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魔導エンジニアの受難  作者: 東雲 良
第一章 魔導学園エクセルシア
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魔導闘技:その前の試練






「それじゃあ学校で作戦会議といくか」


「ああもしもし? 私だ、うん、うん、あーその資料ね。しまった、私のデスクの中だな。いや確かに勝手に取ってもらいたいところなんだが、鍵付きの引き出しの中に入れてしまっているから……」


 いつまでもコロシアムに留まっていたってやれる事は少ない。そう思ってサティア=テリナロンドを会場の外に連れ出すと、彼女はいつの間にか電話を取っていた。


 資料やらデスクやら言っているという事は、相手は家族や友人ではなく生徒会のメンバーの誰かだろうか。


 オスカー=クロスハートは先輩の話が終わるまで、魔導ガジェットのドライバーを手の中でくるくる回す。ただ、授業なんかでも常に触っている工具なので新鮮さなんかゼロである。すぐに飽きて先輩の胸と尻を凝視しておく事にした。


 ややあって、一分ほどでサティアがスマートフォンの通話を切る。


「済まないオスカー君、待たせたね。……いいや謝るのは君の方だな、とりあえず魔導闘技(エクセルシアード)が終わったら君の両目は抉り取ろう」


「さっき握手した相手とは思えない発言だ」


 オスカーは緑のブレザーの内側に魔導エンジニア専用のドライバーをしまいながら、


「で、今の電話は?」


「生徒会からだ。不要だと思っていた資料が必要になったらしい。私のデスクの鍵がかかった引き出しの中に入れてしまっていてね。ちょっと生徒会室に顔を出さなきゃいけなくなった」


「なら俺も……」


「いや、作業を止めさせてしまっている状態だから急いで向かうつもりなんだ。付き合わせるのも悪いから君はゆっくり学校に戻ってきてくれ。それでちょうど良い時間になるだろう」


 ふむとオスカーは鼻から息を吐いた。着いて行っても少年が生徒会室に入って手伝える事はないだろうし、サティアが少し仕事をするとなったら、それこそ彼にはやる事がない。


 それに、この人が言うならまあ聞いておけば問題はないだろう、と大雑把に判断する。


「じゃあまた後で、先輩」


「また後で、オスカー君」


 軽く手を振り合って、小走りで学校へと向かうサティアの後ろ姿を見送る。


 歩行者天国の雑踏の中に埋もれていく先輩の影が完全に消えると、オスカーは自分の喉が渇いている事に気付く。


(……魔導闘技(エクセルシアード)、か)


 紛う事なき大舞台。


 しかも思い出作りや記念出場なんてチャチな目的ではなく、本気の優勝を狙いに行くときた。安請け合いで握手を交わしたつもりは毛頭ないが、それなり以上のプレッシャーが掛かる。それも失敗すれば傷を負うのはオスカーではなく彼が懐いている先輩自身だ。


「……何か飲むか」


 緊張しても始まらない。


 小さく呟いてから、オスカーは近くの屋台で炭酸飲料を買う事にした。こんな出店でもキャッシュレス決済は完備しているようで、スマホを専用の機材に押し当てるだけで簡単に手に入る。


 と、その時だった。


 声は横合いから、唐突にやってきた。


「コンビニならワンコインで手に入る飲み物がこんなお祭りムードだと五倍の価格だしい。魔導の導入で財政が潤うっていうのは眉唾だったのかしらねえ、オスカー?」


「なっ……」


 やたらとまったりした喋り方でオスカーの腕を小突いてくる女性がいた。


 一個上の先輩である証の黄色いリボンを胸元につけた少女。オスカーと同じ学校の緑色のブレザーなのを見れば、同じ魔導学園エクセルシアに通う人間である事は明白だ。明るい金色の長い縦ロール、サティアよりもさらに長い髪の先端だけを赤く染めたそいつは、


