうだな」
たしかにその通りでもあるのか。
クラウリアが討伐したと語られている分を除いた7体。そいつらもすべて、人知れずクーラが討伐してくれていたということにもなるんだから。
「お前は7回も、誰にも知られないままにエルリーゼの危機を未然に防いでくれてたんだよな。……クラウリアは死後、女神になったなんて説も世間ではあるらしいが。実際にお前はエルリーゼの女神だったというわけだ。いや、守護神とでも言うべきか?」
「その手の恥ずかしいふたつ名は勘弁してくださいお願いします。というか私としてはさ、万にひとつも父さんたちのお墓が荒らされたら嫌だからって理由で動いてたんだし……」
「まあ、お前は名声を欲しがるタイプでもないか」
「そうだね。君が『誰かさんの再来』って呼ばれるのを嫌がるのと同じ」
「なら、これ以上は言わないことにするよ」
自分がされて嫌なことは、他の誰かにもするべきじゃない。
「うん。そうしてもらえると助かるかな。ともあれ、星界の邪竜に関してはこんなところだね。まだまだ時間はあるからさ、聞きたいことは遠慮なんてしなくていいよ。ホントに、君には感謝だね。あのクソトカゲを始末しに行く時はこの待ち時間が苦痛で仕方なかったから」
「……なあ、ふと思ったんだが」
「なになに?」
本当に待ち時間の退屈が辛いんだろう。嬉しそうに先を促してくる。
「星界の邪竜はエルリーゼに向かってるのは間違いないんだよな?」
「だろうね。コースからしても真っ直ぐだし、その進路上には他に何も無いから」
「……なら、ある程度まで近づくのを待って、それから迎え撃てばいいんじゃないか?」
さすがに地上に降りて来るまで待つ義理は無いにしても、程々の距離に来るまで待つというのはひとつの方法だとも思うわけで。
「それも考えたんだけどさ、そうして待ってるうちに異世界に呼び付けられたらって考えちゃうとね……」
「……悪い。考えが足りなかったわ」
朗らかだったクーラの表情を陰らせてしまったのは、遠い日の苦い記憶を想起させてしまったからだった。
「君に悪気があったわけじゃないのはわかってるってば」
唯一記録に残る星界の邪竜。奴がやって来たのは折悪しく、クーラが異世界に呼び付けられていた最中。その結果として被害が拡大し、討伐を果たしたクラウリアが逆恨みで心無い言葉を浴びせられたこともあったんだ。
「そんなわけだからさ。あのクソトカゲは見つけ次第即座に潰すことにしてるの。まあ、異世界への呼び付け自体がここ500年ほどご無沙汰なんだし、さすがにもう無いだろうなとは思う。それでも一応はね」
「……そうか」
本当に、どうしてこんなに気のいい奴がそこまで面倒を背負わなきゃならないんだかな……
そこが不思議で仕方ない。
「他には何かあるかな?」
「そうだな……。だったら――」
ともあれ、クーラは次の話題をご所望らしい。ならば可能な限りは応えるとしよう。
「……まだまだ時間はかかるとのことだが、『転移』は使わないのか?」
これが次の疑問。そもそもが、『転移』ならば一瞬じゃないだろうかとも思えるんだが。
「いいところに目を付けたね」
今度はクーラにとっては望ましい質問だったらしい。表情の曇りはあっさりと消え失せ、嬉しそうにすら見える風で。
「『転移』ってさ、物語の中では割と定番だよね?」
「ああ。割とよく見かけるな」
現実にはクーラ以外の使い手を知らないが、架空の世界ではそうでもない。俺がこれまでに読んだことのある物語に限っても、5人くらいはすぐに思い付く。
「私の『転移』もさ、それとほぼ同じ制約があるの」
「というと……『転移』で行くことができるのは、過去に一度でも足を運んだことのある場所に限る、あたりか?」
それもまた定番。
距離を無視できるというのは、物語を作る上では都合がいい。けれど好き放題にどこにでも行けるようにしてしまっては、逆に収拾が付かなくなるから。
無粋だとも思わないではないが――俺個人としてはそんな風に考えている。
「正解。まあ厳密には……今居る場所と向かいたい場所の位置関係を正確に思い描く必要がある、って話になるんだけどね。あと、エルリーゼで使う場合には他にも面倒な制約があったりも」
「……お前は割と好き放題に『転移』を使ってるように見えたんだが、そうでもないってことなのか?」
「まあ、そこらへんは慣れだね。なにせ1500年以上の付き合いになるんだし。けどさ、サクア姉様の世界から戻って来たばかりの頃には一度酷い目に遭っててねぇ……。正直なところ、死ぬかと思ったのはその時が最後だったかも」
「……穏やかじゃないな。何があったんだ?」
「簡単に言うと、『転移』した先が火口の中だった」
「……なんでそんなことになるんだ?」
そこがどうにもわからない。わざわざそんな場所に『転移』をする理由なんてあるものだろうか?
