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星界の邪竜がニンジンの皮むき以下

「せっかくだしさ、アズ君も一緒にどう?」


 散歩にでも行くようなノリでのお誘い。


「……それは、星界の邪竜退治に同行しないか?って解釈でいいのか?」

「……というかさ、他の解釈なんてあるの?」

「無いだろうな」


 それくらいは、前後の流れから予想できてはいたんだが……


「正直なところ、お前が星界の邪竜とやり合うところに同行したとして、足手まとい以外になれる自信は無いんだが」


 我ながら情けない話ではあるが、そんな風にしか思えないわけで。


「……私としても認めるのは本気で悔しいけど、たしかに今の君だと少し厳しいとは思う。不本意だけどそれは認めざるを得ないよ」

「いや、少しどころじゃないし普通に認めるところだろ?あと、お前が悔しがるようなことでもないだろうが……」

「5年後だったら割と余裕で駆除できると思うんだけど」

「はいはい」


 まあ、このあたりはいつもの過大評価なんだろう。今の俺よりも5年後の俺の方が強いとは思うが、それでも無茶を言うなという話。


「っと、晩御飯に間に合わせるなら、あまりのんびり話してる時間は無いんだよね。……もうぶっちゃけるけどさ、君にかっこいいところを見せたい。んで、あわよくば惚れさせたい」

「……本気でぶっちゃけたなおい」


 正直が常に美徳になるとは限らないわけだが。


「そんなわけだからさ、君さえよければ、私の雄姿を見てもらえないかな?」

「……俺だって興味はあるさ。それは間違いないけど……」


 なにせ、クラウリア対星界の邪竜なんてカード。虹追い人ならば誰だって……いや、虹追い人に限った話じゃない。そんな戦いともなれば、大金積んででも見たいと考える人はいくらでもいることだろう。


「お荷物を抱えた上でも、お前は大丈夫なんだろうな?」


 それでも、俺としてはこの点だけは絶対に譲れない。普通ならば容易い相手でも、枷を付けられた状態でとなれば勝敗の行方は変わり得る。足手まといをかばったせいでクーラが……なんてのは、俺としてはどうあっても容認なんてできるわけがない。というか、そんなことになったなら、直後に俺もくたばっていることだろう。


 もちろん俺としては、クーラが恐ろしく強いということくらいはわかっているつもり――


「その点はご心配なく。この感じだと……ニンジンの皮むきの方がずっと強敵かな?」


 ――になっていただけだったらしい。


 ったく、本当にこいつはどこまで……


 星界の邪竜がニンジンの皮むき以下。そんなことを事実として言えるのは、世界中を探してもクーラ以外には存在しないことだろう。


「だからさ、どうかな?」

「……その言葉、信じたからな」

「ってことは?」

「ああ。お前の雄姿、しかとこの目に焼き付けるよ」

「そう来ないとね。じゃあ、早速行こうか」


 そして本当に早速という言葉の通りに、周囲の風景が瞬時に入れ替わる。


「……ここは……星の世界か」


 次の瞬間に俺が立っていたのは、真っ暗な空間。現在位置を多少なりとも把握できたのは、青く奇麗な球体――エルリーゼが足元に見えたからで。


 まあ、『転移』ならば王都から月までだって一瞬なのは知っているし、見えない足場に乗って空の上へというのも先日経験したこと。だから取り乱すことも無かったのは幸いか。


「んで、敵さんはどこに居るんだ?」


 だから意識を切り替えて周囲を見回すも、それらしいものは無し。


「方向的にはあっちになるんだけど、まだ距離があるからね。……あまり時間も無いし、全開で飛ばして行くよ」


 その言葉と同時に、クーラと俺を乗せた見えない足場が動き出した……んだと思う。


 実感が薄いのは、場所が場所ということもあり、今ひとつ景色の流れがわからなかったから。そして、揺れや風といったものをまるで感じなかったから。


 猛スピードでの移動となれば、思い出すのはレビダへの道中。セオさんの愛馬であるエルティレに乗っていた時のことなんだけど、あの時――本気で死ぬかと思うほどには酷い目にあったと俺は思っている。もちろん、口外は絶対にしないつもりだけど――とは全然違う。


 エルリーゼがゆっくりと、けれど目に見える速度で小さくなっていくあたり、エルティレとは比較にならないほどにはスピードも出ているんだろうけど。まあ、そこはいつものあれで納得するとして。


