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今のクーラは実にやりたい放題で

「朝、か……」


 カーテン越しの陽光に意識が引き上げられる。真っ先に視界に入った天井はすでに見慣れていたもので。


 体をほぐすように伸びをしつつ身を起こす。備え付けの家具以外にはロクに物が無い殺風景なこの部屋――ユアルツ荘203号室の光景を見てホッとする。


 ようやく、ここに戻って来れたんだよなぁ。たかだか5日ぶりだってのにここまで安堵しちまうあたり、すでにここは俺の居場所になってたってことなんだろう。


 差し当たっては朝飯の用意でもしようか。そう考えて台所に向かう俺の足取りは、実に軽いもので。


 食材保管用魔具の中を覗いてみれば、そこにあったのは5日前には無かった物ばかり。逆に5日前に残っていたはずの物は、ほぼすべてが無くなっていた。多分、これもクーラが気を利かせてくれたんだろう。俺としても、無駄に食材を腐らせてしまうのは不本意だったわけだし。そして『転移』が使えるクーラにしてみたら、部屋の鍵なんて有って無いようなもの。


 さて、今夜こそはクーラの部屋で食わせてもらうとして、ここにある分の使い道はどうするかな……


 食材の使用計画を考えつつ、その片手間に5日前のことを思い返す。


 あの日――月でクーラの真実を聞かされた日から、すでに5日が過ぎていた。クーラの部屋で晩飯を食わせてもらい、語り明かそう。なんてことを考えていたのは事実だが、それでも翌朝には帰れていたはずだった俺が5日も部屋を空けることになったのは、当然ながら理由がある。


 それは月でのあれこれが終わった後のこと――




「さて、今度という今度こそ本当に帰ろうか」

「そうだな。いい加減腹の虫が気の毒に思えてきた」

「だよねぇ……。さすがに私もお腹空いてきたし……」


 いざ王都に帰ろうかという段になり、発言が被ってしまったことに笑ってしまって。


 その後もなんだかんだついついに雑談に盛り上がり、すでに結構な時間が経過してしまっていた。これもすべて、話していて楽しいクーラが悪いに違いない。


「じゃあ、まずは君の部屋に行こうか。さすがに着替えくらいはした方がいいだろうしさ」

「だな。飯を食うのにこの格好というのもな……」


 今の俺が身に着けているのは、クリティカルな部分が隠れているだけのボロ切れへと成り下がった服。まあこうなってしまったのは――


「……あ」

「どしたの?」


 クーラに関するあれこれですっかり忘れていたことを今更ながらに思い出した。


「そういえば……ズビーロ邸って、かなり派手に吹き飛んでるんだよな?」

「だろうね。多分だけど……『時隔て(ときへだて)』を解いたらすぐにでも崩れ落ちるんじゃない?」


 なるほど、最後に俺がぶちかました2×500『分裂』(『爆裂付与』+『衝撃強化』+『封石』)にはそれだけの破壊力があったわけだ。


「……当然、大騒ぎになるよな?」

「……だろうね」


 ただでさえ物理的には大きく、それ以外の意味でも大きかった家。しかも最近は(主に悪い意味で)大注目されていたりもしたわけで。そこが崩壊したとか、騒ぎにならないわけがない。


寄生体(ウィル・スローター)を確実に殺せたかどうかも確認はしておきたいところなんだよな」

「確かに。私も君のことでいっぱいいっぱいだったからさ、さすがにそこまでは見てなかったよ。まあ、生きてたら生きてたですぐに始末しておくから」

「悪い。そこは頼むわ」


 さすがに死んでいると思いたいが、もしもあれがまだ生きていて放置してしまったなら、とんでもない事態に発展する公算が高い。それに、


「今回の一件、証言できるのって俺くらいしかいないと思うんだよな」

「そうなるよねぇ……」


 寄生体さえ始末できたなら、あとは知らんぷりを決め込んでも最悪な展開にはならないとは思う。だがそれでも、大事であることに変わりはなく。無関係な誰かが冤罪を、なんてことになったら目も当てられない。そして俺が証言することで無用な混乱を避けられるのなら、それを怠るというのも気が引ける。


「……悪いんだが、晩飯は今日の無理っぽいわ」

「……仕方ないか」

「「はぁ……」」




 と、こんな経緯があったわけだ。


 ちなみにだが、俺の証言は事実を()()そのままに。言い換えるならそれは、一部に嘘を混ぜたということ。


 俺としては、刺し違えるのがやっとだったところでクーラに救われたということもあり、寄生体の始末を自分ひとりの功績にするのは抵抗があった。


 一方でクーラとしては、どうあっても自分の存在を明るみにはしたくなかった。


 さらに共通の考えとして、ただでさえ俺が『誰かさんの再来』なんて言われて辟易しているのに、これ以上火に油を注ぐのは避けたかった。


 そんな俺たちが互いの妥協点として落ち着いたのは――


 俺が寄生体に手も足も出ないままにボコボコにされ、食われかけていたところで()()()()()()謎の白髪女性が駆け付けて寄生体を始末し、俺の怪我まで治してくれた。


