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俺からクーラを奪おうとする奴には、どこまでだって抗い続けてやるよ!

 この鬱陶しい『ささやき』を吹き飛ばすくらいの勢いでブチかましてやるか。


 そうと決めたなら即行動に移す。


 身体へと意識を向けてみれば、『ささやき』の影響でか、ピクリとも動いてくれない。だが、心色を使う分には問題無さそうなのは実に結構なこと。


 だらりと垂れ下がったままの右手に泥団子を発現。そのまま『遠隔操作』で俺の背中へ。何やら好き勝手なことを言っているクーラが気付く様子は無い。


 詰めが甘い上に油断し過ぎだ阿呆が。舐めすぎなんだよお前は。大方、完全に俺が『ささやき』の支配下に堕ちたことで気を抜いたんだろうけど。長いこと苦戦をした経験も無かったとのことだが、そのあたりに起因しているんだろうかな。言い換えるならそれは、格上相手とやり慣れていないということになるんだから。……俺とは真逆なことに。


 まあ、こっちとしては好都合でしかないわけだが。当然ながら、そこに付け入ることには躊躇なんて無い。


 そして――


 爆ぜやがれっ!


 ドゥンっ!


「づあっ!」

「……ふぇっ!?」


 爆音。俺の口からは苦悶。クーラの口からは、どこか可愛らしくもある驚きの声。


 激痛がやってくるが、その甲斐はあった。鬱陶しかった『ささやき』は奇麗さっぱりと消え失せた上に――


 嬉しい誤算というやつか。頭のボヤケは消し飛び、身体の自由も完全に戻っていたんだから。


 だからクーラが驚きから抜け出せずにいるうちに、


「そらよっ!」


 今度こそ、ようやく実行できた。その身体を突き飛ばし、距離を取る。


「う、嘘でしょ……」


 よろけはしたものの、転びはしなかったあたりはさすがクラウリアといったところか。それでも、唖然とした顔で動きを止めてしまっていたわけだが。


「思い知ったかよ。破ったぞ、お前ご自慢の『ささやき』を」

「なんで……君は完全に堕ちてたはずなのに……」

「99%以上はな」


 そこから這い上がってこれたのがなぜかと言うなら、


「お前の墓穴掘りには感謝してるぞ?お前がわざわざ俺の神経を逆撫でしてくれたおかげで、俺はこうして戻ってこれたんだからな」


 耳から聞こえてきたクーラの独り言が無かったなら、きっと俺は心に刻み込まれていた『ささやき』に囚われたままで、囚われていることにすら気付けずにいたことだろう。


「あとはほどほどに刺激を加えてやれば、ものの見事に吹き飛んだってわけだ。効果ばかりに目を奪われていたが、お前の『ささやき』ってのは、案外簡単に打ち破れるものだったらしいな」

「そんなはずない!毒を盛られて狂いそうなほどの激痛に苛まれてる人に安らかな最期を迎えてもらうために使ったことだってあったんだよ!その時だって解けることは無かったのに!」


 なるほど、そういう使い方もあるわけか。それはそれでクーラらしい話だが。


「なら、耐性ってやつが理由じゃないのか?」


 思いつくのはそんなところで。


「……多分そうなるんだろうね。同じ人に対してこれだけ使ったことは無かったから……って、それよりも君の怪我だよ!背中見せて!すぐに治して――」


 そのことに思い至り、慌てた様子で駆け寄ろうとするクーラに対して、


「……来るんじゃねぇよ!」


 怒鳴り声を浴びせる。俺を案じていることは理解できているし、気が引けもするんだけど、


「なんで……」

「まだ勝負は付いてないだろうが」


 まあ、そういうことだ。終始俺は押されっぱなしの翻弄されっぱなしではあったが、第二ラウンドでも決着は付かず。勝敗の行方は持ち越しになったんだから。


 幸いというべきなのか。腰のあたりで発動させた『爆裂付与』で骨がやられることはなかったらしく、俺はまだ立っていられる。痛いことは痛いんだが、そこは歯を食いしばって耐えてやる。


