役に立てる自信は無いですけど
今日は全部で5話更新しています。
「朝……か」
目覚めは良好だった。ベッドから身を起こして見回せば、そこにあるのは見慣れない部屋。ここは、カイナ村にある村長さんの家。草むしりだったはずが魔獣退治になってしまい、疲れ果てて即寝したのが最後の記憶。
「はて……?」
それはいいんだが、そこはかとない違和感らしきものも感じる。
ここが慣れない部屋だから、ではないというのはわかる。わかるんだが……なんだろう?この感覚は。
違和感を軽く見るな。気のせいだろうで思考を止めて痛い目に会うなんてのは、どんな稼業でもよくあることだからな。虹追い人なら、下手すりゃ……死ぬぞ?
そんな師匠の教えもあったので考えてみるんだが……
多分だが、俺がニヤケ野郎とやり合っている間にでも村長さんか奥さんが掃除してくれたんだろう。日差しが差し込む明るい室内は清潔そうで塵のひとつも目に見え……明るい?
ああ、なるほど。
ポン、と手を叩く。ようやく思い至れた。
そして――
……………………うあああああああっ!やっちまったああああああっ!
頭を掻きむしって叫びたい気分。人様の家ということで自重はしたけど。
この明るさ――より正確に言うなら、日差しの質は早朝のものじゃない。
慌てて窓に駆け寄れば、そこから見えるお天道様の位置は随分と高い。目算だが、すでに昼近い時間帯のそれだった。つまりは……寝坊どころの騒ぎではないということ。
人様の家に泊めてもらってこの様とか……何やってるんだよ俺は……
穴があったら入りたい。まさしくそんな心境だった。
それでも、いつまでも寝ているわけにもいかない。幸いにも心身の調子はすっかりと戻っていたこともあり、恐る恐る部屋を出て村長さん宅のリビングへ。そこには誰の姿も無かったんだが、隣接している台所からは包丁とおぼしきタンタンタンという軽快な音に加えて、すきっ腹――昼近い時間を考えれば当然というべきか、腹の虫がクソやかましい――に響く香りも流れて来る。
「おはようございます」
「あら、目が覚めたのね。おはよう。といっても、もうすぐお昼になるんだけど」
台所にいたのは村長さんの奥さん。挨拶をすれば、向こうも気付き、至極もっともな指摘と共に返してくれる。
「申し訳ありません。こんな時間まで寝こけてしまって」
「気にしなくてもいいのよ。それだけ疲れてたんでしょう?」
「……それはあると思いますけど」
言い訳にはならないだろうが、疲れ切っていたのも事実ではある。
「そんなことよりも、お腹が空いているんじゃない?もうすぐお昼の用意ができるから、もう少し待っててね。食べていくでしょう?」
「……ご馳走になります」
幸いにも奥さんは寝坊を気にしていない様子。空腹だったのは事実なので、素直に従うことにする。
「おや、アズールさん。おはようございます」
そうして待つこと数分だろうか。出かけていたらしい村長さんが帰って来たのは。
「おはようございます。それと今朝は……」
「余程疲れていたんでしょうね。私としては、朝食の時間に起こそうと思ったんですけど、妻はゆっくり寝かせておいた方がいいと言うので起こさずにいたんです」
「本当に、返す返すも申し訳ありません」
「いえ、それはもういいでしょう。それよりも、例の畑なんですけど、あれからおかしな草が生えてくることはありませんでしたよ」
「それはよかったです」
ひと晩過ぎたらまたしても草がぼうぼう、なんてのはさすがに勘弁願いたいところ。
「ですので、さっそく――」
「あら、おかえりなさい。ちょうどお昼の支度ができたところよ」
「そうか。では、話の続きは食べながらにでも」
「そうですか。すでに種まきを」
奥さんが用意してくれた昼飯は、根菜の炒め物に、豆のスープとパン。食べながら聞いた話では、ついさっきまで村長さんもそこでの畑仕事をやっていたとのことだった。
「あの草が無くなってしまえば、あとは我々の仕事ですからね」
「上手く育つといいですね。……あの魔獣に関しても支部で聞いてみます。先輩たちなら知ってるかもしれませんから。そういえば……」
それはそれと、気にかかったこと。
「今回の依頼、扱いはどうなるんでしょうか?」
本来の仕事は草むしりだったはずだが、俺としては草の1本も抜いてはいないわけで。
「連盟の規則はよくわかりませんが……草だらけだった畑を草が無い状態にすることはできたわけですし、こちらとしては十分に果たして頂いたと思いますよ。そのあたりは手紙にも書いておきましたから」
そう言って差し出してくるのは、蝋で封がされた筒。