 と、いうもの。まあ、そこまで大きく事実と離れてもいないわけだが。


 その後、意識を失った俺(正確には『ささやき』で眠らされた)を駆け付けた衛兵さんに託し、謎の女性はクラウリアを名乗り(クーラの声は特徴的なんだが、仮面には声を変える仕組みも付いていたとのこと。もちろん、服装は虹追い人の標準的なそれに変えた上で)、紫の連盟員証を渡し、『転移』で去っていった。


 謎の女性が残していった連盟員証は、当然ながらかつてのクラウリアが身に着けていたもの。「伝説的な存在が実は存命だったのか!?」なんて話になり、それはそれで騒ぎになりもしたけど、功績を上手いこと謎の人物(クラウリア)に押し付けつつ、俺は問題無く証言をできたというわけだ。


 そして、クソ長男ことジマワ・ズビーロやミューキ・ジアドゥが残していた計画書。ズビーロ邸の地下にあった多数の死体(地下だったこともあり、崩落には巻き込まれずに済んでいた)。瓦礫の中から見つかった寄生体の残渣といった数々の物的証拠。さらには、俺がミューキ・ジアドゥに拉致された場面の目撃証言などもあり、無事に俺の証言は事実として受け入れられ、大きな混乱が起きることもなく、事態は収束へと向かってくれた。


 クーラなんかは「もし君が濡れ衣着せようとするような奴が居たなら、その時は私が処理(・・)するからさ」などと、微妙に怖いことを言っていたが。まあ、手を煩わせずに済んだのも結構なことなんだろう。


 ともあれ、そんなこんなでようやく解放されて。部屋に帰って来たのが、昨夜から今朝へと日付が変わった頃のことだったというわけだ。




 本当に、いろいろありすぎたよなぁ……


 俺の人生における濃密だった1日ランキングなんてものを開催したなら、あの日は断トツのぶっちぎりで1位に輝くことだろう。


「さて、そろそろ行くか」


 そうこうするうちに朝飯を食い終える。その後は片付けを済ませて、いつもより少し早い時間に部屋を出て、




「おはよ、アズ君」

「ああ。おはようさん、クーラ」


 やって来たパン屋の前。少し時間が早かったこともあり、まだクーラは清掃作業中。布巾で店の窓拭きをしているところだった。


「それで、エルナさんには?」

「話はしてあるよ。奥で待ってるってさ」

「わかった」


 そのまま店の奥へと向かう。


 ちなみにだが、クーラとのやり取りがあっさりだったのは、別に5日振りの再会というわけではなかったからだ。


 事件の重要参考人ということもあり、この5日間は俺にも監視が付いていたわけだが、寝る時などでひとりになれる時間はあった。そうなってしまえば、こっそり会いに来るなんてのはクーラには造作もないことだったわけで。


 おまけにクーラは、音と気配を遮断する細工なんかも心得ていた。だからそれをいいことに、茶を飲みながら語らうとか、星が奇麗に見える高原(当然のように他大陸)へ気分転換に、なんてことまでやっていたりも。


 本気を出すと決め、俺に対しては隠し立ても不要となったからなんだろう。今のクーラは実にやりたい放題で。けれどそれを不快と感じさせないあたりはさすがというべきなのか。当然ながら、道を外れるようなことをするはずもなく。俺自身、順調にクーラへの好意を埋め込まれ続けているような気分だった。


 ちょっとそこまで、的なノリで別の大陸まで行ってくるなんていうのは、普通に考えたならかなりアレなこと。それを普通に受け入れているあたり、俺も少なからずクーラに毒されているとは思わないでもないんだが。