「ふぅ」


 そんな俺の内心を余所に、クーラはすっかりくつろいだ様子でその場に腰を下ろす。


「このペースだとまだ……2時間はかかりそうだからさ、アズ君も座ったら?」

「……そうだな」


 俺も言われるままにする。たしかに、それだけ時間がかかるのであれば、ずっと立っているのも疲れそうな話だ。


「それに、食後のデザートがまだだったしさ」


 そしてどこからともなく……というか、心の中にしまっていたであろうブドウを取り出す。それもご丁寧に皿に乗った状態で。


「……ルデニオンの山頂で採って来たやつだよな?」


 形はまごうことなきブドウなんだが、緋色に透き通るその様は宝石さながらに奇麗で。


「うん。味は保証するよ。……もしブドウが嫌いだったら遠慮無く言ってくれていいからね。そしたら、全部ひとり占めできるし」

「……残念ながら、クソマズな携帯食料以外に嫌いな食い物は無いんでな」

「……そりゃ残念」


 言葉とは裏腹に、少しも残念ではなさそうに肩をすくめる。


 それはそれとして……


「このブドウって、恐ろしく希少なんだよな?下手をしなくても、緋晶花以上には」


 少なくとも、雷迅リュウドの逸話には出て来ない。もちろん、リュウドがルデニオンを踏破した時に口にしていたという可能性は無きにしも非ずなんだが。


「まあ、そうなるだろうね。けどさ……そんなことよりも食べてみてよ。びっくりするほど美味しいからさ」

「……余計なことを考える暇があったなら、味わうことに注力する。それが食い物に対する礼儀ってものか」

「そういうこと」

「なら……」


 粒のひとつをもぎ取り、指につまんで間近で見て思う。透き通った緋色は、先ほどクーラが供えた緋晶花ともよく似ている。


「さしずめ、緋晶ブドウってところか」

「そういえば、呼び名を考えたことは無かったっけか……。ちなみにその緋晶ブドウなんだけどさ……」


 俺が適当に付けた名前をすんなりと採用する。思えば、クーラという呼び名に関してもこんな感じだったか。


「種は無いし、皮も食べられるからさ。そのままパクンと頬張るのがおススメだよ」

「そういうものか」


 経験者がそう言うくらいだ。素直に従うとしようか。


 そして言われるままに口へと放り込んで、


 最初にやって来たのは、立てた歯が皮を突き破る小気味のいい感触。直後に口の中で強烈な甘さと香りが弾ける。


 そしてその甘さも香りは、俺が知るブドウという果物とは比較にならないほどに濃密。


 ともすれば、甘すぎるなんて印象を抱きそうなところ。けれど――


 咀嚼を続ける内、柔らかな果肉とは別の食感を放っていた皮の部分から酸味と渋味が染み出して混じり合う。


 そうなれば、強烈すぎた甘さと香りはすっきりとしたものへと姿を変えていく。


 皮の食感を楽しみつつも最後に飲み込んでやれば、口の中に残っていた諸々は、余韻を残しつつもスッと消えて。


「すげぇな……」


 我ながらどうかと思う表現。けれどそれでも、このブドウの美味さを言い表すことは、俺の語彙では無理そうだった。……というか、安易な言葉で表現すること自体が失礼だとすら思うレベルで美味い。


「気に入ってもらえたみたいだね。……うん、やっぱり美味しいなぁ」


 粒のひとつをもぎ取り、同じように頬張るクーラもまた、幸せそうに頬を緩ませる。


 そのまま俺もクーラも手が止まらずに次から次と実を口に運び、


「「……あ」」


 互いの手が止まったのは、房に残る実が残りひとつになったところで。


「……どうぞ」


 先にそう言ってくるのはクーラ。けれど、そこにはわずかな間があった。その意味は……まあ、そういうことなんだろう。


「あいよ」


 だから最後のひとつを手に取り、その()()()()()かじって、


「ほれ」


 残りを差し出す。


「気持ちだけはもらっておく。けど、こうした方が後腐れは無さそうなんでな。……主に俺の精神衛生的な意味で」

「……それもそうだね」


 クーラもそれで察したんだろう。素直に受け取って口へと運びかけて、


「……どうした?」


 その手がピタリと止まり、目線が俺の顔……というか口元に向いてくる。


「いやさ……。これって、いわゆるところの間接キスになるんじゃないか、って……」

「……そんなフレーズもあったな」


 これも例によって、図書院通いの中で身に着けた知識ではあったが。


「けど、そんなの今更だろ?死にかけてた俺を救い上げてくれた時に」


 俺の不手際でさせてしまった。という構図ではあるが、すでに俺とクーラは……その……あれだ。く、口づけという行為を交わしてしまっているわけで。


「……その件に関しては、一切記憶に無いから」


 けれどクーラが返してくるのは、そんなすっとぼけた返し。


「いや、さすがに忘れられるようなことじゃ……」

「だからそんなことは記憶に無いの!」

「けど……」


 自分に対しては記憶をどうこうはできないと言っていたのは他ならぬクーラなんだが。


「アレはただの医療行為。あんなロマンチックじゃないのが私のファーストキスだったなんて絶対に認めないから。うん、それはもう断じて」

「……さようでございますか」


 よくわからんが、そこにはクーラなりのこだわりでもあるんだろう。なら、これ以上は言うまい。


 とはいえ、クーラはそういったことを望んでいるわけか。ロマンチックなんてのは、俺がもっとも苦手とする分野ではあるんだがなぁ……


 ……アピスあたりにでも相談してみようか。少なくとも、俺ひとりで考えるよりはずっと心強いはず。


「それはそれと、さっさと食ってしまったらどうだ?」

「うん。……あはは、甘酸っぱいや」


 そしてブドウを口に入れたクーラの感想はそんな至極妥当なもので。


「まあ、桁外れに美味いとはいえ、基本的にはブドウだからな」


 俺としてはもっともなことを言ったつもり。


「……だから君は大盛りお馬鹿さんなんだよ」


 だというのに、そんなことを言われてしまう。先日にも言われたことだが、俺のお馬鹿さん具合はクーラの中で増量され、見事に定着していたらしかった。

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