ブラッディパーティー前夜祭
元々アバターメイカーはイラスト等の制作依頼を受ける会社だった。それがVtuberの台頭に伴い、個人で使えるキャラクターを求める人間達が増えたことで、その依頼品のサンプルとして作った立ち絵を実際に動かして見せる試験的な意味合いで稼働したプロジェクトがアバターモエクスだ。
それが一期生の活躍により人気を博して二期生が募集され……と続いてきた結果が我々五期生まで繋がったのだ。
何が言いたいのかと言えば、あくまでアバターメイカーが本流、アバターモエクスは支流なのだ。親と子と言ってもいい。
そして私はアバターモエクスの事務所をすっ飛ばして、アバターメイカー本社までやってきている。それだけ私の存在が無視できなくなったのだろう。私も色々やってきたからな。忍転道のゲームでチート、魔眼による画面の前の相手に対する一時的な精神コントロール、吸血鬼の姿のままファンの前に姿を見せる……色々だ。
吸血鬼の縛りのせいで本社に入れるか地味に不安だったのだが、来るように要請されている時点で招かれているという認識になっているらしく、なんの問題も無く中に入れた。そこで私を待っていたのは五期生の女マネージャー、口うるさい田口だ。
「明智さん! こっちですよこっち! メイド服なんてこんな場に着ちゃってもー。そんなに常識が無い人だと思いませんでしたよ」
眷属の元の名前が明智だ。その名前を聞くと不快感が込み上げるので封印してきていたのだが。ちなみに下の名前はもっと嫌い。
「私は眷属ですので。従者に相応しい格好をしているだけです」
「眷属? 従者? 貴女大丈夫ですか? ……って、こっちの小さい子が、例の。うわぁ、本当にいたんだぁ……銀色だけどたしかにメアリーだ」
物珍しい。という思いがありありと取れる表情で私をじろじろと見回すマネージャー。邪魔くさいことこの上ない。
そして、銀髪と銀目の吸血鬼としての力がろくに使えない状態となっている。なぜなら昼過ぎの時間に待ち合わせだったからだ。眷属を連れてきたのもそれが理由で、私の力が女汁やイラスト輸血パックなどで強化された事で、眷属の性能も上がっていた。なにかあれば私を連れて逃げるくらいは普通にできるだろう。
「今回私を呼んだのは貴様ではなかろうよ。さっさと案内してもらおうか」
「うわぁ、生意気な子ですねえ。ネタのためによくこんな娘見つけられましたよ明智さんは」
目の前にいて未だに吸血鬼の存在を信じないのかこの女。吸血鬼らしい事をしていないとはいえ、頭固すぎないか?
「まあ、いいです。メアリーちゃんを呼んだのは確かに私ではありません。アバターメイカーの社長、百合花響様です。失礼の無いようにお願いしますよ」
百合花? 聞いたことがあるな……? などと思い返しながら、私達はエレベーターで最上階へと向かった。
辿り着いた最上階は開けた空間で、警備員が二人。しっかりと片付けが行き届いている。必要な物が最小限といった様子は所有者がきっちりとした人なのだろうという印象を与えるものだった。光の差しこまぬように閉め切った部屋のデスクの向こうには一人の女性が座って私達を待っていた。
「ご苦労。田口だったか。よく吸血鬼を連れてきてくれた」
「いえ、このくらいの事なんでもないです。でも社長までこの子が吸血鬼だって信じてるんですか?」
「ふふふ、彼女を見ているがいいさ。そのために部屋を吸血鬼を迎えるのに相応しいようにしている」
僅かだが、力が漲っている。今は確かに昼だが、日光の遮られた今の環境なら、多少なりとも吸血鬼らしさを取り戻せる。
「わわわ、髪が金に染まっていく……? 眼も赤く。そんなの現実的じゃない」
「今見えているものが現実だよ。さて社長さん。どうにも私に詳しいようだが、どこから聞いた?」