「おはようございます」


 まあそのあたりも今はさて置くとして、何やら帳簿のようなものを書いているエルナさんにまずは朝の挨拶を。


「おはよう、アズール君。第七支部の人たちから話は聞いたけれど、大変だったみたいね」

「ええ。ご心配おかけして申し訳ないです」

「無茶はほどほどにね?」

「はい」


 とはいえ、俺としては基本的に無茶なことはしたくないんだけどなぁ。何故か無茶の方から、俺の行動に割り込んでくれやがることが多いだけで。


「それで、クーラちゃんから聞いているけれど、私に話したいことがあるのよね?」

「はい」


 今こうして、わざわざ時間を作ってもらったのはそれが理由。


「先日の件。クーラに暴言を吐き、泣かせてしまったこと、申し訳ありませんでした」


 込み入った事情があったのは事実。だが言ってしまえばそれは、ある種の営業妨害でもあった。


 エルナさんがそのことで怒っている様子が無いとはクーラからも聞いていたし、こうしている今だってそんな風には見えない。けれど、それでもケジメは必要だ。


「そうね。確かにそのせいで、あの日はクーラちゃんが早退することになったのよね」

「はい」

「幸いにも、翌日にはクーラちゃんも元気になっていたけれど。それでも、損害を受けていたとは言えるわね」

「はい」

「だからその分は賠償してもらいたいわね」

「はい」


 一切の言い訳は無し。どんな処分だろうと、素直に受け入れるつもりだ。


「それじゃあ、アズール君への請求は……10日後に小麦粉の納品があるの。そこで、いつかと同じように運搬作業をやってもらえるかしら?もちろん報酬は無し。お昼も自分で用意するなり、自腹を切ってウチの店で購入するなりしてもらう。これでどうかしら?」

「異論はありません」


 言ってしまえばそれは、1日のタダ働き。それくらいならばお安い御用というもの。


「ですけど……」


 それでも思うところがあるとしたらそれは……


「それだけでいいんですか?」


 軽すぎやしないか、というもの。


「ええ。それで十分よ。……これもクーラちゃんから言われたのだけど、無罪放免にしたら逆に気に病むだろうから、何か適当な罰を与えた方がいい、って」


 さすがはというべきか、よくわかっていらっしゃる。


「無事に仲直りできたことはクーラちゃんの様子から明らかだったし。……念のため聞くけれど、仲直りはできたのよね?」

「ええ。そこは間違いなく」

「それはよかったわ。なら、この話はこれでお終いにしましょう。……開店までにはまだ少し時間もあるようだし、そろそろ掃除も終わっている頃でしょう。クーラちゃんのところへ行ってあげて」

「……わかりました。それではこれで失礼します」




「ったく、やってくれたな……」


 そうしてクーラのところに戻ったのは、いわゆるところのいつもの時間。俺の第一声はそんなもので。


「あはは、ナイスアシストだったでしょ?」

「……言い返せないのが本気で悔しいぞ」


 流れる雰囲気もまた、いつも通りのもので。ようやく戻ってこれた日常に、俺の頬は緩んでいたことだろう。まあ、それは目の前に居る看板娘(クーラ)も同じだったわけだが。


「それでさ、今日の晩御飯なんだけど」

「ああ。前に話した通りに、お前の部屋で食わせてもらうってことでいいのか?」

「もちろん。今日という日を待ちわびたよ」

「……そこまでかよ」

「うん。それでさ、夕方……アルバイトが終わる頃に迎えに来てもらってもいい?道すがらに材料の買い出しをしたいからさ。荷物持ちくらいは引き受けた方が君も気楽でしょ?」

「……よくおわかりで。承知したよ。俺の方は今日は仕事をするつもりもないからな。その時間に合わせる」

「お願いね。……あれ?」


 話がまとまって、不意にクーラが何かに気付いたように振り向く。俺も釣られて視線をやれば、


「アピス?」


 ユアルツ荘のある方向。その角から姿を現したのは見知った顔で。


 こちらに気付いたからなのか、あるいは最初から用向きがあったのか、落ち着いた足取りでやって来る。


「おはよう、アピスちゃん」

「おはようさん」

「ええ。おはよう」


 まずは互いに挨拶。その後でアピスは、俺とクーラの顔を交互に見つめてくる。


「……どうかしたのか?」

「……その様子だと、無事に仲直りできたみたいね」

「ああ」

「それよかったわ。……正直、アズールのことを殴ってやろうかとも思っていたのだけれど」


 全面的に俺が悪いのは間違いないんだが、エルナさんよりも言うことが過激だった。


「クーラに免じて、今回だけは見逃すわ」

「ありがとうな。それと、お前にも迷惑と心配かけちまったな」

「そうね。寄生体と戦ったなんて聞かされた時には本気でどうしようかと思ったわ。私だけじゃなくて、多分第七支部の全員がね」

「だろうな……。だから今日はそのあたりの説明をするつもりでいるよ」


 まずは第七支部へ。その後は、タスクさんソアムさんセオさんが居る第一支部にも足を運ぶ予定。


「なら、詳しくは支部で聞かせてもらうわ。それと……クーラにも聞きたいことがあったのだけれど」

「今日のおススメとか?」

「そうね……。それも確かに気になるけれど……」


 言葉を切り、ひと呼吸。表情を真剣なものへと切り替えて、


「ねえ、クーラ。あなたは、クラウリアなのでしょう?」


 投げかけてきたのは、そんな付加疑問での問いかけだった。

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