「セリーヌ=カールトン……。アンタこんなトコで何をしているんだ」


「はろー、オスカー。祭りの熱に当てられて適当にふらふらとね。あなたも私と同じようなものでしょお?」


「一緒にするなよ」


 どいつもこいつも先輩なのに相変わらずな口調のオスカーであった。こいつは礼儀のレの字も知らないタイプの人間なのでもう諦めるしかない。


「それにカールトン家のお嬢様のアンタならここらの屋台だけじゃなくて敷地も丸ごと買えるだろうが。そもそもお財布事情とかって言葉知ってる?」


「私はお小遣い制だから感覚は庶民なんだけどお」


「だからその小遣いの差が桁違いだっつってんの! どこの高校生が高級外車何台も買えるような金を毎月もらってるんだよ!」


 セリーヌ=カールトン。


 腰元についた小振りなボクサーの赤のグローブは、確か彼女のバランサーだったか。魔導師であるセリーヌの移動は火と水のマナで動く高級仕様の魔導車のみだと思っていたのだが、どうやらお嬢様にもお散歩の概念はあるようだ。


「それにちょっと面白そうな催しもあるみたいだからあ」


魔導闘技(エクセルシアード)の話なら今はやめてくれよ」


「あんな野蛮の結晶体みたいな競技に参加する訳ないでしょうが。実力者がバンバン出てくるのよ? 護身術で魔導師を無理矢理やらされている私ごときが出た程度でどうにかなるものでもないだろうしい」


「……、はは」


 もういっそ口の端から乾いた笑いすら洩れてくるオスカー。


 明日からサポートしなければならない先輩は護身術どころか魔導ガジェットすらろくに扱えない魔導ポンコツ少女である。何だあの先輩、電化製品でも持って戦うつもりか。掃除機を両手で構えて戦うサティアをイメージして、一周回って腹が立ってきたオスカーであった。


「そのくせ胸だけは防御力があるんだよな。いいや、あれを上手く使えば攻撃力に転化できないものか……」


「ああうん、あなたは平常運転って感じねえ。安心したわ」


 何となくの流れで、セリーヌとジュースを飲みながら歩行者天国を歩く事に。


 そして五日間のお祭り騒ぎの中で制服を着ている連中は、どちらかと言えば少数派だ。このお嬢様も魔導闘技(エクセルシアード)に出場しなければ学校に提出する課題をやらなければならないのだろう。


「セリーヌ、学校の課題はどれくらい進んだ?」


「え? あんなの昼前に終わらせたけどお」


 お嬢様は地頭からして一味以上は違うらしかった。


 魔導闘技(エクセルシアード)も始まっていない初日から膨大な量の課題を昼食の前に終わらせる。これだけでも凄まじい仕事ぶりなのに、彼女はその程度では満足していないらしかった。


「別に五日もあるんだから急いでやる事もなかったんだけど、この後のメインイベントに参加するのに余計なタスクを残しておきたくなかったのよねえ。雑念を払拭するために一気に片付けたというか」


「さっきもそんな事を言ってたな。何があるんだ? セリーヌは射的に本気になるようなタイプじゃないと思っていたんだけど」


「まあねえ、射的くらいだと燃えないわ」


 なら何なら燃えるのか。


 サティアほどではないにしても、やはり妹のマリアよりはしっかりと存在を強調する胸を張りながら、セリーヌ=カールトンは人差し指を立ててこう続けた。


「ズバリ破壊力競技『風林火山(バーストマスター)』‼ 魔導ガジェットの耐久性を示すために全世界の巨匠達が生み出した作品が一堂に会するビックイベントよお‼」


「ええと、破壊力競技と魔導ガジェットの耐久性って聞いて想像する絵面は一つしかないんだけど、それってまさか……」


「その通り、立候補した魔導師が己の魔法を魔導ガジェットにぶつけてブツを破壊できた選手が景品ゲット☆」


「ふざけんな馬鹿じゃねえの‼ 達人どもが生み出す魔導ガジェットを何だと思っていやがるんだ‼ テメェそこに正座しやがれ‼」


「ガチのお説教モード⁉ い、いえいえ落ち着きなさいオスカー。これはそういう競技のために作られた一品だから! エンジニア達もそれで良いって納得して商品を提供してくれている訳だし……」


「どこのどいつだそんな馬鹿は⁉ 魔導ガジェットに対して尊敬の念が足りないんだよ‼」


「私の胸ぐらに摑みかかってまで叫んでいる時点であなたは私に対する尊敬の念が足りていないけどねえッッッ⁉ 先輩よ私‼」


 どうやら己のアイデンティティがお互いに脅かされて両者共にお冠のようであった。


 だがここで『お嬢様』という手札を出さずに『先輩』という手札を切るセリーヌは確かに庶民派なのかもしれない。そこは好感の持てる彼女だが、直す、作る、整備するが専門であるオスカーの目の前で魔導ガジェットをぶっ壊そうと意気込んでいるこいつはどうしてくれよう。


