随分と遠くまで来ちまったんだな……
「……だから君は大盛りお馬鹿さんなんだよ」
「そりゃどうも……んん?」
なんともやるせないお馬鹿さん具合増量から目を逸らそうと周囲を見て、ふと気付いたこと。
「いつの間にかエルリーゼが見えなくなってるな」
それは、何よりも存在感を放っていた青色が視界から消えていたことで。
「一応見えてはいるんだけどね。ほら、あっちに見える青い星」
「……あれか」
指さす方に目をやれば、確かにそこには、ひと際明るい青光がひとつ。
「随分と遠くまで来ちまったんだな……」
10日ほど前の俺に対して「お前、近いうちに星の世界に行くことになるんだぞ?」なんてことを言ってみたいものだ。ほぼ間違いなく、「お前何言ってるんだ?ついに狂ったのか?」なんて返しをされるだろうけど。
「だね。けど、さっきも言ったようにまだまだ時間はかかるの。だからさ、何でもいいから話題を振ってもらえないかな?接敵までは退屈な待ち時間が続くから。……そういう意味でも、君が一緒でよかったよ」
「あいよ」
暇つぶしの話し相手。それくらいであれば、俺でも役に立てることだろう。
「……そもそもが、星界の邪竜ってのはどんな存在なんだ?」
そして少し考えて、真っ先に浮かんだのはそんなこと。伝え聞く話はあれやこれやとあるわけだが、今目の前に居るのはかつて討伐を成し遂げた存在なんだから。
「まあ、そこが気になっちゃうか」
確かに、安易な流れだとは思わないでもないんだが……
「ちなみにだけどさ、アズ君的には星界の邪竜って、どんな認識?」
「そう言われてもな……。世間一般で言われてる程度の知識しか無いぞ?」
「それでもいいから聞かせて」
「そうだな……。星の世界からやって来たバケモノ。その姿は5つの頭と3対の翼を持った馬鹿でかい竜で、見た目相応の馬鹿力に加えてとんでもなく頑丈。それに加えて、口から吐き出す光は桁外れの破壊力があった。唯一幸いだと言えるのは、翼がある割には空を飛ぶ様子が無かったこと、くらいか?ああ、それと、魔獣に分類されるかどうかは微妙、なんて話もあったか」
思い出しながら話すのは、きっと多くの人が知っているようなこと。図書院で調べたなら、それ以上の情報だって容易に掴めそうなところなんじゃないかとすら思うレベル。
「うん。不足してるところがあるのは仕方ないとして、今君が言ったことはおおむね合ってるよ」
そしてそれは、実物を知るクーラから見ても的外れではなかったらしい。
「ひとつ訂正するのは、星界の邪竜は魔獣の一種ってこと、かな」
「そうなのか?」
「そうなのよ。星の世界に生息域があるんじゃないかな、って私は思ってる。実際に始末したら残渣になったし、そこは確定だと思う」
「……なるほど。クラウリアが討伐した時の残渣が記録に残ってないのは、お前が持ち去ったからか?」
「……さすがにあれは、このエルリーゼに居るどんな魔獣のよりも大きかったからね。単純な大きさだけで言うなら、ラウファルトを海に沈めた大陸喰らい以上」
「……なんでラウファルト大陸を沈めた個体の残渣がどれくらいだったかなんて知ってるんだ?」
あれは海の底に沈んでいるらしいんだが。
「ちょっと気になってね。興味本位で見に行ったことがあったの」
「さようでございますか……」
そして、存在を確認できた者すらひとりとして存在しない。そんな風に言われているはずなんだが。
少なくとも、興味本位で見に行くようなシロモノではないだろう。それはもう断じて。
「まあ、そっちはそのまま放置してあるからさ。いつか誰かが手にするのかもしれないね。案外それが君だったりするのかもしれないし。……それで、星界の邪竜の方に話を戻すけどさ、あの残渣をほったらかしにしてたら、奪い合いで血が流れかねない気がしたから」
「あり得ない、とは言い切れないか」
残渣を取り込めば心色が強化される。魔獣の強さと残渣の大きさは比例する。そして、大きな残渣ほど、取り込んだ時の強化具合も大きい。
また、大きな残渣ほど、加工すれば強力な魔具になる。
このあたりは一般常識のようなもの。
残渣の所有権は討伐者にあるというのも常識ではあるんだが。
それでもとんでもないお宝であることは事実。放置されていたなら、ロクでもないことになってもおかしくはない。
「あとはそれ以外の特徴だと……首の数が多い個体ほど強いらしい、ってところかな。まあここらへんはどうにも違いがわからなくて、残渣の大きさから判断したんだけど。ちなみに、これまでに始末した中での最高記録は首8本だったかな」
「……そういうものか……って、ちょっと待て!?」
ある意味ではクーラらしいとも言えるんだろうけど――サラリととんでもないことを言わなかったか?
首が多いほど強いというのは別にいい。俺は本でしか知らないが、多頭恐蛇なんかもそんな性質をしていたはず。
けれど――
記録上では、エルリーゼにやって来た星界の邪竜はクラウリアが討伐した1体だけだ。仮にだが、他にもいたのならば相当の被害が出ていたことだろうし、絶対に語り継がれているはず。
そして、クラウリアの逸話に語られる個体は首が5本。
つまるところ――それとは別に首8本の個体が存在していたという話になるわけで。
さらに付け加えるなら「これまでに始末した中で」という言い回し。対象が1体や2体だった時に使うような表現じゃない。
このあたりから考えるに――
「これまでにお前が討伐した星界の邪竜って、全部で何体になるんだ?」
3以上であるのは間違いない。そんな確信があっての問いかけには、
「7……いや、一応は8体になるのかな?」
これまたサラリとした肯定で。
「まあ、クーラだしな……」
俺がそんなつぶやきを口にしてしまったのは、無理も無いことだと思いたかった。




