母との接触と二人の男の話
深夜の散歩は、楽しい。
人間だった頃から趣味は深夜のコンビニ巡りだったが、今は夜に出歩くという行為そのものが気分を良くさせる。
偽物ではない、本物の夜が設定された吸血鬼としての本能を刺激する。
「きみきみ、こんな時間で一人でどうしたの。保護者の方はいないの? お母さんとか、お父さんとかだよ」
こんな風に絡まれる事すら愛おしい。流石に行動を妨害されるのは困るので睡眠の魔眼で眠ってもらうが。
などとやっていたら、脳内スマホに連絡が入った。これは意外な人物だ。私の母親、アバターモエクス一期生の松葉チユリからである。
頭の中でデス子を起動して適当なビルの上に飛び乗り、通話を始める。
「やあ、お母様。良い夜だね。私に何か用かな?」
「あなたね。何のつもり? 気付いたら私が化物の製作者なんて呼ばれているんだけれど」
ふむ、化物とは私の事か。実の母親からそう言われると傷つくものがあるな。事実だが。
「何と言ってもね、事実を語っただけだが。お母様の無償の愛と詳細な設定による肉付けが私を産んだのさ」
「……端的に聞くわ。貴女が本当に吸血鬼だとして、私はまた同じような存在を生み出してしまうの?」
「それは無理だろう。これからまた作ろうと思った作品には、また私のような存在を生み出すのではないかという雑念が入る。良くも悪くもね。だから、それが完璧な作品を作り出すうえで邪魔になる。電脳吸血鬼はこれまでもこれからも私一人さ」
期待も不安も、邪魔なのだ。電脳存在を作るためには純粋な心が必要になる。作品に対する思いが。そこに電脳存在を作れるかも、作ってしまうかもしれないなんて思考はよぎるだけでもアウトなのだ。
「そう、それならいいけどね。私は純粋に絵を描きたいの。その過程で怪物を生み出すつもりはないのよ」
「なら、念のためVtuberの立ち絵のような、動かす前提のものはやめておくことだ」
「そうするわ。じゃあね」
本当に聞きたい事だけを聞きに来たという感じだ。そこに親子の情は感じ取れない。
「ああ、良い夜を。……最後に聞かせてくれ」
「何?」
「貴女は、お母様は私が嫌いかね?」
息を吐く音が一つ聞こえた。
「思ってるのとは違った。って感じかしらね。普通に中の人が入って人気になったり苦労したり。そういうのを考えてたから……本物の吸血鬼が生まれて困惑してる。ついでに言うと私の名前出して迷惑かけてきたから嫌い寄りって感じよ」
「これは手厳しい。これからイメージを挽回できるように気を付けよう。母親に嫌われたままというのは悲しいからね」
「……もう切るから」
その一言を残して通話は途切れた。自分もデス子から退室し、脳内スマホから意識を外す。
ふと空を見上げれば、ビル一棟分だけ月が近くに来ていた。なんとなく月に手を伸ばしてみる。
帰りは霧化して帰った。なんとなく精神が揺らいでいて、人間に絡まれたらいつも通り対処する自信が無かったからだ。
なんでもない風を装ったが、嫌われるというのは辛いな。
【サイバ・ワーウルフの話】
こんなはずじゃなかった。俺が配信することで反発がある事は分かっていた。それでも少ない理解者と同期に恵まれて、細々とではあるが楽しくやっていけると思っていた。けど現実は違う。
まずコメントが読めない。これは俺の配信能力とは別の問題で、いつコメント欄を見ても荒れていて拾えるコメントが無いのだ。そうすれば当然見なかったことにするしか無いわけで……沈黙が生まれる。そうすればそれを追求する荒れたコメントが流れてくる。悪循環だ。とてもじゃないけど精神がやられる。
同期も酷い。なんでも俺を除いた三人でユニットを組んでしまったらしい。これではいかにも俺が邪魔者のような扱いだ。確かに俺のチャンネル登録者数は少ないが、こんな事をされる理由が無い。
ただ、唯一有難かった事がある。先輩が俺を見かねての事だろうがコラボしてくれるという。俺が入るまではアバターモエクスの唯一の男Vだった、ダー・バーテン。彼が俺を助けるために力を貸してくれるらしい。有難い話だ。俺は世間で言われているような女が好きだからアバターモエクスに入った男ってわけじゃない。Vtuberとして立ち絵が貰えて、配信が出来ればそれでよかった。たまたま応募してたからというのが強い。もちろん倉瀬アズキのゲームの腕前と視聴者との距離感の上手さに憧れてというのはあるが、そういう配信はどこでも出来る。……出来る、はずだった。