 便利な物やレベルの高い技術は生活を変える。それは一昔前に普及していた電化製品の進化を見ていけば分かるだろう。魔導ガジェットも同じ。故障もすれば調子の良し悪しもあるが、基本的に大切にしなければならないのは変わらない。ましてやぶっ壊そうと試みて良いなんて常識は一ミリもない。


 二人はジュースを飲んでひとまず摑み合いからのクールダウンを試みながら、


「そもそも全体的にどういう意図があるんだ、それ……」


「魔導師にも壊されない耐久性を目指そうっていう立派な目的があって開催されているものよ、そう馬鹿にできない催しなんじゃないかしらあ」


「まあ良いそこに連れて行けセリーヌ、全員まとめてお説教してやる」


「割って入ると妨害と見なされて警備員を務める近衛兵に攻撃されるかもしれないけど。しかもその場にいる人間はほぼ全員魔導師だっていうのに、マナ方式の魔導を一つも習得していないあなたはどうやって対抗する気なのよお」


「大丈夫だ、近衛兵は島国の巫女をモチーフにした制服に身を包んだ美人さんが多いから俺は一斉攻撃されても笑顔で散れる」


「もう今すぐ散って欲しいわねえ。女の敵って感じよオスカー」


 先導する側が交替した。


 流れでセリーヌ=カールトンに着いて来ていたオスカー=クロスハートが先頭に躍り出て、人混みの中をガンガン突き進んでいく。雑踏を掻き分ける盾役みたいなのができて、金髪の先を赤く染めたお嬢様はしばらく満足気だったが、よく考えてみれば、そもそもこの少年は礼儀だけではなく『風林火山(バーストマスター)』の会場すら知らない。


 明後日の方向に歩き出す年下野郎に向かって、セリーヌは慌てて声を飛ばす。


「ええい、こっちよこっち! そこの角を右に曲がってすぐの所だからあ!」


「こっちか悪の巣窟‼」


 このままではお祭りの空気に当てられて本当にオスカーが破壊力重視の大会の中に飛び込んで行きかねない。流石に魔導ガジェットの代わりに少年の骨格が原形ごと破壊されていくところを見たくなかったセリーヌは、結局は暴れ馬みたいになっている後輩の手をグイグイ引っ張ってブレーキを掛けていく運びとなった。


 ただし、そのままの勢いで突進していくほどオスカーも馬鹿ではなかったらしい。


「……うっそだろ、ほんとにやってる……」


「なあにぃ、信用していなかった訳? 別にあり得ない話でもないでしょう、魔導闘技(エクセルシアード)だってほとんど殺し合いみたいなものなのよお? あんなのローマ帝政期のコロッセウムとそう変わらないわ。実際、それを模してデザインされた闘技だっていうウワサもあるくらいだしい」


「ちくしょう、この金銭感覚バカのお嬢様特有の妄想だという可能性だって一%くらいなら期待できたのに……ッ‼」


「あなたが徹底的に私の事を馬鹿にしているのは分かったわ。とりあえず一発本気の魔法でパンチ喰らわせて良いかしらあ?」


 腰元につけたボクサーの使用する赤のグローブを右手にはめ込み、茶色の輝きを纏い始めるセリーヌお嬢様。どうやらそれが彼女に最も馴染むようにカスタムしたバランサーらしい。ガチの魔法行使宣言であった。こちらに至っては軽く両手を挙げて降参の構えを見せると広い御心で許してくださった。


 ちなみに、オスカーが『風林火山(バーストマスター)』の会場を見て頭を抱えた理由は簡単で、体育館のステージくらいの高さの台の上で魔導ガジェットがぶった斬られていたからである。


 一人の若い男性が構えていたのは、砂でできた日本刀のような得物。いいや、それは魔導を多少学んだ者から見れば、バランサーによるマナ方式の魔法だと理解できたはずだ。バランサー自体は一番ベーシックで初心者の扱いやすい杖型。フェンシングの得物のような形を思い浮かべてもらえば分かりやすいか。基本的には手、もしくは足に携帯・装着するのが常のバランサーなので、杖や剣なんかが基本形と言えば基本形である。


