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クーラのお袋さん。あなた何を教えてるんですか……

 星界の邪竜。


 それは今から1500年ほど前に星の世界からこの世界(エルリーゼ)にやって来て、3年もの間マルツ大陸を荒らしに荒らし続けた存在。討伐のために数千人という虹追い人が合力し、それでもまるで歯が立たず。最終的にはクラウリアによって討伐されたものの、発生させた被害は甚大なんて言葉でも生温いもの。唯一幸いだと言えるのは、それ以降は一度も現れてはいないという点くらい。


 と、現在ではこんな風に語られている存在だ。


 最強の魔獣ランキングなんてものを開催したなら、ぶっちぎりで1位になりそうな存在とも言えるだろう。まあ、星界の邪竜が魔獣に分類されるのかは諸説あったりもするんだが、そこはさて置くことにする。


 そんなわけだから「星界の邪竜が出たぞー」なんて言われても、()()()誰も真に受けたりはしない。


 俺だってそうだ。仮にそれを言ったのが、師匠や支部長、先輩たちといった尊敬している方たちであっても、「いや、さすがにそれは冗談キツイですよ」なんて返しをしていたことだろう。


 もっとも、極々最近はそこに約1名の例外が加わりもしたんだが。


 そしてその約1名は現在、俺の目の前に居るわけで。


 星界の邪竜が来る、的な発言。それはクーラの口から発せられた場合にのみ、強い信憑性を帯びる……いや、帯びてしまう。


「できればここは、冗談だと言ってほしいところなんだがな……」


 そんなささやかな期待をクーラは、


「そう言えたらよかったんだけどねぇ……」


 困り顔で粉砕してくれる。だがそれでも、


「……お前なら、対処は可能なんだろう?」


 俺があたふたせずに居られるのは、そんなクーラから、危機感だとか深刻さだとかを見て取ることができなかったから。もしもここでクーラが青ざめていようものなら、間違いなく俺は醜態を晒していたことだろう。


「うん」


 夜空の彼方を眺めつつでうなずく様には、気負いはまるで見て取れない。


「……でも、ちょっと不思議な感じ」


 クスリと笑って立ち上がり、ご両親やお爺さんの墓標でもある石碑を優しく撫でる。


「今まではさ、万が一にもこの場所を荒らされたくないからってだけの理由で迎撃してた。けど、今回は失わせたくない存在が他にもたくさんあるんだよね」


 向けてくるのは真っ直ぐな瞳。


「もちろん私にとって一番大切なのは君。だけど今はそれだけでもなくて……エルナさんにアピスちゃん。ネメシアちゃんにペルーサちゃんに。王都で暮らすうちに仲良くなれた人たちの誰ひとりだって、あんなクソトカゲに傷つけさせてなんてやるものか、ってさ。ホント、こんなのって何百年ぶりだろ?」

「今名前を挙げた人たちは、お前の日常の一部になってた。そういうことなんだろ?」

「……ありそうな話だね。そういえばさ……日常を守るためっていうのは、とんでもなく人を強くするっぽいんだよね。その一心でどこかの誰かさんは私を負かしちゃったわけだし」

「……へぇ、そんな奴が居たのか。会ってみたいものだな。まあ、俺がそいつと会うことは絶対に不可能だろうけど」

「いやいや、鏡を使えば行けるんじゃない?ともあれ、そんなわけだから……私の大切な日常を守るために、目障りな害獣を始末して来るね」


 迎撃、なんて言っていたくらいだ。星の世界まで迎え打ちに行くということなんだろうが、クーラであれば驚くことでもない。


「くれぐれも気を付けてな」


 そして口振りからして容易い相手ではあるんだろう。それでも、怪我無く帰って来てほしいとは心から思うわけだが。


「もちろんだよ。君にもエルナさんにも心配はかけたくないからね。……正直、大怪我して君にお世話してもらうっていうのも、結構そそるものがあるんだけど」

「アホか……」


 もしもクーラが風邪でも引いて寝込んだなら、看病くらいは快く引き受けるだろう。けれど大きかろうが小さかろうが、怪我なんぞしてほしいわけがない。


「それもそうだね。というかそうなったら、間違いなく君は気に病みそうだし……」

「……だろうな」


 さすがというべきか、よくわかっていらっしゃる。これでクーラの身に何かあったなら、自分の無力さを呪わずにいられる自信は無い。


 ……今はまだ未熟にもほどがある俺だが、いつかはクーラを守れるような男になれたら……いや、なりたいな。


 それは間違いなく、山どころではなく大きな獅子。それでも、膨大な時間を旅することになるのはほぼ確定しているんだ。なら、手を届かせることだって不可能と言い切ることはできないはず。


「ホントにさ……今夜こそは、アズ君に晩御飯を作ってあげたかったのに……」


 そんなささやかな内心の決意を余所に、クーラが気にかけるのはなんとも呑気なことで。


「間が悪かったってことだろうな。けど、お前が休みのたびにチャンスはあるわけだし、急ぐこともないだろ」

「そりゃそうだけどさ……。母さんから教わったことでもあったから」

「……お袋さんから?何を教わったんだ?」

「……いつか好きな人ができたなら、その時は全力で胃袋を掴みに行くんだよ、って」

「……おい」


 言いたいこと自体は理解できるし、一般論的に言われていることでもあるだろう。


 美味いものを食わせてくれる相手に対して好感を抱かないなんてのは、それなりに難度の高そうなことなんだから。だがそれでも思わずにはいられない。


 クーラのお袋さん。あなた何を教えてるんですか……


 先日聞いた話からして、その時のクーラは確実に7歳以下。いくらなんでも早すぎませんかね?


 だがまあ……


「すでにお前の思惑通りになってるような気がしてるんだがな……」


 目を向けるのは、サンドイッチが詰め込まれていた籠。


 俺だって、自分で口にしてそれなりには美味い飯を作れる程度の自炊スキルは持ち合わせているつもり。それでもクーラには遠く及ばないということもわかっている。だから、そんなクーラが作ってくれる飯を楽しみに思う気持ちだって当然のように持ち合わせているわけで。


「そっかぁ……。だったら、君が私に堕ちるのも時間の問題なのかもね」

「……だろうな」


 俺もそのことは別に否定しない。


「んで、それはそれと……。俺はここで待ってればいいのか?」

「ううん、一度王都まで送るよ。寝転がってひと眠りするにはいい場所だし星も奇麗だけどさ、さすがに退屈すぎるでしょ。どうせ『転移』なら一瞬なんだし……って、ちょっと待って!?」

「……どうかしたのか?」

「うん……。ちょっと思うところがあって……。この距離だったら……時間的には……」


 夜空の彼方に視線を向けて何やらを考え込むようにつぶやく。深刻な風ではなさそうだが……


「帰りは一瞬で済むわけだし……その場合は……。市場を物色して、そこから調理を始めるんだから……だったらメニューは……この季節だったら……よし!行ける!」


 そして結論が出たんだろう。妙に力強くうなずいて。


「晩飯には間に合いそう、的な話になるのか?」

「うん」


 聞こえてきたつぶやきからの予想は当たっていたらしい。


「ってわけだからさ、ささっと行って、ぱぱっと片付けたらすぐに戻って……あ、そうだ!」


 そしてまたしても、何かを思い付いたようにポンと手を叩き、


「せっかくだしさ、アズ君も一緒にどう?」


 散歩にでも誘うような気安さで、クーラは俺へと手を差し伸べていた。

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