そもそも俺がここに入れた理由は未来を買われたかららしい。ゲームも下手の横好きでまだまだFPSみたいなゲームはお世辞にも上手いとは言い難い。それでも、俺は第二の倉瀬アズキになるという理想を語ったのがウケたのだとマネージャーから聞いている。
だから、俺は視聴者の悪意に負けるつもりはない。ちゃんと配信を見てくれている人が、本当にほんの一握り存在する。そうじゃなきゃ最初の配信でハッシュタグを決める事は出来なかっただろう……あの時も酷かった。
男は狼だから気をつけろだとか、その辺のコメントはまだいい。リスナー名なんて銀の弾丸にしようとするのが視聴者間で流行った。狼男を殺す武器だ。俺を滅そうとする超がつくほど攻撃的なコメントが当然のように、埋め尽くすように流れていく。それは俺が歓迎されていない証だ。
それでも俺は二回目の配信でBUBGをプレイして、流れを変えるつもりだった。芋ったりはしない。配信映えを考えた突撃プレイ。男らしい、とかそんな印象を与えるための手段だった。
結果は惨敗。一キルも出来ない俺に下手くそ、辞めたらこのゲーム? などというコメントが見てるだけのやつから送られてくる。
俺は見ている人を楽しませるだけの配信がしたかっただけなのに。それがまったく伝わらない。
なんでアバターモエクス入ったの? と聞かれたから、倉瀬アズキさんに憧れて……と言ったらまた悪い意味で盛り上がった。調子に乗るな、という旨のコメントを大量に頂く事になった。彼らは夢を語る事さえ俺に許してくれない。
だが、俺は成長するコンテンツとして運営に望まれた。だから、まだこれからだ。ダー・バーテン先輩だって俺と一緒に戦ってくれる。悪意ある視聴者には負けない。配信だって初めて二日目、徐々に俺の事を分かって貰えればいい。
長い目で見てくれれば、俺は成長できる。同期の誰よりもだなんて思っていたら、同期の一人は電脳吸血鬼? とかいう存在らしい。キャラが濃くてなによりだ。だが、それは卑怯じゃあないだろうか?
Vtuberは人間が中にいる事を前提として、人間が動かすコンテンツとして出来ている。そこに、訳の分からない怪物が我が物顔で参入してくることはルール違反じゃないだろうか。
それでも彼女は受け入れられているらしい。それはきっと、見た目が美少女だから。幼女と言ってもいい。
人間の俺が受け入れられなくて、化物の女が受け入れられる。おかしな話だ。世の中狂っている。
だが、それも少しの間だけの辛抱だ。この業界、一発ネタだけでいつまでもやっていける業界じゃない。すぐに飽きられるだろう。
だから俺は、特に狼男らしいなりきりはしなかった。そういう、無理な設定は放り投げてやった。そうじゃないとどうせコメントで狼男関係の事でまた何か言われる。設定がこの前言っていたのと違う、だとかだ。俺が狼男のVであるという事は徐々に風化させる。
これは戦いなのだ。視聴者に、俺を認めさせるための。出来る限り相手の攻撃、炎上を避け、イメージを良くし、こちらの理想の配信を叩きこむ。そうしてノックアウトしてファンにさせる。
駄目で元々、イメージは現時点でマイナスだ。これ以上下がることもないはず。だから俺は絶対に辞めない。このままVをやめたら、俺を叩いてきた奴の望み通りになってしまう。そんなのは許せない。
確実にファンを作っていき、無理はせず、成長していく。それが俺に出来る精一杯の戦い方だ。派手さはいらない。ただ、堅実に。
先輩もたしか、そうやって戦ってきた。俺もそれを真似て徐々に歩みを進めていこう。俺を切り捨てた同期にだって必ず追いつく。いや、追い越す。
【ダー・バーテンの話】
「……だからね、アタシとしてはリスナーのみんなが争うのも辛いけど、何よりサイバちゃんを救えないのが辛い」
そんな内情を吐露するのはダー・バーテンだ。
「そうは言うでござるがなあ……結局、配信内容がつまらなかった事が原因での炎上じゃ、救いようがないでござるよ。配信のノウハウを一個一個教えてやるでござるか?」
溜息を漏らすのは三期生、刃ココロ。忍者系Vtuberの少女。
「そうねえ、それもいいかもしれないわ。サイバちゃんが良ければ男同士でコラボして支えてあげたいわ」