 対する魔導ガジェットはスマートフォン。……に見せかけた映像投影機か。未だに携帯電話に代わる魔導ガジェットはこの世に生まれていないため、魔導エンジニアの中ではちょっとした難問になりつつある。それでも『耐久性だけは負けないものを作れるんだぞ』という魔導エンジニアの意地が透けて見えるデバイスであった。まあこれで壊されたらもう職人の名折れなのだが。


 全体を眺めていたセリーヌが適当な調子で言う。


「砂でできた刃なんて随分と威力が弱いもので挑戦しているのねえ。土のマナしか出力できないのかしら」


「そういう訳でもないんじゃないか」


 そう答えたオスカーが注目しているのは、砂の刃の動きだ。よく見てみないと分からないが、わずかに動いている。それも高速で震えるように。専用の器具で計測した訳でもないので推測の域を出ないが、おそらくチェーンソーくらいの威力はあるんじゃないかと彼は予想していた。


「バカスカ殴るんじゃなくて削っていくのも立派な破壊手段の一つだし。そう、馬鹿の一つ覚えみたいにバカスカ殴るんじゃなくてな」


「私の事を言っているのなら今からあなたをコテンパンにする所存よお?」


「よせよ、マナにだって出力の限界があるんだ。あの魔導ガジェットを壊すために取っておいた方が得策だぞ」


 自分の命を守るために愛している魔導ガジェットを差し出す羽目になるオスカー。


 世界が厳し過ぎる。


「じゃあ私は行ってくるから」


「ああ、程良く健闘してくれ」


 軽く手を振ってから、この流れでそのまま学校に戻ってしまおうかと割と本気で考えたオスカーだったが、人混みの中で背中を叩かれてから少年の行動方針が大きく変わった。


 相手が知っている人だったのだ。


「ありゃ、やっぱりお兄ちゃんじゃん」


 つーか妹だった。


 白い制服に身を包んだ黒髪ツインテール。赤のリボンやスカートを揺らしながらオスカーの実の妹は何だかコソコソなさっていた。


「マリア、こんなトコで何してんの? お前の事だから物影とか路地裏でイチャついているカップルのスクープでも狙っているのかと思ったけど」


「ああうん、そっちは完璧。すでに大学の教授の浮気現場は押さえておいたんだけれどね」


「どうしてなのか⁉ 何でお前がゴシップ記事を狙っているのかが一ミリも見えない! 学校の新聞でもそんなもん書けないだろ‼」


「こっちは依頼でやっているの、私の腕を見込んでくれた人からのね。……あと学校の新聞で書けない事なんて一つもないよ、何だって書いてやる」


 メラメラなさっているマリア=クロスハートは、おそらく記者と探偵の境界線があやふやになってきている。そんな彼女はなぜか唇を尖らせてこんな風に言う。その視線は辺りをふらふらしており、何だか追手から逃れるスパイに見えなくもない。


「ちょっと避難しててさ」


「避難? その教授に写真を消せって追われているとか?」


「私がそんなヘマする訳ないでしょうが。あいつは撮られた事にも気付いていないよ、その足でラブホに駆け込むくらいなんだから」


 スカートから取り出したスマートフォンをくるくる回してそんな風に言う妹。


 まったく末恐ろしい子である。


「そうじゃなくて。……何だか近衛兵の動きが読めないんだよね。魔導闘技(エクセルシアード)の最中だからかな、全体的にバタついている感じ。すでに私が二回も『こんな所に入っちゃ駄目』って注意されたくらいだよ」


