たまたま相性がよかったんですよ
『分裂』?
新たに備わったという彩技に思考を向ける。名前からすると、ひとつの泥団子がふたつになるとか、そんな感じなんだろうけど……
そんなことを思いつつ、詳細に意識をやる。
「……なるほど」
どうやらこの彩技、俺の手を離れた泥団子が複数に増える、というものらしい。増やせる数の上限は、現状では100なんだと、感覚的に理解できた。なるほど、確かにコレは『分裂』だ。
さっそく試してみるか。
目の前には恰好の的があるんだから。
まずは……ふたつから、だろうな。
最大数の100を試してみたいという好奇心もあるんだが、最初は少なく。そこから少しずつ増やしていく方が無難だ。幸いにも今は、切羽詰まった状況じゃないんだから。
「そらっ」
そうして適当な草に向けて投げ付けてやれば、手を離れてすぐに泥団子がふたつに増えた。大きさが変わったようには見えないあたり、ひとつがふたつに割れたわけではなく、新たに別の泥団子が現れた感じか。
そのまま異なる2本の草にぶち当たり、2本ともが折れる。ニヤケ野郎の叫び声は気にするのも飽きてきたところなのでどうでもいいとして、ふたつに増えた泥団子の双方に『衝撃強化』を込めることもできるらしい。
これは……使えるな。
俺としては好都合。肩の疲労がネックになって来たところだが、この分裂を使えば、一度の投擲で複数の泥団子を飛ばすことができるというわけだ。
あとは……俺の精神的な疲労か。
今のところ、心色を使うことによる疲労というのは感じていないが、100分裂を使ったなら、確実に来そうな気がしているところ。
そのあたりも試しつつ、だな。
「さて……」
ニヤケ野郎に目を向ける。そのニヤケ顔が引きつって見えたのは、多分気のせいだろう。
「よっ!」
3分裂。特に違和感はない。
「はっ!」
5分裂。7分裂。9分裂。何ともない。
「ほっ!」
12、15、18、21。まだまだ行けそうだ。
「よいしょっ!」
25、30、36、43、51。心なしか、身体的なものとは違う疲労を感じてきたような気がする。
「そりゃっ!」
60、70、80。さらに増やしていく。身体ではなく、心が重くなるような感覚が大きくなってきた。
「ほいさっ!」
90、100。
「……っ……く」
そして上限の100。ここに来て、軽い目まいを感じ始めた。なるほど、心色を使いすぎるとこうなるわけだ。
心の疲れが身体にまで影響して来たとでも言えばいいのか、今ならばわかりやすく動きも鈍っていることだろう。
「ふぅ……」
その場に座り込んでひと休み。相も変わらずにピギャピギャとやかましいニヤケ野郎を見やれば、いつの間にか相当な数の草が折れていたらしい。その巨体全てが露になっていた。
「……あそこに100『分裂』をぶち込んだら、さぞや気分がいいだろうな」
一度そんな発想が浮かぶと、頭を離れなくなる。幸いというべきか、休憩しているうちに疲れも少しは抜けた気がするわけだし……
やるか!
そう決めて立ち上がり、右手に生み出すのは、『封石』『衝撃強化』に100『分裂』の全てを宿した――今の俺に繰り出せる最強の泥団子。
単発では効いた様子もなかったが、同時に100発となればどうなるかね?
「そらよっ!」
投げ付ける。何度か繰り返して多少は慣れたと言っても、ひとつだった泥団子が一瞬で100に増える光景はなかなかにインパクトがある。そして――
「ピギャアァァァァッ!」
ニヤケ野郎の叫びは初めて耳にする種類のものだった。嘲り笑いではなく、威嚇するようなそれでもなければ、苛立たし気な風でもなく、苦痛に起因した悲鳴だと俺には思えた。
効いてるってことだよな?だったら!
