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――好きになりかけてるかもしれないと思うんだ

「聞かせて。君の気持ちを」

「もう、わかってるんだろう?なんて言うのは無粋か」

「そうだね。私はさ、君の言葉もほしいの」

「承知したよ。……クーラ。俺は、お前のことを――」


 望むままに、望まれるままに。これから口にするのは、偽りの無い、俺の本当の気持ち。それは――


「――好きになりかけてるかもしれないと思うんだ」

「うん。夢みたいだよ」


 望まない結末を回避できる道筋が見えたことがよほど嬉しかったんだろう。頬を上気させ、熱に浮かされたような瞳で俺を見上げていたクーラが、


「君も私のことをそんな風に思って……って、あれ?」


 唐突にその首を傾げて、


「……ちょっと待って!?なんかおかしいような気がするんだけど?えーと……あれ?つまりこれは……」


 なにやらを悩み始めて、


「ゴメン。悪いんだけどさ、もう一度言ってもらえないかな?君が私をどう思ってるのかを」


 本気で申し訳なさそうに、そんなことを言ってくる。


 ……はて?


 俺の予想していた流れとは違ってきたような気がする。あの流れでクーラが聞き逃したなんてのは、まず考えられないんだが……


「構わないけど……」


 まあ、今は応えてやるのが先決か。


「俺は、お前のことを好きになりかけてるかもしれないと思うんだ」


 だからそう繰り返してやれば、


「そっかぁ……。私の聞き間違いじゃなかったんだぁ……」


 ため息をひとつ。


「なんでそうなるの!?」


 そして逆切れ気味に怒鳴られた。


「この流れだったらさ、『俺もお前を愛してるんだ』とか言うところなんじゃないの?こっちは完全にその気になってたのに……」


 どうやらそんな誤解が生じていたらしい。


「いや、それは無理だろ」

「無理!?そこまで言われちゃうの!?」

「当たり前だろうが」

「当たり前!?さすがにそれは酷すぎない!?」


 あれ……?


 ますますクーラのリアクションが妙なことになっているんだが。


「だってそうだろう。友人としてお前を好きなのは間違いないけど、色恋的な意味でお前をどう思ってるかなんてのは、()()俺の中で結論が出てないんだから。そんな様で安易なことを言うとか、お前に対して失礼だろうが。いくら友人相手だからって、それくらいの礼儀はわきまえてるつもりだぞ、俺は」

「…………………………うわぁ」


 そんな説明をしてやれば、長い沈黙の後に告げられたのは、あまりにもあからさまな呆れ声で、


「この人多分本気で言ってるよ……。私がお馬鹿さんだったのは間違いないけどさ……。……………………アズ君の大盛りお馬鹿さん」

「そこまで言うのかよ!?」

「そこまで言うよ。……ご不満なら、超絶特盛りお馬鹿さんに増量してあげようか?」


 氷点下のジト目で言ってくれやがったのはそんなこと。どうあっても、俺に対するお馬鹿さん認識の増量は不可避らしい。


「……それでだ、話を戻すけど」


 あまりにも居たたまれない。だから返事を待つことはしない。


「これはあくまでも俺の認識だけどさ。お前は、相当に魅力のある女性だと思うんだよ」

「ふぇ……っ!?」

「器量よしで気立てもいい。多芸な上に博識で、けれどそれを鼻にかけることもなく、明るく気さくで親しみやすい。そんなお前と過ごす時間はさ、最高に楽しいんだよ」

「急に何言い出すの君は!?」

「たしかに急に言い出したのは事実だけど、それでも俺は本気でそう思ってるぞ」

「だから君は本当に……。……えっと、その……ありがと」


 急に顔を赤らめてしおらしくなる。そうやってコロコロと表情を変えるあたりは、俺がよく知るクーラそのもので。


「それでだ、そんなお前が初対面(・・・)……エルナさんの店の前で俺がやらかしちまった時からずっと、好意的に接してくれた。長いこと気付けなかったのは間抜けな話だけど、あれは友人への好意って範疇には収まっていなかったと、今更ながらに思うよ」