「へえ、マリアが? そりゃあ近衛兵も優秀になってきたもんだ」


 冗談交じりにそう返したオスカーだったが、一方のマリアはグルグルと肉食獣のように本格的に唸っていた。


 よっぽど悔しかったらしい。


「まあこういうイベントごとで警備の配置が換わるなんてよくある事だろ。歩行者天国の出入口にだって近衛兵はいるだろうし」


「注意されたのが魔導軍の連中じゃなくて良かったよ。私はまだ当たった事はないけれど、普通に武力で制裁を受けた記者だっているって聞くし」


「マリア、根本的な話をしよう。お前はまだ記者じゃなくて学生だ」


「で、お兄ちゃんは何してんの? サティア先輩は?」


「先輩は生徒会でちょっと離れ離れになった。その直後にあの暴力お嬢様に捕まったんだよ」


 オスカーが死んだ瞳で一段高いステージの上を指差す。そこに登壇していたのは、先ほどまで隣にいたセリーヌ=カールトンお嬢様である。どうやら順番が回ってきたようだ。


 すでにボクサーのグローブのような赤いバランサーを両手にはめ込んでいる戦闘状態だった。


「わあ」


「セリーヌは確かさっきの人と同じく、土のエレメントのマナを使うのが得意だったはず」


 細かいルールは知らないが、挑戦はたった一回きり。


 スマートフォンを拳でぶっ叩いてカチ割る、というドシンプルな戦略でいくらしい。これだけだと脳筋に聞こえるかもしれないが、ここに魔導が加われば話は大きく変わってくる。


 と、そこで景品のコーナーに視線を投げたマリアがはしゃぎ出した。ぴょんぴょん飛んでこちらの腕をぐいぐい引っ張ってくるのは素直に可愛いがちょっと鬱陶しくもある。


「わあっ、お兄ちゃん! 景品の中にペルシアンナッツのぬいぐるみがあるよ‼ ファンの間でプレミアついてたライガー=ライガリーとのコラボ商品シリーズ! 幻の宝物が目の前にあるーっ‼」


「ん、あれ? あのぬいぐるみってさっき射的で取って先輩にあげたのと同じ物のような?」


「ああん⁉ 私がコレクションしているの知っているのに他の女にあれを渡した訳⁉」


「痛い痛い俺の両肩を揺さぶってもぬいぐるみは手に入らない! それより注目するのはセリーヌの魔法だろ‼ 破壊できたら十分に学校の新聞に載せられるんじゃないのか⁉」


 摑みかかってくる妹を引き剥がしていると、ステージに上がったセリーヌのグローブが茶色の光を纏い出す。土のマナを注入した事によって、バランサーがそのエレメント独自の輝きを発しているのだ。


「ほらメモっておけ。セリーヌが得意な魔法は『土』の魔法の中でも比較的複雑な重力を操る多項式の術式だ。ちなみに単項式は土を舞い上げる、石ころを動かす、とか文字通り単純な魔法の事」


「ええと、なんかテレビで見たかも……。多項式になると一見どのエレメントの魔法を使っているのか分からなくなる、単項式が瞬時に見分けがつく魔法だって」


「それが単項式と多項式の定義じゃないから間違えないようにな。どの魔法を使っているのかなんて見た目のインパクトに惑わされず、バランサーの輝きを見れば少なくともマナの種類は分かるんだから」


「ふうん」


 スマートフォンのメモ機能を呼び出して女子中学生特有のスピードで文字を入力していくマリア。パソコンならブラインドタッチができるのに……とか何とかゴチャゴチャ言いながらも兄の言う事だから聞いておこう、といった温度感でメモを取っているのはやはり好感が持てる。


 さて、一方のセリーヌは土のマナを相当にバランサーに注ぎ込んでいるようで、茶色の輝きがえらい事になっていた。あそこに重力を集約させて、そのまま思い切り振り下ろすつもりなのだろう。


 どれほどの重力を拳にかけて振り下ろすのかは知らないが、どちらにしろ拳が壊れちゃうんじゃないかとオスカーはちょっとハラハラしていた。


「えっと、拳をぶっ壊すほどの価値はあのぬいぐるみにはないよな?」


「うーんどうだろ。私なら腕の一本くらいくれてあげるけれど」


「セリーヌの馬鹿ぁッッッ‼」


「まあ待ちなよお兄ちゃん、そうステージに上がって止めようとしなくても。あの人が欲しいのはぬいぐるみって決まった訳じゃないでしょ。実際に景品は旅行券とか新作のバランサーとか洗浄機の魔導ガジェットとか、それこそ豊富みたいだし」