「第三ラウンドの開始といこうか」

「どうして……。どうして君はそこまでするの!?何で君がそこまでしなきゃいけないのよ!?」

「だからいい加減くどいんだよお前は」


 本当に、どれだけその問いかけを繰り返してくるのやら。


「お前が居なくなるのも!お前のことを忘れちまうのも!未来のお前がひとりで苦しみ続けるのも!そんなお前になにもしてやれないのも!全部俺が嫌だからなんだよ!」


 気に食わないから抵抗する。そこに必要な理由なんて、些細なモノでも十二分なはずだ。


「なんで……()()()()のためにそこまで……」


 ……なるほど。これはたしかにイラつくもんだな。


「なあ、クーラ。お前は何度も言ってたよな?俺が自分を卑下するのは気に食わないって」

「え……?あ、うん。たしかにそう思ってるけど……」

「その気持ちは理解できた。今お前が『私なんか』って言うのを聞いて、俺も腹が立ったぞ」


 クーラが俺に向けるものと俺がクーラに向けるもの。全く同じではないだろうが、好意という点では共通しているはず。そしてそんな相手が自分を軽んじるというのは、はっきり言って気分が悪い。


「そんなわけだ。自分がされて嫌なことは人にもするな、なんてのは一般常識だからな。今後はなるべく言わないように心がけようと思う。そう記憶し、心に留め続けようと思う。それでも繰り返しちまうようならその時は、遠慮なく指摘してもらえないか?」

「だからそれは……」


 当然、わかった上で言っている。それは、クーラが俺の前からも俺の中からも消えないということを前提にしているんだということくらいは。


「どこに問題がある?俺が勝ったなら、お前は俺に従う。そんな約束だっただろう?こうしてお前の『ささやき』は破れたんだ。一度できたことだからな。あとは同じ要領で食らいつき続けてやればいい。そうすりゃ、いつかは届くだろうさ。どうせ俺の勝利条件は一発かますだけで満たされるんだ。これでも、我慢比べなら少しは自信があるからな。……まあ、世の中がそこまで都合よく動くわけがないことだって理解はしているつもりだが」

「だったらどうして……」

「本当にお前はさっきからそればっかりだな。お前ほどの奴でもわからないのかよ?まあ、人の心なんてのは星の世界以上に謎だらけだ、なんて話もあるらしいが」


 それでも、あえて答えるならばそれは、


「……お前の墓穴掘り……もとい、独り言のおかげだろうな」


 そんな話になるわけで。


 多分あれが決定打。あのひと言さえ無かったなら、今頃はこの5か月に起きたすべてを忘れさせられていたことだろう。


「例の吹き矢でやられたネメシアが目を覚ました時の話なんだがな。どうやら俺は、日常を守るためだったら支部長にだって喧嘩を売れる人間らしいんだ」


 本当にあの時は怖かった。今思い出しても背筋が冷たくなるくらいには。それを思えば――多分意図的になんだろうけど――圧を抑えているクーラなんて少しも怖くない。


「そんな俺だからな。そのためなら、お前に挑めない道理は無いだろう?」

「……君は何を言ってるの?」


 対してクーラが見せてくるのは困惑で。


 やっぱりか……


 確信する。どうやらクーラ自身、そのあたりを見落としているらしい。


 ……頭の悪い奴じゃないはずなんだがなぁ。


「私が君から消えようとしてるのだって、君が大切に思ってる日常を守るためなんだよ?だったらなんで抗おうとするの!?」


 そして案の定と言うべきなのか、そんな的外れなことをほざきやがる。


「……どの口が言うのやら。いいかよく聞けよ!」


 まあいい。ならばそのトボけた勘違い、正してやるよ。


「毎朝近くのパン屋に寄って、そこで働く気のいい看板娘ととりとめのないことを喋くって。そいつが休みの日には、連れ立って気ままに王都を回って。最後はそいつが用意してくれた美味い茶と菓子で締めくくる。……そんな時間はさ、すげぇ楽しいんだよ」