 その理由も、すでにクーラが語っていたわけだが。


「そんな奴にそこまでされたなら、好きになりかけるのも割と自然なことなんじゃないかと思う。その上で繰り返すぞ?『私だけを見て、私のことだけを考えて。私を愛し、私に愛されて、私に寄り添い続けることが何よりの喜びになる』」

「それって……ひょっとして……」

「今度こそ理解してくれたらしいな。まあ、そういうことだ。お前の人形としてじゃない。俺が俺として、()()()()()。他のすべてをぶん投げてでも、お前と共にあり続けたいと望む。そうなるくらいにまで、それこそ魂の底から、俺をお前に惚れさせてほしい。もちろん、お前ひとりに押し付けようとは思わない。俺だって、そのためならば協力は惜しまないさ」

「……それが、君の提案なんだね」

「ああ。それと、外道な手段は禁止するってハンデはあってもいいだろう?なにせクーラリアごときにできたことなんだからな。比べ物にならないほどに魅力のあるお前だったら、それくらいは容易いだろう?」

「……現実と物語を安易に比較するのもどうかとは思うけど」

「自信が無いのか?だったらもうひとつサービスだ。俺を信用できなくなったとか、俺を惚れさせる自信が無くなったとか、理由はなんでもいい。どうしても我慢できないと感じたなら、その時は俺をお前の人形にしてほしい」

「……だから何度も言わせないで。私は、それだけは絶対に嫌なんだってば!」

「いや、これはお前にだって初耳のはずだぞ?」

「……どういうこと?」

「だってそうだろう?その時はお前の()()()()()()()()と言ってるんだ。なら、実際にお前がそれをやったとしてもそれは、無理矢理に俺の心を捻じ曲げたってことにはならない。むしろ、俺の頼みを聞き入れてやったということにならないか?」

「……それってさ、世間では屁理屈って言うんだよ?」

「これでも元悪ガキだからな。屁理屈の扱いには慣れてるよ。だがそんな屁理屈でも、多少なりともお前の気分を軽くできるなら、無意味とも言えないだろう。……これが俺の用意した提案のすべて。さあ、選んでくれ。俺の提案を受け入れるのか、それとも突っぱねるのか。どちらを選んでも、おとなしく従うよ」


 そこまで言い終えて大きく息を吐く。


 多分これが、俺にやれる精いっぱい。だからなんだろう。まだ何も確定していないというのに、すでに達成感が心地いい。そして、肩が軽くなったと感じてしまうあたり、それなり以上には緊張していたらしい。


「……………………………………………………………………………………ねえ、アズ君」


 数十秒だったのか、あるいは数分だったのか。長い長い沈黙の後に、俺を見上げてくるクーラ。その瞳には、惑いの色は見て取れない。


 つまり、結論は出たってことか。クーラがどっちを選んだとしても、俺の先行きはそこまで大きく変わるわけじゃない。せいぜいが、俺が俺であり続けることができるかどうかくらい。


 だから俺は気負うこともなく、落ち着いた気持ちで答えを待つことができた。


「返事をする前にさ、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」

「聞くだけは聞くぞ。無理なくやれることなら、引き受けもするけど」

「あはは、この期に及んでも君はそれなんだね。大丈夫、難しいことでもないし、無茶なことも言わないよ。……泥団子をひとつ、出してもらえないかな?彩技は乗せてないやつでいいからさ」

「……それくらいならお安い御用だが」


 求められるままに、右手に泥団子を発現させる。クーラは優しく包むように、そこへ両手を当ててきて――


「そりゃ!」


 そんな掛け声をひとつ。


 そして、


 ベチャ!


「って、おい!?」


 本当に何を血迷ったのか?泥団子を俺の右手ごと、自分の顔に叩きつけるという奇行に走っていた。しかもそれだけで飽き足らず、顔を擦り付けてくる。


「うげぇ……肌ざわりだけじゃなくて味まで本物の泥そっくりなんだねぇ……。苦いだけじゃなくて気持ちの悪いほのかな甘さも再現されてるとか、無駄に芸が細かすぎるよ……。ぶえぇ……口の中もジャシジャシする……」

