吸血鬼になって同期のリレー配信を見た
これから私はアバターモエクスという会社の吸血鬼系Vtuberとしてやっていく。金髪ショートの赤い眼をしたロリっ娘で伸びた犬歯もチャームポイント、そんな見た目に見合うだけのロリボイスを出せるのが私の採用の決め手だろう。傲慢で可愛いツンデレ娘を演じてみせる。それが私に課せられた役割だ。初回配信は明日、同期とのリレーで行う。一人一時間の合計四時間配信。そのトリとなる。
「これからよろしくね、私は貴方よ。ブラッディ・メアリー」
私のスマホ画面に映った私のアバターであるメアリー、その立ち絵に向かって頭を撫でるようにスマホに触れた。
チクリ、と痛みが走る。何事かと指を見るとその手からは血が大量に流れていた。
「え? なに? スマホで切った? なにそれ」
混乱しながら画面を見ると、ブラッディ・メアリーの口元、とくに歯に血が付いていた。それも、画面の向こうで。
零れる血が画面に滴り落ちると、メアリーはそれを嬉しそうに舐めとり、スマホの中に血液が吸い込まれていく。
「立ち絵が動いてる……!」
スマホの中のメアリーは私の動きを反映して動く。逆に言えば、それ以外の理由で動いたりはしない。
それなのに動いた。AIなんかじゃない。画面の中から私を噛んできた。それで私は怪我をしたのだ。なんて非現実的な。
ドクン、と心臓が跳ねた。眩暈がすると同時に高揚感がする。全能感と言ってもいい。今、私は人よりも優れているという絶対的な自信。圧倒的な力を得たという確信。指の先から広がっていく熱が不快ではなく、むしろ愛おしい。
そこで私はふと思い出したのだ。吸血鬼に噛まれた人間は吸血鬼になる……そんな言い伝えを。
引く気配の無い体の熱に私は立っていられなくなり、倒れながら意識を失った。
冷えたカーペットの感触を感じながら私は目を覚ました。
起き上がろうとした私の手の甲がいつもより小さい事に気が付いた。それだけじゃない。黒いマントのようなものを身に着けていた。
スリープ状態になっているスマホを手に取り、小さな手でスマホのカメラを起動し、インカメラで自分を見ると、それは金髪で赤眼のロリっ娘だった。つまり、私がVtuberのブラッディ・メアリーそのままの外見になっていた。
「なにこれ……! じゃあ本物の私はどうなったの!?」
そのままVtuber用アプリを起動すると、彼女は私が頭を動かすとそれに連動して頭を動かす。それだけだ。また血を吸われるかもしれない恐ろしさがあったがそれでも指をスマホに触れさせてみるが、何も起こらない。
「私とメアリーが入れ替わった訳じゃない。一番ありえそうだったんだけど……じゃあ私の身体はどこに?!」
私は自分の財布を漁って保険証などを確認するが持ち去られたものは一見無い。つまり、私の身体が勝手にどこかにいったとは考えにくい。つまり……
「ブラッディ・メアリーそのものに変化しちゃったのか……? 私は……」
手元を見れば噛まれた指先の怪我も残っていない。この部屋で変化したものは自分自身だけだ。
「く、くくく……」
なんだか笑いが止まらない。壊れた訳じゃない。ただただ、いい気分だ。人を超えた力を持った事実が嬉しい。
今まで嘗められてきた私が怪物だ。昔在籍していた会社で使えないと馬鹿にされてきた私が、あいつらよりも上位の存在になった。奴らなんて一発殴れば死ぬ。吸血すれば眷属だ。
それは優越感を引き起こし、私の中の演技でしかなかったはずのメアリーが目覚める。
「そうだ、私こそブラッディ・メアリー! 餌に過ぎない人間どもに興味を持ち、配信を始める変わり者の吸血鬼! ふ、ふふふ……はぁーっはっは!」
テンション上がりっぱなしの私を窘めるかのようにスマホのアラームが鳴った。私と同じ五期生の配信直前ミーティングの時間だ。
「もうそんな時間か……なんだ私は一日中寝てた事になるぞ」
そんな愚痴を呟く頃には、もう私は私の事を忘れていた。我ながら薄情なものである。もしかしたら、吸血鬼化の一部に元の自分について考えさせないようにする仕組みでもあるのかもしれないけれど、そんな慎重な思考はない。私は私が吸血鬼であるという現実に急速に馴染み始めていた。
無料ボイスチャットアプリ『デス子』をPCで起動してアバターモエクスサーバーの五期生のボイスチャットのページを開き、同期三人とのチャットを始める。
「私が最後か。待たせたな」
「うっすメアリーさん。余裕ありそうで何よりっすよ」
この男はサイバ・ワーウルフ。アバターモエクス二人目の男Vtuberで狼男の設定となっている。
「サイバはもう駄目なの。男だから叩かれるって今からぶるってるの。何のためにアバターモエクスに応募したのか分からないの~」
ゴースト・フネ。自称良い霊だが趣味が船を沈める事。悪霊である。