「フローラさんであれば、そのあたりは正当に評価してくれるでしょう」
「フローラさん?」
初めて聞く名前が出てきた。
「第七の支部長の名前ですが?」
「ああ……支部長の名前までは知らなかったので……」
思わぬところで知ることができた。それはそれとして……
「もしかして、支部長とはお知り合いなんですか?」
『第七の支部長』であっても、問題無く話は通じるところ。その名前を知っている理由として思い当たるのはそんなところなんだが。
「知り合い、というか憧れの人ですね」
村長さんが照れ気味に返してきたのはそんな答え。
「かれこれ40年くらい前のことでしたか……近くの廃村に大鬼の異常種が群れを率いて住み着いたことがありましてね」
「それはまた……」
穏やかじゃない、どころの話ではなかった。
大鬼というのは魔獣の一種なんだけど、かなり強い部類に入る。討伐の適正ランクは『最低でも』緑と言われている。つまり、一人前と呼ばれる虹追い人でもかなりの危険を伴う相手ということ。しかもそれが群れで。
さらに質が悪いのは異常種が居たという点。これは魔獣の中に時たま現れる存在らしいんだが、強さ、凶暴性、知能など、多くの点で通常のそれを大きく上回るんだとか。
そんなのに襲われたなら、村のひとつふたつは容易に壊滅させられてしまいそうなところ。
「あの時の恐怖は今でも覚えていますよ。慌てて連盟に伝えを出したとはいえ、助けが来る前に村が壊されるんじゃないかと怯えることしかできなくて」
「そりゃそうでしょうよ……」
そんな状況に出くわしたら、普通はそうなる。俺だってそうだ。正直なところとしては、ションベンを漏らさずに居られたら上出来じゃないだろうかとすら思う。
「そこを助けてくれたのが昔の支部長、フローラさんだったと?」
話の流れとしてはそうなりそうなところ。
「ええ。颯爽と現れて大鬼の群れを薙ぎ倒していくあの姿。その美しさと相まって、思わず見とれてしまいましてね。お恥ずかしながら、私の初恋なんですよ」
その言葉通りに、実際に恥ずかしそうに言う村長さん。
それはいいんだけど……
「あの……奥さんの前でソレを言ってしまうのは……」
若い頃の支部長が美人だったことは俺には否定する根拠なんてひとつもない。雄姿に見とれるのもいい。
だが、それを妻の前で言ってしまうのはどうなのかと思うのだが……
「いいのよ。私だって同じなんだから」
「は?」
間抜けた声を出してしまう。つまり、奥さんも初恋が支部長だったと!?まあ世の中にはそういった人もいるらしいが。
「私だって、あの日に助けてくれたザグジアさんが初恋だったんだから」
「はぁ!?」
今度は声を上げてしまう。
ザグジア、というのはよく知る名前。というか俺の師匠だ。
いやでも……。昨日聞いた話だが、師匠と支部長は昔は恋仲だったんだとか。であれば、行動を共にしていた時期があるのはむしろ自然な話。
まあ、そういうこともあるんだろうな。
「魔獣の群れをものともしないあの姿。本当に華麗で素敵だったもの」
「まあそんなわけでしてね。私どもの世代はみんなあのおふたりが初恋だったりするんですよ」
「な、なるほど……」
世の中ってのは意外と狭いんだなぁと、そんなことを思わされる話だった。
「では、俺は王都に戻ります。お世話になりました」
「いえ、こちらこそ助かりましたよ」
「第七支部の皆さんと、会う機会があったらザグジアさんにもにもよろしくね」
実は共通の知り合いだった師匠と支部長の話題で盛り上がることしばらく。適当なところで話を切り上げる。ニヤケ野郎に関する報告もあるし、さすがに日暮れまでには王都に戻りたいところだったから。
いろいろあったが、結果良ければなんとやら、か。
そうしてカイナ村を発ち、王都に向かう道すがらでそんなことを思う。初心者御用達だという依頼を軽視するつもりは無いが、タマ狩りに行くよりもずっと濃密な経験ができたのではなかろうか。
そういえば、タスクさんが来てくれる前に終わっちまったな。
タマ狩りでそんなことも思い出す。次に受けるのはタマ狩りがいいかもしれないな。その頃には俺も赤になっているだろうから報酬は75%カットになるわけだが、新人にとって学ぶことのある依頼なのかもしれないし。タスクさん次第ではあるけど、サポートをお願いしてみよ――
っと、それは少し気が早いか。報告を済ませるまでが依頼の内。まだ気は抜けないな。
気を引き締めなおす。王都までの道のりはすでに半分を過ぎていることだろうけど、昨日のイヌタマの例もあるんだから。
あれは……王都へ向かう人たちか?