「ったく、当たり前だろうが。今消すから――」

「ちょっと待って」


 本気で不快そうにしていたので、消してやろうとすれば、そこに制止をかけてくる。


「ほら、私を見て」

「いや、俺にどうしろと……」


 カラフルな泥にまみれた顔でそんなことを言われても返答に困る。


「見たいって言ってたでしょ?」

「……はい?」


 腐れ縁どもならまだしも、悪友とはいえ女性であるクーラのそんな様を見たいとは……


「勝負を始める少し前にさ」

「……ああ!」


 見たいと言った記憶は無い。けれど、


 ……その澄ました面、泥まみれにしてやるからな。


 確かに俺はそんな風に言っていた。


「ったく、アホなことやってるんじゃねぇよ……」


 あの時はあの時、今は今だ。泥まみれのクーラを見ていて気分がいいはずもない。だから泥を消してやればそこにあったのは澄まし顔。


 ……なんというか、無駄に芸の細かい奴め。


「んで、どうして急にアホなことをやらかしたんだよ?ついに狂ったのか?」

「……失礼だね。君が望んでたことなのに」

「いやまあ、そう言ったのは事実だが……」

「けどさ……」


 いっそ気品すら感じるほどに澄ましていた表情が一転。ニヤリ、なんて形容が似合いそうな――悪戯が成功した時の悪ガキさながらの笑みを浮かべて、


「これで勝負は私の負けかぁ……。いやぁ、残念だなぁ」


 清々しいまでに白々しい声色で言ってくるのはそんなこと。


「いや、勝負はすでに無効なんじゃ……」


 無意味だったと気付き、とっくに放棄したはずなんだが。


「それはあくまでも、君がそう言っただけのことだからねぇ。残念だけどさ、私は同意した覚えなんてないから。片方だけが勝負はやめにします、なんて言ってそれが通るのはさ、白旗上げた時くらいのものだよ?」


 たしかに降参をした覚えはない。


「……それはそうかもしれんけど」


 筋が通っているのかいないのか、微妙に悩ましくも思えるところでもあるんだけど……


「それで、この茶番にどんな意味があるんだ?」


 どうにかして俺に勝ちを譲りたい……というか押し付けたい。露骨なほどに、そんな意図が見え隠れする。


「……心の天秤は完全に傾かされちゃった。だから私は、もう君の提案を拒むことなんてできそうにない」

「……それがお前の答えか」

「……うん。けどね……まだ少しだけ、怖いの」


 返答はどこかしおらしいもので。


 お前に怖いものなんてあるのか?


 そんな言葉が浮かびかけはしたが、喉の奥へと押し戻す。ただでさえ小柄なクーラの身体が、それ以上に小さく見えてしまったから。


「……どうせ私と道を共にできる人なんて現れるわけがない。幻想の希望にすがっても辛くなるだけ。期待なんてしない方がいい。……私は何百年もずっとそんな風に考えて――自分に言い聞かせてきた。多分そのせいだと思う。情けないことに、せっかく君が示してくれた可能性に手を伸ばすことを躊躇してしまってる。だから――」


 瞳が不安に揺れる。


「勝者として、私に命じてほしいの。……正直なところ、自分でも『うわコイツマジでめんどくせぇなぁオイ』なんてことは、思わないでもないけど」

「たしかに、お前はめんどくさい奴だけど」

「いや、そこは『そんなことないさ』とか言ってくれてもいいんじゃ……」

「けど、お前がめんどくさいのは事実だし」

「……それはそうかもしれないけどさぁ」


 だがまあ、その程度のめんどくささだったら、今更大した手間でもないのか。まして、それでクーラが楽になるというのならばなおのこと。


「わかったよ」


 だから、その役目を引き受ける。


「……どんな形でもいい。俺をお前の旅路に同行させろ。そして、どちらかがくたばるその瞬間まで、俺をお前の隣に居させてくれ。例外と認めるのはひとつだけ。お前が俺に愛想を尽かした時だけだ。それ以外は一切認めない。これが、勝者としてお前に命じること。……否とは言うまいな?」