「まだ終わりじゃねぇぞ!」
同じ泥団子を続けて放つ。そのたびに、心身に疲労が増していく。それでも、効いているんだと、こっちが苦しい時はあっちも苦しい。これは我慢比べなんだと自分を奮い立たせ、投擲を繰り返す。
「ピギャアァァァァァァァァァァァァァ…………ッ」
20回を数えたあたりで響いたのは、ひと際長く尾を引く悲鳴。その最後は弱弱しく消え逝くようで。
ガックリと項垂れるようにニヤケ野郎の頭からも力が抜け去る。次の瞬間には、その巨体が空気に溶けるようにして消えていった。さらには、大量に生い茂っていた草のすべてまでもが消え失せ、問題の畑は一面の土色に。
「……やった……のか?」
にわかには信じられなかったが、魔獣が死ぬ時はだいたいがこんな感じではある。やれたのなら、残渣を残しているはずだけど……
そうして畑を見回せば、その真ん中あたり。ちょうどニヤケ野郎が居たあたりにソレはあった。俺の握り拳をふたつ合わせたほどの大きさをした鉱石のようなものが。
「デカいな……」
初めて見る大きさ。それでも、残渣には違いなかった。
「はは……」
笑いがこぼれる。なぜなら、その存在が意味するところは……
「やれた、ってことなんだよな?」
見事に、とは言えないだろうけど、あの魔獣を撃破できたってことなんだから。
心地のいい達成感の中で、すっかり綺麗になった畑の中心に向かい、残渣を拾い上げる。ずっしりとした重さは、ニヤケ野郎がそれなり以上には高位の魔獣だったという証。
「ア、アズールさん?」
「……村長さん?」
名を呼ばれて振り向けば、そこにいたのは茫然とした様子の村長さん。
「あの魔獣は?それに、あれだけ生い茂っていた草も……」
「そのことなんですけど……あの魔獣を倒したら草も全部消えてしまいまして……。ちなみに、コレがあの魔獣の残渣で……っとと!?」
畑を出て村長さんの方に行こうとして、柔らかな土に足を取られてしまう。
「大丈夫ですか!?どこか怪我でも……」
「いえ、怪我はないです」
やったこと自体は、安全圏から一方的に泥団子を投げていただけなんだから。
「少し、心色を使いすぎただけなんじゃないかな、と」
「そうでしたか。ですが、あれだけ大きな魔獣を倒すなんて……。その残渣も、初めて見る大きさですし、さすがは第七の新人ですね」
「たまたま相性がよかったんですよ」
俺の心色が近接型だったなら、こうは行かなかったはずだ。
というか……
事が済んだからこそ思えるんだろうけど、途中からは随分と調子に乗っていたんじゃないかとも思う。このあたりも反省点だろう。
「それよりも、再度の手間で申し訳ないんですけど……第七支部に宛てた手紙、内容を変更してもらえますか?なにせ……」
すっかり綺麗になった畑を見る。件の魔獣はどうにかこうにか倒すことができてしまったんだから。
「そうですね。ですが我々としては、嬉しい予想外ですよ」
「それは何より。手紙が書きあがったら、俺はすぐ王都に戻ります。あの魔獣の件、報告は速い方が……っく!」
そこまで言いかけたところで、今度は目まい由来のふらつきがやって来る。多分、心色の使い過ぎによるものだろう。
「……お疲れのようですし、今日は泊まって行ってください。もとは数日かかる予定だったわけですし、妻もそのつもりで夕食はアズールさんの分も用意していますから」
たしかに、初めて経験するタイプの疲れが溜まっている自覚はある。帰路の途中で限界を迎え、街道沿いでぶっ倒れるように野宿するなんてのは、さすがに避けたいところ。
「申し訳ないです。お世話になります」
だから、俺は素直に好意を受けることにした。
「疲れた……。本当に疲れたぞ……。もう動きたくねぇ……」
それから、汗を流すのに村の公衆浴場を使わせてもらい(その際に、ニヤケ野郎相手の戦い――という名の一方的な攻撃を見ていたという村の人たちからの称賛の雨はこそばゆかったが。それに、あまりおだてられての増長も怖い)、村長さんの奥さんが作ってくれた晩飯のポトフをご馳走になり(美味かった&腹が減っていたということもあり、図々しくも2度もお代わりをしてしまったが)、用意してもらったベッドに倒れ込んだ俺が漏らしたのは、そんな情けない言葉。
心色の使い過ぎというのは、思ってた以上にクるものがあった。師匠に鍛えられていた頃は、身体的な疲労で倒れたことは山ほどあったんだけど、疲れ方の質が違う。精神的な疲れが絶え間なく身体に流れ込んでくる、とでも言えばいいのか。こんなこと、師匠は教えてくれなかったぞ……
いや、それも無理はないのか。
それでも、すぐにその理由に思い当たることができた。なにせ師匠自身、心色を持たずにやって来たお方だったんだから。心色持ちの常識すら、知らなかったというのはありそうな話。
「寝よう……」
なんにせよ、今は休むべきだろう。他にやることも無いんだから、なおのこと。
だから、意識を保つ努力を放棄する。そうすれば、瞬く間に、俺は眠りに落ちていった。
今日はここまでになります。明日以降は毎日20時更新予定です。