「くっ、ここは見送るしかないか……」


「セリーヌさんって強いの?」


「うーん、まあ破壊力だけなら魔導学園エクセルシアではトップクラスなんじゃないか」


「じゃあ魔導闘技(エクセルシアード)に出れば優勝できるんじゃないの? あれ、でもさっきネット上で発表されていた出場選手の名簿に名前はなかったような……?」


「足運びとか格闘センスとかは別物なんだろうさ。考えてもみろよマリア、こっちがパンチを打つまで相手がじっとしてくれていると思うか」


 そんな事を話していた直後だった。


 メゴシャア‼ というなんかとんでもない爆音がした。たぶん女の子の拳が出してはいけない音だった。あれはスマートフォンが砕け散った音か、もしくはグローブのバランサーに包まれた彼女の拳が破砕した音か一体どちらだろう。


 得も言われぬ顔になるオスカーだったが、


「だァああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」


 と両手で頭を抱えて叫んでいるセリーヌを見て一安心である。頭を抱えているという事は拳が砕けて絶叫している訳ではなさそうだ。


 美しい拳が血祭りになる結果だけは避けられた。ただ、あれでヒビ一つ入らないスマートフォンも素晴らしいが、ステージの台自体も相当な強度だ。おそらく大型の魔導トラックくらいならぶち抜いて横転させられるであろうセリーヌの拳を受けてもビクともしていない。


 最近になってメキメキと頭角を現してきたカーボンでも使っているのか……とオスカーが冷めた瞳を送っていると、凹んだセリーヌお嬢様がこちらに帰ってきた。代わりにステージの上では別の出場選手が観客からの拍手を集めていた。


「お帰りお嬢様、ナイスファイト」


「嬉しそうねえオスカー……。魔導ガジェットがそんなに大切?」


「アンタの拳よりは」


「私は全然マナを使い果たしていないから発言には気を付けるようにね? この意味は分かるわよねえ?」


 拳を構え始めたセリーヌにどうどうと言いつつ、オスカーが学校の方へ足を向けそうになった時だった。


 なんか袖を摑まれた。


 そちらを見てみると、むうー、と奇妙な擬音を口から洩らしながら、妹のマリアが唇を尖らせた上に膨れっ面、さらに上目遣いという複雑な表情を出力しているところだった。


 別の女性と話している兄に対して嫉妬心を燃やしている、とかいう理由ならまだ可愛いのだが、嫌な予感が止まらない魔導エンジニアの端くれはおっかなびっくり聞いてみた。


「何だどうしたんだトイレか」


「おにーさま」


「やめろよその猫撫で声⁉ お前がそれを言い出す時はろくな事がねえんだよ‼」


「おにーさま、私あのぬいぐるみがどおーうしても欲しいの‼ お願い、ほんとに一生のお願い! だってあれが手に入ったらライガーシリーズ全部揃うんだもん‼ あの魔導ガジェットぶっ壊してきて! おにーさまならできる‼」


「無理無理できない何を根拠に言ってんの⁉ 俺はマナ方式の魔法は使えないんだよ!」


「やるだけ! できるだけがんばってきて! ちょっとだけで良いからあ‼」


「ぬ、ぬいぐるみなら先輩に返してもらってそれをお前にやるよ! 別にあの人はあのぬいぐるみにそこまでの情熱を注いでいる人じゃないだろうし!」


「は? 他の女に一度あげたものをどうしておにーさまから受け取らないといけない訳? マジで意味分かんない。そういうトコよ、おにーさまがモテない理由」


「そもそも俺はこの競技にエントリーしてないんだよ! 挙手して出られるようなプチイベントじゃないんだ!」


 そして、いつの間にか消えていたセリーヌがこちらに戻ってきてこう告げた。


 なんかその手にはグローブじゃなくて一枚の紙切れが握られている。


「これ、飛び入り参加可能な競技だからエントリーしてきたわあ。あなたは一年生だからあんまり知らないと思うけど、魔導闘技(エクセルシアード)以外の種目は結構ザルで盛り上がるためなら何でもアリなのよねえ」


「テメェお嬢様でもやって良い事と悪い事があるんだよ⁉ どうしてこんなに大勢の前で恥かかないといけないんだよ⁉」


「でもね、おにーさま」


 猫撫で声が一段上がった。


 可愛い妹ながら、その瞳の奥に宿る光が少々ガチであった。


「あのぬいぐるみを取ってくれなかったら、今夜の晩ご飯はおにーさまの嫌いなものオンリーになっちゃうかもしれないよ」


 オスカー=クロスハート、一六歳。


 どうやら魔導闘技(エクセルシアード)の前にプチ試練がやってきたようであった。





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