「あ……」


 呆けたような声。


「ようやく気付いたか阿呆が」


 そのあたりのこと――いや、クーラの存在そのものが、俺の日常の中でもそれなりの割合を占めているということに。


 それを忘れて、何が俺の日常を守るだ。馬鹿も休み休みに言えって話だ。


「お前が守ると言っている俺の日常。そこにお前は居るのかよ?居ないんだろうが?だから俺は、俺から大事な日常(クーラ)を奪おうとする奴には、どこまでだって抗い続けてやるよ!……まあ、俺の面なんて二度と見たくないってお前が考えてるのなら、諦めようともするだろうけどさ」


 もちろん、最後に付け加えたのは、100%無いとわかった上でのことだが。クーラのこれまでを見ていれば、それくらいのことはわかる。


「さあ、答えろよ悪友。どんな了見でお前は、俺の大事なモノを奪おうって言うのかを!」

「それは……そうかもしれない……けど……。だけど……っ!?」


 ハッとしたようになったクーラの顔が、次の瞬間にはくしゃりと歪む。


 この程度のことに気付かないというのもクーラらしくないような気がしないでもないが、無自覚に無意識のうちに考えることを避けていたのかもしれないか。


「それでも!もうこうするしかないの!仕方ないんだよ!」

「……またそれか」


 逆上気味に言ってくるのはそんな――さっきの独り言の中にもあったことで。


「だけど事実なんだから!……認める。……認めるよ。私は君の悪友を奪おうとしてた。それは認めるよ!」


 かと思えば、今度は開き直り気味に声を上げ、


「けどそれでも!君が私の人形にされてしまうのは絶対に嫌なの!それだったら!君が君であることを失わせないために、私は君から私の存在を奪うよ。君から君を奪うくらいなら、その方がまだマシだから!どうしようもない二択だったら、少しでもマシな方を選びたいの。だから……お願いだからさ、聞き分けてよぉ」


 弱弱しい哀願へと変わっていく。


 相当に追い詰められているらしい、か。正直なところ、『ささやき』よりもずっと効く感じだ。クーラがそこまで言うのならと、そんな気持ちにすらなりそう……なんだけど……


「お前は本当にそれでいいのかよ?」


 あくまでもそれは、クーラが本気で望んでいるならばということを前提にした話。


「だから、この方がまだマシ――」

「そういう話をしてるんじゃない。マシだとかマシじゃないとかじゃなくて。俺からお前の記憶を消して、お前も姿を消す。そうすることをお前は、本気で望んでいるのかよ?お前は俺と過ごす時間を楽しんでくれていると。そう思っていたのは、俺の思い上がりだったのか?エルナさんのところで働くお前が楽しそうに見えていた俺の目は、節穴だったのか?」


 そんな、答えのわかり切った問いかけへの答えは、


「そんなわけない!」


 耳が痛くなるような叫びで。


「もっともっと!ずっとずっと!いつまでだって君と一緒に居たかったよ!君とふたりでやってみたいことだって山ほどあった!君と離れるくらいなら!君に忘れられるくらいなら!むしろ私の記憶を消してしまいたかった!その方がずっと楽だったよ!なんで……なんで私がこんな思いをしなきゃいけないの!それはさ、これまでに数えきれないほどの命を奪ってきたのは事実だよ。けど、助けてきた命だってたくさんあったのに!それなり程度には、善良に生きてきたつもりなんだよ!なのになんで……っ!なんで私が……こんな……っ!」


 俺と出会うよりもずっと前から溜め込んでいたであろう感情の爆発で。


「もう……こんなのは嫌だよ……。おね、がいだからっ!助けてよぉ……」


 やがてそれは、慟哭なんて表現が似合いそうなものへと変わっていく。


 ……これは、俺が泣かせたってことになるんだろうかな?


 そんな疑問もある。それでも、放っておくことはできなかったわけで。


 俺も甘ちゃんだよなぁ……


 腹の中でため息をひとつ。


 もしもこれがクーラの罠だったなら、ホイホイと引っかかった俺は間抜けの極みってことになるぞ……


 そんなことを思いつつも気が付けば歩み寄り、その背中に手を回していた。そしてしばらくの間、俺にしがみつくようにしてクーラが吐き出す涙声が止まることはなかった。

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