 だからそんな命令(・・)をしてやれば、


「はい。仰せのままに」


 これまた妙に様になったセリフを口にしつつで抱き着き、胸にほおずりしてくる。そんなアンバランスさは、今もその髪を飾るリボンを贈った時と重なって。


 これにてようやく、一件落着か。


 見た目相応に軽い身体を受け止めながらで、しみじみと思うのはそんなこと。


 エルナさんの店の前で暴言を吐いちまった時から始まった一連のあれこれ。本当に長かった。本気で疲れた。このまま何も考えずにベッドに倒れ込みたい気分。今なら、10秒もかけずに熟睡できる自信がある。


「……ねえ、アズ君。今知ったことなんだけどさ。こうやって屈服させられて従えられるのって、意外と心地いいものだったんだね。よく考えてみれば、私の心はとっくに君に支配されてたわけだし、それはそれで幸せだったから、当然と言えば当然なのかもしれないけど」


 そんな矢先にたわ言をほざきやがる。それは間違いなく、俺の心労を加速させていた。


「……今度こそ狂ったのか?寝言は寝て言え」

「酷いなぁ」


 たしかに、酷い物言いではありそうな気がしないでもない。それでも、アホなことを言い出したクーラの自業自得な側面もあると思うんだが。


「けどさ……」


 俺を見上げて舌なめずりなんぞをしてくれやがる。


「私は君の心を守るためにも、君を惚れさせなきゃいけないわけなんだよね?そうしたら、君も理解できるようになるんじゃないかな?」

「……さようでございますか」


 まあたしかに、惚れるということは、心を囚われる――支配されると言い換えることもできるんだろうし、それはそれで幸せと言えるのかもしれない。……図書院で読んだ物語の受け売りではあるけど。


「そんなわけだからさ、君にもこの――私のモノになる悦びを教え込んであげるから、覚悟しててね?この先は、全身全霊の全力で君を堕としに行く。君がどこまで耐えられるか、楽しみだよ。まあ、少しは粘ってほしいって気持ちもあるけどね。即堕ちだとあまりにもつまらないし、できれば君を堕とす過程もじっくりと楽しみたいからさ」

「……ずいぶん強気だな」


 ついさっきまでのビビりっぷりはどこへ行ったのやら?


「強気というよりも浮かれてるんだろうね。自分でも驚くくらいに、心が軽くなってる。もう何も怖くない、って感じかな?」

「そういうものか」


 言うなればクーラは、数百年もの間ずっと心を縛られていたようなもの。それが吹き飛んだ反動ってというのもあるんだろう。


 まあ、正気付いた時には赤面しそうな話でもあるんだが、その時にからかうかどうかは……気分次第でいいか。


 それはそれと……


 どうやら俺は、随分と大それたことをやらかしちまったらしいな。


 そんなことも思わないではないんだが。それでも、今のクーラを見ていれば後悔なんてものは、これっぱかしも湧いてこないけど。


 ああ、そういえば……


「手付金代わりってわけでもないが、今ここで『時剥がし(ときはがし)』を施しても構わないぞ」


 どの道、俺がクーラと同じ旅路を行くことは――クーラに愛想を尽かされない限りは――すでに確定しているんだから。


「現時点ではまだ、俺も腹をくくり切れていない部分があるだろうからな。その意味でも、早い方がいいんじゃないのか?」

「……それはもう少し先送りにしてもいいかな?」

「まあ、お前がそう言うのならそれでも構わないんだが。けど、本当にいいのか?年齢的には、俺はまだ背が伸びると思うぞ」


 俺はまだ15歳。現にこの5か月でも多少は背が伸びていたわけで。そしてクーラは、そのことで少なからずショックを受けていたはずなんだが。


「むしろそれが理由、かな?」

「……どういうことだ?」


 それが理由なら、むしろ早々に『時剥がし』を施すところじゃないのか?