さらに歩くことしばし、街道沿いに止まる荷馬車が目に付く。よく見れば、商人のようではなさそうで。家族での引っ越しといったところだろうか。
とりあえず挨拶くらいは。そう思いながら目と鼻の先まで来たところで、荷馬車の傍らに居たんだろう。ふたりの子供が駆けてきて、
「おにいちゃん!虹追い人さんなの?」
そんなことを問うてきた。
「ああ。一応はそうなるけど……」
駆け出しやヒヨッコですらない新人とはいえ、そこは事実。だから正直に答えると、
「ホントなの!?」
「よかった!早く来て!おじちゃんとお父さんが大変なの!」
「お、おう?」
兄と妹なのか、やけに息の合うふたりに引っ張られて荷馬車の方に行けばそこには、40あたりに見える男性と女性が。男性の方はうずくまり、女性がその背中をさすっていた。
お父さんがと口にしていたあたり、男性の方はこの子たちの父親と考えるのが妥当か。
「お父さん!お母さん!虹追い人さんを連れてきたよ!」
男の子の方がそう呼ぶあたり、どうやら両親だったらしい。
「どうも」
なにかしらの事情がありそうなところだが、まずは声をかけてみる。
「アンタたち……。ごめんなさいね。ウチの子供たちが迷惑かけちゃって……」
「いえ、それはいいんですけど……」
それはそれと……
背中をさすられていた男性の方は、わかりやすくその表情を歪め、辛そうなのが気にかかる。それに、この場にはこれ以上誰かが居る様子でもない。子供たちが言った「おじちゃん」という単語も引っかかる。
「何かあったんですよね?よければ話してもらえますか?役に立てる自信は無いですけど、王都までひとっ走りして人を呼ぶくらいはできますから」
とはいえ、見栄は張らない。俺に大したことなどできはしないだろうから。
「そうかい?実はねぇ、アタシらは王都に引っ越すところだったんだよ。ウチの旦那は魔具職人なんだけど、故郷の街が寂れちゃったから、王都の伝手を辿ってね」
「それは大変でしたね」
荷馬車に揺られてというのは、俺やラッツたちも王都までの道のりで経験しているが、意外と苦労した記憶がある。徒歩よりは楽なのかもしれないが、単調さが辛かった。子供連れともなればなおさらだろう。
「まあ、出がけに出会った虹追い人のおかげでだいぶ助かってたんだけどねぇ。ガドさんっていってね。青なのに少しも偉ぶったところの無い気のいい人でね。自分も王都に帰るところだからって、格安で護衛を引き受けてくれたのよ」
「立派な御仁なんですね」
青と言えば、虹追い人としては上位に入る。ひとつところを拠点としているタイプであれば、その土地では名も知れているだろう。
だから、というにはアレだが、師匠に連れられて旅している時には、控えめに言ってあまり印象のよくない手合いも何度かは目にしていた。
ガドさんというのは、そんな連中とは違うということなんだろう。
「アタシもそう思うよ。いろいろと面白い話を聞かせてくれるから、この子たちもすっかり懐いちゃってねぇ」
多分その人が「おじちゃん」なんだろうけど、今この場には姿が見えないのは……
「ついさっきもね、旦那が腰を痛めたからって、腰痛に効くっていうハーブを取りに行ってくれたんだよ。王都まではもつと思ってたんだけどねぇ」
だから男性は辛そうにしていたわけか。長時間の荷馬車移動の際、揺れで腰を痛めるというのも、割とよくあることらしいけど。
「もしかして、あそこの森ですか?」
「そうそう」
王都に向かって右手方面に見えるのは、たしかノックスの森だ。魔獣生息域のひとつではあるんだが、そこで採れるハーブが湿布薬の材料になるというのは俺もセオさんから聞いて……
「そういえば、俺も腰痛に効くっていう塗り薬持ってるんですけど、よかったら使いますか?」
ふと思い出したのは、今回の依頼では出番の無かった貰い物。
「そりゃありがたいけど……いいのかい?」