「駄目だったら三期生のダーさんに慰めてもらいなー。あの人はオネエとはいえアバターモエクス初の男Vって事でもっと大変だったんだからねえ」
ミス・パンプキン。頭にカボチャを被り顔の一切を隠したナイスバディな女性。顔が残念とはこの事だろう。
「実際、我々五期生だけでフォローは難しいからな。伸びていないところをコラボしたところで悪意ある視聴者なら同情でコラボ狙いだとか悪く考えようとすればいくらでも悪く考えられてしまう。女所帯に入る男に厳しい眼があるのは分かっててここに来たんだろう?」
視聴者だった頃から思っていた。女Vというものはガワが可愛ければそれだけで一定の層を取り込める。それに比べて男は面白くないとその時点で失格。厳しい世界だ。
とはいえ、面白くなければ伸びが悪いのは女も同じことなのだが。
「サイバはゲームが得意だと聞いたの。次回以降はゲーム配信で腕前見せて、今回はゲームあるあるとかで一時間持たせるの」
「あとハッシュタグだね。まー、いくらなんでも誰もまともに進行に付き合わないなんてことはないだろうからさ」
「……うっす。頑張ります」
そんなこんなで他の同期が人狼のサイバを励ましていると、配信開始時間が近づいてきた。最初に切り込むのはゴースト・フネ。幽霊系Vtuberだ。
「みなさんこんばんはなのー。良い幽霊のゴースト・フネなの。仲良くして欲しいのー」
立ち絵が常にふわふわと浮いて幽霊である事を示している。
『かわいい』
『いい霊……守護霊かな?』
『プリン好きそう』
「守護霊ではないの。趣味は船を沈める事なの。プリンは好きなの。特に低糖質のカスタードプリンと冬限定の低糖質チョコプリンが好きなの」
『こわい』
『悪霊じゃねーか!』
『幽霊が糖質を気にするな』
突っ込まれながらも掴みはオーケー。順調な滑り出しを見せてくれた。
問題は次だった。
「どうも。狼男のサイバ・ワーウルフっす」
『でたよ男枠。五期生の応募で男枠とかいらないと思ってたんだよ』
『はークソ。アバターモエクスは女ばかりだからいいの』
『陰キャ声』
ボロカスである。なぜ人はここまで残酷になれるのか。
「俺、ゲームとか好きでさ。これからそういう枠やってくから見て欲しいんだよな」
『アズキちゃん見るわ』
『ゲームならユズリハとかコノエでいいんだよなあ』
『モエクスも女視聴者欲しいんだろうなあ。こういう男で釣ってさ』
『釣ろうとしてんのはこの男だろ。モエクスの女釣る気だよ。最悪』
一期生や二期生のゲーム配信者の名前まで出されて散々ではあったが、なんとかハッシュタグまで決める事に成功していた。タグ案に出てきたのがサイバの憂鬱だとかサイバの消失だとか悪意のあるものも少なくなかったことを考えると、大成功とは言い難い。受け入れてもらうにはまだまだ時間が必要そうだ。そして次。
「どもども、ミス・パンプキンだよー。このカボチャねー、二、三日で臭くなってくるんだよー」
『ハム☆スター以来のネタ枠』
『お前……今日が十月三十一日だからいいけどそのあと賞味期限切れるネタだろ……』
『ハロウィン限定配信者なのか……?』
視聴者大混乱。ちなみにハム☆スターは四期生で名前とは裏腹にリスの獣人とかいうネタキャラである。四期生は全員獣人なのだ。
『あ、体つきはえっっっだこの人』
『でもかぼちゃだ』
『女体の無駄遣い』
「ミロのヴィーナスみたいなもんでしょー。顔は想像しな。新しい衣装貰っても絶対かぼちゃは外さんぞ」
『そんなー』
『なぜそこで断固たる意志をみせてしまうのか』
『そこをなんとか……』
「んー、分かった。夏までに衣装貰えたら頭スイカにしてやるわ」
『違う、そうじゃない』
『パンプキンとはなんだったのか』
『被り物に逃げるな』
フネが可愛い系だとすればパンプキンは面白いタイプだ。彼女は伸びるだろう。
「さてさて、アバターモエクスは三期生からテーマが決まってるよね。三期生が職業、四期生が獣、じゃあ私達五期生は……?」
『ハロウィン』
『ハロウィンでしょ』
『明らかにハロウィン』
「え、なんでわかったの。こわ……」
『お前じゃい!』
『今日の日付とお前の被ってるもの見りゃ一目瞭然だわ』
『なんで引いとんねん』
Vtuberの魅力は双方向性のコンテンツである事だ。視聴者との掛け合いが上手い人は見ていて楽しい。現に私も彼女の配信を楽しんでいる。じゃあ、私ならば一体どんなコンテンツを提供できるのか……それを考えた時、私には閃くものがあった。
私には、私にしかありえないであろう出来事があったのだから、それを最大限に活かせばいいのだ。
ミス・パンプキンの配信を見ながら自身の配信の準備をして、ほくそ笑んでいた。
やっぱり私こそが生物としても配信者としても最強なのだ。