「麗の奴からさ。君ともデートした仲だろう?」
そうか、思い出した。百合花麗。それは倉瀬アズキの本名だ。
「あれは私の姉の娘、姪というやつでね。その伝手でプロゲーマーチームから引っ張ってこれた。そしてアバターモエクスを大きくできたのもあいつの力が大きい。そして、君の事も教えてもらった。良い事尽くめさ」
「そうか。それで、私に何の用だ?」
「一応聞いておかねばならないからね。君はアバターモエクス所属として活動しているが、我々の言う事を聞くつもりがあるのか、とね」
なるほど、首輪をつけられる存在なのか確認したいという訳か。しかし、その言い方は悪手だ。
「私は配信者がやりたいだけだ。いや、やらなければならない。その上で協力する事はもちろんある。だが、一から十まで言う事を聞くほど従順でもない」
「そうか……そうだろうな。怪物が存在するとして、それがなんでも言う事を聞くなどという甘い話もないだろう」
「しかし、不用心だとは思わないのかね。わざわざ自分の陣地に誘い込んでおいて、吸血鬼の弱点である日の光を妨害するとは」
倉瀬アズキは私の配信を見ていたようだった。ならば、魅了の魔眼についても知っているはずだ。今ここで強めに魅了してやればここの会社も乗っ取れる。いや、そういえば魔眼を永続させたところは見せてない。だから油断しているのか。
「信用しているのさ。ふふ、化物を信じるなど馬鹿らしいかもしれないがね。しかし麗の奴の言う事なら信じられる。君はそこまで暴力的ではない、と。
そして、この暗所は信用して欲しいという思いの表れだよ」
「配信者仲間ならともかく、ただの人間と慣れ合うつもりも無いのだがね」
「手厳しいことだ。これでも君の上司に当たるというのに」
私は鼻を一つ鳴らした。くだらない事だ。どこまで行こうが人間は人間、吸血鬼は吸血鬼だ。吸血鬼の上に人間が立てるなど、思い上がりも甚だしい。
「吸血鬼になってから出直してこい、としか言えんな」
「まさにそれが本題だ」
「――なるほど」
合点がいった。権力者というのは往々にして求めるものがある。例のやつだ。
「私もなりたいのだよ。吸血鬼に。永遠の命が欲しい」
「俗物め」
私は苦笑する。わざわざ呼び出して、協力を求めるのは怪物を恐れていたからではなく、怪物を求めていたからだ。
「吸血鬼には分からんさ。この切実な願いはね。それに、そちらにメリットだってある」
「聞こうじゃないか」
「私は永遠の命を持って、アバターモエクスを永続させるように尽力してもいい。そちらも配信者を続けたいなら、バックアップしてくれる組織があると便利だろう? 事実、忍転道の件ではこちらがきっちり頭を下げた。彼らの前では吸血鬼の敵という立場を取って見せ、弱点を探るという名目でもう少しやらせてくれと頼みこんだりもした。有用だっただろう?」
事実だ。あの件でいちいち謹慎だなんて話になってはやってられない。
「それだけじゃない。これから私が力になってやれば、もっと自由に配信が出来る。そして、私が権力を増すほど、君は好きにやれるようになるんだ」
「面白い」
「君の配信を永遠にバックアップする。組織という大きな力を得るために、多少の労力を払ってもらってもいいだろう?」
ここまで黙っていた一人の女が話に入り込んできた。
「ち、ちょっと待ってくださいよ! それじゃ私達はどうなるんですか! それが本気だとしたら不老不死の怪物の元で働くって言うんですか!」
マネージャーの田口だ。そういやいたな、こいつ。
「君達は何も変わらん。ただ、将来的に私が権力を握り続けるだけだ。ああ、君はアバターモエクスの担当だからな。むしろ立場はよくなるかもしれん」
「そういう問題じゃなくてですね! 私は良識の話をしているのです!」
笑っていた。私も、百合花も笑っていた。
