祝・初配信というには謎が多すぎて
ミス・パンプキンの配信は終了。最後は私の番だ。現在時刻は二十一時を回ったところである。背景良し、BGM良し。スマホスタンドにパソコンと接続したスマホを立て掛け、PCで自分の動きと連動しているのを確認して配信を開始した。
「ごきげんよう。人間諸君。私が吸血鬼Vtuberのブラッディ・メアリー。人間を圧倒する力を持ちながら、人間無しでは生きられない神秘の存在。私は君達人間に興味があってな。配信という形でお前達と触れ合うことにした」
『やっぱハロウィンがテーマなら吸血鬼はいるよな』
『最後の一人は魔女だと思ってたわ』
『可愛いじゃん』
『ロリが粋がってて可愛いよ』
『一生懸命低音で雰囲気出そうとしてる頑張ってるロリって感じしかしない』
掴みは悪くない。ここからが私の本領発揮だ。
「さて、偉そうなことを言ったが私は困っている。なぜなら私は昨日今日吸血鬼になったばかりの新米なのだ。吸血もしたことが無い」
『は?』
『赤ちゃんじゃん』
『そりゃVとしては新米だろうけどさ……吸血鬼ってもっとこう、年季の入った強キャラでは?』
分かる分かる。そうだよな。悠久の時を経て、吸血鬼としての生に飽きて配信を始めるようなのが吸血鬼の格好良さポイントだ。それを捨て去ったのには理由がある。
「さて、そんな私だが。困ったことがある。血液の代用品をどうするか、だ。なにか案のあるものはいないか? 効果的な案が出ない場合、都内で吸血鬼に襲われたという騒動が今後定期的にニュースに載る事になるだろう」
視聴者千人以上。この頭脳を活かして今後の私の生活を考える事にするのだ。
『やばいこと言い出した』
『通報した』
『ロリっ娘に吸われるなら本望。ぜひやってくれ』
変態はいらん。……いや、最終手段としてはありだな。SNSで交流して呼び出して吸血するか。とはいえここでそれを許容した様子を見せると選択肢がそれ一択になってしまう。
「私も昨日までは人間だったのでね。血を吸う事に多少なりとも抵抗が無いことも無い。一回にどれくらいの血液が必要かもわからんからな。代用品で済ませられるならそれに越したことは無い」
『まあベタなのはトマトジュースとか』
『ワインは?』
『ロリに酒飲まそうとするなや……ブドウジュースくらいにしとけ』
早速意見が出てきている。ありがたいことだ。
「案に出てきたものはこの後買わせてもらう。酒はこの見た目だ。買えないだろうがな」
『ロリだもんね』
『母乳……は無理にしても牛乳とか』
『ここでまさかのスポーツドリンク、ユカリスエットとか。飲む点滴っていうし効果あるんじゃね』
『飲む点滴なら甘酒もあるぞ』
『エナジードリンクキめたら?』
『というか酒買えないの? 店員魅了すればいいだけじゃん。できないの? 吸血鬼なのに? 偽物っぽいな』
『エンタメ分かって無い奴がいるな……サンタはいないって言いふらして喜ぶ中学生じゃあるまいし』
ここに来て私が吸血鬼という事を疑う者が出てきた。しかしなるほど、魅了か。やってみる価値はあるな。
「魅了という発想は無かった。なにせ吸血鬼になったばかりだ。自分にどんな能力が備わっているかあまり分っていなくてな。徐々に確かめねば」
『じゃあちょっとどんな能力があるのか確かめてみようよ』
『分かりやすいやつで頼む』
『吸血鬼らしい能力って言ったら結局吸血だしなあ。何かやってくれるのか?』
やれることならある。吸血鬼の身体能力を利用した一発芸だ。
「ふふ、私の吸血事情を真剣に考えてくれた礼をしなければならないからな。見せてやるとしよう。今私の手元にビニール袋に入ったパソコンを操作するマウスが入っている。ローラーがダメになったやつだ」
『あそこ壊れると地味に厄介だよね』
『地味にすげー使うんだよな』
『マウス談義はいいんだよ。そんなもんでなにするんだ』
これに力をいれてやれば。バキバキと音を立ててマウスが壊れていく。
『何の音だ?』
『なんか壊してる?』
『やべー音してるわ』
「なんてことはない。吸血鬼は怪力を持っている。人間さえ引き千切れるであろう剛力は、マウス如きあっさりと砕くさ」
とはいえこれ、何かに夢中になってマウス握りつぶす可能性があるわけで。今後はマウスの予備を常備しておきたい。
『やべーわ』
『ゴリラじゃん』
『握力つよつよすぎる……只者じゃないな』
本物の吸血鬼がいるなんて信じていないリスナーからすれば驚くだろうな。こんなロリ声の女がマウス握り潰したなんて信じられるはずがない。
「他の能力の調査に関しても血液の代用品探しと並行してやっていこうと思う。ササヤキで進捗でも報告しようか。配信でまとめて言ってもいいけどな」
ササヤキは一回につき140文字までの文を送ることができるSNSだ。
『ササヤキで頼む』
『ササヤキ見るの面倒くさい』
『速報出すくらいはしてほしい』
「じゃあササヤキで簡単な速報を出して、詳細は配信で語るとしよう……さて、ハッシュタグでも決めようか。まず配信のやつにしよう」
『新米吸血鬼観察記録』
『ブラッディダンス』
『オーマイメアリー』
目についたのはこの辺りだろうか。ゴリラ呼ばわりしてきたやつは全スルーだ。自分がまだまだ吸血鬼の新米であるという事実を噛み締めるためにもここは。
