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俺は、お前のことを――

「縁ができた女性と恋仲になったりもするんだろうなぁ」

「それは……」

「とりあえず、共通の知り合いでイメージしてみるか。……とはいえ、すでに特定の相手が居る人ばかりだからなぁ。消去法になっちまうが、相手はペルーサということにしておこうか」


 わかりやすく青ざめた表情には知らんぷりをしつつ、言葉を続ける。


「ペルーサちゃんと!?」

「ペルーサに失礼だろって指摘は今は勘弁してもらうぞ。たしかに年齢差はあるわけだが……今ならばともかく、10年後であればそこまで問題にはならないだろう?実際、俺の両親だって10歳差だぞ」


 これは本当のこと。まあウチの場合は、お袋の方が年上なんだが。


「けど……」

「……不満そうだな?」

「……え?い、いやそういうわけじゃ……」

「まさかとか思うが、俺には誰かと恋仲になる資格すらないとでも言うつもりじゃないだろうな?お前にそんなことを決める権利があるのか?」

「そうじゃ……ないけど……」

「ならいいだろう。まあ、()()()()とそんな間柄になる女性が気の毒だと言うのであれば……っと、いかんな。自分を卑下するのは控えようと決めたばかりだったか。……けど、そんな記憶も無くなるわけだ。そうなれば俺はまた、ことあるごとに俺ごときが俺なんぞがなんて言うようになるんだろうな。まあ、俺の前から居なくなるお前には関係の無い話か。そうだよな?」

「そう……だけど……」


 血の気が引いた顔がさらに苦しげに歪む。わざとそうなるような言い方をしているとはいえ、良い気分がするはずもない。


「ともあれ、未来で俺とペルーサが結ばれたなら、お前はどうするんだろうかな?なあ、クーラ。教えてくれないか?」


 だがそれでも、あえてそう問いかける。


 ……クーラの想いを知った上で言っているあたり、自分がド畜生のド外道に思えてくるのはアレだが、そこも今は我慢する。


「それは……その……」


 言い淀み、


「よ、喜ぶに決まってるよ!」


 続く叫びはどこかヤケクソ気味と思えた。


「本当にそうか?」

「そうだよ!そうに決まってるよ!だってさ、私は君のこともペルーサちゃんのことも大好きなんだから。そんなふたりが晴れて結ばれるんだよ?嬉しいに決まってるでしょ!それにどこの馬の骨とも知れない奴じゃないんだから!ペルーサちゃんだったら安心して君のことを任せられるよ。これでアズ君の今後も安泰になるんだし。その時はとっておきのお酒で祝杯あげようかな。あはは!今からその時が楽しみで仕方ないや!」


 さらにまくしたてるようにそう続ける。


「本当にそうなのか?お前は本気でそう言ってるのか」

「本気の本気に決まってるでしょ!私は君が幸せならそれで――」


 そう仕向けたのが俺とはいえ、いい加減辛くなってきた。


「『そこには、私が居るはずだったのに』」


 だからそんな()()()を重ねることで遮ってやる。


「『そこには、私が居なければいけないのに。……私以外がそこに居るなんて、絶対に許さない』」


 これはとある物語の中で、クーラとよく似た名前をした人物――意中の相手を手に入れるために、非道の限りを尽くした少女が発した怨嗟。


「中々に怖い場面だったからな。お前だって覚えてるだろう?」

「……クーラリアのセリフ、だったよね」

「ああ」

「……私がクーラリアみたいになるって、そう言いたいの?」

「……お前、自覚はあるか?俺とペルーサが云々って言った時、背筋が凍ったぞ?お前の殺気、かなり強烈だったんだがな」

「……嘘!?」

「ああ。大嘘だが」

「……え?」


 そう。クーラが殺気を発していたというのは嘘っぱち。けれど、


「だがお前は、なんで嘘だと即座に断言しなかったんだ?……いや、できなかったんだ?」


 ある程度の予想があったとはいえ、俺はカマをかけただけ。そしてクーラはまんまと引っかかった。そのことが意味するのは――


 クーラの中には、それに近い感情が生じてしまったということ。


「それは……」


 明確な返事ができない。そのこともまた、根拠のひとつになる。


「まあお前のことだ。クーラリアのような回りくどい真似は必要無いだろうけどさ。『転移』あたりを使って俺をさらい、『ささやき』なんかを使って俺の心を作り替え、お前に都合のいいだけに人形にしてしまう。お前なら、それくらいは容易いんだろう?まして俺は、お前に関するすべてを忘れさせられているんだ。備えることもできずに成すすべもなく。そんな結末が容易に想像できるぞ」

「そんな……。そんなのって……」


 クーラも理解できてしまったんだろう。こうするしかないと考えた手段を取った先に待つのは、自分を犠牲にしてでも避けたいと思っていたはずの末路だったということに。


 さて、ここまでは一応、狙い通りに運んだわけだが……


 俺が用意した提案の第一段階。それは、


 クーラが俺の前と俺の中から消えれば、俺が人形にされることはなくなる。


 という前提を崩すこと。クーラがそこに囚われている限りは、どうしたところで末路はひとつだったんだから。


 その点では喜ぶべきところ。なんだけど……


「嫌だよ……。そんなの、絶対に嫌なのに……」


 まさか当のクーラがここまでショックを受けるとは思わなかった。


 多分クーラが認識をミスっていたのは、そこまで考える時間が無かったからなんだろう。別れの決意は、死にかけの(というか実質死んでた?)俺を見て反射的に思ってしまったことに端を発していた。そしてそこから今に至るまで、熟考する時間は無かったんだから。