そして紡がれた言葉は。
「捨ててしまえ、そんなもの」
そんな社長の言葉に、彼女はへたり込む。
どうでもいい事だ。話を進めよう。
「残念ながら吸血鬼そのものにはなれない。だが、貴様を私の眷属にしてやることで不老不死は可能だ」
「安心した。ここまで話しておいて無理だと言われたらどうしようかと思ったものだ」
「公表します……」
ぽつりと語る彼女は少しずつ力を取り戻していって。
「社長が怪物になるというのなら、私はその件を世間に公表します! 貴女達の野望は阻止させていただきます!」
「君は本当に愚かだ……そんな事、今口にすることじゃない。そうすればどうなるか、考えてもいなかったのかね。吸血鬼。いや我が主、マイロード。彼女も眷属に。目撃者の口を封じましょう」
「よかろう。騒ぎにならない事は私としても大切でね。やってみたい事もあったんだ」
彼女は逃げ出した。だが、遅い。私はその背に飛び掛かると、首筋に向けて歯を立てた。
「あっ……くぅ……あっ、あっ……」
私が初めて私から食らった吸血は痛みを伴うものだった。だがこれは違う。快楽吸血だ。
吸われるほどに気持ち良くなる、その極限は死。そして、眷属化は死体にも行える。
つまり彼女は。死ぬほどの快楽に包まれ、その生涯を終えた。
「眷属作成――」
死体に、私から溢れ出る闇が入り込みその身体がぴくりと反応し、目覚めた。
「おはようございます。マスター」
成功だ。口うるさいマネージャーは、最高の快楽と共に私の眷属へと生まれ変わった。
「素晴らしい……ふふ、マイロード。実は彼女を置いておいたのは実験体の意味もあったのですよ」
「これだから百合花の一族は嫌になる。悪知恵の働くところはアズキそっくりだ。……その頭脳、私の元でしっかり活かしてもらうからな」
今腹が立つことがあるとしたら、人間一人を吸血しただけでは私は完全体になれなかった事だ。せいぜい80%と言ったところか。だが、そんな事は気にする事は無い。あと三人もこの場には人間が残っている。
「さあ、百合花社長。首を差し出せ。そして誓え。我らアバターモエクスの永遠の繁栄を」
「かしこまりました」
快楽を伴う吸血が再び行われる。さっきの奴もそうだが処女だ。血が美味い。
「ああっ……つよ、すぎ……」
血の一滴も残さない長い吸血により百合花の命は失われ、そして眷属という新たな存在へと変換した。
警備員二人も襲った。この場には私の行為を咎める者は存在せず、全てが従順なるものだ。
もう、誰も私を止められない。口うるさいマネージャーも、会社のトップも私の下についた。
吸血鬼としての力も100%発揮できる。アズキとの決戦の準備は整った……だが、まだ吸える。
アバターモエクスの仲間は眷属にするつもりは無いが、それでも血を頂けるならそれに越したことがない。
配信者としての体裁は整えながら血を頂き、あの忌々しきアズキも倒してやろう。そしてあいつだけは眷属として従順なペットにしてやる。
そこからは私の天下だ。無限に続く配信者生活を楽しみ、裏で吸血も行う。そうだ、六期生なんかは私の趣味で決めてやってもいいかもしれない。
誰も私に逆らえぬ。圧倒的な力に溢れている。ほぼすべての吸血鬼としての力が解放された。
陽の光だけが私の天敵。それ以外のすべてをこの力で服従させる。
百合花と別れ、眷属とマネージャーを連れて悠々と会社を出た。誰も怪しむ者はいない。マネージャーとも別れ、私は再び銀色の眼と髪になり一時的な無力感を味わう事になった。落差がきついな。
次のコラボ相手は決まっている。一期生、内藤ナインだ。ただこいつもおそらくエロが上手いタイプ。これだけ大口叩いておきながら性技で負けたらどうしよう。かっこ悪いなんてものじゃないぞ。圧倒的な力を持ってしても、いまだにそっちに自信は無かった。