「……エルリーゼが太陽の周りをぐるぐる回ってるってこと、君はご存じ?」
唐突に、そんな問いを投げかけてくる。
「……申し訳程度には」
これは500年ほど前に星の研究をしている人が発見したことらしい。
毎日朝になれば日が昇り、夕方には沈む。そんなわけだから、太陽がエルリーゼの周りを回っているに違いない。ずっと言われ続けてきたことをひっくりかえすようなその説が公表された時にはかなりの騒ぎにもなったそうだが、紆余曲折の末に、最終的には受け入れられたとのこと。
と、俺が知っているのはこれくらいなんだが。
「まあ、エルリーゼ自体が常に移動してるってことだけ抑えててもらえばいいかな。んで、私が使う『転移』は位置関係を思い描く必要があるわけだけど……」
「エルリーゼ自体が常に移動してるってことは……」
「そういうこと。例えばだけどさ、今エルナさんのお店がある場所は10秒後にはそうじゃなくなってるってこと」
「……普段エルリーゼで暮らしてる身としても、そこらへんはまるで実感が無いんだがな」
「まあ、そうだよね」
「実は『転移』を使うのって、相当に大変なんじゃないのか?」
「実際、昔はかなり苦労したよ。けど、今では息をするくらいのノリでドンピシャにやれるし。それにある程度の範囲内であれば、行ったことが無い場所に『転移』したりとかもね」
「……寄生体騒動の重要参考人だった俺が割り当てられてた寝室にやって来た時のように、か?」
あの場所にクーラが来たことがあるとは考えにくい。
「そういうこと。その一方で、異世界に行ったり異世界から戻って来たりなんてことはできない」
「位置関係がわからないから、だな?」
「うん。それで話を戻すけどさ、今向かってる先には一度も行ったことが無い。そして、距離も相当に離れてる。となれば?」
「だから『転移』で行くことはできない、と。いや、けど……」
そこで納得しかけはしたものの、今度は別の疑問へと派生する。
「これまでにもお前は、星の世界まで出向いて星界の邪竜を迎え撃ってたんだよな?その時にやり合った場所は、お前にとっては『行ったことがある場所』になるんじゃないのか?」
そこへ『転移』をすればいいんじゃなかろうか。なんて風にも思うわけだが。
「へぇ……」
対してクーラが返してくるのはそんな、どこか感心したような声で。
「君ってさ、恋愛感情以外に対しては鋭いよね。それもなかなかいい質問だよ」
「……なんとも複雑な気分になる評価だな」
「ずっと私の気持ちに気付かなかったくらいだからね。そこは甘んじて受けるべきだと思うよ」
「言い返せないのが切ないところだがな。んで、過去に星界の邪竜とやり合った場所には『転移』はできないのか?」
「そういうわけじゃないよ。『転移』できないんじゃなくて、『転移』しても意味が無いからやらないだけ。あのクソトカゲ共はさ、毎回毎回やって来る方向がバラバラなんだよね。……けったくそ悪いことにさ」
「来る方向がバラバラ?」
それはそれで妙な話じゃなかろうか?
「星の世界のどこかに生息域があるらしいとのことだったけど、エルリーゼが見えなくなるくらいまで離れても、まだ接触するのは先なんだろ?なら、やって来る方向は一致するんじゃないのか?」
「……本当に君ってばクリティカルなところをポンポン突いてくれるよね。……それに関しては私としても確証の無い仮説しか持ってないんだけど。それでもいいかな?」
「ああ。どの道、お前以上に詳しい奴なんて存在しないだろうし」
「なら……例え話をしようか。まず最初に……そうだねぇ……。テーブルをイメージしてみて?10人くらいで囲めるような大きなやつを」
「ああ」
意図はともかく、まずは言う通りにしてみようか。
「次にその真ん中に、大きめのお皿を置いて。そうしたら今度は、お皿の上に目玉焼きを乗せる。焼き加減は君のお好みでいいからさ」
「……あいよ」
特に好みがあるわけでもなく、俺はその時の気分で決めているんだが……。まあ、さっき食った卵サンドが美味かったからな。とりあえず十分に火を通したものにしておくか。
「それで、目玉焼きの黄身の部分が太陽」
「……ふむ」
「白身のところは、太陽の周りを回るエルリーゼの軌道」
「……ふむ」
「そして、今の私たちはお皿の上に居るの」
「……なるほど」
ここまではすんなりとイメージできる。
「最後にテーブルの上。このすべてが、星界の邪竜の生息域なんじゃないか。私はそんな風に思ってる」
「……星界の邪竜の生息域が複数あると考えるよりは、まだありそうな話なのかもしれんけど」
それに確かに、そう考えれば辻褄が合うのも事実。
「実際に行ってみようかと考えたこともあったし、星界の邪竜がわんさか居るような場所になら、私を終わらせることのできる魔獣が居るかもしれない、なんてことも思わないではなかったんだけど……どうにも気が乗らなくてね。結局、そこに足を運ぶことは無かったの」
「なるほど」
「と、だいぶ脇道に逸れちゃったけど、直接『転移』をしない理由はこんなところかな」
「ありがとうな。おかげで俺なりには理解できたぞ」
「そりゃ結構。……というか君って質問ばかりだよね?」
「……次から次ととんでもないことを言い出すお前にも責任の一端はあると思うんだがな」
少なくとも、これまでに散々繰り返してきたような休日の過ごし方をしていたのなら、ここまでの疑問は出て来なかったはずだ。
「あはは、それもそうだね。じゃあさ、今度は私からも質問させてよ」
「構わないぞ。もっとも、お前が知らなくて俺が知っていることなんて、そう多くは無いと思うが」
「そこは心配無用。私が聞きたいのは、私が知らなくて君なら知ってそうなことだから。それでさ――」
その後は、今日の晩飯は何がいいかとか、次の休みは何をしようかなんて話題で盛り上がり、
「さて、そろそろだね」
クーラが静かに立ち上がる。星界の邪竜と対峙する瞬間は、いつの間にかすぐそこにまで迫っているらしかった。




