デス子で相談と彼の炎上と我がふり直せ
二回目の配信が終わった私は、フネとパンプキンの待っているというデス子に入っていった。新しいサーバー、トリオ・ザ・ハロウィンに招待されていたので参加してみると二人は会話中だったので私も通話を繋ぐ。
「配信お疲れ様なの。配信終わってすぐで申し訳ないけど、フネも寝る時間が近いの。だから早めにトリオ・ザ・ハロウィンについて話をさせてほしいの」
「配信お疲れー。メアリーちゃんが電脳吸血鬼とかっていう新しい存在だったなんてねえ」
フネは言葉の通り眠たげで、話を進めないとおねむの時間だろう。なんせ今は深夜一時過ぎだ。
「まあ、ぶっちゃけサイバと繋がりが無い事を視聴者にアピールするってのが目的なの」
「同じ五期生だしサイバと仲良いんだろうって思われる事はデメリットだっていうのがフネちゃんの考えでね」
なんとも堂々とした孤立化計画発言である。
「フネはサイバなんかに足を引っ張られるわけにはいかないの。アバターモエクスは女の子が楽しく遊んでるところを見せるコンテンツなの。それで伸びるのは今までのアバターモエクスが証明しているの」
「うちもリスナーと楽しくやってるところにサイバの話が出て若干荒れるのは好ましくないんだよ」
男である。それだけでこうまで言われてしまうサイバが哀れだ。
「別にいつまでも繋がりを断つわけじゃないの。サイバがアバターモエクスとして受け入れられた時は、たまに、稀に五期生コラボするとかはするかもしれないの。それまではトリオ・ザ・ハロウィンというユニットとして活動してますというていを取るの」
「サイバには先輩の男ライバーのダーさんがついてるしね。向こうもそっちと一緒にやってる方が気楽じゃない? あいつに女に囲まれる趣味があるなら別だけどさ」
つまり、言葉を選ばなければ初回伸びなくて困っている同期を助けず、切り捨てるという事だ。しかし、サイバに構えば我々が助けにならずむしろ炎上を加速させるのも事実。そして、アドバイスをしても受け入れられないのも実際に確認している。
「配信が上手くいった人には俺の気持ちなんて分からない、か」
「酷い話だったの。数時間も愚痴聞いてきたフネも何のために聞いたのか分からない発言だったの」
「彼は結局、二回目の配信も上手くいったとは言い難かったよ。そこまでゲームが上手かったわけじゃなく、コメント欄も相変わらず彼を配信者ではなく敵対者として見ていた。それでいい配信になるわけがない。あれはただのサンドバッグだよ」
そんなことになっていたのか。それはまた落ち込みそうだ。
「その時思ったの。またグチグチネガられて慰めてもそれを一言で切り捨てられるくらいなら、フネ達は先んじてサイバを切り捨てるべきなの。いつまでも後ろ向きな女々しい男に引っ張られて無駄に時間を使って駄目になるくらいなら、フネ達はグループ活動を通して同期の女で力を合わせてリスナーを楽しませるべきなの」
「それでデビュー二日目にしてユニット結成の提案をしてくるのだからこのパンプキン、行動力に脱帽さ」
「それで? 具体的に何か活動予定はあるのか?」
さすがにハブるためのグループです何もしませんというのは体裁が悪いだろう。そう思っていたが、フネはしっかりと考えていた。
「二人にも起動確認して欲しいのだけれど、やれるならビーペックスレジェンズがいいの。あれならちょうど三人でプレイできるから、余りもしなければ不足も無いの」
「ああ。あれなら確かに三人プレイだ。……しかし、『悪いなのびのび、このゲーム三人用なんだ』をリアルにやる時が来るとはね。あれならデビュー前に軽く触った事がある。大丈夫だ」
「こちらもパソコンのスペックは足りている」
いざとなれば高級なパソコンをイラスト化して電脳世界に持ち込んでやればいい。そういう裏技についてもリスナーには話してある。卑怯だって言ってたわ。そりゃそうだ。