「新米吸血鬼観察記録だな。十年くらい続いたとしても吸血鬼としては新米だろうから。続いてファンアートタグだ」
『新米吸血鬼観察絵日記』
『ヴァンパイアアルカディア』
『ロリ吸血鬼の姿絵』
一つ目のやつは露骨に狙いに来たな。決まったハッシュタグに寄せる事で統一性を持たせ、採用されやすくしようという寸法だ。しかし私はかっこいいのも欲しい。
「ヴァンパイアアルカディアにしよう。センシティブなやつはヴァンパイアシークレットアルカディアで」
『センシティブいいの!?』
『センシティブ公認やったー!』
『ロ リ コ ン 歓 喜』
「これでも成人しているからな。性欲には理解があるよ」
何気なく呟いた一言は視聴者に混乱をもたらした。
『え? 成人?』
『まったく見えないんですがそれは』
『そういう絵を描いてもいいように設定盛ったな』
「ん? そうか、話してなかったか。家でスマホいじってたら吸血鬼に噛まれてこの姿だ。吸血鬼は永遠の命だと聞くし一生この姿のままかもな」
『合法ロリじゃん……』
『永遠の合法ロリ……』
『メアリーちゃんすげえな。初日とは思えない情報量で圧殺しに来てる』
さて、他に話す事と言えば……
「ああ、そうだ。今後の配信について話そうか。とりあえず明日は血液の代用品がどうなったかの結果報告。その後の配信予定日はゆるくゲームでもやろうかと思っている。アバターモエクスは忍転道と一括契約結んでるしスウィッチのソフトとかいいかもしれないな」
『お、スウィッチ持ってる勢か』
『スマプラ見たい』
『もっと雑談も欲しいわ』
今後の事はまた今度話せばいいだろう。特定されないように新しく購入し直したメインクラフトだってあるわけだし、雑談枠兼ゲーム配信も問題なく出来る。
「さて、自分でも調べるつもりではあるが。諸君には私の能力について考えてもらいたい。ま、明日の配信までに色々試すからその宿題をくれ、というところか」
『とりあえず吸血はしてないだけで出来るはずだろ? 吸血鬼なんだし』
『怪力も発揮して見せたな。魅了は挑戦するって言ってた』
『動物変化はどうだ? 蝙蝠とか狼になれるって聞くぞ』
『眷属作るのはできるのかね。朝とか世話してもらえばいい』
『マイナーどころだと動物と会話できるとか』
すぐ出来そうなのは動物変化くらいか。それなら今試してもいいかもしれない。
「じゃあ最後、動物に変身するの挑戦して枠締めよう」
自分が蝙蝠になるイメージ……湧かないな。自分を無数の蝙蝠にする?
自分をバラバラに……力を拡散させる感覚で……
そんな考えで脱力していくと身体から黒い霧が出てくるのが分かる。
自分という存在が輪郭を失っていく。強張っていた身体がリラックスして、まるで闇と一体化したかのような気分だ。
気付けば肉体はどこにもない。黒い粒子が自分自身だというように自由に動かせる。つまりこれは。
「霧化か……」
存在しない唇から放たれる独り言。黒い霧を一点に集中するようにして力を入れてやると、まるで元からそうであったかのように自分の、ブラッディ・メアリーの身体へと戻っていた。
「人間諸君。動物変化には失敗したが霧化することには成功だ」
『見てたよ』
『どういう仕掛けだ?』
『メアリーちゃんの身体が黒い粉になってぶわーっと広がったと思ったら一点にまとまって元に戻った。何を言ってるか分からないと思うが本当になんだ?』
一体どういうことだろう。私の変身が視聴者達に見られていた? 画面越しに?
「何を言っているんだ? スマホでは私の動きなんて身体揺らす程度にしか感じ取れないはずだろう」
『そういうすっとぼけいらない』
『確かに霧になるところ見たよ。戻るところも』
『じゃあそのスマホが凄いんだろう。霧になるところもメアリーちゃんの動きの一つとして認識したわけだ』
怖気が走った。そうだ。元々はスマホがおかしかったのだ。ブラッディ・メアリーが吸血したのではなく、このスマホが吸血したと言えるのではないか? なにかオカルトじみたものを感じる。吸血鬼になった我が身を考えれば今更なのだが。
『これなら魔法とか血液を固めて武器にするブラッドウェポンとかも現実的だね』
そんな呑気なコメントを見ながら、スマホをなぞる。
PCの中の配信画面の私が画面を撫でていた。
アバターモエクスの技術で動かせるのは頭だけのはず。
腕なんてものは搭載されていない。
『うおっ、びっくりした』
『疑似3Dなのか? それにしては絵柄がアニメ調というか。ぬるぬる動くアニメ見た感覚だった』
『さっきマウスぶっ壊した時はそんな事無かっただろ』
高鳴る心臓を押さえつけ、私は冷静を装って言った。
「吸血鬼にはまだまだ秘密が多い。その謎を解き明かしたければまた会おう」
『乙』
『演出凄すぎ。負けたよ』
『また来るわ』
そんなコメントの流れを見ながら配信を切る。格好つけて言ったはいいが、謎を解き明かしたいのはこっちの方だ。
ついブラッディ・メアリーになった事を楽しんでしまったが、本当に良かったのだろうか。何か大いなる危険に飛び込んでしまっていないか。そんな不安が鎌首をもたげる。
「……コンビニいくかあ」
現実から目を背けるかのように一人呟く。小さくなってしまったその背に、のしかかった謎は重すぎた。