「我ながら現金な話だと思うけどさ、この先もずっと君と居られるんだって考えたら、君が成長していく様を見られるのがすごく素敵なことに思えてきたの」

「……そういうものか?」

「そういうものだよ。けど、並んで恋人同士に見えないくらいに見た目の歳が離れちゃうのも嫌だからね。3年くらいを目途に――」


 ぐぅ……


「……スマン」


 クーラの言葉を遮ったのは、俺の腹から響いた音。間違いなくこれも、気が抜けた反動だ。


 考えてみれば、すでに晩飯時は過ぎていた。帰ったら、寝る前に軽く何か腹に入れておくか。


 と、俺はそんなことを思うんだけど、


「よく考えたら、アズ君的には半日以上も何も食べてないことになるんだっけ」


 クーラとは認識のズレがあるようで。


「……半日?」


 たしか、『時隔て(ときへだて)』の中でも腹は普通に減るとのことだった。だが――


 昼飯はユグ村の村長さん宅で昼飯時に頂いた。ニヤケ長男とやり合っていたのは夕方くらい。クーラの自分語りやら勝負やらが多少長引いたとしても、半日までは行かない計算になるわけで。


「さすがにそれは長すぎるんじゃないのか?」


 だから俺の結論はそうなるんだけど、


「君が私の『ささやき』に抵抗していた時間がかなり長くてね」

「そうなのか?」


 記憶を辿るも、そのあたりのことはボヤけている。それだけ深く『ささやき』に囚われていたということでもあるんだろうけど。


「耐性もあったんだろうけどさ、それを差し引いても驚かされたよ。……ホント、君のメンタルってどうなってるんだか。それとも、愛の力ってやつだったりするのかな?」


 よくもまあ、そんなセリフを恥ずかしげもなく言えるなこいつは。まあ、クーラを好きになりかけていたのかもしれない身の上。100%あり得ないとまでは言わんが。


「……多分だけど、ほとんど意地だったんだと思うぞ。ガキの頃から、腐れ縁共相手に意地の張り合いは散々やってきたからな」


 それでも、俺が考える理由はそんなところ。


「アズ君らしいや。けどさ、君のそんな意地が私を君と居る今(ここ)につなぎ留めてくれたんだよね」

「……そういうことになるわけか」

「うん。だからさ、これからも私のことをしっかり捕まえててね。さもないと……」

「さもないと?」

「また血迷った挙句にトチ狂った暴走しちゃうかもしれないから」


 脅しの定型句に続いてやって来たのはそんな、ある意味では非常に恐ろしいこと。


「……そうだな。せっかく苦労してここまでこぎつけたってのに、そんなポカミスで人形にされちまうのはさすがにもったいない」

「でしょ?そのためにもまずは、しっかり食べて力を付けるべきだと思うのよ」

「違いない。何をするにも、身体があればこそだ」

「そんなわけだからさ、晩御飯を食べに来ない?……もっともっと君と話したい気分なの」

「……そういえば、昨日の時点でそんな話もあったか」


 あれからいろいろとありすぎたせいで、随分と昔のように思えてしまうのはアレだけど。


「そうだったねぇ……。随分前の事みたいに思えちゃうけど……」


 どうやらクーラもそんなことを考えていたらしい。まあ無理もないだろう。本当に、今日という日が濃密すぎた。


「とりあえず、帰ろうか」

「だな」


 ふたり揃って帰る先――青く輝くエルリーゼに目を向ける。


「俺たちはあそこで暮らしてたんだよなぁ……。今更だけど、不思議な気分だよ」

「そうだね。……あのさ、アズ君」

「どうした?」

「私ね、今日ここで、君とふたりで見たエルリーゼの色は、いつか旅路が終わるその時までずっと忘れない。これまでにも何度も見てきた光景だけど、その中のどれよりも奇麗だと思うから」


 ここから見るエルリーゼが奇麗だというのは、俺も同意見。だけどそんなエルリーゼをまぶしそうに見つめるクーラの横顔の方がずっと――


 ぐぅ……


 晩飯の話が出たせいかもしれない。また、腹の虫が餌を寄越せとわめきたてる。


「それじゃあ、今度こそ帰ろうか?」

「ああ。今度こそ帰るとしようか」


 苦笑混じりにふたりでうなずき合い、


「俺たちの今に」「私たちの今に」


 発せられた言葉は、まるで示し合わせたようにぴったりと重なっていて。そのことが無性におかしくもあり、不思議と嬉しくもあって。


「はは……」「あはは……」


 俺もクーラも、そうしてこみ上げる笑いを抑えることはできそうになかった。

これにて4章終了となります。ここまでのお付き合いに心からの感謝を。


この後は5章に入る前に間章を挟む予定です。

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