だが、そういう反則的な存在が私なのだ。
「あとは歌なの。ハロウィンソングは世の中にたくさんあるから、運営さんに許可取ってもらってそれを歌って動画にするの。ただこっちは許可取るのにも時間かかるだろうし、徐々にやっていくの」
「なんたってトリオ・ザ・ハロウィンだからね。ハロウィンらしさを押し出していくのは正当な方向性だろう」
「任せるといい。完璧な音程で歌ってみせよう」
譜面をダウンロードしてやれば完璧な音程が出せる。卑怯だと思うだろうがそういう反則的な存在が私なのだ。
「あとはリレー配信でもするの? 時間が合うならでいいの。ゴールデンタイムをトリオ・ザ・ハロウィンで染めてやるのも一興なの」
「フネちゃんもメアリーちゃんも今後ゲーム配信やってくんだっけ。それなら私が二番目に入って雑談で時間調整するよ」
「私は最後がいい。夜こそが吸血鬼の時間だからな」
そんなわけで、フネが20時から、パンプキンが21時から、私が22時からという風に決まった。フネが時間をオーバーしてもパンプキンが22時には放送を終了して、私にバトンをパスしてくれるというわけだ。
とはいえそれも基本の話。どうしてもパンプキンがずれ込む時は仕方ない。恨みっこ無しで時間をずらすという事になった。パンプキンだってたまにはゲーム配信もしたいだろうしな。
「とっても実のある話ができたの。フネは大満足なの。これからもトリオ・ザ・ハロウィンとしてよろしく頼むの。おやすみなさいなの~」
そう言ってフネは落ちた。私とパンプキンの二人が通話に残る形となる。
「……で、どう思う?」
「メアリーちゃん、それ、サイバのこと?」
「ああ」
結局どれだけ理由をつけようと、同期を置き去りにする事について彼女の意見も聞いておきたい。
「私もね、仕方ないと思うよ。私は多くの人を楽しませるために配信者になった。私が楽しませるべきなのはリスナーであって、沈んでる同期じゃない」
「視聴者が望むなら、人ひとり排斥しても構わない。それはいじめとどう違うのだろうな」
「メアリーちゃんは、アバターモエクスの一期生について知ってる?」
「ああ」
アバターモエクス一期生。それは明らかに動きの違う元プロゲーマーらしき倉瀬アズキが、他三人にちょっかいをかける百合百合とした雰囲気がウケてバズり、二期生の募集に至った。
一期生のそんな姿を見ているから二期生もそれを踏襲した。アズキに憧れて入ってきた女子だっている。
「女の子同士で明るく楽しく。私もやりたかった。それなのに同期に男がいて、そのせいでギスギスして……正直邪魔だとすら思ってる。なんで私の同期には男がいるんだろうって。ねえ、メアリーちゃん。いじめられているって言うのと皆から嫌われているっていうのは似て非なるものだよ」
「誰かが嫌っているから忖度して嫌うのか、本当にそれぞれが悪意をぶつけるのか……どちらも、針の筵の本人は辛いだけだ」
「皆がそれぞれ、人を嫌う権利を行使してるだけ。それがどうしてこんなに醜く映るんだろう。私はただ、嫌いなものを嫌いたいだけなのに」
……難しい、問題だ。
かく言う私もサイバにもう興味が無い。世間は、それもいじめだというのだろう。いじめに無関心であったなら、それはいじめに加担しているのと変わらないのだと。
解決できるとしたら。
「三期生に話を聞こう」
「――なるほど! アバターモエクス最初の男Vtuber、ダー・バーテンとその同期は私達と同じ体験をしてるはず! メアリーちゃん冴えてる!」
「ただ、もうこんな時間だ。人間はもう寝る時間だろう」
気付けばもうすぐ二時になる。こんな時間に通話に押しかけても相手方を困らせるだけじゃないだろうか。
「でも一人くらい誰かいるかもしれないし、三期生サーバーに声かけてみよう。ありがとうねメアリーちゃん」