「ええ。用意したものの、結局は使わずに済んだものなので」
話をしたのはコレを手渡された時の数分。けれど、腰痛で苦しんでいる人に渡しても、セオさんは怒らない……と思う。
「じゃあ、頼めるかい?ほら、アンタ。背中を出すんだよ」
「お、おう……」
「それじゃあ、塗りますよ?」
そうして男性の背中に薬を塗る。量は感覚だけど、セオさんが特に何かを言っていなかったあたり、少なくて効き目が弱いということはあっても、多すぎてマズいということはないだろう。だからたっぷりと手に取って塗り付ける。
「うおっ!?」
「って、大丈夫ですか!?」
「ああ。冷たくて驚いただけだ」
「そうでしたか」
胸を撫で下ろす。
「……ん?んん?」
それから様子を見ることしばし。男性が戸惑い気味の声を上げる。
「大丈夫です?」
「あ、ああ。……痛みが引いてきたぞ」
「そりゃよかった」
その表情からも、辛そうな色は薄れていた。役に立てて何より……なんだが……
「あの……今更なんですけど、戻って来たガドさんが気を悪くしたりしないですかね?」
本当に今更だが、そんなことも思ってしまう。せっかく薬を取りに行ったのに、その間に別の誰かが薬を渡していました。少なくとも、気分のいい話じゃないはずなんだが……
「そりゃ心配いらねぇよ。あのダンナは、そんなみみっちい人じゃねぇさ」
「だよねぇ。むしろ感謝すると思うよ」
「だいじょうぶだよ!おじちゃんすごくやさしいから!」
「うん!それにものしりですっごくつよいんだよ!」
「ならいいんですけど」
子供たち。特に妹の方は内容の的が外れているような気もするが、夫婦と兄の迷いない返答にひと安心。
「それはそうと、ガドさんという人は戻ってこないですね。こうしてる間にも戻ってきそうな気がするんですけど」
「ああ。そこは俺らも心配してたんだよ。森に向かったのはだいぶ前だしなぁ」
「だいぶ前、ですか?」
それはそれで妙に思える。
ノックスの森に関してセオさんは言っていた。そう遠くないうちに依頼で行く機会があるかもしれない、と。
新人に対してそう遠くないうちにと表現するのなら、適正ランクは高く見ても黄だろう。青だというガドさんが手を焼かされるような場所とは思いにくい。
それに、ガドさんは王都に帰る途中だったとのことだが、それはつまり、王都を拠点としているということ。であれば、ノックスの森に来たことがある可能性も高いんじゃないだろうか?
そこはかとなくではあるが、嫌な予感がしてくる。
「ちなみにですけど、具体的にはどれくらい前かってわかりますか?」
「そうねぇ……。お昼を済ませてすぐだったかしら?」
「おう。食休みが終わる頃には戻るって言ってたんだよなぁ」
「ということは……」
俺がカイナ村を発ったのが、昼飯の後しばらくしてから。そこから算出するに、1時間は軽く過ぎていることになる。
ますます嫌な予感が強くなっていく。
道に迷ったとか、魔獣相手に不覚を取ったとか、そんな普通の理由は考えにくい。であれば、普通ではない何かが起きているんじゃないだろうな?そんなことを思うのは、昨日の俺が普通じゃない状況と出くわしたからなのかもしれないけど。
そんな矢先――
「グォアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「こいつは!?」
「ひいっ!」
「何!今のって……」
「怖いよ……」
「……えぐ……ふぇぇぇぇぇん!」
ノックスの森方面から聞こえてきたのは――咆哮なんて言い回しが似合いそうな音。
女性は男性に抱き着き、男性と兄は顔を青ざめて、妹に至っては泣き出してしまう。
もっとも、俺も似たようなものだ。首根っこを掴まれて背中には大量の氷を放り込まれ、眉間に刃物を突き付けられているんじゃないかという気分にさせられていた。