「コラボしてる間、自枠はどうするんです? まさか、後輩の為に自分の放送を放置すると? それはダーさんのファンに申し訳が立たないのでは? ダーさんが好きで、その……サイバさんが苦手な方はそれを知ったら怒り狂いますよ。炎上がさらにひどくなります」
三期生の紅白ミイコがそう指摘する。
「それはしないけど……ちゃんと、コラボも自枠もするわよ。ちょっと大変かもだけど、やってやれない事はないわ」
「炎上してる配信は体力を使うの、私は知ってますからねえ。オススメはできませんよ。単純計算で炎上配信が二倍。バーテンの体力が持ちませんなあ」
同じく三期生、錬金術師Vの霧野アルケがダー・バーテンに苦言を呈し、心配している。
「それでもアタシは仲間を、同じ男Vを救いたいの」
「飛び火で炎上しているあなたに、それができるとでも?」
「アタシにしかできない。アバターモエクスで男が活躍できる土壌を作れるのはアタシとサイバちゃんだけ」
最初に折れたのは侍巫女のミイコだった。
「考え方が尊いのは認めます。挑戦して駄目だった者を救い上げるのは人として正しい行いですから」
「そうよね、アタシ、間違ってないわよね」
「ただ、溺れる者を助けようとして自分も溺死なんてことになるリスクについては考えてござるか?」
ココロの追求に、しかしダーは頷きで返す。
「もちろんよ。これは男Vの誇りをかけた戦い。視聴者との戦いよ」
「カップリング的には美味しいけど~……リスナーと戦うなんて言ってる時点で駄目だと思うね」
水を差したアルケの発言に、一瞬時間が止まる。
「結局さ、我を通すために視聴者に納得してもらわなきゃならないのに、戦おうなんて喧嘩腰な時点で泥沼だよね。そんなんで本当に望む結果が得られるの?」
「それは……そうだけど」
「デビュー時点のバーテンはどうだった? 男一人でバッシングを受けて、それを受け入れて細々とやって、今のバーテンがある。そりゃオネエで、女に興味ないってスタンスだったのもあるけど、そこにはバーテンとリスナーの間に、一種の相手を受け入れる気持ちがあったでしょ。
今のバーテンは何? サイバと一緒にリスナーと戦うって? 後輩にいいとこ見せようとして調子に乗ってない? そういうの、リスナーも馬鹿じゃないから気付くよ」
長文疲れた。滑舌悪いからとちってたら恥ずかしいな。などと言いながらアルケは言葉の矛を収める。
「そうよね……うん。サイバとのコラボはアタシの名前でちょっと人集めて、まだコメントを読むのに慣れてないサイバの代わりにコメントを読んで話題を振る。サポートに徹するわ」
「甲斐甲斐しいねえ。まったくサイバくんは幸せ者だよ。こんな先輩がいるなんてね。今日の話だけでサイバ×バーテンのカップリング妄想が捗りますわ。ぐふふ」
アルケの錬金術とは、つまるところカップリング妄想だった。直近の放送ではテレビ×テレビチューナー付きパソコンの話題だ。
それはデビュー当時から変わらないアルケのスタイル。無機物も生ものも、稀に炎上しながらカップリングを続けてきた。三期生はそんな彼女を受け入れ……しかし、ダー・バーテンとの距離感は掴めていなかった。
今の五期生と変わらない。初の男Vと近づきすぎて仲が良いともなれば処女性を重んじる視聴者に嫌がられる。そして、その層は無視できないだけの勢力を持っていた。
当然と言えば当然だ。Vtuberは二次元のアイドル。ともすれば、清らかな人間関係を求められるのは当たり前と言える。そこに、男の入る隙間は無かった。
特にアバターモエクス三期生は、当然一期生や二期生の次に入ってきた。そしてその一期生や二期生というのは、倉瀬アズキを中心とした女同士のいちゃいちゃが人気コンテンツだった。
ならば、それを三期生にも求められるのは道理。なぜか入ってきたダー・バーテンという異物を、彼女達三期生は持て余していた。
そして、ダー・バーテン自身もそのことは分かっていて、同じ三期生と近づくことは無く、裏で距離を取ることを宣言。雑談配信で視聴者の距離を徐々に徐々に近づけていったのだ。
そんな地固めがあったからこそ、他の三期生達も今や普通にダー・バーテンの話を配信で出来る。裏でもバーテンが困っていれば夜中まで起きて相談に乗るほどの仲になったのだ。
ともすれば、五期生も同じようにサイバ・ワーウルフは時間と共に受け入れられるのだろうか。結局、ダー・バーテンの干渉は吉と出るか凶と出るか。今この時点では、例え吸血鬼であろうとも分からない。