かくしてパンプキンは一人で三期生との会話に挑むのであった。しかし、目的が果たせなかったとの報告が入ったのは十分も経たないうちだった。
「どうした? 誰もいなかっただけなら報告はいらないだろう」
「ううん、逆だよ。全員いた。ダー・バーテンの再炎上について対策を練ってて忙しいから無理だって」
どうにも穏やかじゃない。話を聞いてみたらこういうことだ。視聴者は、自分達がアバターモエクスの初めての男Vtuberを受け入れたがために、サイバという二人目の男が入ってきたのだという論調になり、サイバの炎上に合わせ、ダー・バーテンも炎上しているということだ。
「……サイバの炎上?」
「簡単に言えば、こいつつまんなすぎ、だそうだよ」
特別ゲームが上手いわけでなく、どちらかというと下手で、かといってコメントを読むかと言えばそうでもない。視聴者の方を向いてるわけでもなければ視聴者を振り向かせるだけの力があるわけでもない。純然たる、能力不足……しかし、配信二日目のライバーに厳しすぎては。
いや、炎上の下地はあったのか。それがもう爆発した。よほど視聴者は腹に据えかねていたのだろう。
「我々は彼の炎上について話題にもしなかった。それに対して三期生は、この時間まで全員起きてダー・バーテンの炎上に対する対策を考えている。この差こそが、三期生と五期生の違いだろうな」
言ってしまえば、絆を育んできた時間の差とでも言うべきだろうか。
「直接話した事は無いけどダー・バーテンはいい人っぽいのが配信から伝わってくるからねえ。人望だよ」
「その人望がサイバには無いわけだ。この違いがどこにあるのか。考えてみるか?」
「そもそもつまんないっていうのは本人の問題で他人がどうこういうものじゃないし、かといって、もし私達が相談受けたところで上手くいってる奴に自分の気持ちなんて分からないで終わりでしょ? 相談されてもね」
「そうだ、相談され甲斐がない、全て突っぱねるような発言をするのが目に見えている。つまり性格だ」
これは、本当にどうしようもないやつかもしれん。
「それってまさか、嫌われてるのはつまらないやつだからで、相談しようと思われないのは性格が悪いから?」
「残念ながら、その答えが妥当なところなのだろう」
パンプキンが唸る。そして答えに辿り着いてしまう。
「つまり私は、つまらなくて性格が悪い奴がなんで嫌われてるんだろうっていう正解の見えてる問題で悩んでたのかい?」
「そういうことになるな」
「……寝るわ。おやすみ」
「無駄な時間を過ごした。おやすみ」
今度こそ私は一人になった。だからこそ考えなければならない事もある。
デス子を抜け、電脳空間を飛び出し眷属の家を出て夜の散歩をしながら考える。
見た目こそ美少女だが、本当に面白い配信が出来ているのか? ただ吸血鬼の権能を見せびらかして物珍しさだけで戦っていないか?
一度見れば満足する、動物園のパンダではないのか。考えなければならない。
他人の失敗から学ばねば。私は電脳吸血鬼。日々の糧を得ることを眷属に任せ、ただ配信だけを楽しむ大層なご身分だ。ならばこそ、気高く、美しく、それでいて面白い配信を皆に届けなければならない。
私が吸血鬼になった事で手に入れたのはあくまで吸血鬼の能力だ。決して配信者の才能ではない。
ただ使える手札が多いだけで、正しく手札を切らなければ配信者としてははずれの存在になってしまう。
可愛い、美しい、動いてる。そう言われるだけで満足する私ではないのだ。凡百の存在でいたくないという願いが私にはあったはずだ。
ハングリーに攻めろ。使えるものはなんでも使え。しかし視聴者を不快にさせない範囲で。そんな絶妙なバランスを駆け抜けるんだ。
私は吸血鬼。人とは違うという点を活かし、最高のショーを見せよう。
それこそがブラッディ・メアリーにできる事なのだから。