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その代償は予想よりもはるかに重いものだった

「『超越』とはなんぞや、っていう話を」

「これまた大層な話になりそうなんだが……」


 当然のように出してきたのは、軽くは済みそうもない話。


 まあそれでも、クーラが聞いてほしいと言うのならば拒むつもりは無いけど。


「まさかとは思うが……祖母に起きた現象が実は『超越』だった、なんてオチが付いたりは……」


 流れから思い浮かぶのはそんなことなんだが。


「するんだよねぇ、これが」


 そしてクーラはあっさり肯定。


「……けど、『超越』ってのは心色持ち以外にも起こるものなのか?」


 どんな理屈でなのかは謎に包まれているが、唐突に急激に心色が強くなるということが稀に起きる。『超越』というのは、世間一般ではそんな風に言われている。


「起こるよ」


 けれどクーラは即座に断言。


「少し話は変わるけどさ……人間っていうのはさ、本来の身体能力の1割すらも使いこなせていないってこと、君はご存じかな?」

「いや、まったくの初耳だ。ちなみにだがそれは、動きに無駄が多いとか、そういう話ではないんだな?」

「違うね」

「なら、お前は100%使いこなせてるってことか?」

「まさか」


 それでもクーラだったら驚かないだろうな。そんなつもりで投げた問いかけには、肩をすくめての否定。


「むしろ私は、心色とかの諸々あれこれに頼り切りな部分があるから。どっちかって言ったら、使いこなせていない部類に入るんじゃないかな?」

「そういうものか?」

「そういうもの。これは推測だけどさ、逆に君の師匠さんなんかは、この点でかなり長けてるんじゃないかと思ってる」

「……心色無しで藍にまで手を届かせた人だから、か?」

「うん。ただそれでも、100%には程遠いってことも確信をもって断言できるけど。あ、君の師匠さんを悪く言おうとか、そういうつもりは無いから。気を悪くしないでほしいかな」

「あまり見くびるなよ?」


 これでもクーラの人柄はわかっているつもり。それくらいで腹を立てるほどに狭量ではないつもりだ。


「それもそうだね……。ゴメン。変なこと言って」

「まあ、そういうこともあるさ。……それで、誰もが本来の身体能力をロクに使いこなせていない、だったな?」

「そう。けど、例外もあるの。……例えばだけどさ」

「……っておい!?」


 泡食った声を上げてしまったのは、クーラが伸ばした手の上に、唐突に馬鹿でかい岩が現れたから。


「……さっき聞いた心の中に物を保管できる技術なんだろうけど、あまり脅かすなよ」


 さすがに急にそんな物を出されればビビりもするというもの。よく見ればその岩は手の上に浮かんでいたりもするんだが、そこもクーラだからで片付ける。


「ゴメンゴメン。ところで質問なんだけどさ、君は心色無しの拳ひとつ……純粋な身体能力だけでこの岩を叩き割ることってできそう?」

「できるわけないだろ」


 馬鹿も休み休みに言えと言いたくなるくらいには、無茶な話。『身体強化』の彩技を使えば、支部長やソアムさんあたりならばやれそうな気はしないでもない。けれど、それは心色無しという条件には反するわけで。


「まあそうなるだろうね。けどさ、100%の身体能力を使えば、この岩を一撃で叩き割ることは十分に可能なの。……それこそ、ペルーサちゃんあたりでも」

「……冗談、ではないんだよな?」


 ペルーサ。クーラのバイト先とはお隣さんな5歳の女の子で――言い方は悪いけど――俺の知り合いの中では、もっともか弱い存在でもある。


「もちろん本気で言ってるよ。たださ、実際にソレをやったとして、ペルーサちゃんの身体がどうなるかというと……」

「……拳が砕ける、か?」


 俺はそんな風に思うんだけど、


「まあ、それも間違いじゃないだろうけどさ。……拳だけじゃない。反動で全身の骨がバラバラに砕けちゃうと思う」


 どうやら俺の認識は大甘だったらしい。だが……


「それが、祖母の話につながるわけか?」


 あり得ないほどの身体能力と、それに伴う代償。その点と点が線でつながる。


「正解。……身体の方が100%の力に耐えられないから、誰もが無意識のうちに抑えているってことだね。ただそれでも、何かの弾みでそれが全開放されてしまうことはあるの。一番多いのは、自身が命の危険に晒された時なんだけど……」

「……身内が命の危険に晒されている時ってのも、何かの弾みにはなり得るってことか?」

「だね。それが、君のお婆さんのケースだと思う」

「そしてそれが『超越』だと?」

「そう。より正確には、身体的な『超越』って言った方がいいかな」

「……なら、身体的じゃない『超越』もあるってことだな?具体的には、心色の『超越』とでも言ったところか?」

「話が速くて助かるよ。でも正確には、頭の『超越』ってところなんだけどね」


 身体の『超越』ですさまじい腕力が引き出されるというのはいいだろう。だが、


「頭の『超越』というのは……イメージする力が強くなる、ってことなのか?」


 少し考えて思い至ったのはそんなこと。心色の扱いに置いてはイメージが重要というのはよく言われていることであると同時に、俺も実感していることでもある。そしてイメージというのは、思考――頭で行うことの一部でもあるわけで。