 一方で俺がすぐに気付けなかったのは、そんなクーラの必死さに感化され、流されていたからといったところか。


 今にして思えば、揃いも揃って間抜けな話ではあるんだが……


「アズ君を人形にしちゃうなんて……そんなの……それだけは絶対に嫌なのに……」


 さすがにやりすぎた。というか、ここまで追い詰めるつもりはなかった。思い込みを外すために多少の追い込みは必要だと割り切っていたとはいえ、まさかこの世の終わりみたいな様を見せられるなんてのは、夢にも思わなかった。完全に想定外だ。


 さすがにこの様で話を続けるのは無理だろう。それ以前に、今のクーラを放置するのも心情的に嫌だった。


「とりあえず、少し落ち着けって」


 だからさっきと同じように抱きしめてみるものの、


「……落ち着け?君は何も知らないからそんなこと言えるんだよ!」


 腕の中から怒鳴られてしまう。


「そりゃ、俺はお前の100分の1程度しか生きてないんだ。そう言われても仕方は――」

「そうじゃない!私が君のおかげでどれだけ救われたのかってことだよ!そのこと、わかってるの!?」

「……スマン。さっぱりわからん。というかお前に救われたのは主に俺の方だろ?」


 俺個人のことに限っても、双頭恐鬼(エティン)の時はクーラが来なければ死んでいた公算は高そうだし、さっきの寄生体(ウィル・スローター)相手に至ってはクーラがいなかったら100%死んでいたわけで。


 逆に、クーラの窮地に駆け付けた記憶なんて俺の中には皆無と来ている。


「……だから君はお馬鹿さんなんだよ」


 そして、数えるのも面倒になるくらいには聞かされてきた言葉を向けられる。


「君が救ってくれたのは私の心。君はさ、そのことを全然わかってないからそんな風に言えるんだよね……。けど、君がどう言おうと、それは私にとってはすごく大切なこと。だから!そんな恩人の心を歪めて人形にするなんてのは、絶対に嫌なの!」

「……そういうものか」


 そう言われても、やっぱりよくわからない。だがまあ、ここで言い返しても水掛け論になりそうな気がする。


 それよりもむしろ――


「ところで、俺はさっき言ったよな?俺の記憶を消すよりもマシかもしれない選択肢を示す、と」


 せっかくだ。そのあたりも利用させてもらう。


「教えて!」


 そうすれば、即座にすがるように言ってくる。


 本気でそれだけは嫌なのか。俺の方は、クーラの人形にされてもそれはそれで構わない、なんて風に思ってたりもするんだが。なんとも妙な構図になってきた。


「私は、君が君であることを失わせたくないの!そのためならなんだってするから!」


 けれどその必死さを見ていると……わざとドン底に突き落とした上で手を差し伸べるような、そんなタチの悪い詐欺師になったみたいで複雑な気分にもなってくる。


 まあ、そのあたりは我慢する。クーラの今後を少しでもマシなものに。それが今の最優先事項なんだから。


「『私だけを見て、私のことだけを考えて。私を愛し、私に愛されて、私に寄り添い続けることが何よりの喜びになる』」


 そんなクーラに伝えるのは、少し前に他ならぬクーラ自身が口にしたこと。


「それって……」


 それは、クーラの人形にされた俺の在り方で。


「俺がそうなってしまえばいいんだよ」

「君……自分が何言ってるかわかってるの……?」

「もちろん。お前の先行きを少しでもマシにするための提案だ」

「だから!私は君をそんな人形にするのは嫌なんだってば!」


 ……ここまで言えば察してくれると思ったんだが。


 残念なことに、まだ伝わってはいないらしい。


 頭の悪い奴じゃないはずなんだがなぁ……


 そんなことも思わないではない。だがまあ、それならばもう少し説明を続ければいいだけのこと。少し……いや、かなり相当気恥ずかしくはあるが、クーラのことを思えば惜しむような手間でもないし、耐えられないはずもない。


「お前はさ、言ってくれたよな。俺のことを好きだと」

「ふぇ……?あ、うん……。たしかに言った……けど……」


 その言葉は本気だった。俺はそのことを疑っていない。


「そう言われてさ、まず驚いた」

「……うん」

「次に戸惑った」

「…………うん」

「それから、なんで?って、疑問に思った」

「……………………うん」


 その気持ちにどう応えるのか。それはまだ、納得のいく結論を出せていない。だがそれでも――


「けどさ、不快だとか嫌だとか迷惑だとか、そんな風には全く思えなかった」


 そのことは間違いなく、俺の中での真実。


「それって……まさか!?」

「ああ。そういうことなんだと思う」


 答えは返さなくていいと、クーラはそう言っていた。それは多分、すぐに無かったことにしてしまうつもりだったからだ。


「そっか。君もそう思ってくれてたんだね……。あははは……そんなこともわかってなかったなんて、本当のお馬鹿さんは私の方だったわけか……」


 ともあれ、ようやく気付いてくれたらしい。


「聞かせて。君の気持ちを」

「もう、わかってるんだろう?なんて言うのは無粋か」

「そうだね。私はさ、君の言葉もほしいの」


 多分クーラもすでに答えはわかっている。


「承知したよ。……クーラ。俺は、お前のことを――」


 それでも、ここまで来て中途半端をするつもりはない。だから俺は、()()()()()答えを返すことにする。俺の意図を伝え切るためには、そうするべきと考えたから。

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