「それも間違いじゃないけど、あくまでもそれは一部分だね」

「……つまり、他にもあるってことだよな?」


 だからそれが何なのか、思考を巡らせてみるんだけど、


「……わからん」

「まあ、想像も付きにくいところだからね。『超越』が起きると、思考そのものが速くなるの」

「……どうにもピンと来ないんだが」


 頭の『超越』で思考が速くなるというのは、まだ理解できないでもない。けれど、思考が速くなるっていうのはどういうことなんだ……?


「少し例を挙げてみようか」

「ああ。そうしてもらえると助かる」

「じゃあ……」


 まずクーラがやったのは、手にしていた大岩を消すということ。多分、心の中とやらに戻したんだろう。そして――


「……うおっ、と!?」


 次の瞬間、空いた手を握り――いきなり殴りかかって来やがった。


 とっさに受け止めることができたのはどうにかこうにかで。


「んで、どういうつもりだ?」


 何かしらの意図があったんだろうし、これくらいで立てるような腹は持ち合わせていない。それでも、これは説明がほしいところだ。


「君はこうして私の拳を受け止めたわけだけどさ」


 悪びれた様子が無いのは、俺が対応できなくても寸止めするつもりだったからとか、そんなところなんだろう。なにせクーラなんだし。


「それってさ、『よし、ここは受け止めよう』なんてことを()()()の行動だったのかな?」

「そんなわけがあるか」


 とっさに、反射的に、なんて感じであり、悠長に考えている余裕なん……て?


「……それが、思考速度云々につながるわけか?」

「うん。ホント、話が速くて助かるよ」

「そりゃどうも。……んで、仮にだが……もしも俺の思考速度が速かったなら……『ああ、このままだと顔面直撃コースだな。なら、ここはギリギリでかわしてカウンターでもぶち込んでやろうか』なんてことを考える余裕もできたってことか?」

「……あはははぁ、言いたかったこと言われちゃったよ」


 少しガッカリしたように笑うあたり、俺の考えはそれなりにはいいところを突いていたらしい。


「……『超越』で尋常じゃないレベルまで思考速度が高まるとさ、相対的に周りのすべてがゆっくりに見えるみたいなの。多分だけど、こんな風にね」


 引いた拳を再び突き出してくる。ただし今度は酷く――さっきは眼前に届くまでに1秒もかからなかったところを、10秒以上もかかりそうなほどに――ゆっくりと。


 なるほど。たしかにこれならば、じっくりと対処法を考える時間も確保できるわけか。


「もちろん、あくまでもゆっくりに見えるだけ。君の動作自体が速まるわけじゃないんだけど……」

「それでも、アドバンテージの大きさも理解できるわ」


 息も吐かせぬやり合いの中であっても、自分だけは次の立ち回りをじっくりと考えながら動くことができるということなんだから。


「もちろんそれに加えて、さっき君が言ったようにイメージ力だって跳ね上がるから、そっちの影響だって小さくはない」

「……なるほどな。たしかにそれなら、世間的に言われてる『超越』……劇的に強くなるってこととも合致はするのか」

「そういうことだね。そして当然ながら、身体的な『超越』と同じで代償もある」

「……身体的な『超越』は身体が壊れかねない、だったよな。なら、頭の『超越』っていうのは……頭が壊れる?」


 これまたピンと来ないけど、ヤバそうだということだけははっきりとわかる。


「もっとシンプルに表現できるかな。……少し話を戻すけどさ、君のお婆さんは身体の『超越』を起こしたんだろうけど、それ以降は尋常じゃない腕力は無くなってたんじゃないかな?」

「……そうだな。次の日には、人並みの腕力に戻ってたらしいぞ」

「それは、全開放されてしまった身体能力を再び頭が抑え込んだからなの。無意識のうちにね」

「『超越』が維持されたままだと身体が壊れかねないから、だな?」

「うん。だけど、その頭が全開放されちゃうと、元通りに抑え込むことができなくなる」

「……その状態ってのは、当然ながら望ましいことではないんだよな?」

「だね。結果として、負荷に耐えきれずに頭が壊れてしまう。……具体的なところとしては、頭が『超越』を起こした人は数日以内に激しい頭痛に襲われて、そのまま永遠に意識を無くしてしまう。私が知る限りでは、ひとりの例外も無く、ね」

「そりゃまた……」


 頭の『超越』。その代償は予想よりもはるかに重いものだった。

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